第15話 新しい家族

次の日。


気晴らしに、買い物に出かけた私が家に帰ると、昼間とは打って変わって、家の中が賑やかになっていた。


「ただいま~。」


恐る恐る居間をのぞくと、いるいる。


人がたくさんいる。



「お姉ちゃん、おかえり。」


妹の、一香まで遊びに来ている。


「こんばんわ。お姉さん。」


よく見ると、一香の隣には旦那さんがいる。


「こんばんわ。高山さん。」


8歳も年上の人に、お姉さんと呼ばれても正直困る。


とは言っても、相手だって8歳も年下の女を、”お姉さん”とは呼びたくないだろうが……



「ねえ、何なの?何の集まり?」


一香の側に座り、そっと耳打ちした。


見れば父親の兄弟のおじさん夫婦、おばさん夫婦までいる。


「あのね。」


一香は、私にヒソヒソと耳元で囁いた。


「和希ちゃんに、子供ができたんだって。」


「えっ!!!」


私はみんなが驚くくらいの声を出した。



「お姉ちゃん、驚きすぎだよ。」


一香が、私の肩を叩く。


「それで、お腹が大きくなる前に式を挙げるのよ。」


「式?」


「結婚式よ、お姉ちゃん!」


結婚式!!!


「また先越されたな、出海。」


おじさんが私に言う。


「出海も早くしないと、子供産めなくなるよ。」


おばさんまでそんな発言をした。



克己が結婚する……


私は、その賑やかな雰囲気とは似合わないくらいに、一人でじっと、下を向いていた。


そんなところへ、克己が和希ちゃんを連れて登場した。


おじさん達やおばさん達、そして一香達夫婦まで、まるで有名人が現れたように歓声を上げた。



「おめでとう!!」


「克己もこれで一人前だな。」


そんな声が飛び交う。



克己はその声に応えるかのように、膝をついて、親戚に頭を下げている。


和希ちゃんも恥ずかしそうに緊張しながら、克己の側で頭を下げている。



「奥さんはなんて名前なの?」


軽く酔っ払ったおじさんが聞く。


「和希です。よろしくお願いします。」


和希ちゃんは初めて見る親戚に、かなり人見知りしている。


「おじさん、まだ奥さんじゃないって。」



そんな和希ちゃんを守るかのように、克己は彼女をフォローしている。


その場面を見た時、急に周りの声が、私には小さく聞こえた。


なんだろう。


前にも、一度こんな場面を見たことがある。


だんだん気分が悪くなっていった。



「奥さんじゃないけど、先に子供作っちゃったんだよな。」


みんなが笑っている。


「和希ちゃん、何ヶ月なの?」


「2ヵ月です。」


その途端、私の頭の中に、佳樹と真帆ちゃんの姿が浮かんだ。



― 真帆ちゃん、お腹の子、何か月なの? ―


― もうすぐで2ヵ月です ―



同じだ。


あの時と同じだ。



「お姉ちゃん?」


一香が、そっと私の腕を引っ張った。


「どうしたの?顔色悪いよ?」


私は言葉も出なかった。



「ハハハッ!俺としては和希となら、結婚してもいいかなって思ってたし……今、子供ができてなくても、そろそろみんなに和希を紹介しようと思ってたからさ。」


その時の克己は兄弟の末っ子で、いつも鼻水を垂らしていたやんちゃ坊主とは違っていた。


「今回は結婚する前に、新しい命を授かったという事で、和希をよろしく頼みます。」


小形家の長男として、新しい一家の主として、貫禄は十分にあった。


だが私の口からは、とんでもない言葉が出た。



「授かったっていうけど、できちゃったことには変わりないじゃない。」


それまで騒がしかった雰囲気が、急にシーンとなる。


「ぶっちゃけ、そうなんだけどね。」


克己の言葉に、みんなもとりあえず笑う。


「大体、結婚する前に子供を作るなんて、あんたがだらしないからこうなるのよ。」


「お姉ちゃん!」


一香が止めるけれど、私は止められなかった。


私は、結婚する前に子供は作りたくなかった。


子供を理由に、結婚してほしくない。


自分自身を選んでもらいたかったから、だから二人で、一緒に夜を過ごす時は気を使った。



だけど一方では考えてしまう。


子供でも作っていれば、今頃結婚していたのかな。


それぐらいの決定打がないと、男の人は結婚してくれないのかなって。



「まっ。一人だけの問題じゃないか。」


私の言葉に、克己が大きな音を立てて、コップを置いた。


「どういう意味だよ、姉ちゃん。」


「克己だけ作ろうと思っても、相手がそう思わなければできないでしょって意味!」


私は、目の前にあったビールを、一気に飲み干した。


「案外、和希ちゃんも計画的だったんじゃないの?」


克己は手でテーブルを叩くと、私の前に立った。


「何だよ、それ黙って聞いてれば!」


私も立ち上がった。


「反論でもあるわけ?」


「俺は何を言われても仕方ないけど、和希を悪く言うのはやめろよ!」


その眼は、真帆ちゃんをそっと抱き寄せる、佳樹の眼に似ていた。



今まで積み上げてきた信頼など関係ない。


所詮はこれから、自分を支えてくれる人を、人間はかばっていくんだ。


「どうしたんだよ、姉ちゃん。和希のこと、気に入ってくれたんじゃないのか。」


それでも克己はまだ、姉の私を信じようとしてくれている。



「そうだよ。」


「じゃあ、何でそんなこと言うんだよ。」


「それとこれとは別でしょう?」


言い切る私に、克己はイラッとする。


「…ひがみか。」


「はっ?」


私の顔が歪む。


「自分が結婚できないからって、和希をひがんでんのか!」


「私が?冗談じゃないわよ!」


「そう思ってなくても、そう聞こえるね!」


「何ですって!!」


「そうやって人をひがむから、男が寄りつかないんだよ!」


私は側にあった一香のコップを持つと、思いっきり克己に浴びせかけた。


周りからは ひゃっ…という声があがる。



「何するんだ!!」


「あんたを黙らせてやったのよ!!」


私と克己が近付いた時だった。


「よさないか!!二人とも!!」


父の大きな声が響く。


「この目出度い席で!一体、何を考えているんだ!」


私と克己は黙り込んだ。


「特に出海!一番上の姉がそれでどうする!外へ行って頭を冷やして来い!」


私は、カバンだけ持つと居間を出た。


「お姉ちゃん……」


私を追って、一香が立ち上がった。


「放っとけ、一香!」


父が追うのを止めた。



一人外に出た私は、その足でタクシーに乗り、扇屋に来た。


「いらっしゃい!」


ギッちやんは、いつもの変わらぬ笑顔で迎えてくれる。


「ギッちゃん、ビールちょうだい……」


私は、カウンターの席に座った。


「珍しいな。一人で飲みに来るなんて。」


「そうかな……東京じゃあ、当たり前だけど。」


私の前にビールを置いた。



「ならいいんだ。何かあったかと思って、一瞬心配した。」


何かあった、あったと言えばあった。


「…軽く弟とケンカしてきたけどね。」


私は、苦そうにビールを一口飲んだ。


「姉弟喧嘩?その歳でまだするのか?」


「しちゃったね~」


私は、頬に手を当てながら言った。



「あのさ……別れたばかりの彼氏がさ。」


「うん。」


ギッちゃんは、作業を止めて、私の話を聞いてくれた。


「私の部署に来てくれている派遣の女の子とさ、デキ婚したのよ。」


「ふぅ~ん。」


「うちの弟も付き合ってた彼女とデキ婚するって聞いてさ。思わず重なっちゃった。」


「そうか…」


「克己はその彼女とずっと付き合ってたから、どっちみち結婚するって分かったのにね。」



冷静になってみると、克己には悪いことをした。


「たまにはいいんじゃないか?ケンカも。」


「そう?」


「ケンカだって、仲が良くなければできないことだからなぁ。」


「…だね。」


私はクルクルとビールを回すと、一気にビールをゴクゴク飲み干した。

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