第14話 今の自分
次の日、私はフラフラになりながら起きた。
「うえ~。完全に二日酔いだ~。」
あの三人に、変なことばっかり言われるから、次から次へと、お酒を飲むしかなかった。
「出海~!!」
母が耳元で、大きな声を出す。
「いや~!大きな声出さないで!!」
私は居間で、小さくうずくまった。
「もう!いい娘が二日酔い?」
「飲まなきゃやってられなかったの!!」
母は寝転んでうずくまっている、私の前に立った。
「二日酔いのところ申し訳ないけど。」
「何?」
「これからここで、婦人会の集まりがあるから、出海、外で暇潰してきて。」
「えええ~~!!」
この二日酔いの時に、外で何をしろって言うのよ。
「出海だって、婦人会の集まりにいたくないでしょ?」
母は、呆れ顔だ。
「そりゃあ、そうだけどさ…」
「はい。これあげるから。」
母は居間の棚から、大きな瓶を持ってきた。
「なにそれ。」
「ビタミン剤。これで二日酔いも良くなるし。」
私の前にドンと瓶を置くと、母は二カッと笑った。
「分かったよ。」
そこまでされたら、外に出るしかない。
私は瓶の蓋を開けて、ビタミン剤を2、3錠、口の中に放り込んだ。
「夕食までには、戻るのよ。」
母は、玄関に向かう私の肩を叩いた。
「いくつだと思ってるの?」
返事をしながら、私は靴を履き、家を出た。
「うう~気持ち悪~。」
無意識に港へ向かって歩いていたと思う。
すると少し前に、俯き加減で歩くあいつを見つけた。
本村君だ。
そのまま通り過ぎようと思ったけど、昨日の夜、家まで送ってもらった手前、気が引ける。
私は腹を決めて、あいつに声を掛ける事にした。
「本村君。」
私の声に、あいつが後ろを振り向く。
「小形か…」
あいつはわざわざ、立ち止まってくれた。
「昨日は送ってくれてありがとう。」
「ああ。」
「あの後、すぐ帰れた?」
「うん。意外に早く、家に着いた。」
あいつは私の歩幅に合わせて、歩いてくれる。
「珍しいな。小形がこんな時間に、外を歩いてるなんて。」
「なんかさ、母親が婦人会の集まりに家を使うみたいで、追い出された。」
「へえ……」
「こっちは二日酔いだって言うのにね~」
あいつは、ちらっと時計を見た。
「そんな時ぐらい、家でゆっくりさせてってね!」
「ん?うん…」
なんか一緒に歩くのが、嫌そうな雰囲気。
「本村君は二日酔いじゃないの?」
「……二日酔いだよ。」
「えっ、全然見えないね!」
しかも、迷惑そうな顔。
「確かに…顔には出せないからな。」
「そういう時って、仕事する気も失せるよね。」
今までの本村君なら、普通に返してくれたのに、その時は違った。
「なんかおまえ今日、うざいね。」
「えっ…」
「こっちは仕事してんの!遊んでるおまえと違うんだよ!」
本村君はそう言うと、私を置いて、次の家へと向かって行った。
「一生懸命になって、バカみたい。」
私の言葉に、本村君は立ち止まって、振り返った。
「何?」
「一軒一軒回るなんて、効率の悪いこと、なんでやってんの?」
彼は、何も言わない。
「世の中さ……結局、要領のいい人が得するようにできてんだから。」
会社の周りの子だってそうだ。
真面目に仕事をしていても、先に上へ上がっていったのは、要領のいい子だった。
真帆ちゃんが結婚したのだって、タイミングが良かっただけ。
「小形は本当に、そう思ってんの?」
本村君の視線は、冷たい。
「要領の良さや器用さだけで、なんとかなるくらい、世の中は甘くない。。そういうふうに見える人ほど、誰も見てないところで努力し続けているんだよ。」
私は何も言えなかった。
言えるはずもなかった。
「それでもまだ、一生懸命になってバカみたいって思うのか?」
否定も肯定もできない。
「だとしたら小形。」
私の体は、一歩後ろへ下がった。
「おまえ、何の魅力もない、最低な人間だな。」
彼はそう言うと前を向き、私を置いて、ドンドン先を歩いて行った。
「最低な人間……」
胸が痛かった。
「一生懸命になるくらい努力してないって?」
いつの間にか、瞳には涙が貯まっていた。
「努力したよぉ。でも、努力したって手に入らないじゃん。夢も希望も、恋愛も……結婚だって手に入らなかったもん。」
夢を持って東京に来た。
輝かしい未来が、そこにあると思っていた。
仕事もバリバリやって、”生きてる”って感じがして、人並みに恋愛もして、ささやかな幸せも、手に入ると思っていた。
でも実際は、何も手にしてない。
残ったものさえ、何もなかった。
私は目の前の堤防の上に座って、なんとなく、海を眺めた。
それこそ、日が傾いたのも忘れて、辺りが暗くなったのにも気がつかずに。
そこへ白い車が通りかかった。
ブレーキの音がして、車のドアが開く。
「出海?そこで何やってんの?」
昔から弥生は、こういう時にタイミングよく現れる。
そのまま何も返事をしないでいると、弥生はドアを閉めて、堤防を昇って来て、私の隣に座った。
「出海、何があったのか分かんないけど、元気出しなって。」
人の話も一切聞かずに、一方的に励ましてくる。
「なんで私に、何かあったって分かるの?」
「だって出海は、、高校生の時から落ち込むと、堤防に昇って海眺めてたでしょう?」
高校生の頃から、か。
「弥生には、何でもお見通しってこと?」
「ん?まあ……そんなとこ?」
私はなぜか、ほんの少しだけ元気が出た。
「今日、大和君とは会わないの?」
「大和?ああ……今日は会う予定ないから。」
「何?婚約中なのに?」
私は弥生の腕を突っついた。
「はははっ!なんか、そのこともごめんね。」
「弥生?」
弥生は、無理に笑っているような気がした。
「相談しようと思ったこともあったけど、出海は真っ直ぐな性格だから、不倫してるなんて言ったら、嫌われるかなって思って……」
「嫌われるって、弥生の事、私が嫌いになるわけないでしょう?」
私は、弥生に頭を預けた。
「理由は、もう一つあってさ。結婚して3年経った頃から、旦那との仲も冷えちゃって。すごい苦しんでだ時があったの。出海はまだ結婚してないから、今頃彼氏とラブラブなんだろうなぁって思ったらさ……」
珍しく強気な弥生が、か弱い女性に見える。
「出海が、すごく羨ましかったの。ごめんね。」
うまくいってない時って、そんなものだと思った。
「その時に弥生を支えてくれたのが、大和君だったの?」
弥生は勢いよく頷いた。
「よし!じゃあ、大和君には、お礼言わないとね。私が離れている時に、弥生を励ましてくれてありがとうってね。」
「うんうん。」
弥生。
こんな夜になっても、平気で隣にいてくれる。
あんたはやっぱり、私の親友だよ。
私は、心の中で呟いた。
「そして出海は、なんで落ち込んでたの?」
弥生は、いつも容赦なく話を蒸し返す。
「私?…私?」
「二回聞く意味あるの?」
だってこのまま、受け流してほしいんだもん。
私は、弥生とは反対側を向いた。
「分かった!敬太の事だ。」
勘がいいね、弥生。
本当、嫌になるくらい。
「出海と敬太って、ホント真反対の人間だもんね。」
「真反対?」
私は、もう一度弥生の方を向いた。
「そう。出海は器用なタイプだけど、敬太はどっちかっていうと、努力家タイプだから。」
なるほどと思ってしまう私は、少しはあいつに興味を持ち始めているんだろうか。
「そんな努力家さんだから、今や会社の中で、13ヵ月連続売上トップ!」
えっ!あの本村君が?
私は一瞬驚いたけれど、直ぐに納得した。
あの地道に、家々を訪ね歩く姿。
並大抵の努力じゃ、できない。
「世の中を生き抜くには、器用さと努力、どっちも必要なんだけどね。持ってるものが普通の人よりも多いから、どうしても衝突しちゃうんだって。」
衝突?
私と本村君って、周りから見ると、そうなるのかな。
「でもね、敬太。誰よりも出海の事、認めているんだよ。」
「本村君が?私を?」
驚きながら、自分を指さす。
「私が出海の事話すと、すっごい嬉しそうに聞いてるよ。あいつも頑張ってるなら、俺も頑張んなきゃなって。」
本村君。
こんな東京から遠いところに、私を応援してくれる人がいたんだね。
「だけどそれも終わりかも……」
一気に、悲しい気持ちになる。
「どうして?」
「今日。本村君に、最低な人間だって言われちゃった。」
私はその時の事を思い出すと、また胸が痛んだ。
「それさ、敬太なりに応援してるんだよ。」
応援って言葉に、嬉しくなってくる。
「だったら、本村君。思いっきり誤解されるタイプだね。」
「ははっ!確かに!」
そうか。
あいつなりに、腐っていた私に、喝を入れてくれたのかな。
なんだか、胸が熱くなってきた。
「そんな敬太も、とうとう努力が認められる日が来たしね。」
「えっ、なになに?」
私は少し、ワクワクしてきた。
「敬太ね、引き抜きの話、来てるみたいよ?」
「引き抜き?」
あんなに熱くなっていた胸が、一気に冷める。
「ただの噂じゃなくて?本村君、そんな気はないって……」
私は、半信半疑で聞いた。
「だと思うでしょう?でも私、見ちゃったんだよね。敬太が書類にサインしているの。」
書類にサイン?
「なんかの間違いじゃなくて?」
「いいや。あれは確かに、契約書だったと思うよ。雇用っていう字が見えたもん。」
雇用契約書。
さっきまでの、地道に歩いていた本村君が、頭から消える。
「ねえねえ、引き抜きって給料とか上がるのかな?最初から役職とか付いちゃったりして!」
弥生は一人で、興奮している。
― 安心して。そういう事、一切考えてないし ―
そう言ってたじゃん。
それとも、ウソだったの?
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