第8話 意地悪

実家に戻って来てから私は、何もすることがなく、居間でテレビを見ては、ボーっとして時間を潰した。

仕事をしていた時は、全く考えられなかった時間。

休みの時に限られた時間を、ただなんとなく過ごしていた時は、なんて贅沢な事をしているんだろうと思った。


だが今は、本当にすることがない。

明日もすることがない。

明後日も、その次の日も。

そうなるとこの時間も、ただ苦痛の時間でしかなくなる。


いや、苦痛に思っているならまだいい。

これが当たり前になった時、人間は腐って行くんだと思った。


「ああ~何しよう。」

私が居間で、大の字に寝そべった時だった。

「お姉ちゃん、何やってるの?」

私を覗く、一香の顔が見えた。

「ん~?」

ごろっと、うつ伏せになる。

そこへ突然、私の背中に誰かが乗っかった。

「ぐえっ!!」

私は、思わず反り返った。

「一弥!!」

一香が、自分の子供の名前を呼ぶ。

「急にそんな事したら、出海お姉ちゃんがびっくりするでしょう!!」

母親の言葉に、一弥はそっと、私の顔を覗いた。


「お馬さん…」

「は?」

私と一香の、顔が歪む。

「お馬さん、パカパカしよう!おばちゃん!」

「お、おば…」

そう言って、背中で暴れる一弥。

おばちゃんって……

そりゃあ確かに、一弥から見たら、私は叔母さんだけどさ。


「一弥!」

見かねた一香が、一弥を私の背中から、引きずり降ろした。

「ヤダヤダ!おばちゃんと遊ぶ~!!」

私は頭を持ち上げると、一香へ言った。

「ちょっと、一香。おばちゃんって、一体どんな教育してんの?」

「どんな教育?4歳の子供に、事実を捻じ曲げて教えろって言うの?」

「あんたね~」

私と一香が睨み合っていると、一弥はグズグズと泣き出した。

「だって…ボク……おばちゃんと…」


そんなに、私と遊びたいんだ。

一弥の全身から伝わってくる気持ちに、私は急に感動して、一弥を後ろからギュッと抱きしめた。

「よし!おばちゃんと一緒に遊ぼう!」

「ホント?おばちゃん!!」

「うん!!」

鼻水を垂らしながら、顔をクシャクシャにして、笑っている一弥は、目に入れても痛くないほど、可愛かった。

それにつられて、一香の膝の上に乗っている和香も、笑いだす。

こうなると親バカならぬ、叔母バカだ。


「可愛いよね~、子供って。」

私は一弥を抱っこする。

「さっきまで、おばさんって言われて、怒ってたじゃん。」

「自分の甥っこは別。」

私は、一弥に”いないいないばあっ!”をし始めた。

何回しても、一弥は毎回笑ってくれる。

「ああ~!本当に、一弥は可愛い!!」

私は一弥の顔に、自分の顔を近づけた。

「そう?一日中一緒にいると、もう嫌になってくるよ。」

さり気ない、一香のボヤキに、そうだろうなと思う。

だって私の膝の上で、一弥は既に飛んだり跳ねたりして、大人しく座っていない。

我が妹ながら、気の毒になってしまった。


その時、母が庭の手入れから戻ってきた。

「あ~ら、随分賑やかだと思ったら。一弥ちゃん達来てたのね。」

「お祖母ちゃん!!」

母の顔を見た途端、一弥は私をそのままにして、母目がけて走りだす。

「さっきまでおばちゃん、おばちゃん言ってたのに!」

私はちょっと、母にジェラシー。

「要するに、誰でもいいのよ。」

一香は、テーブルにあったお漬物を、いつの間にか食べている。

「何でそんな、悲しい事言うのよ。」

「子供なんて、そんなモノでしょ。」

元気いっぱいの一弥が、母の元へ行って、少し安心したのか一香は、今度和香の顔を見だした。


「そう言えば、一香。三人目ができたって話はどうなったの?」

母親がなにげなく、聞いてきた。

「えっ!」

私はあまりの衝撃に、体が飛び上がった。

「そんなびっくりしないでよ。できてなかったって。」

そう言いつつも一香は、少し残念がっている。

「仲いいんだね……」

ちょっぴり、一香が羨ましかった。

「そうかな。前みたいに、ずっと一緒にいなくなったけど。」

冷静に答える一香。

それでもやることやってんじゃんと、心の中で呟く。


「お姉ちゃんも子供欲しいんだったら、結婚すればいいのに。」

一香はサラッと、すごい事を言う。

「一香、出海ね、彼氏と別れたんだって。」

そして母も、何気なくお節介な事を言う。

「えっ!!」

お陰で一香に、”何やってんの、お姉ちゃん”って言う目で、睨まれた。

「それこそ、そんなに驚く事ないでしょ。別れる事なんて、いくらでもあるじゃん。」

「そうだけど、何でその歳で別れるかな。」

「うるさい。」

私だって、好きで別れたんじゃない。


「どうするの?今からまた探すの?」

「そうするしか、ないじゃない。」

「ねえ、思い切ってお見合いとかは?」

「お見合い!?」

私の頭に一瞬浮かんだのは、独身の男女が集まって、お話をしていくお見合いパーティーだが、一香の言っているお見合いは、絶対これじゃないだろう。

所謂、親や親せきが持ってくる、『この方、いい人なんだけどまだ独身なのよ~』と、いつ撮ったか分からない写真を見せられる、”あれ”だ。


「いいわよ、面倒くさい。」

「何言ってんのよ、お姉ちゃん。早くしないと、子供産めなくなるよ?」

我が妹ながら、その言い方にカチンとくる。

「ほ~んと。一香みたいに早く結婚していれば、子供だって何人も産めるのよ。」

お母さんも、一弥を抱っこしながら、一香に加勢だ。

「私、子供は二人でいいもん。」

すっかり打ちのめされて、不貞腐れる私。

そんな事、一番私が分かってるやい!


「まっ。今のまま子供を作る相手もいないんじゃ、一人も産めないわね。」

「嫌な事ばっか言うね~お母さん。」

「母親だから、言えるんでしょ。」

「あっ、そうですか。」

あーあ。

こう言う時だけ、親って言うのはうざったいよ。

「見てごらんなさいよ。一香の幸せそうな顔を。」

母に言われて、私は一香をじーっと、見つめた。

「やだ、お姉ちゃん。そんなに見つめないでよ。」

ほのかに頬を赤くする一香は、二児の母親になっても、女っぽく見える。

優しい旦那さんがいて、可愛い子供も二人いて、好きな時に実家に帰って来れる。

これぞ正に、幸せを絵に描いたような情景?


「ねえ、一香。」

「なあに?お姉ちゃん。」

「あんた、それで本当に幸せ?」

しばらく見つめ合う、私と一香。

「お母さ~ん。お姉ちゃんが変なこと言ってくる~。」

一香の呼びかけに、母がこっちを向いた。

「出海、一香に何言ったの?」

「別に。」

私はまた、畳の上に寝転んだ。

「またそうやって寝転がる。」

「いいじゃない。他にする事ないんだし。」

「そう言って、この子は。」

母も側にいた一香も、私に呆れている。


ふと玩具で遊んでいる、一弥の姿が見えた。

子供は、嫌いじゃない。

できれば、欲しい。

それに、一度だけできたかもしれないって、佳樹と騒いだことがあった。

だけどそれも、私の勘違い。

ただストレスで、生理が遅れているだけだった。


できてなかったと報告すると佳樹は、「よかった~」と安心していた。

私だって、安心した。

できれば、デキ婚なんてしたくないし。

急に子供ができたって、仕事どうしようって思うし。


でも……でもなんだよね。

そこは、我が侭な女心なのかな。

『そっか……できてなかったんだ……』

そうやって、少しは佳樹に、がっかりして欲しかったな。

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