第3話 Meeting

「あーー、終わらない。何もかも終わらない。増える一方」


 出雲は自分のデスクに山積みになった資料とパソコンを見ながら、「あーでもない」、「こーでもない」と独り言をブツブツと呟やく。

 机の上はまさにカオスといっていいほど散らかっており、あちこちに資料や、謎の部材が乱雑に積み上げられ空間を圧迫すると、崩れないのが不思議なその山はどんどんと山積みになっていくにも関わらず、何故かギリギリのところで耐えている出雲の業務を表しているようだったのである。


 忙しさを表しているような机の上に出雲はしばし項垂れるが、奇声と共に不貞腐れた顔を上げたのだった。


「あぁぁぁー!! 報告書はまとまんねーし、始末書は終わらねー。もう無理! 災害速報きちんと書いたからいいじゃんかよ。もうー…」


「出雲、お前な。アレをきちんと書いたって言うなら頭を伺うレベルだぞ…」


 出雲の大きな奇声と言う名の独り言に、デスクの真ん中に座る小太りの中年男性は薄くなった髪の毛に哀愁を漂わせながらも出雲を少々悲痛な面持ちで見つめるが、出雲はその声のする方向を苛ついたように尖らせた視線で睨むのだった。


「なんすかっ? 北浦さん。――えっ、また、禿げたんですか? 大変すね。もう、ハイブリッドにでもなったらどうですか? 頭から金属とか生えてきて万々歳じゃないすか」


「お前なー! 上司に言う言葉かそれが! ――改めてお前の報告書見てみろ!!」


 出雲は悪びれる素振りも見せず不貞腐れたように言葉を吐き捨てる。

 出雲から北浦と呼ばれた男も出雲の態度はさすがに寛容できないと言った様子で、多少大きな声で叱咤すると共に、出雲に1冊の資料を投げつける様に渡したのだった。

 出雲は北浦から渡された資料を手に取ると、多少馬鹿にしたように「フンッ」と鼻を鳴らすと目を通すのだった。



『ハイブリッド討伐の際バイブロハンマーで建造物崩壊事故発生』

『被疑者は地下道に落下するが死傷者は無し』


 そう大きく記載された見出しの下にはイラスト付きで発生状況、時系列が細かく記載されていた。綺麗にまとめられていると言っても良い内容だったが、それは上の項目だけの話で下にいくほど徐々に文章はいい加減になっていくのであった。

 

 ―――そして、特筆すべきは2ページ目、原因と対策だった。

 以下、抜粋。



原因

1、地盤が脆い

2、敵が思いの外堅い

3、バイブロは結局ロマン砲だから

4、元請の口が悪い(由里香) 作業者はイライラするし、あれは良くないと思う

5、バイブロは地面に向けて撃てと教えた、木田と北浦のせい


対策

1、地面を固くする

*悲しい話、建設現場に事故はつきもので、念入りに調査してリスク対策を講じたにもかかわらず、思ってもいない所から事故が起きたりします。

 今回の事故も地盤の脆さが原因ですが、実際はバイブロハンマーの使用方法を間違って教えた上司の責任でもあります。

 皆さまも上司が必ずしも正しい事を言っているのでは無いと言う事を念頭に置き、「おかしいな?」、「本当に大丈夫かな?」という気づきがあれば声を上げてみてください。

 今回は私の上司である北浦が責任を持って辞職するそうです。

 彼の輝かしい頭…じゃなかった未来に栄光あれ。


『献杯』


 

 資料を読み終えた出雲はクルリと振り返ると、多少にやけたような半開きの口を北浦に見せるのだった。


「えっ、なんで? いいじゃん。北さん、部下の行動に責任を持てる上司のかがみみたいに映るじゃん?」


 出雲のお道化た様に指を差してくる態度に、北浦は椅子から勢いよく立ち上がると、クリップボードをデスクに思いっきり叩きつける。そして、若干赤みを増した顔に軽く怒気を混じらせると出雲に詰め寄るのだった。


「よっ! 良い訳ないだろ!! お前頭おかしいの?!! 上手い事要点すり替えた挙句、何でいちいち俺の名前を出すの? そんなに俺が嫌いかっ?!!」


 剣幕で怒る北浦だが出雲は冷静に言葉を聞いた後、何故だが口角を緩めた優しい笑みを北浦に返したのだった。


「嫌いなわけないっしょ。木田さんと北さんと俺だよ。ね?」


「ッ――」


 出雲の顔の表情を見て、そして優しい声色を聞き、北浦は出雲に合わせていた顔を少し歪めた後、やり場の無くなった怒りを吐き出す様に大きな溜息と共に顔を俯かせる。何か思い起こすような事があるのか自身の目を片手で覆った後、北浦は項垂れていた頭をゆっくりと上げたのだった。


「…そうだな。…お前が嫌いになれないダメな上司だったな、俺は…」


 先程怒りの形相を見せていたとは思えない若干憂いを含むような視線で北浦は出雲に顔を合わせると、出雲もウインクするように左目を閉じるのだった。


「はんっ、わかってんじゃん」


「調子に乗るなよ。――また飲みに行くか?」


「またとか言わず、今日でいーよ」


「わかった。――五月雨さいだれ予約しとくな」


「オッケオッケ、りょーーかい。北さん」


 出雲の返答に微笑みを返した北浦は、薄くなった頭を掻きながら席を離れる。そして、晴れやかな表情で携帯を取り出し連絡すると、渋めの声に喜色を乗せ廊下に出て行くのであった。


「さーて。――俺も一服すっか…」


 出雲も北浦の嬉しそうな態度を見つめた後、独り言と共に煙草を吸いに行こうと椅子から立ちあがろうとしたのだが、不意に腕を何者かに掴まれるのだった。。


「駄目です。出雲くんは今日10時から対策会議があるから、一服も現場も駄目です」


「出たな。ぱっつん眼鏡」


「違います。阿須那あすなです」


 華奢に見える腕でギリギリと出雲の腕を握り込む阿須那と呼ばれた女性は、出雲の言動に首を横に振るのだった。

 黒い前髪を綺麗に平行に切り揃えた髪型。

 やや大きめのメガネを掛けた姿は真面目そうと言うより若干堅物という印象で、受付事務を担当するに相応しい容姿を持つが顔に似合わず気が強いのか、出雲を握り込み抑えていた手をようやく離すと、乱雑に置かれたデスクの資料を横にどけるのだった。


「これ。飲んで頑張ってください」


 出雲の為に淹れてきたのか阿須那はまだ湯気の出ているコーヒーを出雲に差し出すと、恥ずかしそうに眼鏡を上下させるのだった。


「さんきゅ。――でもさー、せめて一服させてよ。阿須那さん?」


「駄目です。出雲くんは一服が長すぎるんです」


 顔を俯かせながらも決して首を縦に振らない阿須那を出雲は暫く見つめた後、口を開くのだった。


「本当に1本だけなのにな。…お前、頑固過ぎると眼鏡が曇るからな」


「眼鏡は関係ない。――あっ、です」


 フルフルと恥ずかしそうに頭を横に振っていた阿須那だが、面白がった出雲が意地悪で煙草を吸いに行く素振りを繰り返した為、最終的には出雲のポケットから煙草を取り上げると、少し得意げに自身の身に着ける眼鏡を人差し指で持ち上げたのだった。


「勝ちです」


「勝ち負けじゃないよ阿須那さん。もーぉ、ほんっとにっ…」


「駄目ったら駄目です。会議スケジュールも登録して社内メールでも通達してるのに、資料を作らないからこうなるんです」


「お前、現場クソ忙しいんだぞ。今日も行きたいのに…。絶っ対! しわ寄せくるからな!!」


「駄目です。今度のG地区大型現場じゃないですか。協力会社さんも多数来られますし駄目です」


 最終的に決して首を縦に振らない阿須那に根負けし出雲は嫌々ながら自席のパソコンに目を向けるのだった。だが、置いてあるマウスをグリグリと回したり、関係ない画像をネットで見たり、資料を作る気があるようには到底思えない態度で暫く奇声を発していたのであった。

 阿須那はいい加減な態度を繰り返す出雲に若干冷めたい視線をぶつけるが、出雲に対し諦めずに叱咤と励ましを上手に使い分け制御するのだった。


「あーもう! 資料作るのめんっどくせぇーな。後20分だぞ。どうせ今回宍道しんじ班だし、適当でいーよ」


「駄目です! 事前の情報伝達がいかに重要か、出雲くんならわかりますよね? 出雲君は協力会社で働く人の命を預かるんですよ!」


「わあってるよ阿須那さん。宍道はどーでもいーけどな。――なあ、それよりお前、ずっと俺の横で監視するつもりなの?」


 出雲の不貞腐れた物言いに対しても怯むことなく阿須那は力強く頷く。


「はい。出来上がるまで、ずっと見てます」


「勘弁しろよー。――お前、俺の事好きだろ? 今度、特徴的な前髪切ってやるからな!」


「…ま、前髪関係ないもん。――あっ、です」


 出雲の一言に恥ずかしくなったのか阿須那は可愛らしい口調で出雲に言葉を返した後、自身の前髪を指先で何度も触りながら暫く俯いて赤面するのだった。


 出雲は阿須那の思いがようやく通じたのか、それとも観念したのかは分からないが、初めこそパソコン前で文句を垂れていたが、次第に無言になると徐々に速度を上げ資料を作り上げていく。カタカタと鳴り続けるキーボードの音に比例するようにデュアルパソコンの画面は必要な書式と参考書類で埋め尽くされると、数分後資料の形が出来上がるのであった。


「早い、です」


「やる気になればだけどね」


 阿須那の言葉通り、出雲は恐ろしく速いスピードで資料を作成する。

 しかも、早さだけではなく経験則もプラスされた資料内容は阿須那が舌を巻く程に非常に的を得た仕上がりだったのである。

 残念な事と言えば阿須那のお守りがないと出雲が資料を作ろうとしなかった事なのだが、度々こういう事態が起こるのか、阿須那はいつもの事と言わんばかりに冷静に対処していたのであった。



 ――数分後――


「できたよ。阿須那先生」


「見せてください。確認します」


 出雲は出来上がった資料をパソコン画面に映すと阿須那はグイッと出雲を押しのける様に体を近づけるのだった。


「近い近い。良い匂いする」


 出雲が若干セクハラめいた言葉を呟いても阿須那は集中するように作成された資料を言葉も返さず見つめるのだった。時折「うん、うん」と呟きながら、合槌を打つように首を縦に頷くと、最後に「ヨシ」と呟き、出雲に笑顔を見せたのだった。


「凄いです。やればできるんです出雲君は。なのに、いつもやらないんです。内容のまとめ方も非常に上手で対策部分の絵も混じえた説明も素晴らしいです。凄いです。凄いです」


 作成した資料を阿須那が称賛するように拍手して褒め称えると、流石に照れたのか出雲はクシャクシャっと自分の髪を掻いた後、阿須那に左目を閉じた笑顔を合わせるのだった。


「ありがとな、阿須那さん」


「あっ…あ、いえ。どういたしまして、です」


 カウンターで喰らった出雲の屈託のない笑顔に阿須那は照れたように視線を外すと、眼鏡を忙しなくクイクイっと上げる動きを繰り返すのだった。


「今度、度の合った眼鏡一緒に買いに行こうな」


「眼鏡関係ない。――ですからね」


 出雲の冗談なのか本気なのか分からない返答の後、阿須那は出雲が作成した資料を必要部数印刷すると資料を纏めてくれたのだった。


「そろそろ時間です。隣の部屋のモニター起動してきます」


「ああ、よろしくな」


 出雲は阿須那に頷き手を振った後デスクに顔を埋める。精魂使い果たしたのかはわからないが阿須那がデスクに戻ってくるまで出雲が顔を上げる事は無かった。


―――Re:write―――


 定刻の時刻になると会議の出席者がどんどん集まり並べられた長机に着席していく。 年齢は様々だが10人程度の集団は仲間内でプライベートな話を交えつつ出雲と会話を交わすのであった。


 出雲は全員が揃ったのを確認すると一番前の司会席に移動すると軽く頭を下げるのだった。


「えーと、若干めんどくせーけどG3地区の対策会議を始めまーす。今度のプロジェクトを取り仕切る現場代理人の出雲です。よろしくお願いします」


「知らない人いないよ! 有名人! 災害速報笑ったし、馬鹿なんじゃないの出雲君? ははっ――」


 頭を下げたにもかかわらず周囲からヤジが飛ぶと、出雲はすぐさま舌打ちを返した後、鋭く尖った瞳で睨みつけるのだった。


「おいっ! 蛾の幼虫頭にいっぱいつけてるからって調子乗んなやっ。お前はシバかれたいらいしなー、――宍道しんじ!!」


 出雲に怒気を含んだ声で名前を呼ばれた男は、いかついドレッドヘアーを右手でかき上げると、明白に怒られているにも関わらず満面の笑みを出雲に返すのだった。


「ははっ短気は損気だよ、出雲代理人。しかも俺、作業責任者だよ。頼りになるじゃん?」


 宍道の煽るような軽口と舐め腐ったようにウインクを返してくる態度に出雲は大きな舌打ちと共に額に青筋を浮かすと若干殺意を乗せる様に宍道を見つめる視線を更に尖らせたのだった。


「お前もう喋るなっ! シジミになれ! 永遠に殻を閉じて湖底に眠っとけよ! ――次喋ったらオーガでその髪巻き込んでやるからなっ!!」


「ちょっと何言ってるかわからないけど。――ははっ、りょーかい」


 出雲に指を差されながらも激昂げきこうされた宍道だが、いつもしているやり取りだと言わんばかりに、宍道は全く動じない態度で顎を突き出すと出雲に軽く会釈を返したのだった。


 出雲は腹立たしい気持ちを引き摺りながらも、若干呆れたように瞼を下げた視線で

宍道を見つめるのだった。


 ―宍道は今度のプロジェクトを担う協力業者の作業責任者でチーム自体の直接指揮を行う重要なポジションに就けてる。いかつい身なりはしてるけど、仕事は丁寧で手を抜く事は決して無いし、実際かなり信頼しているからこそ、こういったデカい現場の時にはこいつの居る班に声を掛けているんだよな、俺…

 ―まあ、時折殺してやろうとも思うけど―――


 出雲は複雑な胸中で宍道を思い返した後、無視するように宍道から視線を反らすのだった。 


「馬鹿は放っておいて。――えーと、今度のGプロジェクト――の前にめんどくせーけどハイブリッドについて簡単に説明します。わからないことがあったら聞いて。宍道が答えるから」


 出雲は若干面倒くさそうな素振りは見せるが、大型モニターに資料を投影するとカーソルで指し示しながらハイブリッドについての説明を始めるのだった。


「知ってると思うけど、人が鉄化し暴れ狂う現象が20年前を境に爆発的に広がると、その者達をハイブリッドと呼び、人類は敵と認識します。――可哀想だけど完全に鉄化すると治せねーからさ。…うん。続ける」


「うん、だね。鉄化したら倒すしかないからね。悲しいけど、これ――」

「――宍道。名台詞はいらない。怒られる」


「ごめん。言いたかった…」


「――まあ、良いけど。――でね。世界的に対策するんだけど。まあ、鉄化する人が多すぎるわ、戦いで街はぐちゃぐちゃになっていくわ、散々よ。後手よ後手。人口も3割だったか、4割だったか、5割だったか、減ってるからね」


「…世界はさ…いつでも、――遅れて回ってんだよね」


「うるっせーなー、お前!! いちいち喋んなっ!! ――お前そんなに喋りたいなら、さっき排水溝に蟹がいたから湖底の仲間たち同士、向こうで喋ってろよ!!」


 出雲は宍道を睨みながら、邪魔だから向こうに行けと言わんばかりの態度で自身の腕を大きく振ると会議室の出口を指差すが、宍道は出雲の態度を見ても、いかにもわざとらしく大口を開け驚いた後、なめ腐ったような笑顔を返すのだった。


「さすがに蟹とは喋れないグラブ」


「………」


 出雲は宍道の返答に刺すように冷たい視線をぶつけ、暫く機械のように感情の消えた表情で無言で見つめるのだった。


「―――続けるね」


「ちょちょちょ、何か突っ込んでよ!!」


「――歴史の詳細は省くけど、最終的に機械壁で防壁を作った人類はその中で暮らしましょうという事になって。ハイブリッド隔離地区と、一切の処理を完全放棄した閉鎖地区。後は俺らが住んでいる機械仕掛けの解放地区ができたわけよ」


 出雲は宍道を完全に無視すると説明しながらモニターに最新の状況がわかる地図を映し出す。そして、綺麗に色分けがしてある3つの地区をマウスポインターで指し示すと、それぞれの地区の特性を説明したのだった。


「――地区特性はこんな感じ。――えーと。後、なんだ?」


「ハイブリッドの種類。かな?」


 宍道の今までとは違う的確な発言に出雲も親指を立て「good」と合図する。


「だな。ナイス宍道。――宍道が言ったようにハイブリッドもクラスが分けられてる。鉄とか、鋼とかだね。個体の大きさ、強さで識別するけど。――ぶっちゃけ基準は俺もわかりません。匙加減です」


「てっっきとーーだなー」


「言っとくけど本当だからな。わあ、いっぱいくっついてるから、鋼で登録しとこう、とかだからな。まあ、その上も居るには居るけど…――」


 出雲は何かを思い出す様に瞳を閉じる。そして、少しの間を作った後、再び目を開き真剣な表情で皆を見つめるのだった。


「――さすがにanimaアニマanimusアニムスはもう出ねーだろ。――今回の作戦には関係ないから割愛するからな」


 出雲は長い説明が終わるとひと区切りと言わんばかりに「フー」と1つ大きな溜息をつく。少し喋り疲れたのか阿須那の入れてくれたコーヒーを休憩がてらに口に運ぶのだった。

 

 ――だが、しばしの休憩後。

 出雲は徐々に顔を顰め始めると説明がだんだんと適当になっていくのであった。ポインターの光を宍道の頭に当てたり、好きなアニメの画像を見せて宣伝したりして誤魔化していたが、遂に事切れたのか机に片肘をつけた状態で頬杖をつくと急に真顔になり皆に深々と頭を下げたのだった。


「――終わります」


「「「ダメダメダメ!」」」

 

「それはさすがに駄目だよ出雲代理人。本当に怒られるよ」


 会議の強制終了を告げた出雲に皆が総突っ込みを入れると、皆が同じように手を横にブンブンと振る。宍道からも叱咤されるが出雲は余程嫌になってきたのか不貞腐れたように床を見る様に俯くのだった。


「――だってさー。…俺、いっつも同じ説明、冒頭にしてるんだよ。いっつもだよ。毎回説明してんだよ。もういいじゃん」


「それはそうだけどさー…。基本は肝心だよ出雲君」


「そう、だけどさー…。――わかった。要点だけ真面目に説明するな」


 出雲は切り替える様に宍道に返答した後、項垂れていた頭を上げると「注目して

」と言わんばかりに大型画面を指差すのだった。


「今回の作戦で重要になるのは2点。――現調班の報告によるとハイブリッドの数が比較的多い。――ここらへんに集中してるけど、およそ50らしい」


 出雲は画面に事前資料の載せた現場写真と地図を映す。そして、地図にマーカーで印をつけ囲むと、レーダーが捉えた反応地点を示す様丸い点を多数浮かび上がらせるのだった。


「50か…。聞いてはいたけど…、結構きついっすね」


 内容を聞いた宍道が珍しく瞳を尖らせると真剣に資料に目を通し始める。自分の中でも考える事があるのか、マーカーと鉛筆を取り出し書類に記入し始めると、以外に散らばった敵の分布図を見て、「どうしようかな?」と言わんばかりに首を捻るのだった。

 

「まあ、数はどうにかなるよ。――お前の草みたいな頭なら擬態できるし、ボール投げてやるから、ヌケモンみたいにいきなり飛び出せよ。『ゆけっ! 宍道!!』って言ってやるから」


「なんっで! 草系ヌケモンなんだよ?!」


「お前がヤシの木みたいな頭してるからだろっ。『ヤシの木カッター』とか使えそうじゃん。一人で50体倒すかもしれないし」


 出雲は宍道に言い放つと自身の頭をグルグルと小馬鹿にしたように回転させると、宍道は呆れたように半目にした視線を出雲にぶつけるのだった。


「…倒せねーよ。 ――じゃあるまい…。俺1人は無理だからね」


 宍道は嫌そうに顔を顰めると自身の手を振り続け1人は無理と強調するのだが、出雲は「頑張れ!」と言わんばかりに、宍道に力強く親指を立てると大きく頷くのだった。


「――まあ、冗談はさておき。――問題はもう一点。『』が確認されてる。いわゆる救出ミッションががあるからな」


 出雲が一際響く大きな声を出し『なりかけ』と言う言葉を強調すると皆が少しざわつき始める。そして、前の席で出雲の話を真面目そうに聞いていた一人の若い子が申し訳なさそうに挙手をするのだった。


「うん? そういや、君は初めてだね?」


「あ、はい。この前入りました。八雲やくもと言います」


「はいはい、八雲君ね。それでなんでしょう?」


「す、すみません。…な、『なりかけ』って、何ですか?」


 八雲の言葉に出雲は一瞬片方の口角を引き攣らせた後、すぐさま宍道の顔を眉を寄せた視線で「ふざけんなよ」と言わんばかりに睨みつける。

 宍道は出雲の冷たい視線を感じると視線を反らし、わざとらしく下唇を出した困った顔をするのだった。


宍道しんちゃん! きちんと指導しなさいっ!!」


 出雲は司会席の机をバンバンと両手で叩き注意すると、宍道も瞳を閉じた顔で申し訳なさそうに何度も頷き返すのだった。


「ごめん。――でもさ、今度の現場責任者、出雲君じゃん」


「それが、どうした? アホ宍道」


「いや、俺的には信用してるし説明がうまいじゃん! すっげー詳しいし。先入観なく出雲君の説明聞いた方が良いと思ったんだよね、俺。――まあ、余計な雑学も喋るけど…」


「ツっ! …まあ、いいや。今回は俺が説明するけど…、お前重要な事はきちんと教えとけよ! ――あーごめん。説明するね、八雲君」


 出雲は宍道を不機嫌な顔つきで睨んだ後、直ぐに八雲を振り向き優しく声を掛けると、八雲も出雲にコクリと頷くのだった。


「あっ、はい。お願いします」


「うん。――説明すると『なりかけ』はバトコンの専門用語、隠語だね。完全に鉄化してない人。一般の人は斑とか班人まだらびととか言うよね。――でも、ハイブリッドとは違い、自我も残ってるし治せる。―だから、間違いなく人なんだよ!!」


 出雲が真剣な表情でモニターの資料を切り替えると混合物基本的事項とタイトルがついたファイルを開き、八雲に丁寧に説明したのだった。


「――以上!! だから、なりかけは絶対に救出する。バトコンとエレクトリカの使命だからじゃない。詳細はTBMツールボックスミーティングでも話すけど、絶対攻撃すんなよ! 何度も言うけどだからな!!」


「…了解。出雲代理人」


 出雲の言葉に宍道は真剣に頷き返したのだった。


―――Re:write―――


 対策会議が終わると出雲は阿須那を呼びつけ、セットした機材などを片付け始める。


「俺は喋るの向いてない。疲れる…」


「そ、そんな事無いです! 私は好きです」


「あら、そう。――なら、頑張る」


 出雲は阿須那に励まされながら機材を片付け終えると最後にパソコンを閉じる。

 ふと、時計を見ると1時間丸々喋り通していた事にようやく気づくと、少しだけやるせない顔を披露したのだった。


 宍道達も出雲から伝えられた内容を噛み砕いて整理するように仲間内で作業内容や工程、メンバーの割り振りを考えていた。出雲も邪魔にならないよう機材を戻すために会議室から出て行こうとした時、宍道に呼び止められるのだった。


「ごめん、出雲君。最後に質問いいかな? 今度来るのは出雲君と誰?」


 宍道の質問に出雲は首を傾け宍道に顔を合わせる。


「変態」


「ふっ、――ふふ」 「ふはっ。へ、変態ってwww」


 出雲が真顔で呟いた一言に宍道と阿須那は思い当たる人物がいるのか噴き出してしまうのだった。


「変態には違いねーだろ、あいつは。副現場代理人を務めますわ、私の相方、王子こと布志名さんです! ――先日も恥ずかしげもなくどぎついオプションを平気な顔で入れやがって…。オプション王子だよっ、あいつは…」


「ふ、し、な、さんwww」


 宍道は大笑いするが、阿須那は噛みしめる様にして笑いを堪えるのだった。

 

「――でもさ、布志名さんなら安心だわ」


「じゃな!!」


 宍道の呟きに出雲は力強く振り向き肯定すると、会議室を颯爽と出て行くのだった。

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