吠えない犬と噛めない猫

タカテン

第一章 出会い

第1話 いつも通りの夜

 それはごく当たり前の、いつも通りの夜のことだった。


 月は雲に隠れていた。

 風はなく、草木はそよとも動かず静まり返っていた。

 人も、家畜も、草葉の影で営む昆虫たちすらも眠る、深い深い夜。

 ただ、村の入り口に焚かれたかがり火が辺りを照らし、ぱちぱちと小さく爆ぜる音だけが唯一その存在を先ほどまで許されていた。


 だけど今は。


「全てを奪え!」

「全てを燃やせ!」

「男は殺せ!」

「女は犯せ!」


 突如として怒号が夜の静寂を打ち破り、破壊と、悲鳴と、バチバチと勢いよく燃え上がる炎の音が、辺りを満たしていた。


 使い古された皮鎧を着た、見るからに野蛮そうな男たちが次々と村の家々を襲撃する。

 寝入っていた村の男たちや老人は、驚きの声を上げる前に命を刈り取られた。

 子供を産める年頃の女たちは、事切れた愛する夫や家族たちの、もはや何も映すことのない瞳に見つめられる中、闖入者たちに押し倒される。


 かくして村人たちは蓄えていた食糧も、家畜も、金銭も全て奪われ、さらには命も、そして着ている服を強引に脱がされては人としての尊厳すらも奪われた。


 そう、それはこの乱世ではごくごくありふれた、強盗団による襲撃の夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る