第7話 弟の彼女
次の日の夜。
私は母と一緒に、夕食を作った。
「あら、案外上手いじゃない。」
母は、私が野菜を切っているのを見ている。
「お母さん……私、いくつだと思ってるの?」
野菜を切っただけで、料理が上手いと言われたら、八割の人は、みんな料理上手になってしまう。
「これでも心配しているのよ。いざ、結婚した時に何も作れませんじゃあ、親が恥ずかしい思いをするんだから。」
「安心して。簡単なものだったら、いつも作っているから。」
毎日外食や買って食べれるほど、裕福な暮らしはしていない。
どんなに疲れて帰ってきたって、冷蔵庫にあるもので、夕食を済ませなければならない時だってあるのだ。
「ところでさ、やけに量多くない?」
「ああ、それね。今日、
「和希ちゃん?誰それ。」
「克己の彼女。」
「あいつ、彼女いるの?」
あの鼻タレ坊主の克己に?
「そう、なかなか可愛い娘なのよ。」
「へえ……」
母の様子を見ていると、母もその和希(ワキ)ちゃんって娘を気に入っているらしい。
「何してる人?」
「克己と同じ郵便局で、働いているのよ。」
職場恋愛か。
しかもあの地元の小さな郵便局の中で。
そう思うと私は、小さくて狭い世界で、繰り広げられている恋愛が、つまらなそうに見えた。
「かっわいそ……よりによって、克己なんかに捕まって…」
「出海……克己なんかにって、自分の弟でしょ。」
「そりゃ、そうだけどさ。」
あの克己にも彼女が。
ちょっぴり、取り残された気分になった。
30分程経ち、料理を食卓に並べていると、突然外が騒がしくなった。
「帰ってきた、帰ってきた。」
母はなんだか、ソワソワしている。
急に玄関が開く音がして、聞こえてきたのは克己の声。
「上がって、上がって。」
「お邪魔します。」
やけに可愛らしい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、和希ちゃん。」
「こんばんわ。」
母直々に迎えて行って、居間に来る足音が、三重になって聞こえる。
3人揃って現れた時に、私は先手必勝、先に挨拶をした。
「こんばんわ。」
そう言って、ペコリと頭を下げる和希(ワキ)ちゃんは、目が大きくて、髪を後ろで一つに結んでいた。
「和希、これが俺の一番上の姉ちゃん。」
克己が私を紹介する。
「初めまして、お姉さん。加納和希(カノウ ワキ)です。よろしくお願いします。」
私も慌てて、頭をペコリ下げた。
「克己の姉の出海です。よろしく。」
まさかこんな場面が来ようとは……
しかもこんな可愛い娘が、克己の彼女だなんて。
「どうやって捕まえたのよ。こんな可愛い娘。」
「へへへ……」
克己は嬉しそうに笑う。
「彼女、同じ郵便局で働いてるんだ。」
「知ってるよ。お母さんから聞いた。その先だよ。」
「その先?ないよ。」
「ないわけないじゃん。付き合ったきっかけとか、あるでしょう?」
私は克己に詰め寄った。
「きっかけ?何だったかな……知らない間に、付き合ってたからな。」
知らない間に?
一緒に働いているだけで付き合えるのなら、私も郵便局員になりたいわ。
小形家の食卓は、帰ってきた私に、遊びに来た和希ちゃんを入れて、ますます賑やかになる。
「和希ちゃん、美味しい?」
「はい。」
和やかな母と、息子の彼女のムード。
ー 彼氏の母親とは、会う度に火花が飛び散るよ ー
友達から聞いていた話とは、大分違う雰囲気だ。
「それね、出海が作ったのよ。」
母がさりげなく、アピールする。
「姉ちゃんが?料理できたんだ。」
克己が軽く驚く。
「あんたまで……」
私って、そんなに料理しなさそうなイメージなのかな。
「お姉さん、料理上手ですね。」
「えっ?そう?」
お世辞と分かっていても、照れてしまう。
「はい。美人の上に料理もできるなんて、尊敬しちゃいます。」
「び、美人?またまた~」
「本当ですよ。その大きなピアスも、すごく似合ってますし。」
「はははっ!和希ちゃんっていい娘だね。」
すっかり乗せられている私に、家族は呆れた目で見てくる。
「何よ。」
「別に。姉ちゃんが単純な人でよかったよ。」
克己にまでそう言われる始末。
夕食が終わると、和希はさりげなく立ち上がる。
「お片付け、手伝います。」
そう言って母の後をついていく。
克己がふいに、食後のお茶を飲んでいる私に聞いてきた。
「いい彼女だろ?」
「ん?ああ…」
「あれ?気に入らない?」
どうやら克己は、姉の私が和希ちゃんをどう思うのか、気になるようだ。
「ううん。いい子だと思うよ。お母さんとも仲良さそうだし。」
克己はその言葉に笑顔になる。
「だったらいいんだ。」
「何で?」
私は不思議に思った。
「和希だったら、結婚してもいいかなあって思ってさ。」
それを聞いて私は、一気にお茶を噴き出した。
「汚ねえ!!」
克己は布巾で、テーブルを拭く。
「け、結婚?」
そんな言葉 どこから出てくるんだ。
「そんなに驚く事かよ。」
「だって克己、まだ26歳でしょ?」
「結婚したっておかしくはないだろう。イチ姉なんて、23歳で結婚したんだぜ?」
確かに一香は早かった。
だが一香の相手は、10歳も年上の人で、既に33歳にもなっていたから、仕方ないと言えば仕方なかった。
そんな時、台所から母と和希ちゃんの声が、聞こえてきた。
「ありがとうね、和希ちゃん。助かったわ。」
「いいえ。」
そういう会話をしている、母と彼女を見ていると、途端に嫁・姑に見えてくる。
「姉ちゃん?」
克己に呼ばれ、私はハッとして、頭をブンブン振った。
「何の話してたの?」
当然のように和希ちゃんは、克己の横に座る。
「ん?俺達の結婚の話だよ。」
「ええ~」
ええ~って言う割には、全然驚いてないよ、和希ちゃん。
「まだ早いんじゃない?お姉さんだって、結婚してないんだし。」
おっ! この子、案外まともな考え方してるじゃん。
「それに焦らなくてもいいよ。私、克己君以外の人とは結婚しないから。」
あっ、左様でございますか。
「ラブラブだね。」
「はい!」
私がテコを入れたのに、答えたのは克己じゃなくて和希ちゃんだった。
「そういう姉ちゃんだって、そんな話出る頃だろ?」
「そんな話?」
「結婚の話だよ。彼氏と付き合って、3年になるって言ってたじゃん。」
「ああ……」
すっかり忘れてた。
そんな話、克己にしてた事。
「本当なのか?出海。」
意外に反応したのは父の方だった。
「どうなんだよ、姉ちゃん。」
克己もウキウキしている。
「ああ…そういえばさ。その彼氏と別れたんだよね、私。」
「は?」
克己は顔を歪ませている。
父なんて、湯呑を持ったまま固まっている。
母は知らん顔で、お茶をすすっている。
「どうするんだよ、その歳で別れて。」
「仕方ないでしょ?若い子と浮気してたんだから。」
私は半分ウソをついた。
浮気してたって言うか、奪われた?
うわ~。
「あ~あ、捨てられちゃって。」
克己は私を、可哀想な目で見てくる。
「捨てられたんじゃないの!捨ててやったの!!」
100%、私の強がりだった。
「まあ。そういう事もあるわね。」
呑気に母が、口を入れてくる。
「3年付き合って、マンネリもして、若い女の子と浮気されて、怒って別れた。あるある。」
母は、何とかあるある話に、持っていこうとしている。
「お母さんも、そういう経験あるの?」
「お母さん?ない。だって、お父さんとしか、付き合ってないもの。」
ホホホと笑う母に、呆れる私だった。
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