第8話 強い意志



俺達は村の入口に向かって走っていた。少し行くと、そこには信じられない光景だった。


 一様に不安そうな表情を浮かべた村人たちの前に立つルードは、右手の剣を真っ直ぐ相手に構える。


 しかしその相手というのが、俺が相手にした狼のようなものでも、話で聞いたスライムのようなものでもなく――どう見ても《魔動戦車》だったのだ。


 ルードの鉄剣が紅色に光る。しかし光っているのは刃の片面だけだ。一方の面のみ紅色の光を放つ必技は、俺の知る中でただ一つだ。


 もし、あれが俺の知っているあの技ならば。……ルードの勝機は薄い。


「やめろ!!無駄だ!!!」


俺が叫んだときにはもう遅かった。


「……らぁっ!」


 気合一閃、文句無しのスタートダッシュ。剣と本人が同調しているかのような動きで、戦車の側面を切り裂く。そして1メートルほども空中に跳び上がり、剣を両手で構えて振り下ろす。


 がきぃぃん!と耳に響く音が鳴り、遠くに居た俺とルースの髪を少し揺らした。片手剣初級2連撃技、《アラウンド・ロジックス》。


 俺の目から見ても、確実にクリティカルヒットだった。もし相手が生物系の魔物であれば、問題なく倒せていただろう。そう、あれが生物であったなら。


「……んな……効いていないのか……!?」


ルードは戦慄のあまり、その場で動けなくなっている。


 戦車の砲台がゆっくりとルードの方を向き、止まった。標準が合っていることは疑いようもない。


「早く逃げろ!撃たれるぞ!!」


 咄嗟にそう叫んだが、一歩遅かった。下がろうとするルードの背中に魔法弾が直撃し、ウォロ村の衛兵は3メートル近くも吹き飛ばされた。


「ルード!!」


 俺は夢中で走りだした。戦車が横目で俺の姿を捉えたのか、砲台がこちらへ向かって動く。だが俺はそれすら気にせず、ルードを抱き起こした。


「馬鹿野郎……早く、戻ってくるって、言ったじゃないか……」

「ああ……すまん…」


 ルードの背中の傷は、深いが命に別状はなさそうだった。止血のみ施し、村人の後ろに座らせる。


「全部、こいつを準備してたからだってことかよ……」


 3日もの間魔物が襲撃してこなかったのは、平和だからではなかった。魔物たちは、この戦車を人々に見つからないよう製造し、運んでいたのだ。


 俺が戦車のほうを向いた時に、ちょうど標準が合ったらしかった。もう、いつ砲撃が行われてもおかしくない。


「神風さん!!」


 俺に向かって叫んだルースに向かって、片頬だけで笑い返した。左腰の剣を抜き放ち、心の中で初めて使う鉄剣に語りかける。


 ――お前の力、ここで見せてくれよ。


 それを言い終わるのと、砲撃が開始されたのは同時だった。赤く光る砲弾のみを見つめ、その時を待つ。


 俺は俺をめがけて飛んでくる魔法弾に意識を集中させ剣を構えた。

だんだん周りの音が聞こえなくなる。そして魔法弾の動きがだんだんゆっくりに見えるようになり──ここぞというタイミングで気合とともに一気に斬り上げた。

 

「───っ!」


俺に向かって飛んできた魔法弾は剣と触れた瞬間に爆散した。


 これには、周りで見守る村人たちからも感嘆の声が上がった。実際に俺の必技を見たのは、この世界ではルースとルードしか居ないはずなので、驚くのも無理はない。


 再度魔法弾を撃ってくるつもりらしい魔動戦車を正面に見据え、俺は腰を落として右足でトンと地面を叩いた。


 ビュン!と風を切る音を発して、コンマ1秒足らずの一瞬で戦車の真後ろに回り込んだ。中級サポート技、《リライト・ターン》。


 この技は敵との距離を維持したまま、一瞬で背後に回り込む便利な技だ。発動方法は、回り込みたい方向の足のつま先で床を叩けばいい。


 魔動戦車は突然ターゲットが消えた事に混乱しているようだ。その隙を逃さないよう、俺は素早く剣を両手持ちに切り替え、正面に構えた。黄色の光が、鉄剣の刀身全体を覆う。この技は始動時間が長いので、気を逸らす必要があったわけだ。


「はあぁっ!!」


 左から右への薙ぎ払い。上から下への叩き落とし。回転して左下から右上の斬り上げ。もう一度、上から下への叩き落とし。


 一秒に一回という必技にしては遅いテンポで攻撃するこの必技は、威力倍率が非常に高い上に打撃属性も持ち合わせている。その為装甲を持った敵に有効なのだ。


 最後に、一歩後ろに下がってから渾身の突き。これが、重片手剣5連撃技《クイン・デストラクション》。両手剣にほど近い重片手剣、つまり俺の持つような鉄剣でないと、この必技は使えない。


 全身全霊の必技を受けた魔動戦車は巨体に似合わず大きく吹き飛び、機能を停止させた――と思ったのもつかの間、キャタピラは動かないが砲台のみが、村人の方へ動き出した。


「───!?」


 俺は黄色の光が消えるのを待った。この光が消えるまでは、次の必技は使えない。早く、早く戻ってくれ。


 ――その時、魔動戦車の内部に光るものがあるのに気が付いた。紫色の球体が、何の支えもないはずの場所で浮遊している。


「神風殿!あの光を潰すのですぞ!」


 すると、村人の中に、両腕を上げて俺に叫ぶ人が見えた。間違いなくウォロ村の村長、ディグルだ。


「そいつは恐らく魔導兵器オートマタ!それさえ壊せば、活動は停止します!!」

「ああ!」


 村長の語り掛けに、俺は強く返事した。しかし必技の冷却時間クールタイムが終わらないことにはどうにもならない。


 しかし俺の剣が光っている間にも、魔動戦車の砲台は動き続ける。そして――


「――あ……」


 俺は、ルースが砲撃の標準に収められていることを悟った。


「くっ…」


 回避も、防御も不可能。ルードは鎧を着ていたから負傷で済んだものの、武装をしていないルースが直撃すれば――


「ルース!!」


 俺は無我夢中で叫んだ。

だが、魔動戦車は無情にも動きを止めずにルースに向けて魔法弾を打ち込んだ。


俺は剣に必死に願った。俺に、力を貸してくれ、と。


 すると、どうしたことか剣の光は一瞬で消え去り、もう3秒は続くはずだった冷却時間が終了した。瞬間的に、ルードの言葉が頭を過ぎる。


 『想像イメージを使いこなす者は、戦技量に関係なく必技を放てたり、物に触らずに動かすことすらも可能だという。お前も、もしかしたら出来るかもしれんな。』


 そうか……これが、想像イメージの力か。


 俺は、剣に「ありがとう」と念じ、剣を水平に構えた。刀身が紅く光り、剣全体どころか俺の右腕をも紅い光が巻き込む。これも想像イメージの力だろう、光の強さも尋常ではない。


俺は片手剣単発突進水平斬り、《ホリゾンタル・ストライク》を使いルースの目の前まで一気に飛び、魔法弾を弾いた。

 

 そして、俺は隙かさず剣を右に水平に構えた。すると剣は紅く光り始める。

本来は硬直で動けなくなるが次の必技のモーションにタイミングよく入ることで、冷却時間を無視して次の必技が使える、《必技の連携》を使った。


俺はホリゾンタル・ストライクからソニック・ストライクにつなげて思いっきり魔導兵器の銃口に向けて突進した。


すると、剣は銃口を完全に捉え、そのままソニック・ストライクは魔導兵器に向かって一直線に貫いた。


それはまるで、対物ライフルの弾が魔動戦車の装甲を貫通したかのようだった。


魔動戦車は動力が破壊されたことによってその場で爆破した。


幸いうまく破壊したのか爆発にそこまでの威力はなかった。


俺は体制を直して左腰の鞘に鉄剣を収めると、わあっ!と歓声が巻き起こった。

そして、俺はルースのところまで行き言った。


「大丈夫だったか?」

「……また、助けられちゃいましたね」

「……村人を守るのが、剣士の務めだからな」


 俺は笑ってそう言った。すると座り込んでいたルードがこちらに歩み寄ってきた。


「……助かったよ、ありがとう」

「いや、俺が川に行かなければ、こんな大事にならなかっただろうし……」

「ああ、そうだったな、感謝して損した気分だ」

「ええ!?そこまで言う……?」


 他愛ない会話を交わし、お互い笑い合う。少しの沈黙が流れ、ルードは一度咳払いをした。


「まあ、俺だけで戦っていたら死んでいてもおかしくなかったろうし、村を守れなかったかもしれない。だから……」


 少し迷う素振りを見せ、右手の拳をずいっと突き出してくる。


「……マジ、サンキューな」


 イントネーションのずれたその言葉を聞いて、俺は胸に込み上げてくるものを抑え込みながら拳を打ち付けた。


「おう、どういたしまして」



 ***



「うわ、何だこれ超うめぇ!!」


 俺の本心から出た言葉を聞いて、「そう?良かった」と顔を赤くして笑顔で頷くルース。約束通り、俺に手料理を振舞ってくれているのである。――当初の予定と違い、村人全員が参加しているが。


 魔動戦車の魔物、いや魔導兵器オートマタを破壊し、村全体がお祭り騒ぎになった。俺は村を救った異世界人、ルードは身を呈して村を守った衛兵の鑑として讃えられ、村人全員から感謝の言葉を浴びせられた。


 現在、俺たちはウォロ村全体を挙げての祭りを楽しんでいる。全く想定していなかった出来事ではあるが、まあ悪い気はしない。


「神風くん、ちょっと良いですか?」


 ひたすらに飯をがっついていた俺に声を掛けたのは、もちろんルースだ。今は空になった板――お盆のような使い方をしている――を置き、俺の腕を軽く引っ張っている。


 俺が連れて来られたのは、宴会騒ぎになっている村長の家の裏だ。何をするのだろうと思っていると、俯きながら話しはじめた。


「あの、今日は助けて頂いて、ありがとうございました。三回目、ですよね。いつもお世話になっちゃって、申し訳ありません」


「いや、気にしないでいいよ。俺も好きでやってるわけだし」


「……あの、今日はこうやって皆のお祭り、っていう形でのお礼になってしまいましたが、いつかまた、ちゃんとこのお礼をさせてください!」


 俺は、どう答えていいものか分からなかった。だからせめて、俺の気持ちを伝えようと思った。


「ありがとう。でも、俺も沢山のお礼をしてもらってるんだぞ?俺一人じゃ、ルードに引き留められて村に入れなかったろうし、ディグルさんにだって信用されなかったかも知れないんだ」


「でもそれは、初めて助けて貰った時のお礼に――」


「じゃあ、こうしよう。俺のお願いは、これから俺達の間に貸し借り感情はナシにする、ってこと!勿論聞いてくれるよな?」


「えっ、ええ?」


 混乱させてしまったようなので、一つ間を置いてから話し始める。


「……俺だって、この世界についてはよく分からないんだ。そこで、ルース。君が色々教えてくれるから、俺はやってこれたんだよ。いや、やっていける、これからもな。だから、貸しだの借りだのはナシにして、お互い困ったら助ける、って事にしようぜ」


 ルースは黙って俺の話を聞いていたが、やがて顔を上げて俺を見た。


「……本当に、優しいお方ですね……神風くんは……」


 右目に指を当てて、はっきりとした声で告げる。


「私は、神風さんが生きていけるように、可能な限りこの世界の知恵を教えます。なので、もし私がまた危なくなった時は、助けに来て下さいね?」


 右手を差し出すルースに、俺は手を握り返し、笑いかけた。


「おう、よろしく頼むぜ!」




 その日は夜遅くまで宴会が続き、月が頂点を越すまで眠る者は居なかった。エルが神風に会いに来るのは、この出来事からおよそ1週間後の出来事である。


8話 強い意志 完

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