1.生贄

 刀を振り刀身にべっとりと付着した血液を吹き飛ばす。


 何かの工場跡であろう施設内一面に気分が悪くなりそうなほど血液と硝煙の臭いが漂っている。


 現役であれば誤魔化せるだろうが廃屋と化した今となってはこの臭いと先ほどの音を誰かに気づかれたらいったいどうやって処理するのだろうか。


 いや、この場所が街から遠く離れ人払いも済んでいるというのならば杞憂か。


「...」


 無駄な足掻きであった。


 せっかく攻撃リーチの長い銃を持っているのだから牽制しながら逃げていればもう少し長生きできたであろうに何故迎撃しようとしたのか、と視線を向ける。


 そこには血まみれの男が事切れていた。


 今回のターゲットである。


 数分前までは騒がしいまでに血液が駆け巡っていたであろうその顔は恐怖と苦痛で歪んでいる。


 恐怖にゆがんだ顔。


 死が目前に迫り生が終わる事を全身全霊で否定しようとする時の表情。


 今までに幾度となく見た顔だ。何千、何万、何億と見てきた。


 全て、自分が殺してきた数だ。


 こんな仕事をしていれば当然ではあるか。


「終わった?」


 ゴーグルの無線通信からあの女の声が聞こえたのを合図に刀を鞘に納める


「ああ」


「早いわよ!降下してからまだ10分よ!?もっといたぶって追いかけまわして絶望させてあげればよかったのに!」


「そんな趣味も時間もない」


「ああつまんない!」


 女の喚き声を聞きつつ煙草を銜え、火を点ける。


 血と硝煙とは別の臭いが空気中に混ざり不快感を増幅させる。


「あんた煙草...。まだあんた18でしょうに。未成年喫煙は犯罪です。身長止まるわよ。」


「まだ17だ。もう止まってる」


「さいで」


 続く女の戯言を聞き流しつつ建物の柱に背を預け、腰かける。


 この建物が廃屋となってどれだけの月日が経っているのだろうか、柱も地面も苔や雑草が青く茂っている。雑草には蟻やバッタなどの虫が所々見え隠れしているがあの男の血肉はこいつらの餌にでもなるのだろうか。そう考えるとさすがに気分が悪い。


「ちょっと聞いてる?」


「聞いてない」


「は!?...まあいいわ。既に迎えは送ってある。回収ポイントを送るわ。向かってちょうだい。」


「了解」


 ゴーグルに赤い点で目標ポイントが示されたウィンドウが表示されたのを確認して立ち上がり、歩き始める。


「次の任務は追って達する。帰還し次第健診に向かうように」


 急に口調が堅苦しくなったな。上官でも通りかかったのか?


 上官の前以外ではあんな口調だというのもどうかと思うが。


「学校の後に行く。まずは帰還する」


「了解。引き続き通信を終了する。オー...バアア!?」


「なんだよ...」


「学校ってあんた今朝の5時よ?今から帰宅しても寝る暇なんて」


「学校で寝る。問題ない」


「それ行く意味ないわよ...」


「学校には行くと決めているんだ」


 その言葉に女は小さく「そう」とだけ返すと今度こそ通信を切った。


 回収ポイントへ向かう。




 約一時間後


 マンションのドアを開け、中に入る。


 暗い。誰もいないのか、とiPhoneを確認すると6時過ぎ。寝ていても不思議ではないか。


 玄関の段差に腰かけ、ミリタリーブーツを脱ぐ。


 返り血で靴紐が少し硬くなっていた。


 これももう駄目だな。新しいのを送るよう申請を出しておくべきか。


 しかしあまりに頻繁に申請を出しすぎるといざという時に品切れだなどと言われても適わないな。


 まあさすがにそれはないか。


 廊下を歩く。


 居間の明かりが点いているな。もう誰かが起きているのだろうか?なら廊下の明かりくらい点けててくれても良かろうに。


 居間のドアを開ける。


「ん?あ、先輩おはようございます。今帰りですか?お疲れ様です」


「ああ」


 少女の名は片桐椎名かたぎりしいな。


 暗く根暗なイメージを持たれがちではあるが、それなりには社交的な少女である。


 暗く見られがちな理由の一つでもあるのだがフードを深く被っているため顔は見えない。見えてせいぜい伸びた髪の毛くらいだ。


 顔にあれだけの火傷を負っていればそうしたいのも当然か。


「他の奴らは」


「皆さん寝ています。それぞれ仕事だったようで」


「お前は」


「真っ最中にあります。就寝中に叩き起こされたので早急に片付けようと尽力中、と言った所です」


「そうか」


 見れば高速でPCの鍵盤を叩いている。


 さすがは世界トップのクラッカーといった所か。


「先輩は?今から就寝ですか?」


「いや学校だ」


「…そうですか。無理はなさらずに」


「ああ」


 椎名との会話を打ち切り自室へと向かう。


 途中数人の部屋を通ったが片ノ坂音遠かたのさかねおん以外の部屋からは寝息らしく物以外に気配はなかった。音遠はライフルの事後整備でもしているのだろう。


 銃はよくわからない。


 訓練らしい訓練を何も受けてこなかった身としては今更新しい分野に手を出すのには気が引けた。


 日本刀さえ振るえる体であれば何も問題ない。


 銃が相手だろうがミサイルが敵だろうが勝てばいい話だ。


 自室に入りゴーグルを外し服も脱ぐ。


 返り血で濡れた上着をダストボックスに放り込むと「べしゃっ」と気色の悪い音を立てた。


 毎度思うがあそこにいれた服やらは次の日には新しくなっているのだが誰が回収しているのだろうか?


 プライバシーなど気にしたこともないが自室に勝手に入られるのはさすがに気分がよくない。


 次からは別の場所に置いておくようにしようか。


 …いや以前もそう考え玄関に場所を移動した際に苦情が出たのを思い出す。


 結局自室しかないのか。まあ回収している本人と顔を合わせることもそうそうないだろうから気にしなければいいだけの問題か。


 洗面用具を持ち浴室へ向かう。


 居間で数人の話声が聞こえる。椎名との会話で起こしてしまったか。


 まあどの道いい時間である。丁度良かったとも言えよう。


 浴室に入りシャワーを流す。


 乾きかけていた返り血が水に流され足元に落ちていく。


 酷く臭い。


 鉄の臭いとはよく言ったもので錆びた鉄骨を触った手と似た香りがする。


 顔を上げると鏡に自分の顔が映っていた。


 あまり良いとは言えない目つきに薄く隈を作り、ぶっきらぼうに閉じられた口。誰が見ても好印象は抱くまい。


 そして何よりも目を引くのは先ほどの返り血と同じく乾きかけの血のような赤黒い髪だろう。


 別に染髪したわけではない。どういうわけか生まれつきである。


 担当医が言うには人間は何かしらの才能が常任より優れている場合、バランスのためか常任よりどこかが異常に劣っていたり、中には体のどこかの色素等に変質を起こし生まれる例もあるようだ。


 つまりこの髪色はその体現というわけだ。しかしどこが優れている部分なのか?心当たりはあるがそれだろうか?


 まあどこが優れているかなど自分で改めて考えるのもおかしな話か。


 血が流れ切ったのを確認し浴室を出て黒いジャージに着替える。


 このまま自室に戻っても良いがさすがに空腹だ。居間に寄って何かを食べるとしよう。


 居間に入ると既に数人が起床しており談笑している。


 騒がしい。


 騒ぎに入るはずもなくキッチンの冷蔵庫を開く。


 すると不破真琴ふわまことが声をかけてきた。


「今帰ったのか?」


 もう十年近くの付き合いになる高身長の少女だ。


 高身長に少女というのも何だかしっくりこないが。


「さっきな」


「なんか作るか?」


「…勘弁してくれ」


 彼女の料理など食えたものではない。心の底から遠慮願いたい。


 冷蔵庫に入っていた生ハムを取り出し口に放る。


「おい」


 声に反応して振り返るとすぐ近くに真琴の顔があった。


 綺麗な輪郭に筋の通った鼻。長い黒髪をポニーテールに結わえている。


 しかし綺麗な顔立ちではあるが彼女は左頬と左の首筋にそれぞれ傷跡がある。斬撃の物とみられる傷だ。


 それに加え自分と並ぶくらいには目つきが悪い。いや下手をしたらそれ以上かもしれないと言えるくらいには睨んだ様な目をしている。


 そんな目で見つけられる。


「…なんだよ」


 質問からも数秒顔を覗かれ続けたが急に視線を他所に外し「別に」とだけ言って腕を組んだ。


 いったい何がしたかったのだろうか?と気にはなったが深く考えずその場を離れる。


 居間のドアノブに手をかけたところでもう一度真琴に「おい」と呼び止められる。


 返事をせずに振り返ると真琴はまたこちらを見つめてくる。


 あの目つきだと睨んでると言った方が正しいが。


「大丈夫か?」


 数秒お互い目を逸らさずにいると真琴が急にそう聞いてきた。


 質問の意味が分からず素直に「何が」と聞き返す。するとやはり「別に」と返される。


 真意を測るのも馬鹿らしく居間を離れ、そのまま学校に行くべく玄関に行く。


 鞄など持たず手ぶらだ。当然制服にも着替えずジャージのまま。今更真面目に校則に従う義理はない。


 スニーカーを履き玄関を出る。


 普段であればバイクで行くところではあるが今日の仕事は運動量が少なすぎた。通学路でそれの回収に当たるとしよう。


 軽いストレッチを行い走り出す。


「…」


 もうこの仕事を始めて七年になる。いや八年か。


 十歳で入ってから今までよく生きてこれたものだと我ながら思う。


 国が極秘裏に各国と協力して作られた治安維持組織。


 一言で言うなら非公式正規軍だ。


 日本は軍事力の所持は原則として認められていないがそれでも諸外国に防衛の手段を持っていると示し、牽制するための形態としての存在が自衛隊である。


 諸外国も無闇な戦争を避けるためか法でもスレスレだと思える自衛隊の存在を認めている。


 公としては。


 しかし事実はそこまで良心的ではない。


 世の中で最も儲けが出る可能性が高い行商は石油発掘でも宝石探索でもない。


 戦争だ。


 戦争は金が回る。


 戦争中に糧食が尽きれば同盟国と売買が行われるだろう。糧食だけでなく物品の欠如も同様だ。


 それが最も著しいのは武器だ。


 戦争中は武器の売買が激しくなる。


 難しいことはわからないが簡単に言えばバランスだ。どこかが儲かればどこかが貧しくなる。


 それを繰り返すことで、あるいは繰り返してるようにしてるだけで今の世はバランスが取れている。それが俗にいう貧富の差だ。


 国は本当に独立しているか?


 そんなはずはない。


 もし本当に独立しているのであれば国際法など誰も見向きもせず植民地を求めて戦争を続けているだろう。大戦時と同様に。


 世界は全て協定している。


 表で起きている戦争などパフォーマンスに過ぎないと聞く。まあそのパフォーマンスで命を落とす表の軍人たちには言葉もないが。


 世界を操っている者たちは今の世界のバランスが狂うのを最も恐れている。


 そのバランスを崩そうとする者の排除を行う組織を秘密裏に作るなど誰にでも思いつく事だろう。


 その要因は世界中に数十億といて日々戦闘に明け暮れている。


 それが今の仕事だ。


 だが治安維持など口だけだ。要は敵ごと死ねというものである。


 事実何人も味方が死ぬ瞬間を見てきた。


 見たところで特に何も思わないが。


 と、そんなことを考えているうちに学校に到着した。


 と言っても寝るだけではあるが。


 こうして瀬戸大輝の一日が終わっていく。




 翌日午前二時、山岳地


「つーのが今日の任務。理解した?」


 ゴーグルから女の気怠げな声が聞こえる。


「把握した。時間まで待機する」


「んじゃそれまでお姉さんとちょっとお話しようぜ」


「…」


 真面目に相手をするのも億劫だったので無視して煙草を銜え、火を点ける。


「ちょっと聞いてる~?もしもーし?お姉さんがウィンクしてるぞ~?」


「…サウンドオンリーになってるぞ」


「ありゃ」


「そもそもお前が顔を見せたことないだろ」


「ふん」


 煙を吐く。


 周りから草木のざわつきと虫の声が聞こえる。


 こんな所を戦場にするなど森に住む動物や虫などは迷惑な話だろう。


 世界中にある都市伝説やらの地上絵などはもしかしたらこういうことだろうか。


 とそこまで考えたところで深夜の山にはそぐわない音が聞こえた


 車の駆動音のようだが…


 音の方向に目を凝らすとやはり車、しかも人を輸送する際に使う輸送車だ。


 輸送車が停車すると中から数人の人間が出てきた。


「あれがそうか?」


「?」


 見れば全員武装している。軽装備ではあるが…


「ああ違う違う。あれは味方」


「聞いてないぞ。俺一人じゃないのか」


 身を伏せて観察を続けると連中はこちらに向かって歩き始めた。


「今日は特別よ」


 最後に小さく「にひっ」と笑ったのが妙に引っかかる。


 何を考えている?またいつものような軽い嫌がらせか?


 いや考えるのは後だ。連中が到着した。


 5人か…


 連中の一人が通信を送ってきた。


「こちら増援部隊。合流ポイントに到着しました。瀬戸大輝殿はおられるでしょうか!」


「…」


 嫌に声が若い。


 下手をすればまだ変声期も来ていないのではないかと思えるほどだ。


「瀬戸大輝殿!おられますでしょうか!」


 隠れたまま呼びかけを無視しているとしつこく名前を呼ばれる。煩わしい。


「誰だお前ら」


 茂みから連中の前に出る。


 すると全員が一度に揃って自分に向かって敬礼をしてきた。


 やめてくれ…


「瀬戸大輝殿でお間違いございませんでしょうか!」


「…ああ」


 硬い…。まるで軍隊だ。まあ軍隊ではあるが。


 しかしその幼い声のせいもあってままごと感が凄まじい。小学生の演劇でも見ている気分だ。


 見れば背も低く顔も声同様に幼い。


 …まだ15にも届かないのではないか?


「自分は田中マサトと申します!今回の任務、同行出来て光栄にあります!瀬戸小隊長殿!」


「小隊長?何の話だ?」


「はっ。合流し次第指揮権利を委託せよと」


「聞いてないぞ…」


 あの女、適当にも程があるだろう。


 まあいい。文句は後で言っておくとしよう。


「小隊長殿、それで今後の行動についてでありますが」


「やめろ」


「は?」


「その下手糞な言葉使いだ。せめて普通に一般的な敬語にしろ」


「しかし」


「命令だ。従え」


 ごねられても面倒だと思いそう言うとマサトはびくりと肩を震わせた。


 頬に汗が垂れた辺りでマサトは小さく「承知し…わかりました」と言った。


 そこまでの反応をされるとさすがに思うところがあるな。


「んで?マサト、今後がなんだって?」


「え?」


 マサトは下の名前で呼ばれた途端呆けた顔をしていたがすぐに何故か口を緩ませた。


 下の名前で呼ばれることに何か思い入れでもあるのだろうか?


 妙なやつだ。


「はい!予定の時間になり次第即座に行動に移りたく」


 マサトは小型端末でここら一帯の地図を表示させながら任務内容を反復する。


 一応把握はしているが言わせてやろう。


「今回の任務は数日前の別動隊の任務の後継、撃退した敵戦力の掃討となります。前回の戦闘で敵は極少数にまで減っていて我々と同じくらい。武器などもほとんど持ってないみたいです。敵の潜伏地点はこのさきにあるちょっと大きめの多目的トイレ付きの公衆トイレみたいです」


「…」


 なんでそこに隠れようと思ったんだ。そこまで追い詰められていたということなのか?逃げ場もないじゃないか。


「その情報は確かなのか」


「はい数日前より監視を続けて得られた情報なので間違いないかと」


「何日もトイレに籠ってご苦労なことですね敵さんは」


 一人が発したそんな言葉に部隊は笑いに包まれる。緊張感の欠片もないな。


 まあ事実その情報が正しければ確かに間抜けではあるが。


 こんな誰でも良い仕事なら別に自分が呼ばれる必要はなかったのではないか?


 …考える必要はないか。言われれば実行するのが自分たちの仕事だ。


 どんな仕事でも勝てばいいだけの話だ。


「まず我々のうち誰か二人が突入します。それで終わらせられると判断できたようであればそこで終わり。無理なようであれば牽制に済ませ外に連れ出します。そこを小隊長と我々全員で叩きます。問題ないですか?」


 稚拙ではあるが全員で突入しようと言わないだけましか。狭い屋内での大勢での行動程馬鹿なことは少ないだろう。


「ああ」


「では時間も近いので実行します」


 マサトはそう言うとほかの連中の下に走っていった。


 突撃要因を決めるのだろう。誰であろうと成功率はそこまで変わらないだろう。


 決定したらしくマサトが前進の合図を送ってくる。


 それに頷き前進する。


 数分歩いたところでゴーグルにあの女からの通信が入る。


「もしもーし」


「なんだよ」


「今どんな感じよ?」


「…」


 どんな感じ。


 情報を聞く限りであれば今回は簡単すぎると言っても良いくらいだ。それこそ自分一人、あるいは自分無しでも済むくらいに。


 ポイントに到着する。


 では何故わざわざこの人数なのか?


 何が目的なのか?この任務に何か不安要素でもあるのだろうか?


 しかし数日間も監視を続け、敵の残存戦力は確定したからこそこの任務が発令したのではないか?


 上は不確定事項を何よりも嫌う。失敗は何よりもの恥だからだ。


 だからこそ確実な情報を探るのを重視する。執心する、と言ってもいい。


 それくらいに上は体裁と情報を気にする。


「もっしもーし?」


 しつこいようだが不確定要素を潰すために上は情報収集に必死だ。確実に功績を残すために。


 確実に功績を残すため?であったとしてもこの人数はおかしい。


 上は人員削減を謀るのが大概だからだ。


 であれば何故この人数か?情報通りなら自分一人で十分なのに?


 あんな若い連中をわざわざ後に合流させる意味は何だ?


 輸送車で来ていたが離れていたとは言え、移動中に駆動音やらで敵に気づかれないとは限らない。


 危険すぎる。では何故か?


「おい無視かこら」


 ………


 若い?


 そう若い。全員が全員まだ15にも届いていないような少年少女だった。


 中には明らかに10歳そこらの者までいる。


「まさかこいつら新人か…?」


 妙な違和感を覚え日本刀を鞘から抜き刀身をさらけ出す。刀身が月明りで鈍く光る。


 見ればあいつらは既に突入準備に入っており二人が公衆トイレの前まで接近していた。


 女は小さく「にひ」と笑う


「相変わらずあんたは誰でも気づくことに頭が回らないね。それであの奇天烈な殺人事件を解決した奴だとは到底思えないわね。「戦闘」では頭が切れるのに「戦略」「駆け引き」には疎いね」


 殺人事件。


 そんなの今は関係ない。昔の話だ。


「どういうことだ。なぜ今わざわざ新人を出した。新人の初戦は単騎戦闘だと決まっていたはずだ」


「決まっているわけじゃないよ。たまたまそうなっていただけ。偶然だよ。今回は違う、それだけ」


「はっきり言え。誤魔化すな」


「上も焦ってるのよ。最近やたらと反乱勢力が増してきて仕事が増えてる。いくら文字通りゴミほどいるあんたらゴミでもいつかは全滅する。それを怖がる気持ちもわかってあげなよ~」


 確かに最近妙に戦闘任務が多いと聞いたことがある。戦闘が主目的とはいえそれだけではない。他にも仕事内容はいくらでもある。しかし最近は戦闘要員以外の別の部署の人間が戦闘に駆り出されることさえあると言う。


「わからない。何が言いたい」


 いったい何が言いたいんだこいつは?


 全滅?何年後の話をしているんだ?


「上はあんたと同じくらい使えるゴミを探してるのよ」


「は?」


「それのためならゴミがいくら消えようが構わないとしている。矛盾してるわね」


「訳が分からない。何の得があるんだ?」


「失った戦力は単独で高い戦闘力を持っている奴らが補えばいい。あんたがそうしているようにね?」


「……」


「そうね、確かに馬鹿だわ。あんた並みの奴なんてそうそういない。誰も見つからない可能性のほうが高いでしょうね。でもそれくらいには今は個人としての戦闘力が低すぎるのよ。あんたみたいなずば抜けた極数人だけでは対処しきれない場合もある。その可能性が現実になる前に対処法を作るのに必死なのよ」


「つまりこれは」


 嫌な答えが浮かび上がる。


 待てやめろ。それは危険過ぎる。


 失敗した場合の代価が大きすぎる。


 上は本当にそれで最善だと思っているのか?だとしたら間抜けすぎる。どれだけ追い詰められてるとしてもだ


「そうこれは」


 待てやめろ。言うな。


 今からでも自分一人ですべて終わらせるしかない。


 でなければ上の思う壺だ。


 あいつらに思い入れなどないが上に屈するのなどまっぴらだ。


「待て!お前ら全員下がれ!急げぇ!!」


 山奥に声が反響する。


 全員がその声を聞き振り返るが戸惑っている。


 状況がわからなければ当然か。


「急げ!急ぐんだ!」


 女がまた小さく「にひ」と笑う。


「才人のための生贄だ」


 瞬間公衆トイレが爆発した。




 数秒後ここは地獄と化す。

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