2.残虐

「……くそっ」


 辺りの状況を見まわし吐き捨てる。


 周辺見渡せる限りを炎が包み、熱風を撒き散らしていた。


 木にも燃え移り、それが枝を通じてまた別の木に燃え移る事で火の範囲がどんどん広がっていく。


 それはつまり逃げ場が断たれた事を意味する。誰でも火に喜んで飛び込む人間はいまい。


 どれだけ追い込まれていたとしても。


「おいお前ら!生きてるか!」


 声を上げ連中の安否を確認しようとする。しかし返事はない。


 火の回りが早い。この音で声がかき消されているのか。


 火元である公衆トイレ付近に目をやるが公衆トイレはもちろん瓦礫と化していた。あの中にいられたら厄介だな。厄介どころか手遅れか。


「おい!誰か生きてないのか!?」


「小隊長!」


 再度声を上げると返事が返ってきた。誰だ?


 声のしたほうを向くと炎の中で動く影が目に入った。


 マサトだ。


「行けるか?」


 マサトの方に駆け寄り声をかける。


 見れば多少の火傷や出血こそしているが問題なく動けそうだ。


「はい。いったい何が…」


「話は後だ。生きている奴らを回収後脱出する。」


「はい。無線で呼びかけを」


 マサトのセリフはしかし最後まで言われることはなかった。それ以上の音でかき消されたのだ。


「ぎゃああああああ!あつ!熱いよおおおおお!!!!!」


「…っ」


 爆発で気を失っていた者の衣服にでも燃え移ったか。これほど最悪な目覚めはないだろう。


 そして先ほどの絶叫でまるでそれを合図にしたかのように方々から一斉に苦痛の叫びが聞こえる。


「ひっ!」


 マサトがその絶叫に反応して息を飲む。


 新人が息を飲むならまだしもこの空気に飲まれたらまずい。動きが鈍くなる。


「いいか?マサト。すぐに俺らはここを脱出する。それには人手が必要だ。今から無線で生きてる奴らを呼べ。出来るか?」


 あくまで任務に沿った言葉でマサトの意識を味方の絶叫から逸らす。聞き入られても困る。


「は、はい!」


 マサトはそう返事をして無線で呼びかけに入る。


 しかしそれへの返答はない。当然か。この状況で無線に、まして新人が自己の保護を置いてまで反応出来るはずもないだろう。


 であればどうする?人手が必要なのは本当だ。自分一人であれば問題ないがマサトがいる場合補助をし合える相手が必要だ。でなければ道を拓けない。


 あの女の口振りからすると救助など来ないだろう。この状況も上の思惑なのだから。


 ならマサトを、あるいはマサト達を見捨てるか?ナンセンスだ。


 繰り返すがこの状況は上の思惑だ。であれば覆してやるしかあるまい。


 しかし可能性が乏しすぎる。


「小隊長!生存者がいました!」


 そうこう思考を巡らせている内にマサトが声を上げた。


「何人だ」


「……2人です」


「……ここに向かわせろ」


 少ない。合わせて四人か。しかし負傷の度合いにも寄るがむしろかえって邪魔かもしれないな。一人で十分であったが仕方ない。


 しかしとなるとやはり死んだのは公衆トイレ付近にいたあの二人か。言葉もないな。もはや笑い話だ。なら先ほどの叫び声は何だったのだろうか?軽度の火傷であそこまでの声を上げたのか?ならそれこそ笑い話だ。


 いや負傷は大きいと考慮すべきだろう。良い方に考えて最悪な現状に突き当たるなどあってはならない。


 だがどうする?重傷を負っていると仮定して、お互いのフォローどころか自身さえもままならないようであれば完全に詰みだ。見捨てるしかない。


 いやもう見捨てるか?出会ってほんの数分だ、思い入れなどない。むしろ数年付き合いがあったとしても状況次第では見捨てる自信がある。


 繰り返すがしかしそれでは上に屈したことになる。プライドを捨てるか?結局は自己の保身が最優先だ。自分も守れないものが他人に手を差し出す資格などない。


「小隊長!生存者二名来ました!」


 考えている内に生き残りが到着したらしくマサトが指さす方向に目をやれば少し離れたところにお互いに肩を組んで体を預けている二人組がこちらに向かって歩いていた。


 やはり重傷のようだ。しかし協力し合って行動できるだけ最悪ではないのかもしれない。


 だがやはり新人だけあって武器を手離してしまっている。戦いになったらどうするつもりなのか……


 しかしそれはいい。慎重に進めてあいつらに合わせてやればいいだけ。


 ………?


 こちらに向かってゆっくりと歩いてくる二人の後方、10メートル程先に動く影が見える。


 炎か?いやそれにしては炎による熱風で揺らいでる様子がない。


 妙に規則的に動いているし幅が広い。


 まるであれは…


「なっ!……くっ、お前ら急げ!走れ!」


 あれは人間だ。しかも50に届きそうな人数。


 炎のせいでよくは見えないがあの規則的な動きは人間の歩行運動だ。


 どう考えても状況的に救助部隊ではない。どこまでふざけているんだ。あれを負傷者を庇いながら対処しろと?不可能だ。


「小隊長!?二人とも負傷しています!」


 状況を理解してないのかマサトが負傷者を庇う発言をする。馬鹿が、あれを見てからモノを言え。


 負傷者を庇っている場合かお前も死ぬぞ。


「もしもし~?」


 またもやあの女から通信だ。嫌らしい声が響く。


 幸い敵部隊はまだこちらには気づいていないようだ。炎で声が消されているのか。


「うるさい。なんだ」


 苛立ち交じりに返す。


 が、女は気にせず呑気な声でそれに返してくる。


「無様な生き残りは何人いるかな~?」


 ………


 事実自分含め4人ではあるがしかしあれは生き残りと言えるのか?


 あんな満身創痍の奴らは切り捨てるべきだろう。


 では何故しない?プライドか?本当にそれだけか?昔なら出来たはずだ。


 ただ自分が生きるために何人と見捨ててきた。それを今回もすれば良いだけだ。どうして生存者全員にこだわっている?自分がわからない。


「俺含め4人だ」


 やはりだ。


 何故自分だけだと言えない?死んだと報告すれば後は切り捨てて自分だけ生還すれば良いだけの話だ。


 考えるな。余計なことまで思い出してしまう。状況的に自分までも集中を切らしてしまえば全員死ぬ。それだけは避けねばならない。


 全員生還だ。


「んじゃそいつら全員突っ込ませて」


 ………は?


「敵部隊はこっちでも確認したわ。だから突っ込ませて」


 冗談じゃない。他三人はそれぞれ負傷しているんだぞ。突っ込ませる?死にに行かせるようなものだ。


 加えて負傷している云々問わずこいつらは新人だ。勝てるはずがない。


「新人だから無理って考えてる?」


「………」


 女は心中を悟ったように言ってくる。


「わかっているなら」


「それでもあんたはやって見せたわ」


「っ」


「もう一度言う。あんたはやって見せたわ。どんな状況であろうと、どれだけ傷を負っていようと、ね」


「だがあいつらにあの人数は」


「あんたはやったわ。その倍以上の人数を一人でね?そして6年前のあの大戦にてあんたは、いやあんたらは、たった3人でその100万倍を相手取った。そして勝った。違う?この世界を保っているのはあんたらみたいな異人とすら言えるほどの才能を持った奴らなのよ。でもそれは数が限られている。あんたらが基準なのよ。いーやあんたが基準なのよ、人類最強。あんたレベルを探し、あるいは作る。それでないと今保たれているバランスはあっけなく崩壊するわ。あんたが作って保ってきたこの世界、壊れてしまえば苦しむのはあんただけじゃない。…あいつが死んだ意味がなくなるわ」


「やめろ」


「いーや止めないわ。大体あんたは甘いのよ。どーせそいつら連れて生還する方法とか考えてんでしょ。所詮あんたらになんて価値はないの。死んでも誰にも影響しないのよ。だからそんな奴ら全員盾にしてでも生き残れ。状況問わず生き残れない奴が弱いだけなのよ。わかったら早く行け。敵部隊が接近している」


「……」


 確かにこの女が言っている事はこの世界においては正しい。


 事実、甘い人間は利用され、裏切られ、死んでいった。そんな奴らを何人も見てきた。


 それがこの世界においては日常だ。だからこそ皆冷酷であろうとする。自分のみに徹し、誰に対しても振り向かないように。


 しかし結局最後には死ぬ。どれだけ経験を積もうが、どれだけの訓練を終えようが最終的には殺される。今死ぬか、後で死ぬかの違いしかない。


 事実この世界で天寿を全うした人間は誰一人としていないと聞く。


 この世界の常識だ。


 それを嫌い、それを変えようと願ったあの人は、こんな自分に笑いかけてきたあの少女は、だから殺された。


 だからこそ自分だけは冷酷であろうと誓ったはずだ。


「了解。実施する」


 そう返事をして日本刀を抜くと女は短く「そう」とだけ言い残して通信を切った。


 もう何も考えない。結局は自分が大事だ。それでいい。


 あいつらも自分は自分で守ればいい。知ったことではない。


 そう考えると頭の中で何かが切れて、一切の邪念が消える。


 すべての音、光、臭い、感覚と言える全てが研ぎ澄まされていく。


 集中しているときに感じる自分特有の感覚だ。


 到着した二人を介抱しているマサトに目線を合わせて声をかける。


「見えるか?敵だ」


 自分たちを探しているのか敵部隊は嫌にゆっくりと歩を進めている。進行方向が少しずれてはいるが隠れていてもあの人数では誰かの目には留まるだろう。


 であれば撃退する外ない。


 今気づいたのかマサトは小さく息を飲んだ。


「…見えました」


「お前ら新人だよな?訓練は受けたのか?」


「え?はい一応…」


 マサトは質問の意図がわからないのか間抜けな顔をしている。


 だが構っている暇はない。時間がないんだ。


「しかしあの訓練は小隊長が考案されたと聞き」


「あれを撃退する。死にたくなければ従え」


 マサトが言いかけた言葉を遮り指示を出す。今はそんなことはどうでもいい。急がなければ発見されてしまう。


「は、はい。では負傷者を先に」


「良い。置いていけ」


「は……?」


「そいつらは囮にする。俺が先行するからついてこい。それで」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 マサトは慌てて言葉を遮ってくる。


 その顔がみるみる青ざめていく。


「……なんだ」


「囮…?二人とも怪我して動けないんですよ!?囮にしたとしても時間稼ぎになんかなるわけがない!……そうですよ、時間稼ぎにならないんだったら意味がない。考え直しましょう!」


「時間がない。銃を渡せ」


「だめです!」


「…」


 反抗するマサトを蹴り倒して小銃を奪う。


 銃の使い方はよくわからないが何回も見てきた。思い出せ、奴らはどう構えてた?


「…」


 片膝立ちになりグリップを握りしめる。


 膝に弾倉部分を乗せ、弾倉に腕を回して銃全体を抱くように銃を固定する。


 歴戦のスナイパー、片ノ坂音遠の構え方だ。


「……ふ」


 息を小さく吸って呼吸を止める。


 目標にサイトを合わせて、撃つ。


 金属が打ち付けられる音と共に弾丸が射出される。


「行くぞ」


 着弾確認もせずにマサトの手を引き走り出す。


 横目で確認すると敵部隊の内一人の頭を打ちぬいていた。


 一瞬場はざわめいたがすぐに弾道で発砲位置を探ってくれるだろう。


 そして確認に来た際に囮を見つけて処理しようとするはず。


 狙うならそこだ。


 足音を消しながら全力で駆ける。マサトが途中付いてこれずに倒れかけたので右腕で担ぎながらだ。


 敵部隊の真横10メートル付近にまで来たとこでマサトを降ろし草むらに身を隠す。


 見れば敵部隊は囮の二人を丁度発見したところだった。


 ここからが狙い目だ。


 都合よく連中は敵部隊全員で行動している。今回ばかりは集団行動精神に感謝だ。


 囮の二人を始末した瞬間、あるいは始末しようとした瞬間に割り込む。


「マサト、俺が突っ込む。お前はその後ろから撃て。俺に当てさえしなければ外しても良い。出来るか?」


 早口で指示を出すがマサトは放心状態なのか返事がない。


 まったく世話が焼ける。


 マサトの肩に手を置いて語りかける。


「いいか?今からあそこに置いてきた二人を助けに行く。そのためにはお前の援護が必要だ。出来るな?」


 マサトは瞬間明るい表情になって何度も首を縦に振った。


 まあ嘘だが。そんな手間をかける暇も必要もない。


 それにもとより新人の射撃力など期待してはいない。牽制にさえなってくれればそれで充分だ。自分に当てられたら本当に困るが。


 日本刀を慎重に抜く。


 敵は囮二人を尋問しているようだ。


 しかし二人は怪我のためか恐怖でかまったく喋れず震えている。そんな二人を敵部隊は笑い飛ばしていた。


 それはそうだろう。戦場で震えあがっている人間を見て笑わない方が人が好過ぎというものだ。


 この調子でもう少し囮二人には粘ってもらおう。


 完全に気が抜けている連中が遊びに飽きて二人を処理しようとした瞬間が狙い目だ。その時が一番の好機だ。


「もしもーし。今おk?」


 空気も読まずあの女から通信が再び入る。要件は一度で済ませてくれ。


 小声で返事をする。


「無理だ。切るぞ」


「待った。あんたのためよ」


「?」


「あんたまだそいつら助けようとしてない?」


「ない」


「んじゃそこにいる奴は何?等身大の人間キーホルダー?」


「ただの牽制役だ」


 事実そんなつもりなどとうにないのだからそうとしか言えない。わざわざ苦労してまで保つプライドなど先ほど捨ててしまった。


「あそう。んじゃあもしかしたら必要ないかもしれないけど職務義務は果たさなければならないしね。職務怠慢とかで始末書は何書いていいかわからんし」


「どうでもいい。早く要件を言え」


「Ah-64、アパッチがそっちに向かっているわ」


 アパッチ?なんだそれは?どこかの部隊名か?聞いたことがないが……


「なんだそれは。どこの部隊だ?増援なのか」


「あんた…少しは勉強しなさいよ。まあそうね敵の増援よ。と言っても単騎でもそこら辺の大隊よりは苦戦するでしょうね」


 単騎で大隊クラス?そんな奴がわざわざこんな所まで?


 たかだが数人を相手にするために?通常であればあの部隊だけで十分だろう。


 わざわざ増援を呼んだ意味も分からない。敵はあの囮二人しか確認できていないはずだ。もしマサトが見られていたとしたらとっくに攻撃されていてもおかしくない。たった二人の重傷者にそこまで警戒するほどの心配性な奴が敵にいるのか?冗談だろ。


「わからん。結論そいつは何なんだ?」


 女は呆れたようにため息をついた。


「攻撃ヘリ」


 瞬間体が飛び上がり敵部隊に突っ込んでいた。


 囮二人の前に飛び込みまだ自分に気づかずわらっている連中一人の喉元を日本刀でなぞる。


「え?」


 男が間抜けな声を出すと同時に喉元から血が噴水のように流れ出しそのまま男は地面に倒れた。


 ため息を一つついてからまだ状況が呑み込めず呆けた顔をしている連中のもう一人の腹部を横に薙ぐ。すると刀身が通過して出来た傷口から出口を求めるようにして血と内臓があふれ出た。何度見ても気分が悪い。内臓好きな奴の気が知れない。


「ひゅーはっやーい。さすが100メートルに5秒かからない瞬足くんは違うね~」


 うるさい女の戯言を無視してもう一度刀を振るう。3人目でようやく敵部隊は我に返り攻撃を開始するがそれをかわしつつも一人ずつ確実に処理していく。


 しかし連中はやはりまだ混乱しているのか陣形を取ろうとしていない。自分が撃った弾丸で味方を殺してしまうほどに見事な円形になっている。動き続ければ弾丸を避けることに難はないが如何せん狭い。周囲を囲まれている状態で全員から同時打ちされたらさすがに厳しいか。混乱が抜ける前に散開させて各個に撃破が望ましいだろう。


「マサト聞こえるか?撃て。当てなくてもいい、とにかく撃て」


 マサトから返事はなかったが数秒後に草むらから弾丸がフルオートで飛び出し一人の胴体に突き刺さった。


 しかしとにかく撃てとは言ったが本当にとにかくで撃っているようで弾道がみるみる上に反れていっている。反動を抑える訓練をしっかり受けなかったのか…?


 恐らく弾切れだろう、乱射が止まった。リロード出来るだけの余裕があればいいが未だに引き金を引き続けていたらそれはそれで笑い話だろう。


 まあとにかくこれでいい。


 これで敵は自分以外の存在を意識せざるを得なくなる。少なくとも数人は弾道からマサトを探しに行くはず。マサトに場所の移動を指示しつつ敵の数を減らしていく。


 マサトが発見されるよりも先に敵部隊が散開してくれると助かる。散開してくれた方がマサトも距離の取り方を考えやすいだろう。


 であれば一度わざと離れて連中が散開できるように誘導しよう。


 近場の敵を見た限りでは連中は大した武装はしていない。軽機関銃のようなものを装備している者はいるが軽機関銃を乱射するには散開して味方との距離を開く必要がある。どの道距離が開いていれば狙撃銃のような超長距離でもなければ避けるのは容易い。


 敵としてもこちらとしても散開してくれるのが何よりも望ましい。


 待つしかないか。




「………はあ」


 戦闘が開始してから5分が経過していた。


 連中はようやく徐々にだが散開していき、陣形を取ってきた。


 マサトは少し離れた距離で待機しているようだ。


 囮の二人は気絶していたため躓く可能性をなくすために連中の散開位置がずれるように誘導しておいた。


 これで問題ない。あとは全員を倒しきるだけだ。


 ざっと見て残り20超。残り5分と言った所か。


 木の根のくぼみに身を隠しあの女に通信を送る


「あと何分だ」


「はにゃ?」


 攻撃ヘリの到着予想タイムを聞いたつもりだったが気の抜けた声が返ってきた。ちゃんと真面目に仕事しているのかこの女は…


「あ、ああ!アパッチ、攻撃ヘリね。んと、後大体2、3分じゃない?」


「確かなのか?」


「うん。もうすぐそこ。音聞こえない?」


「…」


 確かに弾丸が飛び交う音の中に微かにだが空気が震えるような音が聞こえる。プロペラの回転音か。


 急がねば。


「1分で終わらせる。カバーしろ」


「上司に命令すんな。あいよ」


 くぼみから飛び出て走り出す。


 散開したことで敵からの攻撃は規則性を増している。慣れてしまえば当たりはしない。


 弾丸が飛び交う中で目に付いた3人分隊の内一人の心臓に全体重を乗せた突きを入れる。それを引き抜く力をそのままに振り回し残り二人の首を切り裂く。


「右」


 声に反応して視線を送ればナイフを持った二人が飛び掛かってきていた。


 その二人の斬撃を刀身と腕で受け流し、そのままナイフを持ち主の懐に突き立てる。


「後ろ。ショットガン」


 確認せずに後ろに倒れこむ。


 すると先ほどまで自分の胴体があった場所に散乱した弾丸が高速で通過した。


 回転を入れて起き上がりその勢いでもって敵の腹部を切りさく。


「また右。陣形作ってる」


 再び確認せず走り出す。


 視線の先で5人の敵が陣形を整えていた。


 幅を持った射撃を行うことで着弾率を上げようと言う考えか。


 だが撃つ前に倒せば問題ない。


「ふっ」


 日本刀を振りかぶり投擲すると同時に跳躍する。


 回転することなく直進した日本刀は一人の胸に突き刺さった。その敵の顔面を踏みつけて日本刀を引き抜く。


 敵の顔面を蹴って再び跳躍する。それを追うように敵から銃撃が行われたが空中で体をひねることで難なく避ける。


 着地と同時に走り出し、連撃により残った四人を殺害する。


 もちろん抵抗されたが近距離において銃ほど役目が半減するものは少ないだろう。無駄である。


「左!避けろ!」


 言われるまでもなく気づいていた。左方向から爆音とともにひし形のような物体がこちらに向かってきていた。


 RPG‐7!


 いわゆるロケットランチャー。対物、対空爆発兵器だ。人に当たればただでは済まない。


 それの側面を後ろ回し蹴りにより弾道をずらす。本来の弾道から大きく反れた弾丸はそのまま気絶している囮二人に直撃して爆発した。


「ちっ…」


 元より見捨てるつもりだったわけだから気にもしないがまだ何かに使えた可能性もあったため多少もったいない感も否めない。


 まあいい。戦闘を続行する。




 一分後。


 敵は全滅していた。


「お疲れ。でもどうすんの?」


「…」


 攻撃ヘリ到着までもう二分もない。念のためバイクは持ってきてはいるがそれは最終手段だ。身を隠してやり過ごすのが適切だ。


「倒すの?」


「冗談だろ」


「だろうね」


 攻撃ヘリとの戦闘などこんな森林では勝ち目はない。まだビル群であれば高所の差を埋めることもできるだろうが。


「生存者一名を回収後隠れる。ヘリが来たら教えろ」


「うい」


 通信を切ると同時に草の陰で震えているマサトを発見する。完全に腰を抜かしているようだ。情けない。


 時間もないのでマサトのところまで走って向かう。


 腰を下ろしてマサトにこれからの段取りを説明するが一切反応がない。耳がやられたのか?


「おい、聞こえているのか?」


「あ…た……だ」


 うまく聞き取れなかったが何事かをマサトは言っているようだ。


 時間がないというのに面倒だ奴だ。


「なんだ?はっきり言え」


「あんたのせいだ!!!!」


 マサトは急に顔を上げてそう激昂した。


 あんたのせい?どういうことだ?


 そんな疑問が表情に出ていたのかマサトは再び声を張り上げた。


「あんたはあの二人を助けるって言ったじゃないか!なのにあの二人は死んだ!いや違う!あんたが殺したんだ!」


 確かに事実自分が回避した弾丸によって死んだわけだからそう捉えられても仕方はないと思うが……


「所詮あんたは最強なんて言われているけど味方を守ることも出来ないような実力ってことだろ?何が最強だ……ただの雑魚じゃないか!役立たずも良いところだ!」


 なるほど。言いたいことは分かった。そういうことか。


「で?」


「は!?」


「いやだから、で?それがどうしたんだ?」


「あんたは」


「まず第一に、俺はあいつらを助ける気なんて最初からなかったしその義理もない。違うか?」


「っ」


 事実助ける気なんてなかった。勝手に重傷を負って動けなくなったのはあの二人の落ち度だ。何故その責任を負わなければならない?結局は自分のことは自分で、が基本だ。


「次、お前はどうなんだ?」


「は?」


「お前はどうなんだ?確かにお前はあいつらを助けたいとは思ってたみたいだったな。だがそれだけだった。お前は震えていただけじゃなかったか?」


「撃っただろ!一人倒した!」


「だから?じゃあなんで助けにかなかったんだ?」


「それはあんたが戦ってたから」


「怖かったんだろ?」


「!」


「本当に助けるつもりだったならいくらでも機会はあったはずだ。敵から距離が開くようにしていたからな。でもそれをしなかった、なんでだ?怖かったんだろ?俺がやってくれるって思ったんだろ?」


 マサトの顔はみるみるひきつっていく。どうやら図星のようだ。


「でも俺はまだ新人で!」


「知るか。俺には関係ない」


「くう!」


「所詮お前は仲間を助けたいとか言いながらも自分で行くのは怖いから俺がやってくれるのを待ってたんだろ?何が新人だよ。ただの雑魚じゃねえか。役立たずなんてもんじゃねえな?甘えんな。文句あんなら自分で行動に移すか死ね」


 この世界はそういうものだ。利用できるものは利用して当然ではあるがマサトの考えはただの自己保身と責任逃れだ。自己保身は賛同するが自分の行動に責任を取る覚悟がないのであれば何もしないか死ぬしかない。マサトは待機する、という選択をした。逃げていればそこで関係は断たれたわけだからその方がよかったかもしれない。結局は自分の都合と違う結果になって駄々をこねる子供と同じだ。そこまで良心的な世界ではないのだここは。


「そうかよ…じゃあもういいよ」


「……そうか」


 マサトは絶望を顔に張り付けて腰からハンドガンを抜いた。


 だがそれは自分に向けられることはないだろう。そのまま背を向ける。


 次の瞬間一度だけ銃声が鳴り響いた。


 後ろを確認すると頭が破損して脳漿を垂れ流したマサトが倒れこんでいた。


「……ふん」


 予想はしていたがたかだかあれぐらいで何も死ぬことはないだろうに。


 まあいい。所詮は使えない駒に過ぎない。何の影響はない。


「何も死ぬことはないだろうにね~」


「そうだな」


「冷たいね~」


「ところでヘリはどうした?」


「いるよ?なんか迂回してるっぽい」


「目的は」


「知らない。あんたらを探してるんじゃな~いのって……来たっぽいね」


「……」


 見れば1キロほど離れた所に黒く、巨大な機体が高速で飛行していた。


 翼には恐らく対地ミサイルだろう、巨大な筒状の物が下がっている。腹下部分には機関銃だと思われる物が伸びている。


 あれと戦うのは骨が折れそうだ。


「いや~ちょいとやばいねあれは。すぐに逃げな」


「どういうことだ?隠れた方が確実だろ」


「にゃ、あのアパッチ。調べてみたら人狩り用だわ。私もヘリには詳しくないんだけどあれは無理っしょ~」


「お前も知らないのかよ。説明しろ」


「あれのレーダー、温度探知だわ~。あれやり過ごすなら穴でも掘るしかないかな~。まだ火の手がある今のうちに逃げた方が可能性高いんじゃん?」


「そうか」


 バイクを置いてある場所に向かって走り出す


 温度探知、確かに厄介だ。


 隠れていても体温でばれてしまう。であれば穴でも掘って誤魔化すしかない。なるほど、確かに逃げた方がよさそうだ。


 少しだけ振り返り確認すると攻撃ヘリはまだこちらには気づいていないようだ。


 バイクにたどり着きエンジンをかける。


 もう一度振り返る。


 結局今回の生存者は自分のみ。笑えないな。


 しかし所詮は自分の身も守れないような奴はここで生き残れていたとしても次で死ぬだけだ。


「…ふう」


 バイクに跨り走り出す。


「終わったね。でもまだ警戒は怠らないで、戦線を完全に離脱するまで気を張って」


「わかっている。回収ポイントを指定してく」


 ガガガガガガガガガガンン!!


 突然真横数センチの距離で連続して轟音が鳴り響いた。


 慌てて振り返れば少し離れた位置でヘリがこちらを向いていた。


 腹下部分の機関銃の銃口からは硝煙もあふれていた。


 あの距離でこの制度か…まずいな。


「おい!お前が気を抜いてどうすんだ!気づかれてるぞ!」


「うるさいわね!あんたがのろまなのが悪いのよ!」


「あの機銃の弾丸のサイズは!」


「どう考えても12.7ミリ!一発でも当たればミンチよ!」


「あれの最高時速は!」


「293キロ!あんたのバイクの倍近くよ馬鹿たれ!」


 速度で勝つことも不可能。それに一発でももらえば即ひき肉?


 絶望的すぎる。


「避けろ!」


 振り返ればミサイルが目前に迫っていた。


「くっ」


 車体を大きく傾け地面スレスレにすることで回避しようとする。


 地面に着弾して爆発した。


「ちょっとあんた生きてる!」


「ああ!なんとかな!」


 爆風によって車体がさらに押され爆炎に包まれずに済んだ。だが衣服は焼け焦げ、体も出血している。もう一度でも食らえばもう次はないだろう。


「あんたの悪運相変わらずね…」


「脱出する!いいからカバーしろ!」


「わかってるわよ!」


 アクセルを全開にする。車輪の回転数が上がり速度が急速に上昇する。気を抜けば攻撃ヘリにやられる前にバイクに振り落とされてしまう。


 額に汗が滲んむ。


「旋回後、来る!上!」


 見上げると丁度真上に攻撃ヘリの腹が見えた。


 近い。


「くう!」


 プロペラの風圧で車体が大きく揺らいだ。高速回転しているタイヤが安定を失い、危うく転倒しかける。


「あんた!こんな時にドジんないでよ!?もう一度旋回!前方!」


 視線を向けると既に目の前に攻撃ヘリが立ちはだかっていた。


 銃口がこちらに向けられ緊張が走る。


 一発でも食えばひとたまりもないだろう。運よく致命傷は避けてもこの速度でバイクから落ちればどの道死ぬ。避けるしかない。


 来る!


 そう直感が命じ、車体を横にずらす。


 瞬間射撃が始まり、先ほどまで走っていた位置に連続して弾丸が駆け抜けた。


 確認するまでもなく大きな穴が穿たれているだろう。


 そこから先も攻撃ヘリはバイクの目先にぴったりと張り付き射撃を繰り返してきた。


 運良く避けてこれたがそう長くは続かないだろう。


 運転手をガラス越しに見る。


 笑っている。


 当然か。ここまで絵に描いたような有利な状況を楽しまない人間はこの世界には珍しいだろう。


 しかしこちらも死ぬわけにはいかない。絶対に逃げ延びねばならない。


 なおも射撃は続く。ミサイルが撃たれないだけマシではあるが危険に変わりはない。


「残り2キロ!銃弾なんて構わず走り切れ!」


「どういうことだ!」


「いいから走れ!」


「くそが!」


 説明も無しにただ走れだと?この状況で?冗談じゃない。


 しかし何かこの状況を覆す方法など思いつかない。どの道走り続けなければ死ぬのは変わりない。


 なら言われたとおりに走り続けるしかない。


 とその時攻撃ヘリが急旋回して今度は後ろに付いた。


 今までは前からの銃撃であったため何とか避けることができていたが、後ろに回られていては困難になる。誰しも後ろに目はないだろう。


 ここまで来たら死ぬ気で駆け抜けるしかない。


 しかしこの速度であればほんの数分だろう。


 それがこの状況だとすごく長く感じる。


 まだか。まだその2キロには届かないのか。


「ミサイル、来る!」


 慌てて確認するがしかしミサイルが眼前に迫るということはなく、どころか真上を通過した。


 外したのか?と思ったがすぐに違うと気づく。


 ミサイルは少し先に着弾した。逃げ道を断つために。


 着弾し爆発したミサイルの炎が一気に広がりこちらまで迫ってくる。


 避けられない。


「突っ込め!」


 一瞬諦めかけたその時に女の叫び声が響く。


 どの道今更方向転換しても間に合わない。であれば行くしかあるまい。


 出来るだけ体をバイクに密着させるようにして爆炎から身を隠しつつアクセルを強く回す。


 爆炎が目の前に迫り次第に激突した。


 体中にすさまじい勢いの熱風と爆炎が通り過ぎていく。


 熱いを通り越してもはやただの激痛でしかない。


 痛みで意識と力が遠のいていく。それでもアクセルを強く握り続ける。


 途中何度もバランスを崩しかけ何度目かの転倒回避したところでようやく炎から抜け出すことができた。


「くはあ!」


 炎の中にいたとき呼吸を止めていたためたまらずたまっていた空気を吐き出す。


 爆炎の中は燃焼した空気だらけで吸えば肺は焼けていただろう。


 しかしあくまでも運よく二度目が回避出来たに過ぎない。相手が痺れを切らし全弾同時射出してきたらどうしようもない。


 止まることなく走り続ける。


 しかし。


「……?」


 プロペラのあの空気を叩く音が遠くなっていく?


 何故だ?迂回してまた前方に出てくるのか?


「?」


 後ろを確認するが攻撃ヘリは迂回もせずどころかホバリングしていた。


 数秒間だけそのままホバリングを続けていたがすぐに向きを変えどこかへ向かって行ってしまった。


 どういうことだ?


「おい!どういうことだ!何が起こった!」


 バイクを止めて遠くへ飛んでいく攻撃ヘリを見ながら女に説明を求める。しかし返答はない。


 先ほどの爆炎で一時的に通信が切れてしまったか。であればすぐに復旧するだろう。


 ヘリが完全に遠くに行ったのを確認して、それでも念のためにバイクごと陰に移動して煙草に火を点ける。


 周りの状況を確認しようと見渡すとなるほど、あの女の言っていた意味がわかる。


 街だ。


 10キロほど先だろうか、今いる森林からだと余計に目立つ街の光が見えた。


 確かにいくらここが街から離れているとはいえ街を視認できる距離まで来ると向こうから見える可能性も高くなる。


 この世界では一般には存在や活動を知られれてはならないという何よりものルールがある。そのために上は戦闘になると予想されると事前に人払いなどをして場所を整え、事が終わればすべての証拠を抹消する。


 しかしさすがに現在進行形で発生し続ける証拠を消すのは不可能だろう。


 何より人の目に触れればどうしようもない。少数ならどうとでもなろうが大勢ともなればさすがに酷だろう。


 あの攻撃ヘリはそれを恐れたのだ。


「き…る?も…し」


 どうやら通信が復活したらしくあの女から途切れ途切れではあるが音声が届く。次第に声が鮮明になっていく。


「聞こえる~?生きてるか~?」


「ああ」


「おk。まあわかったでしょ?」


「最初から言え」


「んな悠長な状況でもなかったでしょうに。アパッチが戦域を完全に抜けたのをこちらで確認したわ。とりあえずお疲れ様」


「ああ」


「バイクあるしそのまま帰るでしょ?新しいのを後日また送るわ。帰還し次第検診に行くように、絶対」


「……わかったよ」


「あいよ。……それじゃまた次にね」


 そう言い残して女は通信を切った。妙に最後はしおらしい声だったがまあ疲れたんだろう。


 バイクに跨り走り出す。


 街にはまだ低い朝日がさしていた。




 --------------------




 そこは暗い部屋だった。


 モニターの青白い光以外の明かりはない。


 その部屋にはいくつもの机が並びその上には同じだけの数のモニターとキーボードが乗っていた。


 そこにはそれぞれ人が座りモニターを見つめながらキーボードを叩いていた。


「だっはー終わったー!」


 女は椅子に体重を預けて大きく伸びをする。


 仕事終了により気が緩んだのかつい大きな声を出してしまい、周りのモニターに向かっている者たちから嫌悪の視線を向けられる。


 危ない危ない。


 先輩や上司に見られていたら大目玉だ。


「お疲れ、今終わり?」


 横を見ると同期の女、黒木がコーヒーを差し出してきていた。


 それを受け取り一口含む。


「あーうん、終わった~。つっかれた~」


 先ほどのこともあるので少し抑えて声を発する。


「あああの子か。どうだったの?」


 黒木はモニターを覗きながら聞いてくる。


 モニターにはバイクに乗って走るあの青年の姿が映っていた。


 その姿は衣服をボロボロにされ、全身火傷まみれだった。


 ちゃんとあいつは治療に行くんだろうか?行かなかったら強制的に行動しなければ。


「もうホント最悪よ。めっちゃたくさん敵が出てくるわ、攻撃ヘリは出てくるわで…」


 黒木は肩をすくめてコーヒーを飲み。一言小さく発した。


「人類、最強ね……」


「……」


「まだ子供じゃない。あの小さな体には重い、重すぎるわ」


 黒木は少しだけ寂しそうにつぶやく。


 確かにそうだ。あいつはまだ18にもなっていない。そんな子供に最強の名は重過ぎる。あの男とは違うのだ。


「仕方ないわ。仕事だもの」


「……」


「まあと言っても今回みたくあんな無茶苦茶な戦況はごめんだけどね」


「わざとなんでしょ?」


「………」


「先日妙な要請が入ってるのが記録に残ってたわ。宛先はもみ消してあるけどAh-64、アパッチね。それに新兵の出動許可申請。公的には実地訓練となっているけれど出荷装備がどう見ても訓練用じゃないわ。あんた情報操作下手すぎ」


「うっさい!」


 揚げ足を取られてつい大声を上げてしまった。また周りから視線を注がれる。


「てことは認めるんだ。何がしたかったのよ」


「別に、何もないわ。暇つぶしが欲しかっただけ」


「そう。暇つぶしが潰れるのを恐れたわけね」


「!?」


「あの子は昔からそうよね。冷酷でありながら時に自分を顧みず誰かを助けようと奮闘する。あの子は戦況を有利にするためだとか言ってるけれどそんなのは建前よね。確実に、あの男とあの少女が原因よね。特にあの少女以降それが謙虚になっている。それを止めるためにわざと見捨てるしかない状況に追い込み、そして実際に見捨てさせてそれが当たり前のことだと再認識させようとした、と。……ふん、短絡的ね。上にバレたら潰されるわよ?」


「……」


 全て正解だ。


 でなければあいつはいつまでも誰かを守り続けるであろう。あの男のように。


 そんな人間はこの世界では等しく死ぬ。どんな戦況であろうと覆して皆を帰還させたあの男でさえも死んだのだ。


 ならあいつは?考えたくもない。


「ちっ」


「気持ちはわからないでもないわ。あの子は特別なのよ。誰もが忌み嫌ってこそいても死んで欲しいだなんて思っていない。そこまで筋違いな連中ではないわ。あんたはただ守りたかったのよねあの子を」


「……そんなんじゃないわよ」


「じゃあ何?」


「……同期に死なれたら寝覚めが悪いだけ!」


「同期ってただ初戦が被っただけであんたの方が先輩だしあんたの同期って他にもいっぱい死んで……ってどこ行くのよ」


「帰るの!」


「相変わらず素直じゃないわね」


「うっさい!」


 黒木は小さく笑いこちらに背を向けた。


 入り口のドアを勢いよく開き、また勢いよく閉じる。


 あの女はいつもそうだ。人の考えをすぐに読もうとする。それが大概正解なのだからぐうの音も出ないのだ。いけすかない。


 しかし正解だからこそやはり自分がどれだけ愚かしいのかが再認識できるのだ。


 それでもやめるわけにはいかない。同期に死なれては寝覚めが悪いからだ。




 女は苦悩する、青年を守るために。


 この思いがあの青年に届くことはない。


 絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る