第6話 頭領とネコ
日が昇り、起き出してきた団員たちの朝食の準備とその後片付けを済ませると、青年は盗賊団を束ねる頭領のもとに少女を連れて行った。
「ほぉ。こいつがお前以上に夜目が利く、ねぇ……」
昨夜見たことをそのまま話すと、頭領は値踏みするように少女を睨みつけた。
少女が生かされ、あまつさえ根城にまで連れて来られたのは、団員たちの気まぐれに過ぎない。何故か襲うことの出来ない少年をからかう為のおもちゃにすぎず、それも飽きれば早々に町で奴隷として売られることになるだろう。
が、頭領はそんな甘い男ではない。
なんせただ襲撃して物を奪うだけでなく、全てを殺し、全てを燃やし尽くす非情なる盗賊団『アガルトの夜明け』を束ねるほどの男なのだ。
今はまだ団員たちの興を削がぬよう少女を生かしてはいるが、少しでも気に障るようなことがあればたちまち売り払うか、下手したらその場であっさり首を撥ねかねない。
頭領が使えないと判断したら捨てられるのみ。それがこの盗賊団の鉄の掟だった。
「だが、だからといって何が出来るって言うんだ、この小娘に?」
一通り観察を終えた頭領は、しかし少女に何か特別な価値を感じ取りはしなかった。
仮に夜目が利いたとしても、盗賊団にはすでに青年がいる。日常の雑多な仕事はもちろんのこと、頭領自ら青年が幼い頃からみっちりしごき上げたおかげで、今では相手に一切気配を悟られぬまま死に至らしめる暗殺術にも秀でている。
そんな青年と比べて、目の前にいる少女にそれ以上の働きが出来るようにはとても見えなかったのだろう。
「まったく、朝っぱらからつまらねぇことを言ってくるんじゃねぇ!」
やにわに頭領が拳骨を振り上げる。
その仕草に、青年はたちまち体を硬くして縮こまった。
幼い頃からなにかにつけて頭領に殴られて育てられてきた青年は、一人前の働きが出来るようになった今でも、この仕草をされると体が緊張して震え出し、言う事を利かなくなってしまう習性があった。
当然、頭領もそのことは熟知している。
だから青年に何かを言い聞かせるには、今や拳を振り上げるだけで十分だった。
「じゃあな、俺はもう一眠りする」
話を切り上げ、頭領は背を向けて立ち去ろうとする。
一歩。
二歩。
三歩目の足が地面を蹴る、と。
「とーりょー!」
少女の声が頭領を呼び止めた。
が、頭領は無視し、四歩、五歩と足を進める。
「ねー、とーりょー! とーりょーってばーっ!」
それでも少女は懲りずに声を掛け続けた。
「とーりょーとーりょーとーりょー!」
六歩目。ついに頭領の足が止まる。
肩が震え、その拳は硬く硬く握り締められていた。
「小娘、そんなに殺されてぇかっ!」
振り返りざまに拳をぶんっとスイングさせて咆えた。
が、
「……どこへ行きやがった、小娘」
振り向いた先には青年の姿はあれど、少女はどこにも見えなかった。
「あははは、とーりょー、こっちこっち!」
声が上空から聞こえる。
頭領ははっとなって見上げると、少女が木の高くから手を振り、
「よっ! はっ! しょっ、と」
次から次へと木々の間をジャンプして、枝に掴まり、幹を蹴り、まるで猫のように素早い身のこなしで移動する様子が見えた。
「こいつは……」
頭領の口から思わず感嘆の声が漏れる。
青年も最初見た時は同じ感情を抱いた。
昨夜、夜目が利くのは分かったものの、どうやって水場を知ったのかを尋ねたら、少女は「そんなの簡単だよー」と手近な木をするすると、あっという間に登っていった。
そして器用に木々を乗り移り、辺りにある一番大きな木のてっぺんに立つと「上からだとよく見えるんだよー?」と朗らかに笑ってみせたのだ。
少女によれば、ちょっとでも手足をかけるところがあれば、どんなところでも登ることが出来るらしい。
本当にネコみたいだと思った。
「おい、イヌ!」
頭領がまだ木の上で楽しげに遊ぶ少女の姿を見上げながら、傍らの青年を呼びかける。
「あいつをお前に預ける。しっかりとモノにしてみせろ」
「…………」
「上手く行けばあの約束を守ってやる」
青年はまだ体を震わせながらも、無言で頷いた。
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