死後物語 BLUE その3

  3


 この町でまともに生きていくためには仕事をしたほうがいい、と門番ウェルは言った。


「それはつまり、金を稼げってわけじゃないよ。そもそもヴァルハラに通貨なんてものはない。この町でぼんやり過ごすってことはつまり、頭のなかまでぼんやりになっちまうってことだ。頭のなかをまともに保ちたいなら、なにか明確な目的を持って生活したほうがいい。そのためには仕事をするのがいちばんいいってわけさ」


 エレベーターを降りた先は、一見なんの変哲もない広場のようだった。


 地面は赤煉瓦。広場の中央には大きな噴水があり、そこから清い水が噴き上がって、一部に虹がかかっている。広場からは放射状に道が伸びていて、大勢の人間たちが行き来していた。


 雰囲気は、まるで異国の繁華街だ。南イタリアあたりの、歴史がある陽気な町。しかしそれだけでないことは、ふと空を見上げてみてすぐにわかった。


「わっ、な、なんだあれ!」


 青空ではあった。


 よく晴れた、雲ひとつない空だ。


 そこを、体長四、五十メートルはある巨大なエイのような生物が悠々と泳いでいた。


 地上からおよそ三十メートルほどのところ。まるで大型旅客機のように空を横切る巨大エイに、地上の人間たちは見向きもせず平然と暮らしている。


 一瞬、自分にだけ幻が見えているのかと永一郎は自分の目と頭を疑った。


「……ん?」


 エイは長い尾を振った。ゆっくりした動きに見えたが、尾の先端が鞭のようにしなって地上へ降りてきて、永一郎の二、三メートル横をびしと打つ。足下の煉瓦が砕け散り、欠片になって舞い上がった。エイは悠々と去っていく。幻ではない。本当に、エイが空中を泳いでいるのだ。


「おーい、永一郎」


 ウェルが放射状に伸びる路地のひとつで手を振っていた。


「早くこいよ、迷子になるぜ」

「い、いま行く!」


 慌てて追いつく。路地の左右は商店のようだった。服も売っていれば、家具屋もある。ただ、やはり売り物も変で、服はまばたきをしているあいだに色や柄が変わるし、家具屋の店先に置いてある机はなぜか逆向きで四つの脚を空に向けていた。


「な、なんかすごいところだな、ここは――夢のなかみたいだ」

「当たらずも遠からずだな。実際、夢みたいなもんだよ、時空間がねじ曲がった場所っていうのは。ここには時間経過が自然発生しないんだ」

「時間経過が自然発生しない? ええっと、つまり、どういうこと?」

「きみが生きてた世界では、時間ってのは自然に過ぎていくものだっただろ。ある特定の方向へ、常に流れ続けるものだ」

「うん、そりゃあ、まあ。勝手に時間が逆向きになったりはしないよ」

「それが、ここではあり得る。というか、逆向き以前に、時間の流れってものがないんだ。そうだな、例えるなら、きみが生きていた世界の時間経過は、川だ。上流から下流へ流れ続ける。ここの時間経過は、湖なんだよ。流れはないんだ。ただ、ときおりなにかが投げ込まれたりして湖面に波紋ができると、そこから放射状に時間が発生する」

「時間が発生……その、なにかが投げ込まれるって、どういう状況なんだ?」

「いまだってそうだよ。時間が発生してるからこそ、ぼくたちはこうやって町を歩くことができる。この場合、投げ込まれたものってのはぼくたち自身だ。まわりを歩いてるほかの存在も、みんなそうだよ。四方八方から石を投げ込まれてる湖面を想像してみるといい。どんな動きをしてるのか、とても理解できないだろ? だからここの時空間はめちゃくちゃなんだよ。正しい向きってものがないから逆向きもないし、地がないから天もない。空と海の区別なんかもっとない。海を泳いでるはずのエイが空を飛んでてもなんの違和感もないってわけ」

「う、ううむ、わかったような、余計わからなくなったような」


 永一郎は腕組みをして唸る。とりあえずいまのところは、よくわからない、ということを理解しておくしかないらしかった。


 ウェルは最初から目的地を把握しているようにすたすた歩いていく。永一郎はその背中を見失わないように必死でついていった。


 あたりは人混みだった。人、といえるかどうかはわからないが。


 前方から、どう見ても熊にしか見えないものが歩いてくる。しかしだれもまわりの人間は気にしていない。ということはそれは別に特殊なことではないのだと永一郎は思い込み、熊とすれ違った。熊は振り返ると大きなネズミになっていた。ネズミが人間と歩幅を合わせて歩いている。目眩を起こしそうな気分。


 永一郎は、ここはまさしく夢なのだと思い込む。夢ならなにが起こってもおかしくない。起こったことを受け入れるだけだ。


「このあたりの店は、どうやって営業してるんだ? この町には通貨がないんだろ」

「固有時間が通貨代わりさ」

「固有時間?」

「さっき言っただろ。この町には時間経過が自然発生しないって。でも現にぼくたちは時間のなかを動いている。これはさっき言ったとおり、ぼくたちの存在という石が湖面に波紋を作ってるからだ。どうしてぼくたちの存在が湖面に波紋を作れるかというと、生命存在はその内部に固有時間というものを持っているからなんだ。この固有時間を、通貨のようにやり取りする。固有時間は増減するものだから、他人へ分け与えることも可能だし、充填することも可能だ。そうやってここの死者たちは生活してるわけさ」

「じゃあ、もしその固有時間ってやつがなくなったら、どうなるんだ?」

「固有時間が完全になくなったら、その死者はもう生命存在とは言えないね。意志を持って活動することができない、文字どおりのそのへんに転がってる石ころと同じになる。そんなものは形を保っていられないから、死者として本当の意味の消滅をすることになる」

「それって……」

「そう、成仏だ。成仏っていうのは、固有時間を放棄することなんだ。この固有時間というやつはなかなか複雑でね。どういうものなのかよくわかってないけど、まあ、みんななんとなくそいつをやり取りしてる。仕事をすればその固有時間を充填してもらえる。もちろん、なにもせず、ぼーっと突っ立ってるだけなら固有時間は減らないから、働く必要もない。ヴァルハラでいろいろ楽しみたいと思うなら固有時間が必要だ。そういう意味でも働いたほうがいいわけだよ。で、永一郎、きみはどんな仕事がいい?」

「どんな、って言われてもなあ……生きてるときは、公務員だった。市役所の職員だ。まあ、別に楽しくはなかったけど、悪い職業じゃないと思う」

「じゃあ今回もそういう職業にするかい。嫌ならすぐに変えられるし。いろいろあるよ。成仏の門の門番とか」


 永一郎はすこし考える。


 死んでまで前と同じような仕事をしたいとは思わなかった。悪い職業ではなかったが、生者の苦情でさえ処理するのは大変なのに、死者の苦情なんて想像もできない。


 それよりは、昔憧れた、しかし生きているうちにはなれなかった仕事をやってみたい。子どもの頃、おれはどんな仕事に憧れたっけ――宇宙飛行士とか。しかしこの世界に宇宙飛行士がいるとは思えない。いや、宇宙飛行士はいるだろう、それも歴史に名を残しているようなすごいのが。成仏していなければ、だが。空にエイが飛んでいる世界だ。職業としての宇宙飛行士が成立するとは思えない。


「――探偵がいいな」

「探偵?」


 ウェルは立ち止まり、振り返る。


「それはまた、変わった仕事を選んだもんだな」

「死後の世界には探偵なんてないか」

「いや、ある。偶然、知り合いが探偵社をやってる。紹介しよう。でも、ちょっと変わったやつだってことは覚悟しといたほうがいいよ」


 ウェルは細い路地へ入っていった。永一郎も続く。路地の中程に大型犬サイズのトカゲがいた。その尻尾を踏まないようにまたぎ、歩いていって後ろを振り返り、ぎょっとする。


 まっすぐ歩いてきた路地だったが、振り返ってみると路地は地面から垂直方向に伸びていて、そう気づいて前を向くとたしかにウェルと永一郎は壁のように立ちはだかっている道を歩いて上っているのだった。


 視覚は下方向への重力を意識するが、身体はちゃんと足下への重力を感じている。なんだか五感がばらばらの情報を受け取っているような感覚だった。まっすぐ立っているのか、壁を這いつくばって上っているのか、はたまた天を足下に逆立ちしているのか、よくわからない。


 天も地もないのだ、というウェルの言葉を思い出す。なら、なにがある? いま、だ。いま、この瞬間だけは、消えない。ということは、振り返ったり先を見るのではなく、この瞬間だけを意識していればいいはずだ。ウェルのあとに続いて歩いている、というこの瞬間だけを。


 ウェルはヴァルハラを熟知しているようだった。迷うことなく歩いていく。


 狭い路地の果ては、民家にしか見えない一軒家だった。そのドアを開け、奥へいく。奥は当然のようにだだっ広い草原。バッファローのような、しかし体長四、五十メートルはある巨大生物がゆったりした動作で草をはんでいる。ウェルがその巨大生物に近づき、腹のあたりをとんとんとノックすると、巨大生物は一瞬にして薄茶色の扉に変化した。金色に輝く真鍮のノブを握り、奥へ進むと今度はまた町中。しかも何十階建てなのかもわからない摩天楼が建ち並ぶ大都会だった。


「なあ、これ、正規ルートなの? だれも知らない魔法の裏道とかじゃないのか」


 つるつるしたビルの表面を歩いて上りながら、永一郎は言った。風が強い。ビル風だ。足下の窓の向こうではスーツを着た人間たちが仕事をしている。本当に仕事をしているのか、そう見えるだけなのかはわからなかった。


「ぼくなりにいちばん早いルートを選んでるつもりだけど、どうだろうなあ。ここでは思いがけないところに道があったりするからね。ほんとに町に詳しいやつなら、もっと早いルートを知ってるかもしれない――おっと、そっちの窓は危ないぜ、底なし沼になってるから」

「うおっ、あ、危ない、片足突っ込んでた!」


 窓にずぶずぶと足が沈んでいく感覚は異様だった。まあ、異様というならビルの表面を上っているのも異様だが。


 そのままビルを頂点まで上りきり、屋上にあった扉のなかに入ると、そこは明らかに外観の立派なビルの内部ではない、ちいさな雑居ビルの昇降口だった。


 狭く湿気た階段を下りていく。二階分下りたところで、ウェルは立ち止まった。


「ここが探偵社の事務所だ。いままでのルート、覚えた?」

「覚えたように見える?」

「ま、なんでも慣れさ」

「何千年かかっても慣れるとは思えないけどな……」

「大丈夫、ここに時間はない。何千年なんて瞬きひとつだし、一秒を永遠に引き延ばして感じられることもある」


 心強いような、より不安になるような。


 ウェルは扉をノックした。「火の鳥探偵社」という表札がかかった扉。火の鳥、か。たしかに一般的な探偵事務所ではなさそうな気がする。一般的な探偵事務所とはなにか、という問題もあるが。


 内側からの返答はとくになかったが、ウェルは扉を開けた。なかに入る。永一郎も続いた。


 いままで扉をくぐる度にまったくちがう場所へ出てきたから、今回もそうかと思っていたのだが、扉の向こうは明らかに階段部分と連続しているような雑居ビルの一室だった。


 入ってすぐのところに来客用らしいソファと机があり、右側には事務机、奥の窓には反転した文字で「火の鳥探偵社」。ビルの外から見れば正しい方向に見えるのだろう。窓の手前には大きめのデスクがひとつ。どうやらそれが所長のデスクらしかったが、室内は無人だった。


「留守、かな」

「いや、そのへんにいると思うけどな。永一郎、鳥を捜してくれ」

「鳥?」

「そう。でかい鳥だよ。人間くらいのサイズで、しゃべる鳥」

「そんな鳥、いるか……あ」


 いた。


 事務机の奥に、置物のように巨大な鳥が立っている。


 実際のサイズはよくわからない。四方八方で伸びている羽根や飾りがその存在をより大きく見せていたが、実際も巨大な鳥にはちがいない。


 羽根の色は金と赤。そのあいだにあるすべての色をグラデーションもめちゃくちゃに配置したような。しかし美しい。永一郎は鳳凰を思い出す。伝説の鳥。そんな雰囲気を持っている。


 鳥とは目が合っていた。鳥類独特の、感情のわからない黒い目。なぜかヘビに睨まれたカエルのように身動きが取れない。鳥のほうは鋭く尖った嘴をゆっくりと開き、そして、


「コケぇぇぇ!」

「うおっ!?」

「わっはっは、間抜けな顔でござる」

「な、なんだこの鳥!」

「ヴェルディヴェール」ウェルは言った。「紹介するよ、永一郎。これが火の鳥探偵社の所長、不死鳥のヴェルディヴェールだ」

「ふ、不死鳥?」

「ヴェルディヴェール、こちら絹田永一郎。諸々あって成仏するのをやめてしばらくヴァルハラで暮らすことになった。探偵志望らしいから、よろしく」

「きぬた、えいいちろう?」


 鳥がかたかたと嘴を鳴らしながら言った。見た目は鳥だが、言葉は通じる。


「ふむふむ、なるほど。それがし、不死鳥のヴェルディヴェールでござる。よろしく」

「あ、ああ、よろしく……あの不死鳥って?」

「じゃあ、ぼくはそろそろ門番の仕事に戻るよ。永一郎、またね」

「え、あ、ちょっとウェル!?」


 ウェルは手を振りながら事務所を出ていく。扉がぱたりと閉じた。あとには人語を話す怪鳥と永一郎だけが残される。


 永一郎はゆっくりと不死鳥のヴェルディヴェールを振り返った。ヴェルディヴェールはばさりと羽根を鳴らしながら事務机を迂回し、所長のデスクと思しき机へ歩いていく。それは場違いなくらい優雅な仕草で、重力を感じさせない動きでヴェルディヴェールは机の上に飛び乗った。


 机の上に立つと、いよいよ巨大な鳥だった。


 足下から頭だけで二メートル近くある。しかもその余計に巨大な羽根を持っていて、頭部からはぴょんと耳のように羽根飾りが伸び、左右に羽根を広げれば四、五メートルはありそうだった。


「あ、あの、ヴェルディヴェール、さん?」

「さんづけの必要はないでござる」


 不死鳥のヴェルディヴェールは言って、ばさりと羽根を広げた。風が起こる。永一郎は目を細めた。そして再び目を開けたとき、机の上の怪鳥はいなくなっている。


 代わりに、デスクに足を上げ、ひとりの女が椅子に座っていた。


「え、お、え?」


 長身の女だ。行儀悪くデスクに上げているすらりと長い足だけでもそれがわかる。髪は炎のような複雑な色。赤のようでもあり、金のようでもあり、鋼のようでもあった。それを後頭部で結び、ぴょんと尻尾のように跳ねさせている。下ろせば、腰あたりまである長い髪にちがいない。


 すっと切れ長の目。前髪はその目よりもすこし上で切り揃えられている。通った鼻筋と、大きめの口。その口角がにっとつり上がると、人懐っこい笑みになる。


「わっはっは、間抜けな顔でござるその二」


 先ほどと同じ声だった。つまり、怪鳥と目の前に現れたモデルのような美女は同一人物なのだ。永一郎は、頭ではそう思うが、感覚がついていかない。このヴァルハラにきてからそんなことばかりだった。そう思えば、目の前で鳥が女に変わったくらいは平凡なことのようにも思えてくる。


「どうしたでござる。鳥姿のほうが話しやすかったでござるか。こっちのほうが話しやすいかと思って人間になったのだが」

「い、いや、そりゃ、人間のほうが話はしやすいけど……ええっと、不死鳥の、ヴェルディヴェール?」

「うむ、まさしくそれがし、不死鳥のヴェルディヴェールでござる」

「ええっと……聞きたいことがいくつかあるんだけど、まずひとつ。なんでチャイナ服?」


 デスクに足を上げているせいで深いスリットがぱっくり開き、目のやり場に困るのだが。


「それがしの趣味でござる!」


 どうだ、いいだろう、というようにヴェルディヴェールは笑った。お、おう、と永一郎はうなずく。とりあえず得体の知れない相手は刺激しないほうがいい、というのは市役所勤めで学んだことだった。


「質問はそれだけか? もっとカモンカモン!」

「え、ええっと、じゃあ次の質問……不死鳥って、なに?」

「不死鳥とは不死鳥でござる。死なない鳥、と書く。間違ってもちょうちょではないぞ!」

「だからそれがなにかってことなんだけど……ここは、死者の町、なんだよな。ってことは、みんな死んでるんだろ、このヴァルハラのひとたちは。なのに、不死鳥?」

「町の者すべてが死んでいるわけではないでござる。ヴァルハラは死者の町。うむ、それは正しい。しかし死者の町だから死者しかいないというわけではないのでござって。しゃきーん」

「しゃきーんは別にいいから、続きを」

「むう、ノリが悪いでござるなあ。もしや、おぬし、近頃の若者では?」

「もう若者って年じゃないような気もするけど……死者しかいないわけじゃないって?」

「つまり生と死を超越した存在もいるのでござる。それがしとか、それがしとか! どうだ、すごいでござろう!」

「あー、すごいすごい……不死鳥のことは、もういいや。ヴェルディヴェールはここで探偵をやってるってことでいいのか?」

「うむ、探偵社の社長でござる」

「その……おれは、ここで働けるのか? 自分で言うのもなんだけど、経験とか、ないけど」

「探偵をやりたいんでござろ? ならば採用!」

「早っ!」


 こんな簡単なことでいいんだろうかと永一郎は思うが、ウェルが言っていたように、ヴァルハラでの仕事はもっと思っているよりももっと流動的なのかもしれない。やりたければやって、飽きれば別の仕事へ移る、という感覚なのだとしたら、簡単に採用してもらえるのもうなずける。


 しかし、とにかく、どうやらヴァルハラで生きていく道には出会えたようだった。


 生きていく、というのも妙な話だ、と思うが、しかしそうとしか言いようがない。それとも、死に続ける道、か。成仏するのではなく、死んだ身として存在し続ける道、だ。


 ヴァルハラで過ごすうち、やがて眞未のことも忘れるのだろうかと永一郎は考えた。


 もし眞未のことを忘れてしまったら、きっと心置きなく成仏できるだろう。しかしそれでは寂しい気もする。なにもかも忘れ、存在が消えてしまうというのは。せめて思い出だけ、意識だけでも残しておきたい――そう思うからまだ成仏できないのかもしれない。


 とにかく、おれはここで生きていくことになるわけだ。この死後の世界で。

 永一郎は改めて自分の雇い主ということになるらしい女、ヴェルディヴェールを見た。


 鳥なのか人間なのかそのどちらでもないのかはわからないが、仲よくやっていくしかない。まあ、悪い人物には見えなかった。変ではあるが。ウェルの言うとおりだ。


「ええっと、じゃあ、よろしくヴェルディヴェール」

「うむ、よろしくエーチロウ」

「いや、永一郎なんだけど」

「エーチロウでござろう?」

「えいいち……ま、いいけど」

「うむ、エーチロウ!」


 このわけのわからない町に比べたら、安定しない呼び名くらい大した問題ではない。


 永一郎は、ここから自分の新しい人生がはじまるのだと考えた。第二の人生ならぬ、死後の人生だ。楽しいのか苦しいのかはわからないが、やってみるしかない。

 きっと、楽しむ気持ちがあればどんな状況も楽しめるだろう。

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