第5話 久しぶりの我が家

次の日。

部長の言葉通り、有給を取った。

向かう先は、温泉でも観光地でもない。

自分の実家だ。


朝、いつも利用する駅から、トランク片手に実家へ向かうバスへ向かった。

会社の休みで帰る時は、2泊3日の予定で戻ってくる。

その時は、時間を少しでも有効に使う為に、新幹線で帰ることにしていた。

だが今回は違う。

いつまでいるかも分からない帰省。

少なくても、数週間は時間がある。

飽きるまで実家に、居着く事ができるのだ。


大きなトランクをバスに預けると、小さなバックを斜めにかけて、私はバスに乗り込み、一番後ろの席に座った。

さすがは、シーズンオフの期間。

バスに乗っているのは、私ともう一人、出張らしいサラリーマンの二人だけ。

たった二人だけの為に、バスを走らせてくれるなんて、バス会社もご苦労な事だ。


「間もなく、このバスは発車します。」

動きだすバス。

新幹線からの眺めとは、まるで違う。

しばらく走っては、信号で停まる。

当り前の事なのに、イラッとする。

「まっ、いいか。別に急ぐわけじゃないし。」

私はそう自分に言い聞かせて、暇な時間をどうにか潰していた。


ボーっと、高速バスからの景色を眺めていると、ふとこの前の事が頭の中に浮かんできた。

真帆ちゃんと言い合いして、二人で見つめ合っていると、誰かが佳樹に知らせたのか、本人が青い顔をして走ってきた。

「どうしたんだ?」

佳樹が、真っ先に心配そうに話しかけたのは、私ではなく真帆ちゃんの方だった。

佳樹は、何も言わずに下を向いている、真帆ちゃんの肩を抱き寄せると、まるで私が彼女に、理不尽な事を言ったかのように、こちらを見ていた。


人って、こんなに短期間で変わるものなんですかね。

それとも、これから一緒に過ごす人を大事にするんでしょうか。

あの瞬間佳樹は、3年付き合った私よりも、付き合ってたった2ヵ月の真帆ちゃんを取ったのだ。


「出海……おまえ……」

真帆ちゃんは、婚約者の胸の中に、顔を埋めている。

「出海。真帆の事、勘弁してやってくれよ。悪いのは全部、俺なんだから……」

佳樹からそう言われようと、私は真帆ちゃんを見続けた。

私が何を言おうと、この誤解は解けない。


でも肝心の彼女が、ここから目を逸らしているのでは、解決もしない。

「安心して。虐めてなんかいないから。」


それでも予想通り、信じちゃいないようで、佳樹は真帆ちゃんを先にオフィスへ戻らせた。

真帆ちゃんが遠く離れるまで見送った後、佳樹は私の腕を急に掴んだ。

「出海。不満があるなら、俺に言えよ。」

「ないわよ。」

「あるから、大人しい真帆に言ってるんだろう?」

”大人しい”って単語に、またイラっとする。

「私は、お祝いの言葉を言っただけ。突っかかってきたのは、彼女の方よ。」

「そのお祝いの言葉が、嫌味に聞こえたんじゃないか?」

ここまでくると、佳樹の思考回路がお目出度く感じる。

「そうかもね。彼女、『よくおめでとうなんて言えますね。私はあなたから、三枝さんを奪ったんですよ。』って言ってたわ。」

「えっ?」


もしかして佳樹は、本気で真帆ちゃんと純愛してたと思ってたのかしら。

私達が付き合っている時から、佳樹を狙っていて、奪ってやろうと考えてなきゃ、こんな短期間で妊娠する訳ないじゃない!?

男って、なんて可愛い女の策略に、気づかないのかしら。


「そうだとしても、俺が出海と会えなくて寂しい時、その穴を埋めてくれたのは、真帆なんだ。」

だからそれが、策略なんだって、本当は言ってやりたかった。

「出海。真帆は、お腹に子供がいるんだ。仕事辞めるまで、なんとか面倒見てくれよ。」


何も分かってない事よりも、自分が彼女を快く思っていないと、考えていることが悲しかった。

頭を振っても振っても、こびりついて離れない。

いつの間にか、バスから見える風景は、涙で滲んでいた。


二人の三年間はなんだったのか。

答えは永遠に、迷宮入りになりそうな予感がした。


5時間後。

ようやく高速バスは、私の実家がある町の隣の市にある駅のターミナルに、辿り着いた。

私の実家がある町は、電車は通っていなくて、新幹線で来たとしてもこの駅から、バスに乗り換える。

「ここからまた1時間、バスに乗るのか。」

新幹線だったら、市営バスに乗りかえるのも新鮮だ。

だが先ほど、高速バスから降りたばかりだと、いい加減に嫌になってくる。


「本当にこれは、旅みたいなもんだわ。」

行先は知り尽くしている実家。

ウキウキもワクワクもしない。

しがない一人旅。


― いつか出海の実家に行ってみたいな ―


佳樹の言葉を思い出して、身体を横に振る。

「ああ~ヤダヤダ。あんなヤツのこと、思い出すなんて。」

私はトランクを抱えると、バスに乗る人達の列に加わった。

さっきと同じように、バスの一番後ろに乗った。

懐かしい景色が広がる。

海も見えてきた。

ようやく実家に帰って来たのだと、この時実感する。

人の気配がないバス停。

バスを降りて、そこからから10分。

そこが私の実家がある場所だった。


「ただいま~!」

勢いよく玄関を開けた私は、そのまま勢いよく靴を脱いで、家の中に入った。

驚いたのは、家にいた母親・真弓だ。

「い、出海?」

「何?娘の顔も忘れたの?」

トランクを持って、居間に向かうと、ドスンと重い荷物を置いた。

「いや、忘れてはいないけどさ……」

「けど?」

「お盆でもお正月でもないのに、どうしたの?」

私は、呆れながら振り返った。

「お盆やお正月じゃなければ、実家に帰ってきちゃダメなの?」

「ダメじゃないけどさ……」

「けどさ?何。」

「……めっずらしい。」

あくまで何かを疑っている母親。

「何かあったの?」

「何かって?」

「会社クビになったとか?」


その時思った。

やっぱりこの人は、私の母親だって。


「まっさか。有給がたまってるから、使って来いって言われたの。」

そうそう。

これは本当のこと。

「有給使って来いって言われて、わざわざ実家にね~。へえ~。」

そう言いながら、母親は台所へ戻って行く。


今の会話で、何を知ったのだろうと、自分の母親ながら、怖くなってくる。

それとも私、言い訳に失敗した?

部長に言われた通り、大人しく旅行に行った方がよかったかな。

私はふと、そう思った。

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