引き籠り

「おーい、出てこいよ」


ドアをノックして、声をかける。けど部屋の主は出て来ない。

私の彼氏は、部屋から出て来ない。


こいつが部屋に引き籠って、もう1週間。何が有ったのか何も言いやがらない。

いや言うには言った。たった一言。

俺はお前に合わせる顔が無いと。


「ごめんね、貴女なら出て来るかなって思ったんだけど・・・」

「すみません、力になれなくて」


彼氏の母親に頭を下げる。元々家も近いので、昔から顔見知りだ。

その上あいつは、私の事をいつも家で喋っていたらしく、私の事は尚の事良く知られている。

付き合う前からそうだったらしいので、あいつは真正の馬鹿だと思う。

そんな馬鹿が、私の言葉すら耳を傾けない。


それが、なんだか腹が立っている。

今まであいつにここまで腹を立てた事は無い。そこまでの興味も無かったのかもしれない。

けど、今、この時点において、間違いなく私は腹が立っている。

いっそドアをけ破ってやろうかな。


「おばさん、ドア、壊しても構いませんか?」

「え、何をするつもり?」

「無理矢理連れ出します」

「・・・ごめんね、主人は少し優しいし、私もそういう事は出来ない人間だから。いやな事、させるわね」


許可が下りた。なので私は一度家に帰って、バールを持って来た。

そしてドアノブ部分に思い切りバールを叩きつける。

鍵が付いてるとはいえ、所詮室内カギだ。ぶち壊そうと思えばぶち壊せる。


そのままドアをけ破ると、布団にくるまって蹲ってる彼氏が居た。

私が部屋に入って来たのを確認すると、窓がら逃げようとしやがった。

苛ついたのでバールをその先に投げつけて足を止め、近づいて関節を決め、床に組み伏せる。


「いだだだだだ!!!」

「うっせえ、これは私をイラつかせた罰だ」


そう言って、傷めない程度に関節を捻る。一寸だけすっきりした。

そしてそのまま尋問、もとい、質問を始める。


「何やってんだお前は」

「だ、だって、俺、お前の事好きなのに、俺、お前に顔合わせられなくて」

「そんなこと気にしてのかよ。バカかお前」


そんな事でこんな事をしたのかと、そんな事で家族に心配をかけたのかと呆れた。

たった少しすれ違っただけの事を、話せば良いだけの事を。

ただ、微かにほっとした自分が居たの事に、その時は気が付いていなかった。


「ち、違うんだ。俺、俺、お前に、お前を」


そう言って泣き出す彼氏に、困惑してしまう。

顔を合わせなかった程度で、こんな事になるだろうか。

何でこいつはこんなに取り乱しているのか。何で泣いているのか。


このままでは何も解らない。とりあえずこいつを冷静にさせる必要がある。

とりあえず手を放して、彼氏を立たせようとする。


「とりあえず立て!!」

「は、はいぃ!」


私の怒声で気を付けをする彼氏。まっすぐ立つとやっぱり15センチさは大きい。

このままだと届かないと思った私は、彼の胸ぐらを掴む。

殴られると思ったのか、彼は目をつぶった。


「んっ」


それはどちらから漏れた声なのかは解らない。只、確かに、口を付けた自分達のどちらからか漏れた声。

胸ぐらを掴んで引き寄せ、私は少し踵を上げて、暫くの間キスをした。

相手の口内を侵略するようなキスではないが、ほんの少し、お互いの舌が触れあうようなキスを。


「ぷはぁ・・・おら、少しは落ち着いたか?」


口を離し、たれるよだれを拭いて、彼氏の状態を確かめる。

完全に呆けてやがる。そういえばホテルにまで行ったのに、初めてキスしたな。

あ、なんかそう思うと少し顔が熱くなる。いやまて、今はそんな場合じゃない。


「・・・ごめん、その、少しだけ、落ち着いた」

「そうかい」


どうやら上手く行ったらしい。こういうのは本来立場が逆だと思うんだけど。

あ、そういえばずっとおばさんに見られてるの忘れてた。気まずい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る