第三楽曲 天使の夜の夢 パート1
この考えは当たった。二日目、三日目と新人の音が不協和音を
その間もずっと、アルベルトからの差し入れは続いた。練習が終わる
『音の
『先輩がどうしているか
『くたばり損ないでもマエストロだ、指示の本質を考えて理解しろ』
──そして、本番前のリハーサル。
「面白くない!」
指揮台ですねた顔をする指揮者に、さすがの先輩達も
「面白くないって言っても、本番ですよもう」
「こんな予定じゃなかったんだよー! 短期間で
「予定より目の前にある現実に対処してくださいよ、マエストロ」
「いっちばん気に入らないのはね。あの
ぎろりとガーナーが
するとガーナーは悔しそうに指揮台に
「くっそー僕の計画が……しょうがないなあ。
「……あの、マエストロはなんの話してるんですか?」
「さあ。まあ、ろくでもないことだね」
(私も早く、コンマスの仕事ができるようになりたいけど……)
考えをまとめたのか、ガーナーが勢いよく立ち上がる。
「──よし、今回は僕の負けだ! 仕方ない、本番は
「ちょ、今まで真面目にやってなかったんですか!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。本番の
それは
だが、ミレアの横にいた先輩がぽつりと
「本番はまた
初めて
「……あの……それって」
「邪魔しないだけで十分、
これで本番に
──思った、のだが。
(……き、
当日席を求める行列ができている、どこそこの楽団長がいる、あの著名バイオリニストがきてる、記者会見が始まるらしい等々、
両手をさするが、冷えてしまっている。動くか心配になった。すると余計に不安と緊張が増して、
(何かあったかいもの食べるとか……でも食べたいものなんて……)
いつも食べていたあのサンドイッチが食べたい。頑張れとメッセージが入っていたら、頑張れる気がする。そこまで考えて、はっとした。
「……それは
「
「うきゃっ!」
変な悲鳴を上げて飛び
「その悲鳴は
「だ、だってだって
「一週間の間に
アルベルトが意地悪く
「し、してないから! だ、大丈夫……平気」
「ふぅん。──そういえば記者会見、あの
「え」
「シェルツ伯爵夫妻も見かけた。記者と観客に囲まれて
「……」
「今夜の主役は君だよ、〝バイオリンの妖精〟。僕も
「──な、何よ! やるわ、やってやればいいんでしょ!」
泣き出したい気持ちを振り切って、
「これでっ聖夜の天使に会えるなら! が、頑張るもの。頑張れ私!」
最後は自分で
(……いやっ違うでしょ、
「会いたいか? 聖夜の天使に」
何を当たり前のことをと返せなかったのは、アルベルトが
言葉が見つからなくて、ただこくんと
アルベルトは
「お前が思ってるような
「……どういうこと?」
「──そうだな。もう羽が生えてないかもしれない」
「人間になったってこと? 何も問題ないわ。そもそも聖夜にしか天使の力は
ぐっと
「じゃあ……悪い男だったらどうする? 君に平気で
「全然平気!」
「あのな、もう少し考えろ。いくらいいバイオリンをもらったからって……」
呆れた顔をするアルベルトに、ミレアは
「ちゃんと考えてるわよ。あのね、そもそもあの夜バイオリンをもらわなかったら、私は今ここにいなかったの。シェルツ伯爵家の娘になることもなかっただろうし、バイオリンだって続けられたかどうか分からないのよ。──それに、聖夜は私の本当の誕生日なの」
アルベルトが目をまたたき、顔を上げる。
「……誕生日、だったのか。聖夜が」
「そう。
真っ暗な夜に、天使の音楽を聞かせてくれた。君にと、バイオリンをくれた。
誰もミレアを見向きしない、本当の誕生日に──それは確かにミレアを生まれ変わらせる、
「ひとりぼっちの誕生日を、人生で一番
「……君の頭の悪さには、本気で感心する」
「なっ──」
むっとして顔を上げると、心臓が止まりかけた。
そっと
「ミレア」
「は──はいっ!?」
「今回の
「ご、ごほうびって……」
そんな
それを
「──いたっ!」
「何を想像した」
ぱちんと指で額を
「な、何も想像してないから……!」
「どうだか。まだ色気よりも食い意地がはったお子様だと思ってたんだけど、意外だな」
「食い意地なんてはってな──っで、でも変なことも考えてないし!」
「ミレア。見つけたぞ」
──聞き覚えのある背後からの声に、ぞわりとした。
(噓、だって。まさか、そんな)
聞き違いだ。でも
「──どなたですか? 関係者ではないようですが」
「……お前、アルベルト・フォン・バイエルンか」
低く、何もかもを
「
「──警備員に
アルベルトの口調に険が増す。だが男は振り向かないミレアに声をかけた。
「なぁミレア。その男は知ってるのか? お前が本当は誰の娘か」
アルベルトが目を見開く。ミレアは意を決して振り向いた。
それこそが血のつながりなのだと言われているようで、悲鳴じみた声が出る。
「何しにきたのっ──帰って!」
「十年ぶりに会った父親にそりゃねぇだろう、ミレア」
へらりと本当の父親が、笑った。
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