33話:広域三次元戦闘
魔導歴十一年四月一日、土曜日。
賢者昇級一次試験、二回戦――
中空を蹴り天地が逆転する。
背後から超高速で飛来したそれを、風を纏った雷剣で迎え撃つ。互いの得物が交差する刹那、空気の塊に弾かれるようにして軌跡がぶれる。
横をすり抜けて行く相手が再び背後を取る。
どちらが先に制空権を確保できるか、太陽の日差しが降り注ぐ青空の元、迸る二対の稲妻が
魔導試験は通常、部舞台の上で行われるが、賢者昇級試験は広大な大地が対決の場となる。賢者に必要な要素とは、勝利という絶対的な結果であることから、より実戦的に近い戦場が用意される。
ランキング戦時の限られた空間と違い、無制限戦域をどう活用するかが勝利の鍵だ。
過去二度の対戦はいずれもランキング戦のもの。共に広域三次元戦闘を生業とする者同士、ある意味ではこれが初対決と言っても過言ではない。
下方より逃すまいと空気に弾かれ、弾丸の如く迫るそれを再び反転、剣を振るう。威力、タイミング共に完璧な一撃だが、これがただの一度も当たらない。まるで剣が自ら避けるようにして、軌道が逸れ虚空を薙ぐ。
辛うじてキサも攻撃を受けていないのは、相手も同様に進路を外されているからに他ならない。まるで同極の磁石が反発するように、不可視な力が働く。
空中戦に定評のある両者だが、ランキングで勝るキサが防戦に回る。
「相変わらずやりにくいッ!」
「そりゃ、お互いさまってもんだろう!」
三次元戦闘は基本的に、
しかし【氷狼】の二つ名で呼ばれるクウェキト=ルフマンは違う。
この世でただ一人の全く新しい
「《空は
「私相手に空中戦で
超高速の直線移動に、鋭角軌道を描く戦闘スタイルはキサと被るが、クウェキトのそれは根本的な原理がまるで違う。
最も得意とする主属性は地。A級大魔導士以下では【
魔法は主に魔力そのものが形を成すエネルギー体であるが、地属性は実体を伴うことがある。属性強度はその階位が高くなるにつれ強度を増していくが、練度の場合は、性質そのものが変化する。
鍛冶師、錬成師としても名を馳せる彼にかかれば、結界として展開される防御型を鎧に変化させることができる。
「――吹き荒れる凍てつく冷気によって・――」
宙を自在に飛び回り、一定の距離を保ちつつ詠唱に入るクウェキトに、キサは右手を握りしめ半身に構える。強化された剛腕から放たれる
命中率の関係もあって公式戦では一切使ってこなかった技に、さすがのクウェキトも目を見開く。
初見の技ではあるが今年三十九歳になる
「――あまねく存在は等しく停滞を与えられる・――ッ!?」
これだけの高速戦闘下で遠隔で的に当てるのは至難の業だ。ましてや威力の過多を追求するあまり命中率を犠牲にした投擲など、実践では何の役にも立たない。
回避すら必要ない。冷静に移動するだけで勝手に逸れる。
そんな先入観が反応を遅らせた。
キサが形状遠隔維持操作を編み出してから一年。今の今まで秘匿してきたのは、ひとえに昇級試験で勝率を上げるためだ。
追尾してくる
商店で並ぶような高品質とまではいかないが、魔法を弾くという性質は多少なりとも備えている。問題はここに冷気を加えることで超伝導体ならぬ超魔導体物質とすることだ。
超魔導体へと相転移した
だが、必中雷撃砲弾は、そのアドバンテージをも、あざ笑う。
領域展開。
練られた魔力がクウェキトを中心に球面状に膨らみ、内部に滞留していたマナを閉じ込める。次の瞬間、設定された有効領域内のマナが進路上に超圧縮される。本来であれば、これを媒介に術式を介し魔法と成すが、クウェキトはマナの塊として中空に留める。
ここに完全反魔性の鎧を着たクウェキトが接触する刹那――、磁力が反発するようにして魔力の流れが乱される。すると、角度を変え進行方向がずれる。これを連続で繰り返し三次元を自在に駆る。
キサの
絶えず転進することで、追尾してくる
「――訪れる白銀の世界に君臨せしは・――」
四節目が終わったタイミングで雷剣が喉元に迫る。魔力で出来た魔法剣である以上、反魔の影響で接触することはない。当然キサとて理解している。狙いは、クウェキトの移動先を制限することである。
キサの雷剣に押し返されることで、反対側から飛来する雷撃砲弾へと押しやられる。
背後からの一撃を、クウェキトはあろうことか前宙。下方から蹴り上げる威力と合わせて、雷槍を強引に弾き、キサの腕ごと巻き込んでバランスを崩させる。
下がった脳天目掛けて、遠心力を加えた両の踵が叩く――瞬間、キサが身を捻り、横回転。双方が攻撃をやり過ごし、瞳がぶつかる。
キサの瞬発力は一級品。距離を取ろうにも後の先を取れる彼女に下手は打てない。
超速戦闘が繰り広げられる中において、初めて訪れる静止時間。
反転する雷槍。口ずさまれる詠唱。二人の呼吸が合致した瞬間、火花が散る。
高速で放たれたキサの刺突を首を捻って避けると、続く二撃目が反対側から挟み込む。交差する腕がクウェキトの首を固定し、絶妙な力加減で逃れることを否定する。そのまま重力の足場を蹴り、反発力を逆手に全身で押し込み、地上に向かって垂直落下していく。
「――命の鼓動を拒絶する氷剣》」
五節の詠唱が完了したタイミングで、背中から地面に叩きつけられる。
吹き荒れる粉塵が二人の姿を完全に覆い隠し、遅れてきた一筋の雷鳴が
上に被さるキサ自身が
巻き込まれないように跳躍して離れたキサの両足が、二筋の軌跡を地面に刻み込み、前傾姿勢。研ぎ澄まされた魔力感知が視界を埋め尽くす土煙の機微をも補足する。
膨れ上がる魔力と展開される領域。何より紡がれる詠唱がクウェキトの無事を示す。
「《氷属性
最終節を持ってマナが魔法へと変容した。
肺に流入した空気が吐き出され、両に握られた雷剣が握りこまれる。
先に仕掛けたのはキサだった。
細腕から放たれる二投目の雷槍が、煙を破り飛び出したクウェキトを捉える。しかし、一切の
反対に投擲の最大の弱点である隙を見せるキサ。右の雷槍を放った関係で下方を向く態勢に、クウェキトは右手の爪を構える。
本来であれば氷剣となる魔法も、クウェキトにかかれば十本からなる爪へと性質が変化する。超高速弾丸移動と纏う冷気、その戦闘スタイルから【氷狼】の二つ名を冠する。
振り抜かれる爪に、キサは遠心力に逆らわず一回転。左手にした雷撃が裏剣となって迎撃。反動で飛びあがり、瞬時に態勢を整えると無詠唱で発現させた右手の雷槍を放つ。
三度目の雷撃砲弾。それも超至近距離からの一撃。さしものクウェキトも追撃を拒否して距離を取る。
「マジかよ、こいつ。連続で撃ち過ぎだろう!?」
隙の大きい大技を惜しみなく放ってくるキサに本音が漏れる。普通であれば、そこを突きたいところだが、魔力感知、瞬発力、判断力と回避能力に必要な全ての要素でA級大魔導士では並ぶ者はいないほどの傑物だ。
下手を打てば逆に隙を晒すことになる。クウェキトは十二分に理解しているからこそ、あと一歩を踏み込めずにいた。
「本当はもっと隠してたかったんだけどね。手っ取り早く完全反魔を破るにはこれが一番なのよ」
「隠し玉を出してくれるってか! そりゃ光栄なこったな!」
二本の雷槍が旋回し標的へと飛来する。
従来の形状遠隔維持操作を雷撃砲弾で行使する
旋回する二本の雷槍が左右から時間差で襲いかかった。
左の雷撃を爪で叩き落とし、反動で飛びあがる。それを予測していたキサは、右の雷槍の位置を上方にずらすも、クウェキトは逆手で横っ腹を叩く力を推進力に、間合いを詰める。
接敵してきたクウェキトを正面に構えた二刀で迎え撃つ。
逸らせば再び距離を取られると、受け止めて足を止める方向に
標的を失った雷が地面に穴を空け、同時に横に飛ばされたクウェキトが地に足をつけた。
土を削り、膝で衝撃を和らげると即座に攻勢に出る。
「これでも雷槍操れんなら、やってみやがれ!」
足を止めての
これだけの連撃を全て迎撃できるキサも大概だが、クウェキトの反魔を前提とした戦術に隙は無い。
反撃できるだけの技量がありながら、防戦に回さざるを得ない状況に追い詰められ、攻め手に欠ける。その上、これだけの連続攻撃とくれば、遠隔で操作を必要とする雷撃砲弾を的確に当てることも難しい。
形状を維持するだけに留まり、残る一投が宙で旋回する。もちろん霧散させず、待機状態にできているだけでも途轍もない技量だ。少しでもキサに余裕を与えれば、即座に飛んでくる。
背後には、自身を一撃で狩れる必殺魔法があるというのは相当な
「こんのッ!」
繊細な技術が売りのキサが、なりふり構わず雷槍を手繰り寄せての挟撃。
回避されれば逆にキサ自身が
迫る一撃に対し、クウェキトは
クウェキトが雷槍の勢いに逆らわず横回転することで紙一重で
そこへ、キサが四投目となる雷撃砲弾を放つことで、クウェキトの足が強制的に止められた。
だが、そんなことすればキサは無防備となり下手をすれば自身の雷槍に撃ち抜かれるだろう。となれば取るべき行動は一つ。形状遠隔維持操作で方向をずらすこと。それは言い換えれば、三投目は旋回して戻って来るまで脅威ではなくなること言うことだ。
冷静に四投目を回避したクウェキトは、投げた勢いで下を向くキサに襲いかかろうと飛びかかり、
「ちょッ!」
操作して逸らすのではなく、投げて空いた手で雷槍を掴むと、勢いを利用し自身を高速回転。一回転分の遠心力を更に乗せた三投目を、突っ込んでくるクウェキトに叩き込んだ――
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