出会い 小春

 また、御用盗が出た。堀川一条あがルにある会津と懇意な商家であったから、会津から壬生浪士組に出動命令が下った。

 その商家は、主が留守のため、三日後に戻るからそのときまた来てほしい、と言い、その場を凌いだと言う。その三日後に、壬生浪士組の者が現場を取り抑えることになった。

 別に、斬り殺すことはない。捕らえて、奉行所に引き渡すのが役目である。あとは取り調べの上、六角の獄舎にでも放り込まれるだろう。

 重ねて断っておくが、彼らは決して殺人鬼の集団ではない。隊が大きくなれば、中にはやや人格に問題があって人斬りを好むような者もあったりしたが、組織としては、別に好き好んで人を殺す働きをするわけではない。あくまで、やむを得ぬ場合のみに、斬る。


 ある物語で、彼らが京に入ったかなり早い段階で、薩摩藩士の振るう示現流の斬り下ろしをかわし、一刀で斬り伏せるといったチャンバラの場面があったが、これは大間違いである。薩摩藩はこの時点では親幕藩で、表立って反幕運動をするようになるのは明治維新の直前、薩長同盟が締結されてから、あるいは王政復古や大政奉還の頃になってからのことである。それまで、薩摩はひたすら表向きは幕府に対して忠節を示し、裏でこそこそと策謀を巡らしている具合であった。幕府ではそれを知りながら、薩摩の強大な武力――勝手に武器や西洋の工業技術を輸入していた――を恐れ、表立っては何もしない。だから、この時点で、幕府側の者と薩摩の者が斬り合うことは、あり得ぬ。

 もし、新撰組の隊士が市中見回りの際、怪しい浪人を見咎めて詮議しても、薩摩藩邸に問い合わせ、その者が薩摩者であることが確認されれば詫びた上、すぐ解放された。

 薩摩のことは余談であるが、ともかく、彼らは無闇やたらに人を斬ったわけではない。


 このときも、浪士共を捕縛し、奉行所に突き出せばそれでしまいであった。

 夕になり、店の者が雨戸を立てようとしたところに、五人組の御用盗の浪士は再びやって来た。

「主は、戻ったか」

「へぇ、戻っとります。ちょっと、お待ちを」

 と言って番頭が合図すると、開いた障子から、近藤、芹沢、土方、山南、斎藤、沖田、久次郎、彰介の八名が躍り出て、あっと言う間に御用盗のうち三名を捕縛した。

 これは、彼らがのちに新撰組となってからもそうであるが、例外を除き、原則として相手の数を上回る人数を必ず用いた。

 だから、浪士が五名と聞けば、彼らは八名である。

 さらに屋外では、平山、平間、野口、永倉、原田、藤堂などの使い手が、道や裏口を固めている。

 芹沢と向かい合った一人が、逃げ出した。芹沢は、あえてそれを屋外に出した。

 追う。

 浪士はやぶれかぶれになったのか、芹沢に向けて刀を抜いた。抜いた、ということは、斬られても文句は言えぬということである。

 そこへ、もう一人が、屋内から飛び出してきた。

 それを、芹沢は見もせずに斬った。肩口から血を噴き出して、男は死んだ。そのまま、向き合う男の剣を、払い落とす。

「俺が、芹沢鴨だ」

 そう言うと、血払いをし、刀を納めた。芹沢に向かい合った男は、大慌てで逃げた。

 土方が追おうとしたが、芹沢が制止した。

「なぜ、追わぬのです」

「放っておけ。あれが、俺たちの恐ろしさを、京中に言いふらしてくれることであろうよ」

 と言って、不敵に笑った。土方は、こいつ。と思ったが、色には出さない。

 人を斬ってばかりではないと言いながら、結局斬ってしまった。これで、芹沢の言う通り、芹沢の名は京でも聞こえることになるだろう。

 土方は、内心舌打ちをした。このままでは、近藤が、霞む。

「会津様から、御用盗は全て捕らえろとお達しがあったはず、それを一人斬り、一人を逃がしてしまうとは」

 苦々しく言ったが、

「ま、そのおかげで、会津様に盾突くやつもいなくなるんじゃねぇか」

 とうそぶいて取り合わない。土方はそれに意味のない微笑を投げ掛けたが、その眼はぎらぎらと光っていた。

 夜分になっていたため、あとのことは奉行所の者に任せ、会津への報告のため黒谷へに向かうのは明日、ということになり、堀川通りを延々と南に下がり、島原へくり出すことにした。途中、四条で西に折れ、屯所に羽織は置いてゆく。

 八人が収容できるだけの広さの座敷に通された。店の者は、芹沢を下にもおかぬ扱いで、それはやや酔うと面倒があるためかもしれぬし、金払いが良いからかもしれなかった。

 そこで、久二郎は、ある出会いをする。入隊の日以来二度目の花街行きである。もともと、妹の千を探しに滅多にない機会と思い、座敷の者に、あれこれ妹の人体などを言い、知らぬか、知らぬかと聞いた。

 あとで知ったことだが、遊郭での詮索は、無粋とされている。それでも久二郎は、探さねばならなかった。

「もしかしたら、私、知っているかもしれません」

 と、いかにも遊女になりたてという風な、かんざしだけを身に着けた若い女が言った。歳格好からして、格は「新造」であろう。

「去年、ここのお店に私が来たとき、その少し前からいたお千代さんという人が、色々親切にしてくれました」

 その遊女とすぐに仲良くなり、聞けば、歳の頃や、生まれの地、背の高さや顔形まで、久二郎の探す妹と合致する。

「それに」

 とその遊女は、茶屋言葉に慣れぬのか、東海あたりの、語尾をしゃくり上げるようにして伸ばす抑揚丸出しの言葉で言う。久二郎には分からぬが、おそらく伊勢あたりの出ではないだろうか。

「お客さんに、よく似ておいででした」

「詳しく、聞かせてくれ」

 と久二郎が、肩に手をかけ、迫った。

「なんだ綾瀬。新しい女の口説き方か」

 土方が笑う。そういえば、ここはそういう場所なのだ。久二郎は赤面し、そっと肩から手を離した。

「済まん」

「構いません」

「その、千代という人は、今どこに」

「それが」

 遊女は、言葉を濁した。

「ついこないだ、亡くなってしまわれて」

 先ほどまでは、それが、実の妹であってくれと強く願ったわけだが、今は、赤の他人であることを祈るばかりである。

 酒が終わると、屯所に帰る者、泊まってゆく者、それぞれに別れた。芹沢はもちろんのこと、土方、山南も泊まってゆくと言う。久二郎は、なんの気なしに遊女に礼を言うと、彰介と屯所に戻るべく立ち上がった。

「待て」

 土方が呼び止めるので、久二郎は開いた襖から半身だけ出して、振り返った。

「帰るな」

「なぜです」

 きょとんとして、土方を見た。

「馬鹿」

 土方は、苦笑した。久二郎と話をしていた遊女の顔に、久二郎に対する明らかな好意が浮かんでいるのを、このフェミニストは敏感に見てとっていた。

「この朴念仁の相手を、頼む」

 土方は、若い遊女にそう言った。遊女は頬を染め、頷いた。


 なにやら、なまめいた部屋である。ここがどのような部屋なのか、久二郎がいつも使っている前川家の押し入れに眠っていた雑巾のような布団とは比べ物にならないほど豪華なそれが敷いてあることでも分かる。

 とりあえず、膳の前に座った。

「お酒でも、飲まれますか」

「頂こうか」

 最近気付いたが、久二郎は酒は強い方であった。勿論、量を重ねれば足が浮いたようになるし、入隊の日、芹沢に付き合わされて朝まで飲んだときはさすがに堪えた。が、量さえ間違わなければ、どうということはない。

「お千代さんのこと、すみません」

「あなたが、謝ることではない」

「お気の毒で」

「まだ、死んだと決まったわけではない。もともと、妹を探し、京に来たのだ。それが、何の因果か、あの人たちと行動を共にしている」

 遊女は、彼らが壬生浪士組として恐れられ、嫌われていることを知っていたが、勿論色には出さない。

「お勤めは、大変ですか」

 久二郎は、聞いてやった。

「分かりません。これが、二度目のお座敷なので」

「そうか」

 遊女の名は、小春といった。ここに来てからまだ日が浅く、稽古事などをしながら、この間、はじめて客の前に出た。どこぞの、太った商人が相手であった。そのあと、ことが済み、布団についた血のしみを見て、その太った商人はたいそう嬉しそうであったという。

 このような時代だから、小春のような娘は別に珍しいわけではなく、どこの色町でもよくある話であった。

「歳は」

「嘉永の、元年です」

 ということは、十六である。この時代、数えで歳を数えたから、生後零歳は存在しない。生まれた年が、一歳である。だから、現代的な感覚で言うならば、満十五才ということになる。弘化元年生まれ、数えで二十になる久二郎と、五つ違いである。

 話すことが、無い。久二郎は、仕方なく、故郷の村では毎年、冬になると頃羚羊かもしかが現れるとか、熊がたまに出て、一度、彰介と二人で退治したことがあるとか、他愛もないことを話した。小春は、その度に笑った。笑うと、小さな花が咲いたようになることを久二郎は知った。十五の娘からすれば、五つ上の顔立ちの整った紳士的な態度の久二郎が、陽よりも熱く見えたことであろう。

 小春の方から、久二郎の手を取った。久二郎は、ただ赤面した。思えば、女の経験など、無い。

「お酒、もっと飲まれますか」

 徳利が、知らぬ間に空になっている。尻が落ち着かぬのは、酔いのせいか、どうか。

 小春が、身を寄せてくる。久二郎が嗅いだことのない匂いが、たちこめた。

 あとは、天地自然が彼に与えたままの行動を取った。

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