彼の誘い
「寒い。帰りたい、寝たい」
もう春だというのに冬服で出かける羽目になる程寒い。
帰りたい。何で私はこのくそ寒い日に彼氏につき合わされなければならんのだ。
買い物なんて自分で好きに選べばいいじゃないか。私要らないでしょ。
「もうヤダ、帰る。私帰る」
「いやいや、もうちょっと頑張ってくれよ」
「やだ、寒い」
もうこれ以上外に居たくない。せめて暖かい屋内に入りたい。
次の目的地が結構遠くだと聞いてしまったので、余計にそう思う。
「じゃあちょっと休憩してくか?」
「する。奢れ」
私を休日に連れまわしたんだ。それ位は有って然るべき。
さあ、早く暖かい所に行くぞ、と思っていたら彼氏が足を止める。
「じゃあ、そこ、いくか?」
彼氏が指をさした方向を見て、彼氏に冷たい目を向ける。
こいつが指さした所に有った物は、ご休憩の看板。要はラブホテルだ。
「ごめん、冗談だから、ほんと、ごめん」
私の目の冷たさに、焦って謝る彼氏。そこまで謝るなら最初から言うなよ。
でもまあこいつも男か。私とそういう事したいのか。
そう思い、自分の体を見る。見事なまな板だ。
「お前って趣味悪いよな」
「え、急になんで」
「私の体に欲情するとか、普通はおかしいだろ」
私は胸は無いし、肉付きもあまり良くない。
割とガリな方だ。まあ筋肉が結構付いてるせいなのか、見た目より重いんだけど。
少なくとも世の男が好くような、柔らかい体じゃない。
「そんな事無い!」
私の言葉に対し急に語気を強めた彼氏に、少し面食らう。
近づかれると、嫌でも身長差を感じ取れる。15センチって案外でかいんだな。
彼氏の顔を見上げながら、何となくそんな事を考えていた。
「あ、いや、ごめん。えっと、俺」
私がじっと顔を見ている事で、冷静になったらしい。いきなり強く言った事を謝る彼氏。
そんなこいつを見て、何となく、本当に深い意味は無いけど、こいつなら別に良いかな、なんて思った。
「良いよ、行こうか」
「へ?」
私の言葉を理解できなかったらしいので、手を掴んでずんずんと歩いて行く。
中は薄暗く、壁に大きなパネルが有って、部屋の写真の下にボタンが付いてる。
ボタンを押して部屋を決めれば良いのかな。私も初めてだから良く解らない。
料金もそこそこ安い。まあ、私達は部屋の良さなんて求めてないから一番安い部屋で良いか。
あと一個だけ開いていた一番安い部屋のボタンを押して、部屋番号の書かれた紙を取る。へえ、こんなの出るんだ。
すぐそばのエレベーターに乗って、部屋に向かう。その間もずっと手は握っていた。
握っていた手にべっとりとかいている汗が、どちらの物なのかは解らない。
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