第6話 記憶

俺はルースに先導され、村長の家へ向かっていた。この世界で生き抜くために、聞いておきたいことがいくつかあったからだ。


「いやぁ、にしてもほんとに良い所だな」


俺は無意識にそう呟いていた。


大きな滝があったり川があったり木々が生えていたりととてもきれいな場所だ。風で木々が揺れるたびにサーっという音が聞こえてくる。それに加え水の静かな音も聞こえてくる。日本人としてもこれはやはり落ち着く。疲れが一気に消し飛んだ。


「そうですか?そう言って貰えると嬉しいです!」


その後も村の建物の紹介などをして貰いながら歩いている内に、他の建物より一回り大きな家が目についた。きっと、あれがウォロ村の村長の家だろう。


「俺一人じゃ、誤解とか生まれそうだしな……ルース、俺と一緒に来て貰ってもいいかな?」

「はい、勿論です!」


快く承諾してくれたので、俺は内心ほっとしていた。結果的にはルースが村に連れてきてくれたから良かったものを、一人で来ていたら村長の家で必技を放つ羽目になっていたかもしれない――

と言うか家で必技を放ったりしたら大変なことになるだろ!──

と、自分でツッコミを入れてしまった。


「村長?お客様がいらっしゃってますよ、失礼します」


ルースが静かに扉を開けるので、思考を切り替える。ここで粗相があったものなら、『こんな無礼なよそ者は村に置けん!帰れぃ!』などと言われそうだ。気を引き締めていかなくては。


そう思って扉の奥の部屋に入ったのだが、想像以上に若かった男性――ウォロ村の村長は、そんな気難しい人ではないようだった。


「こんにちは、ディグルさん」


「おお、こんにちは、ルース」


ルースが挨拶をすると、ディグルという名前らしい村長は快い挨拶を返した。次いで、後ろに俺が居ることに気づいたのか視線を止める。


「そちらの方が、お客様かな?そちらの方は?」


「あっ、私が魔物から襲われているところをこの方が助けてくれたのです!

そういえば、私もまだ剣士様の名前、聞いていませんでした。」


俺はここで詰まってしまった。だが何故か自然とで名乗った。


「──剣士…剣士神風です」


この名をユーザーネームとして決めたとき俺はなぜかこれしかないと思った。あり得ない話だが、過去に何度もこの名を名乗り呼ばれていた気がする。この不思議な感覚は一体何なんだ?

俺はそんなことを考えていた。


「ほう、この辺りでは珍しい名前ですな。旅をされているのでしたら、もしや、はるばる大和やまとの国から?」


「……大和?」


聞き馴染みのある単語だ。これは地球でのことを指して言っているのではない。何度も、何度も口にしているはず。そして聞いているはずだ。日本ではない何処かで…。

その時、俺の頭のなかにある映像が飛び込んできた。それは鮮明な記憶のような…だが、靄がかかっている。

《いつかこの国を出て、二人で旅をして、そしていつかこのサッツァニア一番の剣士になろう!!》

《ああ、俺たち二人の夢だ。絶対に叶えよう。》

《あ、でも、二人が一番っておかしくない?》

《あははは、たしかにな。》

二人は笑っている。

…なつかしい。俺はそう思った。明らかに俺の居た日本とは違う。だがこれは確かに俺の記憶だ。


「………」

「どうなされたのですか?神風殿」


俺はディグルさんの一言で我に返った。


「あ、いえ…。私は異界から創世神エルによって連れてこられたのです。」

「異界ですか……。それなら色々納得が行きますな…。」

「ふぁ、ふぁい?」


驚きのあまり間の抜けた声を上げてしまい、隣でルースがくすっと笑った。すぐに小声で「ごめんなさい」と言ってきたものの、俺は何となく気恥ずかしくなってディグルの発言にどう対応するかという局面に集中した。


「えぇ?いやぁ、そんなことは――」

「そんな、改まらなくても。実は先程、索敵の兵が妙なことを言っていましてね。この村から少し離れた河川のそばに突然人間の反応が生まれたとのことで、それがあなたなら色々辻褄が合いますからね」


「な、なるほど…」


俺はこの村長と言うかこの村のセキュリティの強さに少し唖然とした。ルースがいなかったら俺は一体どうなっていたのだろうか。考えるだけで頭が痛い。


「それにエル様がお呼びになったというならありえる話ですし似たような噂は何度か耳にしていたんですよ」


「そ、そうですか……ははは……」


そこで、ルースには名前も名乗らず、正体も明かしていなかったことを思い出した。彼女に向き直って、頬を掻きながら伝える。


「……名前も名乗んないで、正体も隠す形になっちゃってごめん。隠すつもりはなかったんだけど……」


「えっ、ああ、気にしないでください。――剣士様、いえ、神風様は、優しい方なんですね!」


「様はやめてくれよ。気軽に呼んでくれよ。俺はルースと今後も仲良くしたいし。」

「……はい!神風くん!!」


ルースは一瞬うつむいてからすぐに顔を上げ天使のような笑顔で言った。

この時俺はルースには何かあるのでは無いかと思ったがここではあえて触れなかった。


「よろしくな。ルース」


そこで俺は、村長に聞きたいことがあったのを思い出した。少し会話に間を開けて、聞こえやすいようはっきりとした声で告げる。



「そういえば、俺は休憩の取れる場所の見当が付いていないもんで……良かったら、ここを拠点として使わせて貰ってもいいですか?」


「もちろん。いいですよ。そうしてただければこちらとしてもありがたいです。ここを拠点にしていただけるのならこの村の護衛もしてもらえますしな。」


うわ、このひとちゃっかり俺に村の護衛役やらせようとしてやがる。なんて腹黒いんだ…。


「…あ、ああ、そんな事で良ければ、喜んで引き受けますよ」

「では、空き屋がありますのでそちらをお使いください。」

「ありがとうございます。これからお世話になります」


ディグルとの対談を終え、ルースと共にディグルの家を出た。空は暗くないまでも赤く染まり、夜が近いことを静かに告げた。


「そんじゃあ、あらためてこれから世話になると思うけど……よろしくな」


ルースに向かって右手を差し出す。それをルースは両手で勢いよく握り返し、笑顔で言った。


「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」


ルースと別れ、空き家にしては綺麗に清掃された家に入った。この狭くも落ち着く部屋が、暫くの俺の休憩場所というわけだ。


「今日は、いろんなことがあったな……」


薄い布団に身体を投げ出し、独り言のように、小さく呟く。


怒涛のように起こった今日の出来事を、短い時間で頭の中で整理してから、瞼をゆっくりと閉じる。


俺は疲れのあまりか、外がまだ少し明るいのにも関わらず、すぐに眠りに落ちてしまった。


6話 記憶 完

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