9 ほんと、うんざりするわね?
『新横浜基地』のブリーフィングルームには――総勢五百名を超える『マキア』と、『連合』の軍人、そして『機関』の職員たちが集まっていた。
巨大なスクリーンの前には、戦術指揮官であるミクリ・ミカサと戦術作戦室のスタッフ、基地のエースを名乗るに相応しいトップ『マキア』たちが立っている。
その中には、もちろんアリサの姿もあった。
「今から約一時間前、月からの地球軌道上に『転移』反応を観測。反応と同時に――『巨人』出現。これが、宇宙望遠鏡『エウレカ2』が撮影した今回の、そして十二番目の迎撃対象よ」
ミカサさんが言うと、『
黒い宇宙を切り裂くように直進する謎の物体。
巨大な岩の塊であり――黒い
それは、宇宙の果てから飛来する隕石。
人類が便宜上『
二十年前のファースト・ギガント襲来より続く――十二番目の星。
「今回の『巨人』の直径は――約十二キロ。今から八時間後の日本時間の午前三時に、地球の静止軌道上に到達するわ。詳しい説明は、オデットとオディールにお願いするわね」
ミカサさんが言うと、戦術作戦室付きの『マキア』――オデットとオディールが前に出る。
迎撃ではなく迎撃支援――情報分析と作戦立案に特化した双子の『マキア』は、ミカサさんの右腕として彼女の戦術指揮のサポートを行っている。
『マキア』には戦闘機乗りだけでなく、様々な分野に精通・熟練・特化した『特化型』が存在しており、迎撃支援だけをとっても――情報分析、作戦立案、戦術指揮、火器管制、前線支援、後方支援、情報操作、隠蔽工作など多岐にわたる。
他にも、整備・開発に特化した『マキア』も存在する。
「それでは」
「説明をはじめます」
戦術作戦室の黒い制服を着た双子は――鏡写しのように同じ顔、同じ仕草、同じ声で説明を始める。
まとめた長い黒髪を右肩から流し、ピンクのリボンをつけているのがオデット。
反対に、まとめた長い黒髪を左肩から流し、パープルのリボンをつけているのがオディール。
それくらいの差異でしか二人を判断することは難しい。
「今回の迎撃対象――十二番目の『巨人』は」
「約6500年前に地球に衝突し、それまで地球に存在していた恐竜を絶滅させたとされる隕石と、ほぼ同等の質量を持っています」
「その隕石衝突の際のエネルギーは、TNT火薬百兆トンを優に超え」
「メキシコのユカタン半島に直径百八十五キロ以上のクレーターを――『チクシュルーブ・クレーター』を作り出しました」
目の前のスクリーンに、過去の隕石衝突と今回の巨人が衝突した時のシミュレーション映像が流れる。
ほんの束の間、太陽よりもはるかに眩しい火の玉が横切った後に巻き起こる巨大な大爆発。その威力は地下数百メートルにまで達し、大地や岩を蒸発させ、巨大な津波を起こし、地球上の大陸という大陸を洗い流していく。衝突の際のエネルギーももちろん凄まじく、仮に衝突地点から千キロ離れていたとしても一瞬で消滅する。
詳細な資料に目を向けると、衝突の際に起こる災害は、マグニチュード11規模の地震、300メートル級の津波、その他の災害が連鎖的に起き――さらに十兆トンの二酸化炭素、千億トンの一酸化炭素、さらには千億トンのメタンが一気に放出されて、地球は完全な氷河期に突入すると計算結果が出ていた。
「今回は、何の捻りもなく過去最大の隕石を放り込んで来たってわけね? とにかく質量でごり押しして人類を消滅させようって魂胆かしら。あーやだやだ」
ミカサさんが愚痴をこぼすように言って面倒くさそうに手を振ってみせる。しかし、その表情は強張っていて、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「今回の巨人が仮に地球に衝突した場合、『ジオ・フロント』で暮らしている人類の九割は死滅します」
「それだけでなく、地球上のありとあらゆる生物――動植物はもちろん、昆虫や微生物も含めて、約七割が絶滅します」
「私たち人類が築き上げてきた文明が失われることはもちろん」
「核の冬に包まれたこの地球で、人類がもう一度文明を築くには」
「数千年の時間を必要とするでしょう」
絶望的な事実だけを淡々と告げて、二人の説明は終わった。
ブリーフィングルーム全体が、重い空気によって支配される。
それはまるで、地球を覆う黒い雲の壁と同じように、僕たちの頭上に立ち込めた。
僕たち人類の未来を閉ざしてしまうみたいに。
「暗くてじめじめした説明は、もう聞き飽きたわ。毎回毎回、人類滅亡人類滅亡って、同じことを言われなくても分かってるっていうのよ――ほんと、うんざりするわね?」
衝撃的な映像と資料に衝撃が走るブリーフィングルームで、気勢を吐いたのはアリサだった。腕を組んで胸を張り、大股を広げたその姿は勇ましく、張り上げた声と同様に、その表情は自信に満ち溢れていた。
過去五回の『巨人』迎撃作戦を全て成功させて帰還したトップ『マキア』であり――この基地のエース・オブ・エースが、その声と表情で、自身の立ち振る舞いで、他の子供たちを鼓舞する。
「いつだって、私たちの作戦はシンプルでしょ? 目的は、たった一つだけ。地球に衝突する『巨人』を迎撃する。それができなければ人類は滅亡し、作戦が成功すれば――人類は存続する。それだけのことよ」
アリサはなんてことはないと言ってのけ、ミカサさんに視線を向けた。
「それで、ミカサ――作戦はあるんでしょう? とびっきりの奴を頼むわよ」
「ええ、もちろん作戦はあるわ」
アリサの言葉に頷いたミカサさんは、一歩を前に出て僕たち全員を――集まった子供たち、『マキア』を見つめる。
「現時刻をもって、この十二番目の『巨人』を
直径約十二キロの超巨大質量の隕石――『エンケラドス』。
地球到達までの猶予は――八時間。
僕たちに、人類の全てが託された。
「全員――翼をささげてちょうだい」
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