第13話 飲み会 -1

それから一週間ほどして、久々に弥生から電話があった。


『元気?ま~た家で、暇してるんでしょう。』


「うん、まあ……そんなとこ。」


そう答えている今も、ただテレビを観ているだけだ。


『この間はごめんね。変なこと言っちゃって。』


「ううん、別に。もうなんとも思ってないよ。」


『敬太も気にしてたよ。からかい過ぎたかもって。』



ちょっと意外だった。


あいつでも、そんなこと思うんだって。



『ところでさ、出海。いつまでこっちにいるの?』


いつまでなんて決めてない。


「まだ当分はいると思うよ。」


『じゃあさ、今日の夜でも飲みに行かない?』


「飲みに?」


弥生とそんな話をしていると、ふと、大学時代を思い出していた。


大学時代。


同じ大学に通っていた私と弥生は、何か理由をつけては、一緒に飲みに行っていた。


『あと二人くらい、適当に連れて行くからさ。』


「うん。そうだね。」



たまには、外で羽目を外すのもいい。


もしかしたら、新しい出会いもあるかもしれない。



『場所は扇屋にしようよ。』


扇屋というのは、地元のみんなで飲む時に使う、行き付けの居酒屋だ。


「うん。分かった。」


なんだかワクワクしてきた。


弥生と飲むなんて何年ぶりだろ。



そうだ。


あと何人か連れて行くって誰が来るのかな。


「ねえ、弥生。あと誰が……」


『じゃ!またあとで。』


弥生は質問も聞かずに、電話を切ってしまった。


「相変わらずだね~」


私は変わらない弥生のその癖が、なんだか嬉しかった。



次の日の夜になって、私は町の中心街までバスに乗った。


バスに揺れること、20分。


ひと際大きい商店街の中に、扇屋はあった。



「出海!」


弥生は既に、店の前で待っていた。


「待った?」


「ううん。私達も今、来たとこ。」


「えっ?」


私は、弥生の側に立っている人に気がついた。


「久しぶりだな。出海ちゃん。」


「ええ~、大和君?」


それは中学・高校と、同級生の東原大和(ヒガシハラ ヤマト)君だった。


「全然分かんなかった。」


当時からカッコよかったが、今の方が更にカッコいい。


中学の時は遠い存在だったが、高校に入ってからは、私と弥生と大和君で、よくつるんでいた。


そう言えば私、大和君に憧れていた時期もあったな。


「出海ちゃんも見間違えたよ。きれいになったな。」


そんなセリフも、サラッと言える彼はすごい。


「そんなことないよ。」


お世辞と分かっていても、ついニヤけてしまう。


「そろそろ、中に入ろうか。」


弥生が私達を誘う。



「ギっちゃん、いるかな。」


「いるいる。肇(ハジメ)がここの料理、作ってるんだって。」


「まともなもの作れるんだ。扇ッチ。」


大和君も、笑っていた。



私に、ギッちゃん。


弥生に、肇(ハジメ)。


大和君に、”扇ッチ”と呼ばれる彼は……



「いらっしゃい!!」


店の中に、一際大きい声が響き渡る。


「来たよ。肇(ハジメ)。」


弥生が声をかけた、この居酒屋の2代目。


扇谷肇(オウギヤ ハジメ)のことだった。



「おお~、懐かしい顔が一人。」


ギッちゃんは、私を見た。


「覚えてくれてたんだ、ギッちゃん。」


「当たり前だろ。小学校から高校まで、一緒だったんだから。」


本村君も小学校から高校まで一緒だと言っていたが、どちらと言うと、私はギッちゃんの方をよく覚えていた。



「ところでメンバー、一人足らんのでは?」


ギッちゃんがみんなの後ろを、気にしている。


「もう一人?」


私は気になって、弥生に聞いた。


「ああ、もうすぐで来ると思うよ。」


そう言って弥生は、カウンターの席に座った。


「ふう~ん。」


誰だろう。


もしかして、私の知らない人?


恋の予感?


そう思いながら私は、弥生の右隣に座った。



「誰が来るか、聞いてないの?出海ちゃん。」


大和君は、弥生の左隣に座った。


「うん。」


私が頷いたその時、店の扉が勢いよく開いた。


「悪い!遅くなった!」


ドアをピシャッと閉めて、カウンターに来たヤツ。


「こっち、こっち!」


大和君に手招きされて、こっちへ向かってくる。


「ごめんな。最後の客に捕まってさ。」


勢いよく私の隣に座ったその人は……



「本村君???」


私は、顔半分を引きつらせた。


「ああ、そうだよ。っていうか、いい加減思い出せよ。同級生だぞ。」


「あら、ごめんなさいね。誰かさん、学生の時は陰薄かったから。」


嫌味半分で、呟いた。


「何だって?」


本村君が、顔を近づけてくる。


「まあまあ。じゃあ、出海ちゃんとの再会を祝して、乾杯!」


見かねた大和君が、乾杯の音頭をとった。


「乾杯!」


私は久々の、同級生達との再会に、心躍らせた。



「はい、次は刺身の盛り合わせね。」


ギッちゃんは相手が同級生だと、少しサービスしてくれる。


「おっ!さすが扇屋!!」


「だろ?」


ギッちゃんは、大和君の掛け声にも喜んでいる。



「変わったね~、肇。」


弥生は感慨深そうに言った。


「そうそう。ギッちゃん、高校の時は”扇屋”って言われるの嫌そうだったもんね。」


私は、高校時代を思い出した。


「そんな扇ッチも今や、三人の子供の親だもんな。」


「え!!」


大和君の発言に、私は心底驚いた。


いつの間に結婚して、いつの間に二人も子供いたの?



「はは!先月、産まれたばかりだけどな。」


そういうギッちゃんが、途端に貫禄のある親方に見えてきた。


「どっちだっけ?肇。」


「女の子。」


「名前、何てつけたの?」


ありきたりな質問を、してみる。


「美羽矢。」


「へえ~、今どきの名前だね。」


弥生は誰とでも話が弾む。



「そういう高野は、子供いないんだっけ?」


ギッちゃんは今でも、弥生を旧姓で呼ぶ。


「いないよ。」


「結婚してんだよな。」


「ああ、うち子作りとか一切してないから。」


私はそれを聞いて、口に含んだビールを吐きだした。



「ちょっと、出海~!」


弥生が布巾で、私の前を拭いてくれた。


「弥生が変な事言うからでしょう!」


「だって本当のことだも~ん。」


弥生はそう言って、一気にビールを飲み干す。


「出海ちゃん、こんな話で吹くなんて、意外に控えめなんだな。」


大和君が、不思議そうに言う。


「そうかな……」


少し恥ずかしくなった。


30歳にもなって、そんな話できない方が変なのかな。



「いいよいいよ、女っぽくて。弥生とは大違い。」


「何よ~」


そう言って、顔を近づける弥生と大和。


はっきり言って、怪しかった。


飲み始めて1時間した頃。


大和君が、核心をついてきた。


「ところで出海ちゃん、何でまたこの時期に里帰り?」


大和君は、弥生の背もたれに腕を乗せた。


「あ~……有給貯まっちゃって。上司に使えって言われてさ。」


「いい会社だね。学校の先生なんて、なかなか有給取れなくてさ。」


大和君は、地元の高校の教師をしている。


「私のところもそうよ。本当に暇な時に、一度使わせてくれたけど。」


弥生は今でも、市役所で働いている。


「二人とも公務員だから、取りまくりだと思ってたな。」


うちの会社の社員など、繁忙期でもリフレッシュが必要とか言って、有給を使う。


「本村君のとこは?」


私が聞くと、彼はそっけなく答えた。


「俺は営業だから……あってもないようなもんだよ。」


この時ばかりは、都心の大きな会社に働いてよかったなと思った。



そして問題は、ここから始まった。


「それで敬太と出海ちゃんは、何年振りに会うの?」


大和君が急に聞いてきた。


「えっ……いつ振り?高校、卒業して以来?」


「ウソつけ。5年だよ、5年。牧野の結婚式で会ってるつうの!」


「そうだっけ?」



焦る私。


弥生の結婚式で会った事、一切覚えていない。



「あと、成人式でも会ってるよ。一緒にみんなで写真撮ってるし!」


それだけ会ってて記憶がないのって、ものすごく嫌なことされて記憶末梢しているか、この人の存在が薄いかの、どちらかだと思うんだけど。


そんな私と本村君のやりとりを聞いて、大和と弥生はニヤニヤしている。


「っていうか、敬太は出海と会えて、すっごい嬉しそうだね。」


私と本村君は、そろって咽た。


「何言ってんだよ、牧野!」


「そうだよ、弥生!」


ケホケホ言いながら、本村君と目が会った。



「敬太は高校の時、出海ちゃん追いかけてたんだよな。」


「追いかけてないって。」


本村君が、ネクタイを緩める。


「またまた~。いっつも出海ちゃんの後ろに、陣取ってたじゃん!!」


「えっ……」


驚いたのは私の方で、急に顔が赤くなった。


「あれは小形が、あまりにも頭良すぎるから…」


「後ろからどんな勉強してるのか、盗もうとしてたか?」


「違う。後ろから蹴り倒そうと思ってた。」


「ウヒャヒャヒャ!!」


「敬太、おもしろ過ぎ!!」


弥生も大和君も、お腹を抱えて笑っている。



その上、大和君と弥生の攻撃はさらに続く。


「そうだ。敬太さ、成人式の時に、俺の初恋の相手は小形だって言ってなかった?」


弥生の発言に、私の心臓は速さを増した。


「そうそう。」


本村君は、私が初恋の相手だと、あっさり認めた。


「本当の話?」


「えっ?ああ……言ってなかったっけ?」


もはやここまでくると、覚えていない事に申し訳なくて、本村君の顔をまともに見れない。



「あら~。出海は知らなかったみたいよ~敬太。」


弥生が、戸惑う私に顔を近づけた。


「何かの拍子に、話したと思ってたんだけどな。」


本当、なんでここまで話して、本村君の記憶全くないんだろう。


そして無謀にも、その話を広げてみる。


「い、いつの話?本村君。」


「小学4年生の時。ちなみに同じクラス。」



ご丁寧にありがとう。


って、私は恋の”こ”の字も知らなかったのに~。



「でもすぐ終わっちゃったからな~」


本村君は照れるでもなく、軽いノリで話す。


「どうして?…」


それこそ私、なんかしたかな?


「小形が具合悪いって言って、保健室に行った時、心配で休み時間に様子見に行ってさ……」


うわっ!


私を心配して?


本村君、優しい~



「でも、行った時の小形の寝相がすっげ~悪くて。寝顔もおっさんみたいだったし。」


この時点で大和と弥生は、テーブルを叩きながら、大笑いしている。


「何よ!おっさんみたいな寝顔ってどんな顔よ!!」


「こんな顔。」


本村君はわざと、変な顔をした。

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