2 等身大の少年の矜持が、そこにはあったような気がしたから

 朝の訓練の終えて軽くシャワーを浴びて向かったラウンジは、今日もたくさんの子供たちで溢れ返っていた。

 

 だいたいに十二歳から十八歳くらいの様々な服装や表情、そして個性の少年少女――子供たちが、談笑をしたり、ふざけたりじゃれ合ったり、何かのゲームに興じたり、言い争いなんかをしている。

 もちろん、僕のように一人で過ごしている子供もいる。


 まるでコンサートホールのように広いラウンジの端のソファに、僕はひっそりと腰をかけていた。そして、集まった子供たちを眺めていた。


 子供たちは、便宜上『マキア』と呼ばれており、全員が例外なく『戦闘機』に乗るために遺伝子操作や、肉体的に調整を施された『デザイナーズ・チルドレン』だった。試験管や人工子宮から生まれた子供いれば、遺伝子操作を受けながらも母親の子宮から生まれた子供もいる。

 各国や各機関の『マキア』技術によって誕生や出生の経緯や方法は様々で、実験や試作として生まれた子供すら存在する。


 アリサは、母体から生まれながらも完全な『オーダーメイド』――つまり、戦闘機乗りとして完璧にチューニングされた『マキア』であり、最先端技術の結晶だった。彼女には『成長促進』という技術が使われていて、生後三年ほどで戦闘機に乗れるまでに成長するという。


『マキア』の特徴は――『戦闘機乗り』、または『迎撃作戦』や『迎撃支援』に特化するように遺伝子をチューニングされて生まれてきたと言うだけなく、胎児の状態から『有機ナノマシン』よる調整を受けて、生まれながらに『iリンク』と呼ばれる通信手段を備えている点でもあった。


『iリンク』は脳を直接通信ネットに繋げる有機ナノマシン技術で、これによって『マキア』たちはいつでもネットワークに繋がることができる。頭の中に電話とパソコンが埋め込まめれていると考えると分かりやすいのかもしれない。


『iリンク』は脳の五感を司る神経とも繋がっており――僕が見たもの、嗅いだ匂い、触れた感覚、口にした味、聞いた音などを全て分析し、記憶しておくことができる。他には『視神経』と繋がった『拡張現実階層ARレイヤー』によって、僕たちは現実の上にもう一つの映像――『拡張現実オーグメントリアリティ』を重ねて見ることができる。


 例えば、今僕が眺めている大勢の子供たちを『拡張現実階層ARレイヤー』越しに見ると、子供たちそれぞれには『付箋ふせん』のような『パーソナルタグ』が付いていて、視線をその『タグ』に合わせることで『タグ情報』が展開する。

 

 ポップアップしたタグには、その子供の『パーソナルデータ』――年齢、性別、所属、階級、出身、さらにアクセス権限があれば、その子供の製造モデル、経歴、搭乗機、撃墜数、作戦履歴、さらに個人的な情報などを見ることができる。


「――やあ、スカイウォーカー」

 

 僕が掛けられた声の方に視線を向けると、パーソナルタグがポップアップしてノートを開いたようにタグ情報が展開する。『拡張現実階層ARレイヤー』は基本的に全て半透明のオブジェクトなので、視界の中にセロファンでできたオブジェクトが無数に浮かぶ上がるような感じに似ている。

 

 フィン。

 男性。

 十四歳。

 新横浜基地所属。

 中尉。

 統一ユーロ。

 以下、閲覧権限なし。

 

 こんな感じ。


「君にしては珍しく空を見上げてないね。ここは、窓が無いからかな?」

 

 フィンは、楽しげに言って僕の隣に腰を下ろした。

 栗色の巻き毛が特徴的な子供で、今は国どころか土地ごと消滅してしてしまった北欧出身の『マキア』だった。


 過去には一大勢力を誇り、何度も世界の覇者になりかけた欧州の国々は、今ではそのほとんどが形骸化し――『統一ユーロ』という連合体としてなんとかその形を保っている。

 

 その『統一ユーロ』自体は『国家救済機関』――通称『機関』に身を寄せることで、なんとか国家としての形を残すことを許されている。世知辛い話だけど。

 そして、『国家救済機関』が直接の指揮権を持つ『マキア』による『平和維持軍』――かつての『国連平和維持軍』の名残で『連合』と呼ばれる軍組織に、僕もフィンも所属していた。

 

 フィンは、そんな消えゆく国が送り込んだ数少ない『マキア』の一人。

 小さな威信だった。


「僕だって、たまには空じゃないものも見るよ。なんて言ったって――僕たちの目は前を向いているんだから」

「なるほど。僕は、てっきり君の目は空を見るためだけについているのかと思ったよ」

「だったら良かったんだけどね。どうやら僕たちは色々なものを見なければいけないらしい」

 

 僕の言葉を聞いたフィンは、面白そうにくすくすと笑った。

 冗談を言ったつもりはなかったのに。


「アリサも隣にいないし、今日は色々と珍しい日だとは思うよ。雨でも降るんじゃないか?」

「別に、アリサとはいつも一緒ってわけじゃないさ」

「そうかな? 彼女は君の保護者なんだと思ってたけど」

「保護者? やめてくれよ。僕だってフィンたちと変わらない戦闘機乗り――『ガンツァー・ヘッド』なんだぜ?」

 

 僕が心外だと言わんばかりに両手を広げると、フィンはなおさら面白そうにくすくすと笑った。どうやら、今日は僕をからかって遊びたい日らしい。口のうるさいアリサもいないのでうってつけだと思ったのだろう。

 

 そう考えると、確かにアリサが僕の保護者代理のような気がして気が滅入ってきた。やれやれ。

 

 まぁ、そうは言っても、確かに僕はフィンたちとは少しばかり違う――半人前の戦闘機乗りであることは間違いないんだけれど。


『また、半人前の落ちこぼれと孤児のマキアが一緒につるんでやがる』

『ハンパ者同士仲良くしているのがお似合いだな』

『違いない』

『ゲラゲラ』


 フィンと会話を交わしていると、『iリンク』を通じて不意にメッセージが入った。


『iリンク』の特徴の一つが、このように脳内でメッセージを交わせるということだった。送られてきたメッセージは文字に起こしてテキストベースにすることもできるし、基本言語を選択しておけば『iリンク』に登録されている二百を超える言語の全てを、リアルタイムで基本言語に翻訳してくれる。

 ちなみに僕の基本言語は日本語。


 メッセージの内容は聞くに堪えない誹謗中傷だけれど、言われたほうはなかなか堪える内容だったと思う。半人前である僕はいいとして――『孤児』であると言われたフィンには。

 

『孤児』というのは、国家が実質的に存続してない子供を差すスラングで、守るべき国家もないのに戦闘機に乗っていることを揶揄やゆする最悪の言葉だった。


 現在の世界情勢は、表向きは国家の枠組みを超えて、『国家救済機関』のもとで人類存続のために結束しているはずなのだが――未だに国家、民族、人種などによる様々な対立は解消されず、子供たちの間でもこのような軋轢あつれきが頻繁に起きていた。

 本当にクソッタレな話だけど。


 そして今現在、各国家の人類の貢献度を計る指数や評価基準が、各国家がどれだけ多くの『マキア』を前線に送り込めるとという一点に集約されている為――フィンのようなマキアは、心無い当てこすりをされて肩身の狭い思いをしてしまう。


「ぶん殴りに行こうか?」

「いや、いいさ。言わせておこう」

「どうして? 二人で殴りに行こう」

「メッセージは『パーソナルデータ』を秘匿しているし、余計ないさかいを起こすのはやめておこう」

 

 拳を握った僕を見て、フィンは力なく顔を横に振った。

 確かに送られてきたメッセージは姑息こそくにもパーソナルデータを秘匿して匿名としていたけれど、別に解析できないほど手の込んだものじゃない。それに、どのグループが発したのかなんてことは検討がついていた。

 

 僕はラウンジを見回し、そこに浮かび上がる子供独特の無自覚な悪意みたいなものをしっかりと感じた。それは『拡張現実階層ARレイヤー』よりもはっきりポップアップしているような気さえした。


「分ったよ。まぁ、アリサがいたらとら止めても無駄だったとおもうけどね」

「だから、送ってきたんだろう」

 

 フィンは、全てを分かったような表情で言った。


「国の形を失った僕たち北欧の国々や、安定した数の『マキア』を前線に送れない小国は、何を言われても仕方ないさ。現在の国力とは、前線で活動する『マキア』の数と実績に比例するんだから」

「だからって、言われっぱなしじゃフィンの国が泣くぜ?」

「涙を流すくらいなら構わないさ。血を流すことに比べればね。僕がこの基地ですべきことは――僕を送り出してくれた祖国が、二度と血を流さないようにすることだ。余計な軋轢を生んで、国家間の緊張を高めることじゃない。反撃は結果で示すさ」

 

 フィンは綺麗な空色の瞳を見開いてそう宣言した。

 僅か十四歳の少年が精悍な表情でそう告げる姿は、どうしてだか僕の胸を激しく打った。背伸びをするわけでもなく、意地を張るわけでもない等身大の少年の矜持きょうじが、そこにはあったような気がしたから。


「了解。これ以上口を挟んだりしないよ。でも、ぶん殴りに行くときは言ってくれよ? 僕も一緒にいくからさ」

「弱いくせによく言う」

「おいっ、それは言わない約束だろ」

 

 僕たちは、無邪気に笑った。

 

 基地司令本部から出頭命令が届いたのは、その時だった。

 僕は、視界の隅にポップアップしたメールアイコンに視線を合わせて、それを開封する。


 ご丁寧に司令本部の証明コード付きの命令書で、そこには有無を言わせない厳かさがあった。まるで梃子でも動かない岩のような重みが。


「悪いけど、僕は行くよ」

「ああ、また空で合おう」

「空で」

 

 

 僕たちは、拳を交わし合って別れた。

 空で会おうと約束をして。

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