アラサーニートの俺が異世界転生して…だよねー

宮前タツアキ

アラサーニートの俺が異世界転生して…だよねー

 ふと気がつくと、俺は見知らぬ天井を見上げていた。

 あたりを見渡そうとしたが、体が妙に重い。全身の違和感に戸惑いながら持ち上げた右手に、思わず目を見張った。三十数年見慣れた自分の手が、赤ん坊の手になっていた。

 直前の記憶がじわじわと蘇ってきて、頭の中で一つの結論に結びつく。


「あーーーぎゃーーー!(よっしゃぁぁぁぁ!)」


 女性が一人、パタパタと小走りにベッドに駆けより、俺をあやしに抱き上げた。やや古風な服装で三〇歳くらいの落ちついた感じの人だ。


「マカマラマナ? ココメナモカナ? パラマモラマメナ?」


 彼女の口から出た言葉の意味がさっぱり分からないのに面食らったが、俺を気づかっているらしい雰囲気は伝わってくる。多分この人が俺の母親なんだろう。

 いや心配すんなって、今生の母ちゃん。やったんだって。転生だよ転生。クソつまらねえ前世から抜けだして生まれ変われたんだって!


 ◇─────◇


 そう、俺はクソつまらねえ人生を生きてきた。俺の前世は、現代日本のサラリーマン家庭に生まれた一人っ子。高校まではそこそこ成績がよかった事もあって、両親からはハンパなくおだてられ、期待を受けて育った。しかし最初の大学受験で失敗してから人生のレールが狂い出す。志望校のランクダウンをヘタなプライドが邪魔をして、数年予備校通いと受験失敗を繰り返したあと、絵に描いたような引きこもりになっちまった。両親の顔色を窺いながら時に暴力的な反発を繰り返し、ずるずると貴重な二十代を浪費した。

 そしてあの日がやって来た。部屋の扉の向こうから親父が疲れ切った声で宣告してきた。「もう、これ以上お前を甘やかすわけにはいかない」と。続いて鍵を掛けていた扉がバールでこじ開けられ、ガタイのいい男二人が踏み込んで来た。ちくしょう、どこぞの〝更生施設〟を呼びやがったな! 一人の顔にカップ麺の残りスープを浴びせ、もう一人に頭突きをかます。部屋から飛び出すと廊下で親父が正座していた。しばらく見ないうちに、すっかり白髪が増えていた。罵りとともに顔を蹴りつけ、階段を転がり落ちるように降る。玄関から飛び出してあてもなく走った。運動不足で緩みきった体が重い。あっという間に息があがる。塀に囲まれた路地から飛び出したとたん、クラクションとブレーキ音が横面から浴びせられた。横に向けた視線が、突っ込んでくるトラックを捉える──


 ◇─────◇


 つまらねえ終わり方をした前世に思うことは無いじゃないが、まあいい。もう済んだことだ。そして俺には前世の記憶ってチートつきで、やり直せる人生が与えられてる。前世で散々読んだWEB小説知識が活かされる時が来た! このまま成り上がって、最強で大富豪のハーレム持ちになってやるぜ!


 ◇


 こちらの世界の言語をマスターするにつれ、次第に周りの状況が分かってきた。俺に与えられた〝カード〟は決して悪くない。

 俺が転生した時代は、文化レベルで言うと元の世界の中世ヨーロッパ頃に相当するだろうか。家は地方にある貧乏貴族、そこの四男で、名前はクリフト。……ちょいと思う所が無いわけじゃなかったが、まあつけられてしまった名前だ。文句を言ってもしかたがない。ウーガリヤという家名の男爵家で、狭いながらも領地を治める立場だった。家族は父と母、そして上の兄三人は当然として、さらに一人姉がいる。貧乏ながら貴族階級に生まれたのはポイント高い。一般庶民じゃ、文字を読むための教育さえおぼつかないからな。

 残念ながら、魔法は存在しない世界だった。さらに言えば、念じれば自分のステータスやレベルが見えたりはしない。効率よく鍛えてオレTueeは無理そうだ。

 言い換えれば、地球の過去時代に転生したと思って間違いない。まるっきり同じ時間線かどうかは、情報が足りなくて判断出来ないが。

 まあ期待はかなり外れたが、それは自分が知っている物理法則が、そのまま応用できるだろう事も意味する。決して悪い状況じゃない。見てろ、特別な才能ギフトはなくても、現代知識で無双してやるぜ。


 ◇


「えー、そ、そもそもスレファリスとたてまつられるは……」

「万物の」

「ば、ばんぶつの作り主にして……」

「……万象の」

「ばんしょうの、担い手なり」

「はい、よくできたわねクリフト。あなた、とても覚えが早いですよ」

「……ありがとうございます、母さま」


 前世の知識があれば、まずは受ける教育で神童あつかいされるだろうと思っていたが、あてが外れた。最初に教えられることは、この世界の文字の読み書きだった。ぶっちゃけ見た事もない文字だから、一から覚え込まなければならない。当たり前っちゃ当たり前なんだが……。母が日に一時間ほど、仕事がない時には父が自ら読み書きを教えてくれる。確かに「大変物覚えがいい」とは評価されたが、それ以上にはなりようがない。

 それに俺は、この世界この時代の、社会のしくみや風俗について何も知らない。つまり知識自慢などできるはずもない。読まされるテキストも、いわゆる聖書のような神の教えを説くもので、文化レベルや社会情勢を知る役にはたたなかった。せいぜい、使われている聖典がキリスト教のそれとは別だから、自分が生きていた時間線とは別世界だろうと見当がついたくらいだ。教えられる算数も数を数える程度のもので、それ以上は専門の学校に入らなければ習えないという。アラビア数字を使った数式を披露しようかと思ったが、今の家族の中ではそれを理解できる者がいないし、悪目立ちするだけだと断念した。

 まいったのは五歳になった時から始まった武術の鍛錬だった。

 貴族といえども、いや、貴族だからこそ、剣術のひとつもできないようでは領民に示しがつかない。ウーガリヤ家男児のたしなみだと父に言われ、朝夕二回の稽古を課せられた。初めての稽古から数週間で、自分に剣術の才能はないと見切りをつけた。いや、死ぬ気で頑張ればどうなのか分からないが、しんどいのはイヤだから。楽して勝てるスキルでもなければ、注ぎこむ労力に見合わないし。


 ◇


 俺は次第に兄弟にうとまれていった。兄たちが自分に向ける感情が日に日にトゲトゲしくなっていくのがわかる。俺だって兄貴たちに好感情は持ってない。だってあいつら馬鹿だし。中世レベルの知能しか持ってない連中を、見下すなって方がムリというものだ。

 姉貴は時々、「少しジャック兄さま(長男)に対する態度がぞんざいではありませんか?」と眉をひそめて小言を言うが、俺の方にはわざわざへりくだる理由がない。いずれ男爵家はジャックが継ぐんだろうけど、俺は家を出て現代知識を利用し発明家となり、あっという間に巨万の富を得て社会的地位は逆転するはずだからな。


 ◇


「ほらほら、どうしたクリフト。普段でかい態度しておいて、もう降参か?」

「ハア……ハア……ちくしょう……」

「ジャック兄貴、変わろうか?」

「おう、お前も稽古をつけてやれ」


 兄貴たちは剣術の稽古で、わざと俺に辛く当たるようになった。木剣でアザがつくほど打ち込まれ、息も絶え絶えになるまで三人交代で俺をなぶり回す。一時はやり過ぎだと止めていた親父も、俺が「こんな時代遅れの剣術なんぞ、やる意味もない!」と言うと、苦虫をかみつぶしたような顔になり何も言わなくなった。だって本当の事だし。俺が火薬と鉄砲を製造したら、こんな技術はあっという間に時代遅れになっちまうさ。


 ◇


 そんな生活に耐えながら十歳になり、俺に新任の侍女がつけられることになった。この国の貴族間に広まっている習慣で、十歳になった息子・娘に人を使う事を覚えさせる。また村から召される娘にとっても行儀見習いと永久就職がかなうかも知れないという、そこそこのメリットがあるやり方だ。俺につけられたのはリネアという農民出身の娘で、俺より一つ年上だった。スタイルは貧相で顔は残念。目が細くて笑うと糸目になってしまう。おまけにしゃべると村なまりが丸出しのありさまで、間違ってもハーレム要員には数えられないな。しかし仕事はマジメに取り組むので、色々な雑用には重宝した。


「クリフトさまぁ、竹を持って来ただよ」

「おう、ご苦労。そこに置いてくれ」

「今度は何作るだね?」

「これはなあ、すごい武器なんだぞ! ボウガンと言って、普通の弓とは大違いだ!」


 俺は納屋の一部を父から借りて作業場にし、うろ覚えの知識を頼りに様々な道具を再現しようとしていた。しかし作業は遅々として進まない。


「このレバーを引くとだな……あっ!」

「ありゃー、つるが保たなかっただか。クリフトさま、弓が固すぎるべ」

「うるさいな! 固くないと威力が出ないんだよ!」

「……したらもっと丈夫な弦がいるけど……どうしたらいいべ?」

「…………」


 知識の中にある道具を再現するには材料・技術が足りなかった。木工品は自身の手で、なんとか使える程度にはなったが、望んだ形の金属部品などはどうにもならない。村の鍛冶屋に協力させられればいいのだが、農具の生産・修理に手一杯で、領主の息子といえども勝手に仕事をさせることはできない。

 俺は進まない武器再現に焦りを感じていた。最近、父の態度までがよそよそしく「要らない子」を見る目になってきた。最近は剣術の稽古をサボって作業場にこもっていて、それも父の目には単なる怠け者と映るらしい。


 ◇


 そしてまた、あの日がやってきた。まあ、俺の人生の区切りになる日ってことだな。

 十六歳になる一月ほど前、父は俺を自室に呼び出して告げた。


「クリフト、お前を州警備軍に預けることにした」

「……ええっ! そんな!」

「お前ももうすぐ成人だ。先を考えねばならぬ」

「父上、お、私は肉体労働には向いておりません! 頭を使わせてこそ役に立つ男です!」

「そんなことを言い続けて、お前は今まで何をやってきた! 鍛錬もせずに納屋に籠もって大工遊び。それでウーガリヤ家のためになる物を一つでも作りあげたか?!」

「うっ……」


 悔しいが親父の言葉に言い返せない。俺がそれまでに作りあげたボウガンは、強度不足のために普通の弓とどっこいの威力。銃器に到っては手さえつけられていなかった。

 俺が試みている武器改良は間違ってはいない。飛び道具の革新は、実現すれば一気に全ての軍事バランスをひっくり返す大発明だ。俺は前線で剣を振るうんじゃなく、武器と軍政を改革し、軍団を指揮させてこそ真価を発揮する男なんだよ。装備や軍馬もまともに行き渡らず、徒歩で群盗を追いまわす州軍なんぞ、まっぴらだ。


「……父上……一つお願いがございます」

「なんだ、言ってみよ」

一月ひとつき、一月時間をくださいませ。その間に必ずや我が領に有益な物を作りあげてご覧に入れます」

「ほう……」

「それが叶った暁には、なにとぞ州警備軍の件はご容赦を……」

「よかろう、私は機会は与える主義だ。しかしクリフト、私を納得させられなかった場合は、大人しく軍務につくのだぞ」

「はい……心得ております」


 ◇


 舌打ちする間もなく、俺は納屋に籠もって製作に没頭した。製作対象は兵器から全面的に切り替えた。木工技術だけで作れるお役立ち道具に対象を絞り込む。千歯こき……ねじ式搾油器……天秤式つるべ……。板に木炭で設計図を描き、そこそこ木工道具が使えるようになっていたリネアを助手に組み上げていく。


「いいですよ、クリフトさま! これがあったら、村のみんな、大喜びしますだ!」


 興奮のあまり、直りかけていた村なまりが飛び出すリネア。彼女の食いつきがいい道具を選び出し、ブラッシュアップする。

 そして一カ月はあっという間に過ぎ、親父への披露の日がやって来た。


 ◇


 披露は大成功だった。親父だけじゃなく、家族や使用人の大半も含めての披露会になり、村出身の使用人を中心に改良農具が絶賛された。親父とお袋は驚きと喜びを素直に表し、兄貴たちは驚愕と憤懣が混じり合った複雑な顔をしていた。ざまあ! これが俺とお前らの違いだよ! 思えば、ちっとばかり兵器にこだわりすぎたのが悪かったな。内政チートは農業からってのが定石だったぜ。

 約束通り俺の州軍入隊は取り消された。それだけでなく、王都の学校への入学が親父から提案された。うちの家計では学費負担がキツイので、あきらめていた進路だった。これで俺の数学知識が活かせる。王都の学校で、今度こそ正当に天才あつかいされるだろう。そして鍛冶屋や大工にツテを作って、再現製品を大々的に売り出す。ようやく順風満帆の未来が見えてきた。


 その日の夜、満ち足りた気分で自室のベッドに入った。……ふと、大喜びしていたリネアの顔が思い出される。ブスだけど、笑うとそれなりに可愛くも見えるんだな。今回かなり世話になったわけだし、あいつも王都へ連れて行けるよう親父に頼んでみよう。そんな事を考えながら横になろうとした瞬間、自分の部屋が白一色に塗りつぶされた。


「……はあぁ?!」


 白い部屋の中に、俺のベッドだけが置かれている状態。何が起こったのか頭が追いつかない。ベッドの上で固まっている俺の正面で、壁に四角い穴が空いて、そこから男が数人入ってきた。体にピッタリしたメタリックなスーツ。顔には薄い色のゴーグルをかけている。何が起こったのか頭が追いつかない俺に、連中の一人が語りかけてきた。


「はじめまして、クリフト・ウーガリヤくん。君は、転生者ですね?」

「…………え、えと……その……」


 ◇


 俺は家の中庭に連れ出され、納屋から製作物や設計図の板が運び出されるのを眺めていた。あたりは薄明るい光に包まれて、家族や使用人が起きてくる気配がない。いや、あたりから一切の物音が消えて、まるで時間が止まっているかのようだった。

 男たちは積み上げた物に向かって、何かの光線を浴びせ始めた。俺の作った発明品が見る見る光の粒子となって消えていく。あの光線、人間に向けても同じ事になるんだろうなーと、そんな思いが脳裏をよぎった。


「……君が作ったこれらの品々は、端的に言ってこの世界の歴史を変えてしまう物です。一つの時間線のゆらぎは分岐した別の時間線に影響し、波が伝わるように並行世界全体へ大きな影響を与える。それを看過するわけにはいきません」

「……あんた方は、タイムパトロールみたいなもんすか……」

「ふむ、まあそれで概ね間違っていないでしょう。時空の秩序を管理する者という意味で。さて、君の意思には反するでしょうが、一緒に来てもらいますよ。これは問答無用です。繰り返しになりますが、我々は時間線と並行世界の秩序を守らなければなりませんから」


 ……だよねー……俺のやろうとしていたことは、歴史改変そのものだよねー。それを止める手段を持ってる奴らがいれば、止めない理由がないもんねー……


「……俺がこの世界にいたって事実は、どうなるんです?」


 あんたらのやってる事も歴史改変なんじゃねーの? というほのめかしだったが


「ウーガリヤ家四男のクリフトくんは家族に嘱望されて王都の学校に入学する。そこで病気にかかり残念ながら若くして死亡した。そのように関係者の記憶が操作されるでしょう。君の作った道具関連記憶の消去と一緒に」


スラスラと答えが返ってきた。ああ、あんたらには慣れきったルーチン・ワークなんだろうねぇ。かないっこないか。


「我々も人権を基本理念にしていますから、常識的な範囲内で君の生活を保障しましょう。さらに言えば〝転生〟という現象研究のために協力してくれればありがたいのですが、それを受けるかどうかは君に選択の自由が与えられます」


 やったね、またニート生活ができるよ! どこの時代に連れられて行くのか知らないが、ネット環境があればいいなあ……

 頭に浮かぶ軽口とは裏腹に、弾んだ気分には全然なれなかった。彼らが俺に向ける視線は、完全に上から目線の冷たいもので、人権を口にしながら対等と思っていないのは明らかだった。まあタイムトラベルが自在にできるような連中から見れば、俺なんて原始人に見えるんだろうからなあ。

 そこまで思って、俺がこの時代の他者に向けていた視線も、同じようなものだったと気づかされた。ああ、俺は生まれ変われたってのに、馬鹿なまんまだったんだな……


「さあ、行きましょうか」

「……はい」


 男の一人がうながすと、庭の端に四角い穴が空いた。中から微かに光がもれていて、妙にその色が寒々しく思える。

 重い足取りで光のもれる扉をくぐり、俺は二度目の故郷に別れを告げた。



 ◇―――――◇



 それはとあるSNS、テキストベースという古風さが売りの、メインストリームから外れたうら寂しい界隈にて。


『タイムパトロールに拉致られちゃった原始人だけど、質問ある? (^_^)』

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