46話:利害関係

 礼を口にし頭を下げる少年、少女とロビーで別れたあと、旧知の仲である三人は昔話に話を咲かせるというわけでもなく、立ち話もそこそこにドロシーが店を構える北口へと足を向けた。

 昼時を過ぎれば会場を訪れる人々の往来はピークに達する。決して狭くないロビーの中央をこの三人が悠然と練り歩けば、嫌でも目立つ。

 アイドル並の認知度を誇るドロシー然り、全身から金の光沢を放つラティ然り、目立つ二人を侍らせれば注目も浴びる。そこへきて、レディスは、普段の教師然とした出で立ちではなく、簡素ながら王女としての装いである。魔法使いの性質ゆえの幼さ、特に膨大な魔力量による高補正もあってか齢二十八には見えない。

 顔立ちだけならどっちが生徒で教師なのかがわからない美貌。そこに王女とくれば、お近づきになりたいと思う人間は少なくない。

 立ち止まる者、振り返る者、皆一様にして様々な反応を見せる。

 レディスが笑顔を向ければ、ドロシーはサービス精神旺盛に手を振って答える。


 王女としての公務はほどほどにレディスの生活の大半は教師業に費やされる。それでも他の教師たちと比べれば人脈は細い。

 レディスが教壇に立ったのは、ここ三年ほどの短い期間。それも三年間同じクラスを受け持ち、先日晴れて高等部へと送り出したばかりの新米教師だ。

 二十代以下の若者の大半は魔導学園の出であり、卒業後は他の国に生活基盤を移すが十代の多くを学園で過ごす。つまり、魔導学園の教師はこの世界で最も顔が広いのだ。

 レディス本人が知らなくとも、OBであったり在校生としての権利を行使したりと、接触を図る人間は後を絶たない。結果として担当した生徒数の少なさを補って余りあるほどの影響力を持つ。


 ちょっとした騒ぎになりつつも、北口からドーム外へ出れば隣り合うウェスタリカ国へと続く二本の大通に接続する。帝城を始めとした国際魔導機関、国際議事堂などの主要施設ひしめく南口と違い、こちらは二大帝国に挟まれることもあって魔大陸最大の商業区画である。

 現実世界でしか手に入らない商品の取り扱いが大半を占め、それらを目当てに人が集まる。その数、実に一万人に迫り、率にして八パーセントを超える。それほどの魔法使いが一日の間に訪れるのだ。それは、さながら観光地の様相を呈している。

 当然、この喧騒の中では自然と声を張らなければ容易くかき消されてしまう。


「ドロシーはこれから何か予定あるんスか?」

「特に何もないさ。それとも何か、誘ってるのかい? モテる女は罪ってものだな」

「振り回されるのがオチなんで遠慮するっス」

「私かレディスの違いなだけじゃあないか」

「それはそれで嫌っス……」

「ラティはそういう運命なのです。諦めるのです」


 全四区からなる商業区画、通称シーズンエリア。

 北に位置するウェスタリカ、南に位置するグランベレル。それぞれの領地を東西で区切ることで春夏秋冬をモチーフにしている。その一角である南東エリアは桃色の煉瓦が敷き詰められていることから、スプリングロードとして親しまれる。

 各区画は名称に因んだ商いで賑わい、サマーロードなら海やキャンプ道具、派手な物や露出の高い洋服などだ。

 ここスプリングロードは商業区画から少し離れた場所に花園があり、花見をするには絶好の場所がある。そのため酒やテイクアウト専門の飲食店なども多いのが特徴だ。一歩足を踏み入れれば至る所から腹部を刺激する甘美な匂いが鼻孔をくすぐってくる。

 誘惑に誘われつつ、はぐれない様に三人は一列になって人の間を縫うように進んでいく。


「ドロシー。予定がないのでしたら、これから少しワタクシの部屋に来ませんか?」

「魅力的なお誘いじゃあないか。どうせレディスのことだ、何か裏があると見た」

「ひどいのです。ワタクシのことを何だと思っているのです。ぷんぷんなのです」


 気心の知れた者同士、冗談で会話に弾みをつけつつ、四つの大通りが交差する魔大陸の中央に屹立する、太陽の塔へとやってきて来た。

 文字通り人工太陽を生成する施設であり、遥か彼方に浮かぶ太陽を日々生み出している。この太陽の塔の一階広間には転移装置が設置され、最も利用者数の多い障壁ゲートで知られる。

 三人は魔法指輪マジックリングを操作し、転移先をグランチェットへと指定した。


「ささ、着いてくるのです」


 そう言って、レディスは転移早々城の中を先導する。

 育成国家グランチェットは、建造物の九割を学び舎で占めることもあり、国全体が煉瓦色で彩られる。特に権威の象徴とも言えるノイシュタット城の延床面積は三〇万平方メートルを越え、単独の建造物の中では、国内最大規模、魔大陸全土でも五指に数えられている。

 魔法世界と聞けば創作物からのイメージからか、厳重な警備体制が敷かれている。そう思う人間は多い。実際問題警備は厳重だが、それは機械的な意味であり衛兵の類は驚くほど少ない。

 ノイシュタット城に限らず、魔法王国群に分類される生活圏内では魔法による防護システムが構築されており、警察という概念がほぼ形骸化している。これは主に魔法指輪マジックリングの自動防御によるところが大きい。

 最低限配備されている顔なじみの魔法使い数人とすれ違いながら、三人はようやくレディスの部屋へとやってきていた。


「これでやっと本題に入れますの」


 白で統一された円卓に着くなり、レディスの表情が砕けた。


「ここのセキュリティは?」

「万全ですわ。何せワタクシの神聖水とラティとの合わせ技なのですから」


 えっへんと鼻息を荒くするレディス。ドロシーも彼女に続いて帽子を脱ぎ対面に腰をかけた。


「ほほう、それは実に頼もしいじゃあないか。いやはや、あのちっこかったレディスが随分頼もしくなったものだ」


 身を乗り出すドロシーは顔をくしゃりと崩し、まるで幼子をあやすようにレディスの黄金色の髪を優しく撫でた。


「もういつの話をしているのです。これでも二十八なのです。いつまでも子供扱いしないのです」


 言葉では嫌がるレディスだが、ドロシーの手を払いのけるわけではなく、されるがまま頭を左右に振られ続けているのは、満更でもないのだろう。隠しきれない嬉しさが彼女の顔から滲み出る。

 おもちゃにされるレディスの元に、クッキーと人数分の紅茶を淹れたラティが戻ってきた。


「どうぞ姫。ついでにドロシーの分っス」

「ありがとうなのですラティ」

「頂こうとしよう。あのやんちゃしてたラティ君も様になってるじゃあないか」

「やんちゃしてたってことに関してはドロシーは人のこと言えないっスからね?」


 三角形を描くようにしてラティも席に着くと、三人は揃って笑顔を引っ込めた。


「このタイミングで接触してきたのです。ドロシーの目的を先にお聴きするのです。氷室ナギさんの返答は何と?」


「さすがレディス話が早いな。では、改めて。この度マジックギルドは正式にグランチェット国と同盟関係を結ぶことにした。そちらから要請された政策への協力を全面的に支持する。今後の連絡方法だが同郷ってことで、私が仲介することになった。この席を用意するのに、偶然を装って鉢合わせるなんて面倒なことをしたけどね。いや~、レディスが誘ってくれなかったらどうしようかと思ったよ」


「このタイミングでマジックギルドがワタクシに接触してくるのです。気づかないワタクシではありませんわ。当然、それは国際魔導機関も同じですの。この接触に疑いの目がかかっていると思って行動した方がいいのです。これくらい臭い演技をしても足りないくらいなのですわ」


 紅茶を一口含み嘆息する。


「じゃあ、この会談、国際魔導機関には筒抜けってことっスか?」

「少なくともキサ君たちは本当に偶然だと思っているだろうけど、この程度の小細工で、あの理事長を出し抜くのは無理ってもんさ」


「それって大丈夫なんスか?」

「問題ないのです。むしろ、怪しんでくれる方が助かるのです」


 涼しい顔で答えるレディスに強がっている素振りはない。なぜなら、この会談そのものが囮なのだ。こちらに注目を集めることで本命の狙いに目が向かないように仕向けているに過ぎない。


「マジックギルドとの連絡はすでに柳生千狐さんをこちらに引き込めた時点で確立しているのです。彼女との関係を隠すためのドロシーなのです」


 今回あえてドロシーを寄越した氷室の狙い。それを完璧に看破したレディスに、ドロシーは口笛を鳴らす。


「怖い怖い。あの氷室君と同じレベルで物事を見れるってのは恐ろしい限りだよ」

「それほどでもあるのです」


 謙遜することなく得意げに鼻を鳴らす。


「それで、肝心の政策の詳細を訊かせてくれるかい。チコ君からのテレパスでは条件を提示されただけだったからね。うちは何をすればいい」


「ドロシーも知っての通り、現実世界では地球温暖化対策が行われているのです。その一環として、比較的海水温の高い地域から海洋国家であるリグレイス国へ海水を流入させていますです」


「もちろんそれは知っているさ。隣国の遊戯大国コーウェイも雪山や氷河を作って流入量を増やし、最近では冷えた海水を現実世界に戻す施策もしているそうじゃないか」


「なのです。今回フィオナ女王から持ち掛けられたお話というのが、グランチェットの広大な演習場の一部を湖に出来ないかという件なのです」


 育成国家であるグランチェットの施設は全て学業に類するものであり、国土の八割以上が草原や山など、魔法を行使しやすい作りとなっている。そのため、グランチェットは他国と比べ国土の運用方法にある程度の自由度を持つ。

 同様にリグレイス国の国土の九割が海洋であり、国土拡大はもっとも容易である。 海水面の上昇を緩やかなものとするため、現実世界の海水を同国へと流入させる。これだけなら何の問題もないが、国家間の事情はそう簡単ではない。

 リグレイス国が地球温暖化を大義名分に自国の領土を無尽蔵に広げれば、他国から顰蹙ひんしゅくを買う。では、他国も領土を広げれば解決する問題かと言えば、そうでもない。

 増えた領土を有効活用できなければ意味がないからだ。狩猟国家レナレイテスは比較的楽な部類だが、鍛冶国家ディスラクティアに至っては領土拡大が国益に直結しにくい。そういった国々がリグレイスの政策に難色を示しているのだ。

 そのためリグレイスは近年他国の領土を間借りする形で流入量を増やしている。


「リグレイスが提示してきた条件はどんなものなんだい?」

「淡水魚の漁業権なのです」

「グランチェットとしては学費以外の収入源を得られるわけだ」


「とはいえ、グランチェットは販路を持っているわけではないのです。それでグランチェットは釣果されたものは全てリグレイスに一括販売という形を取ることにしたのです。これにより初期費用、管理費用の削減に期待できますです」


「話を聞く限りグランチェットがその条件を提示したとは思えないね。リグレイスが受け取っている温暖化対策費用の一部が流れてくるにもしても、あまりにもグランチェットに旨味がない。それとも、とんでもない額を吹っかけているのかい?」


「ドロシーは失礼なのです。ワタクシを何だと思っているのですか」


 頬を膨らませて怒るレディスにドロシーはケラケラと笑う。


「リグレイスとしては領土拡大こそ最大の施策なのです」

「それはそうだ。他国の領土を活用するにしても限度があるからね」


「一番簡単なのは全国で増やした国土をそのまま湖や河川にすることですが、これも国益にならないのです」


「それでいうとリグレイス側が漁業権を交渉材料にしてくるのは当然だね。だからこそ逆にわからない。グランチェットの立場からすると、もっと強気の条件でいけるんじゃないかい?」


 リグレイスがグランチェットに話を持ってきたのは、販路が関係しているだろう。

 狩猟や農業を生業とする国は独自の販路を有している。リグレイスがこれらの国ではなく、グランチェットに話を持ってきたのはこれが理由だ。自国で釣果された魚は、独自で持っている販路のノウハウを生かせば、そのままその国の利益になる。そうなれば逆にリグレイスに旨味がなくなってしまう。

 そこで販路を持たないグランチェットにお鉢が回ってきたというところであろう。リグレイス以外で釣果されたものはリグレイスが一括購入する前例を作ることで、以降の国々との交渉がしやすくなる。逆に言えば、それを逆手に取って、グランチェットがより良い条件を飲ませることができるのだ。


「ええ、当然グランチェットとしても利益を最大化したいのです。そうなれば、一部を湖にするのではなく、新たな国土として湖を追加する方が益があるのですわ。その際に問題となってくるのが全ての国に共通する懸念材料なのです」


「移動手段だな」


「その通りなのです。狭間の世界での移動手段は障壁ゲートを用いていますが、これは【暴君】の開発した装置を流用しているだけで、誰も再現できていないのです。現状、魔大陸の移動は障壁ゲートが前提となっていますです。これ以上の国土拡大となれば、鉄道網などの構築が必要不可欠となってくるのですわ」


 レディスはテーブルに肘をつき、口元で手を組むとドロシーと目を合わせた。

 するとドロシーはお手上げとばかりに両手をあげる。


「OKOK。レディスの狙いはそれか。マジックギルドに協力する見返りとして障壁ゲートを寄越せと言うことだな。これはさすがに私の一存では決められないな。悪いが持ち帰らせてもらうとするよ」


「いい返事を期待するのです」


 今日一番の笑顔を浮かべるレディスに、ドロシーは冷や汗を流す。

 国際魔導機関の狙いが精霊文字ヒエログリフの解読であることは、すでにアイヴィーから伝えられている。それを奪取できれば障壁ゲートの量産が現実味を帯びる。

 そうなれば魔大陸の移動問題が一気に解決に向かうことになるが、当然マジックギルドとしては、おいそれと渡していい代物ではない。新人類党打倒のためにはレディスの協力は取り付けたいが、とても釣り合う条件ではない。

 そこで浮上するのがリグレイスとの関係である。

 グランチェットとの条約はリグレイスに取って非常に旨味があるだけに、レディスからの申し出を断る選択肢はない。つまり、障壁ゲートを寄越すならリグレイスにも協力を要請すると言っているのだ。


「ワタクシからは以上なのです。それではマジックギルド側はワタクシに何をさせたいのか聞かせてほしいのです」


「これを見てくれ」


 そう言ってドロシーはマントの中から数枚の写真を取り出し、テーブルに広げた。

 映っていたのは戦闘機と思しき機体が数機に、滑走路や格納庫などだ。何かしらの軍事施設であろうことは容易に想像がつく。


「これは?」

「リニエステラ領で撮られたものさ」


「現実世界ではなく、狭間の世界ですか。さすがは氷室ナギさんなのです。よくこんなものを入手できるのです」


「撮ったのはチコ君だけどね」

「心眼ですか。早速こき使われているのです。柳生千狐さんが可哀想なのです」

「連絡手段ってのもあるが、このためにチコ君を引き入れたもんだからね」


「確かに軍事施設へ潜入するのは危険が伴いますの。そういう意味でも柳生千狐さんは適任なのです。それにしても見たことのない機体なのです」


「氷室君曰く、対魔法使い用の特殊機なんじゃないかって話だ」

「それはとても興味深いのです」


 三次元戦闘が主流となり、人間サイズの小さい的を相手に小回りの利かない戦闘機がどうやって立ち回ろうと言うのか。ましてや近接戦を仕掛けてくる魔法使いに一度でも接触されれば、戦闘機など一撃で落とされるだろう。

 近代兵器の全てが魔法使い相手に無力というわけでないが、相当に分が悪い。

 大金を投入するだけの価値があるようには見えない。あの理事長が無駄な開発費を拠出するとは到底思えないのだ。そうなれば、別の勢力という考えも過る。


「写真からでもわかると思うが、装甲は最硬石アダマンタイトで間違いないだろうね。ま、それ以上のことは氷室君でもさすがにわからないそうだけど」


「写真だけで判別できるなら、それこそ化け物なのです」

「氷室君ならできそうと思えるから怖いところだけどね。まあ、怖いと言えば、レディス君がチコ君をこちらに引き込めたことも怖いのだけれどね。うちですら間にシャナル君を噛ませているくらいだ」


 心眼を持つチコに隠し事はほぼできない。そのため、策略に長けた者ほど彼女との接触を嫌う。全ての裏工作は筒抜けになるからだ。

 とはいえ、心眼にも攻略法はある。それは、心眼もあくまで魔法の一種ということだ。マナそのものを無力化する聖属性を身に宿す人間の心は読みにくい。


「特別なことはしていないのです。教師で心眼に耐性を持つ聖属性持ちはワタクシとラティの二人。初等部はラティが受け持ち、中等部はワタクシが担任だったのです。普段から心を読めないようにしているワタクシの声が聴こえれば、柳生千狐さんが何かあると自ら接触してきても不思議ではないのです」


「すでに向こうと繋がっている可能性もあったろうに。だからこそシャナル君にはほぼ何も話してないくらいなんだぞ?」


「もちろん可能性は排除できないのです。でも、ワタクシとしては心配していませんでしたわ」


「ほう、その根拠は?」


「同じリスクをあちらが負うこともそうですが、柳生千狐さんは素直過ぎるのです。確かに心眼の力は脅威ですが、その強すぎる力が逆に弱点となるのです。何も心眼だけが心を読む唯一の方法ではありませんわ。少し揺さぶればちゃんと顔に出してくれる良い子なのです」


「チコ君にとってはたまったものじゃあないな」

「あら、そんなことありませんのよ?」


 ふふ、と上品に微笑み、紅茶を口に含む。


「さて、レディス。キミはこの施設どこが出資していると思う?」

「少なくともイギリスとカナダではないのです」

「私も同意見だ。今や両国はザフィーネ帝とコリア女王が全実権を握っているしな」

「なんでそこで王帝の名前が出てくるんスか?」


 裏事情に精通しているレディスとドロシーだが、この辺りの知識に乏しいラティが話の腰を盛大に折った。


「全く……ラティももう少し勉強するのです」


 少し面倒臭そうにレディスが嘆息する。


「そもそも新人類党の活動資金はどこから出ているのかって話になるのです。それが通称G7。世界秩序フォーラムと呼ばれる非公表にして政府公認の非合法組織なのです」


「非公表で公認? 何かよくわかんないっスね」


「ワタクシたち実験体が良い例なのです。ようは非人道的であろうと魔法の発展のためには有益な実験、研究ということですわ。ただし、それを公にすれば非難されますの。だからこそ政府公認の元、莫大な資金が投入されているのです」


「税金ってことっスか?」

「そうなるのです」


「つまりだラティ。新人類党ってのは、ドイツの非合法組織ハインリッヒ家が出資したドイツ政府公認の魔法技術の研究機関なのさ。新人類党の党首【魔精霊アルケウス】を社長とするなら【暴君】は株主ってところかな」


「新人類党の背後にはドイツ政府がいるってことっスか」


「その通りなのです。魔法使いだけの新たな世界なんて耳障りの良いことを言っていますが、その実態はG7が主導する狭間の世界という巨大な魔法実験の場なのです」


「早い話、新人類党を本気で潰したいなら、資金で出所であるハインリッヒ家を叩く必要があるってことさ。仮に今の新人類党を壊滅させたとして新たな組織を立ち上げられるだけだからね」


 やれやれと背もたれに体重をかけ寄りかかる。

 ドロシーも手をこまねいていたわけではない。正確にはマジックギルドが何も手を打っていないわけではなかった。マジックギルドのギルドマスターである【氷雪の魔女】沢城美羽は魔法道具の多くを現実世界へ持ち込み、活動拠点となるベルディアを建設している。

 目的は新人類党を打倒するためだったが、計画は頓挫する。それが現実世界への魔法道具の持ち込みの禁止処置だ。障壁ゲートの設定を弄られれば、さすがのマジックギルドも成すすべがない。

 それでもマジックギルドが今日でも幅を利かせているのは、なまなかな戦力では潰せないほどには力を持っているからだ。仮にマジックギルドを本気で潰そうとすれば、それこそ第三次世界大戦へと発展する。

 言わば膠着状態なのだ。


「うちのギルマスが動かないってことはそういうことさ」

「ですが、この写真を見る限り悠長なことは言っていられないのです」


「そうなるね。狭間の世界では魔法の使える我々の方に分があったが、近代文明と魔法文明を融合した戦争兵器の登場は正直笑えないね。どこが出所かわからないが、今回の件、他のG7も黙ってはいないだろう」


「そう言えば、さっきのイギリスとカナダじゃないってのはなんでなんスか?」


「魔法王国群の最大出資国がイギリスとカナダなのです。リグレイス国の地球温暖化対策もイギリスが主導しているのですわ」


「G7も一枚岩じゃないってことっすか。ややこしいっスね」

「魔法をどう生かすのか。そこの違いですわ」

「ごほんっ、とりあえずだ」


 脱線した流れをドロシーが咳払いで一度リセットすると本筋に戻す。


「今のドイツにこんな大掛かりな施設を建造するほどの余力はない」

「理事長を擁立しているのがどこかの国か、もしくは更に別の国という線も考えられますの」


「それだが、調べたところリニエステラ領への障壁ゲート利用が制限されているそうだ。そんなことができるのは国際魔導機関だけだ」


「そうなると、いよいよ理事長のバックを洗う必要が――なるほど、マジックギルドもワタクシと同じ狙いだったということですの」


「さすがレディス、氷室君が何をしたいのかわかったようだ」


 意図を察したレディスにむけてドロシーがニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 やはり話についていけていないラティが眉根を顰め首を傾げた。


「どういうことっスか?」


「政策を押し通すためにマジックギルドとしても票田が欲しいってことさ。一言でいうと理事長の解任決議案を出すのさ」


 瞬間、空気が引き締まった。

 氷室ナギの真の狙いを知り、レディスをして感嘆の意を示す。ここ以外ないという絶妙なタイミングだ。

 今回の会談は偶然を装っているとはいえ、国際魔導機関はマジックギルドが来る八日のヴェザリアンド山脈強襲作戦の妨害に向けて動いていると予測している。レディスはそれを逆手に取り、選挙に向けての票田獲得を目指していた。

 国際魔導機関が対策を取ろうにも見当違いになる上、確実に後手に回るからだ。

 対して、レディスの予測ではマジックギルドは実力行使に出ると踏んでいた。そのための戦力として宛がってくる。それがレディスの予想だったが、そうではなかった。氷室は最初からレディスの集めた票を利用するつもりだったのだ。


「作戦決行直前での解任ってなるとバタつくっスね」

「確実に強襲作戦は白紙に戻るのです」

「そう思わせて、ヴェザリアンド山脈に強襲をかけるつもりさ」

「本気なのです?」


 怪訝な表情を浮かべるレディスの懸念はもっともだ。理事長を解任するとなれば、新理事長の任命になる。その場合、票を持っているこちら側の要求が通る。つまり、氷室ナギが新理事長の座に就くことでマジックギルドによる支配は確実だ。

 そうなれば、国際魔導機関の背後関係を全て暴くことで事を優位に運べるだろう。


「解任劇となれば、新人類党としては計画が狂う。当然、証拠となるようなものを隠そうとするだろうね。まさか、そのタイミングで攻めてくるなんて考えないと思わないかい?」


「ムロっち、オレのこと誘った時からこれ考えてたんスか?」

「大まかな筋書きはあったはずさ」

「怖いっス」

「安心するのです。ワタクシですら、ちょーっと引いていますです」

「はっはっ、言われているな、うちのサブマスは――さてと」


 そこでドロシーが立ち上がった。


「帰るのですか?」

「氷室君のお使いは済んだからな。お暇させてもらうとするよ」

「そうですか、では、入口まで――」


 見送りのために立ち上がろうとしたレディスだったが、聞きなれた音を拾ったことで言葉を中断させた。

 同じくラティも馴染みの声に反応を示した。瞬間、


「――よう、邪魔すんで」


 そんな声と共に壊れんばかりの勢いで扉が開け放たれた。

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虚構の中の英雄 ~資格編~ ヴぇいn @vein

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