丹下 楔は語る

「タンちゃん♪ タンちゃん♪」

「チャコちゃん。私の名前で歌わんといて」


図書室に向かう私の後ろで、なおもチャコちゃんはご機嫌にリズムを刻んでいる。私は静かにため息をついて、諦めて目的地へ急いだ。

最近チャコちゃんはツンデレになると息を巻いている。どうしてその発想になるんだろうと何度か考えたけど、いつもチャコちゃんだからしょうがないかと落ち着く。

出会った頃から好奇心旺盛だったけど、努力の方向間違ってるのよね。本人が頑固だからもう言わないけど。


そういえば、最初に話した時もずいぶん頑固だった。








「えっと、丹下さんやんな?」

「.........なに?」


チャコちゃんはノートをちぎった紙を確認しながら、朝のホームルーム前に突然話しかけてきた。昨晩徹夜で漫画を読んでいた私はめちゃくちゃダルくて机に張り付いたまま目だけを合わせていた。


「丹下さんな、下の名前なんて言ってたっけ? 今日日直の仕事で名簿見ててんけど読まれへんのよ」

「あ〜.....うん」


私は自分の名前が嫌いだった。書きにくいし、キラキラネームだし。小さい頃からそれで弄られることもあって悪い思い出しかない。

でも、聞かれたら答えるしかない。読みくらいはね。


「くさび。たんげくさび」

「おぉ、カッコイイ! 草っぽい!」


何言ってるんやこの子。植物の一種やと思ってる?

私は彼女から顔を背け、一人にさせてアピールで読書を始めようと鞄から分厚い単行本を取り出した。栞が挟まれたページを開きながら、念のため忠告だけしておいた。


「秋瀬さん。あんまり名前で呼ばんといてね。嫌いやから」

「え〜、わたしええ名前やと思ったのに」

「どこが? いっつもからかわれるで.....」

「それわからへんなぁ。でも、そやな.....。『タンちゃん』って呼ぶわ!」

「.............あ、丹下のほうな」


始めて喋ったのにいきなりアダ名を付けられた。後で何でか聞いたけど、私のフルネームの語感が痛く気に入ったらしく勢いで付けたらしい。


「じゃあタンちゃんさ、友達おらんの?」

「まぁ、ね」

「一人の方が好きなん? 友達いらんの?」


ずいぶんズケズケと入り込んでくるから、最初はイラッとした。でも、この後の私の返答でそれどころではなくなったのだ。


「そら出来るなら.....」

「じゃあなろう!」

「秋瀬さんは、ええわ」

「なんでや!」

「なんとなく.....」

「なろって!」

「ええってば」

「なりたいのっ! 友達にぃ〜」


しつっこい.....。

ぐぬぬっと変に食い下がるチャコちゃんに、寝不足の私は返す気力がなかった。仕方なく了承だけしてとりあえず寝ようとしていた。


「もう、ええよ。じゃあ友達な」

「こっちきてタンちゃん!」

「っ!?」


チャコちゃんは私を立ち上がらせると、グイッと前の方の席まで引っ張られた。そこには当時一番絡みたくない不良みたいなせっちゃんがいて、チャコちゃんはニコニコしながらわたしを紹介し始めた。


「せっちゃん! タンちゃんです」

「え?」


短かっ! そんだけ!?

せっちゃんは唖然としていて、でも紹介された私は立ち去ることも出来ず一言だけ発した。


「どうも」

「あ、どうも」

「せっちゃんさ、駅前のアイスの話したやんか。わたしあのレーズンってどうかと.....」


めちゃくちゃ気まずい。と思う間もなく普通に話し始めたチャコちゃんのお陰(?)で、なぁなぁでせっちゃんと友達になれた。せっちゃんは見かけは怖いけどツッコミ気質でボキャブラリーも多いから、変なことばっかり言うチャコちゃんとはいつも漫才みたいな感じで話してて気さくな人なんだと初めて気付いた。




それから三人でずっと仲良くしている。すぐ暴走気味になるチャコちゃんだけど、この出会いを作ってくれたことだけ評価している。


ただ.....。





「あ、せっちゃんや!」

「うわ、二人ともなんでここおんの?」


図書室に着くとせっちゃんは一人で漫画を読んでいた。道理で教室にいないと思った。

チャコちゃん猛ダッシュでせっちゃんの胸に飛び込む。そう、これだ.....。


「なんやねん。暑いわチャコ」

「ええやんええやん」


せっちゃんにスリスリむぎゅーっ。

チャコちゃんは、私には飛びつかない。

それだけが少し悔しい。常々チャコちゃんは犬っぽいと思っていたので私にも懐いてほしいし、撫で撫でしてみたい。

何でせっちゃんだけなんだろうと考えたこともあるけど、いつも一つの答えに行き着く。


「.....胸か」

「え? タンちゃんなんか喋った?」


はてなマークを頭に浮かべるせっちゃん。そのポカンとした顔の下には、私には無い豊満な肉の塊が。本当に私と同じ性別なのか不安になってくるレベルだ。

あんなのと比べると、勝ち目なんてない。


あ、私も飛び込めばええんかな?


じっとせっちゃんの胸を見つめていると、私の中の妖精さんが『やめときなさい。キャラじゃないわよ』と止めにかかってきた。

なんだかチャコちゃんの影響受けすぎね、私。しっかりしないと。








ここらでええかな、話すの疲れたわ.....。

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