第6話 妹と弟

久しぶりに実家で、夕ご飯の前にテレビを見ていると、玄関が開く音がした。

「おかえりなさい、あなた。」

「うん。」

母親の声掛けに、不器用に答える。

きっと父親に間違いない。


「なんだ、帰ってきてたのか。」

居間に姿を現した父親は、これまた不器用につぶやいた。

「うん。」

私の返事に、父親の勝正は、うんうんと頷いた。

昔からあんまり、口数の多い父ではなかった。


私の隣に、腰を降ろした父に、母がビールを持ってくる。

「はい、あなた。」

「うん。」

母が何をしても”うん”しか言わない。

泡がたっぷりのビールを、一気に半分まで飲むと、父親は私を見た。

「おまえも飲むか?」


私は目を大きくして驚いた。

まさか、一緒にお酒飲むなんて。

そんな事、今まであったかな。


「いいの?」

「いいも悪いもない。久しぶりに家に帰ってきたんだ。少しぐらいいいだろう。」

そう言って父は母を呼ぶと、私の分のコップも、持ってくるように伝えた。

「いいよ。自分のコップは、自分で持ってくる。」

私はそう言うと、立ち上がって、台所へと向かった。

「はい、これでいい?」

母は出海に、少し大きめのコップを差し出した。

「ああ、ありがとう。」

コップを受け取った私に、母は嬉しそうに言った。

「お父さん、子供と一緒に飲むなんて、相当喜んでるわよ。」

「何で?一香も克己も飲むじゃん。」

「あの二人は、あまり飲めないのよ。」


一香は私の妹で、姉弟の2番目。

結婚して今や、2児の母親だ。

克己というのは、弟。

末っ子で、郵便局で働いている。


そう言われてみればあの二人。

あんまり酒豪のイメージがない。

私だけか。

お父さんの相手ができるのは。


テーブルに戻った私に、父はビールを注ごうとしている。

「ええ!お父さん、いいよ。自分で注げるから!」

「遠慮するな。」

低い声で静かに答えた父は、これまた静かにビールを注ぐ。

「仕事、ご苦労だな。」

まるで高田部長よりも、上司みたいだ。

「あっ……お疲れ様です……」

私はコップの底に手を当てると、低姿勢で父と乾杯をした。


しばらくして、カラカラと玄関が開く。

「ただいま~」

元気な声が、家に響き渡る。

「おっかえり~」

私が陽気に声を掛けると パタパタと廊下を走ってくる音がした。


「姉ちゃん?」

一番下の姉弟、弟の克己が帰ってきたのだ。

「うわ~、姉ちゃんだあ~!!」

満面の笑顔で、自分の帰りを喜ぶ弟は、26歳のいい大人だと分かっていても、可愛いものだ。


「いつ、こっちに着いたの?」

「夕方。」

「じゃあ、着いてまだ2時間くらいしか経ってないじゃん!」

「そうだよ。」

興奮しながら私の隣、父の間向かいの席に、克己は座った。

「克己も一緒に飲む?」

母は気が早く、返事を聞く前に、克己にコップを持ってきた。


「もう二人とも飲んでるんだ。」

克己は自分でビールを注ぐと、父と私のコップにもビールを注いだ。

「さっき、飲み始めたばかりだよ。」

「さっき?」

私が答えると、克己は既に、空になっている瓶を発見した。

「さすが、酒豪二人だな。」

「何か言った?」

私は克己に顔を近づけた。

「いや、お母さん、ビールまだある?」

自分が飲み始める前に、台所へ新しいビールをもらいに行くところは、姉弟の末っ子に生まれた悲しい性だ。


「そういえばイチ姉は、姉ちゃんが帰ってきた事、知ってるの?」

台所から克己が顔を出す。

一香姉ちゃんだから イチ姉だ。

「さあ?知らないんじゃない?私、話してないし。」

ビールを飲みながら、私が答えた。

「何だ!知らせなきゃ!」

冷えたビールを持ってきながら、克己は携帯を取り出し、一香に連絡を入れた。

「あっ、イチ姉?姉ちゃんが帰ってきてるぞ。」

『お姉ちゃんが~~?うっそお~~!!』

携帯越しだというのに、居間に響き渡りそうな声。


「今からイチ姉、来るって。」

ビールを置いて、携帯をテーブルに置くと、克己は今度こそ、腰を降ろした。

「わざわざ?」

私は時計を見た。

「主婦は、今が一番忙しい時間なんじゃないの?」

克己はビールを一口飲んだ。

「ああ。イチ姉の旦那、今月出張でいないんだよ。」

「出張?」

「お義兄さんも忙しいんだ。」

「へえ……」

妹の情報を、弟から聞くとは。

何とも悲しい。


そして1時間後。

一香の運転する車が、家の前に停まった音がした。

「ただいま~」

そう言って、居間に顔を出した一香は、私を見て、急に顔がほころんだ。

「お姉ちゃん、おかえり~」

そう言った一香の右手には、上の子の一弥、左腕には下の子の和香を抱いていた。

「ただいま。」

私は一香の子供の、一弥に向かって、両腕を広げた。

「一弥、おいで。」

私がそう言うと、一弥は一香の影に隠れた。

「どうしたの?一弥。忘れちゃったの?」

無理やり一弥を、私の元へ行かせようとする一香。

「ああ、仕方ないよ、一香。この前私達が会ったの、まだ一弥が一歳の時だもん。」

私がそう言うと、一香も克己も、「えっ!!」と驚いた。

「じゃあ、お姉ちゃん。和香に初めて会うの?」

「うん。写真では見てたけどね。」

和香が産まれたのが2年前だから、3年前に帰ってきた時には、和香は、一香のお腹の中にすらいなかった。


「姉ちゃん、帰って来なさ過ぎだよ。」

克己も半分呆れている。

「ははは……」

お盆とお正月に、毎年帰って来ていないと言う、バツの悪さ。

「私も久しぶりに、飲もうかな。」

父と私と克己がビールを飲んでいるのを見て、一香もコップを持ってきた。

克己が、一香のコップにビールを注ぐ。


「よし。乾杯しよう!」

調子に乗って、妙なテンションになる。

「何に?」

一香の素朴な疑問。

「じゃあ~、和香の誕生を祝して!」

私がコップを上げても、他の3人は、静まり返ったままだ。

「えっ?何でみんなやらないの?」

「今更でしょ。」

「あっ、そう。」

コップを下に下げ、私がしょげていると、代わりに克己がコップを上げた。

「それでは、姉ちゃんの帰郷を祝って……」

「何じゃ、そりゃ。」

克己に突っ込みを入れる。

「まあまあ、滅多に帰って来ないんだから。」

一香が、逆に私に突っ込む。

「あ~ら、ごめんなさいね。」

「とにかく、乾杯!!」

克己の乾杯の音頭に、4人でコップを鳴らした。

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