34話:有力候補たち

 縁に沿うよう円環に配置されたマナ照射装置が、次第に明度を落とし暗転する。

 機械が停止したことで、カプセル内に充満していたマナの濃度が低下し始めた。これにより、中で横たわっていた少女の脳波に変化が現れる。所謂いわゆる覚醒状態である。

 意識が戻ったことで、まぶたをしばたたかせ、定まらない焦点を合わせる。硬くなった顎の筋肉を欠伸でほぐしつつ、緩慢な動きで肩を逸らし全身で伸びる。最後に腕を突き出したところで、人感センサーが働き、透明な蓋が持ち上がった。

 MSRから解放されたものの、上半身を起こしたあとは、しばらくそのままの恰好で呆ける。ともすれば寝起きの悪さを彷彿とさせる。

 私生活は決して規律正しいわけではなく、どちらかと言えば実に人間味のあるものであろう。しかし、ことこの居住まいに関しては、普段の所作の荒さとは相関がない。あくまでマナの影響が色濃く出ているだけなのだ。

 仮想現実への全身没入フルダイブを可能にしているのは、やはり魔導技術だ。

 その根幹を成すマナは切っても切り離せない関係上、カプセル内はマナで満たされる。さすれば、個人差はあるもののマナ酔いに似た症状が現れる。思考力の低下、倦怠感などが代表的だ。


 気怠そうに片足を装置から出すと、乳白色の外縁に左手を添える。瞬間的に自重をかけ、カプセル内に残っていた半身を外へと追いやった。

 両足で地面を踏みしめると、少女の体がわずかに揺れた。

 眩暈めまいを起こした人間が自然とそうするように、指先で額を抑え、しかめっ面を浮かべる。その場で突っ立ったまま、長めに息を吐く。

 いくら個人差があるとは言え、マナに晒されたことによる不調はここまで強くはない。現に少女は今まで何度もMSRを利用しているが、比較的症状は軽いもので、平然と歩き回ることができた。

 では、一体何が原因なのか。それは簡単なことだ。

 体内のマナが一時的に膨れ上がったことに起因する。本来マナとは煙のようなもので、体内に取り込んでも総量に変化はない。右から左へと移動するだけに近い。

 しかしながら、少女の体は以前と違い、液体に近い性質へと変化した。このことが原因で外界のマナ濃度が高くなると、溶け込むようにして体内のマナ保有量が一時的に上昇するのだ。

 飽和収蔵魔素圧という、人間には起こり得ないはずの、これまでの魔導学の理論では説明できない現象が彼女の身に降りかかっている。


 それでもこの程度で済んでいるのは奇跡に近い。

 現実世界で魔法を使うには体内のマナを用いて領域を展開する。この有効領域内のマナを変容させることで魔法と成す。この原則を根底から奪ってしまうのが、彼女の症状なのだ。

 自身のマナを外界へと放出できない。症状としては状態を指す。

 その状態で、彼女はさきほどまで魔法を行使できたのは、ひとえに仮想現実VRだからこそだ。七年にもおよぶ膨大な対戦記録からデータを読み込み、行使しているように見せかけている。言ってしまえば一種のだ。

 とはいえ、あくまで過去の記録によるものであり、新たに修得した技などはデータがないので使うことはできない。彼女が魔法を取り戻すまでの時間稼ぎである。


 一般的な待機場では、剥き出しのMSRが等間隔に配置されているが、ここは違う。MSRを覆うようにして四方に壁がそそり立っている。魔導士以下が利用する一階の大広間、観戦用MSRや飲食店などが入る二階。そして、大魔導士以上だけが立ち入ることが許される三階のVIPルーム。

 東西南北に出入り口がある一階と違い、三階への侵入は一か所だけなのも特徴的だ。

 入口に近い方から天井のない簡易的な半個室、完全密閉され調度品などもある部屋。高級ホテルかと見紛う意匠さえこしらえられた豪奢なものと続き、最奥には謁見の間に劣らぬ聖金属オリハルコン製の扉が出迎える。

 整備士や清掃員など一部を除けば、A級大魔導士に昇格しなければ内部構造すら知り得ない別世界。一部屋の広さは百平米を超え、未割当の空室以外は全て個人名義のとなっている。第二の別荘と揶揄される所以だ。

 人々は憧れと羨望を抱き、この頂を目指す。


 ようやく治まったのか、キサは額から指を離し大きく息を吐いた。

 ドレッサーの前で乱れた髪をすくい、肘丈でフレア状に広がるアンブレラタイプのシフォンブラウスを指先で整える。肩口から先はうっすらと肌が見え隠れし、全体的に白地の布をあしらえることで、ネックラインの黒地が映える。

 鏡を背にするように半回転し、後ろ姿を確認。ひらりと踊るプリーツスカートは、学生服でよく見られるシェパード柄で、膝を隠す程度の長さで調節されている。

 最後にもう一度鏡をのぞき込み、髪を耳にかければカタバミの葉柄の鮮やかな耳飾りが光沢を放つ。

 身なりを正すと、玄関ポーチで房飾りのついた淡黄色のローファーに履き替える。

 玄関扉を開き通路アプローチへと出ると、背後で施錠音が鳴る。洋風の門扉から外は公共通路となっているが、屋内であることを忘れてしまうほどの景観が広がる。塀を囲うように草花が彩り、計算尽された手入れが目を保養する。

 共用通路は全面強化ガラス張りで、真下を艶やかなエメラルドグリーンの水が流れる。天頂から照射される立体映像投影技術プロジェクションマッピングが魚群を生み出し、水中花を模した光源が幻想的な空間を作り出す。


 二戦目を無事勝利で飾ることができたことでキサの足取りは軽い。一次突破の条件は八勝二敗以上。序盤で一勝一敗と不安の残る成績ではあるが、対戦相手のクウェキトは今年度のランキングで十二位に位置づけている上位ランカーだ。ひとまず胸をなで下ろしていい相手である。

 専用ルーム唯一の扉の前に、先刻まで同じ空間にいた長身痩躯の男が金色の髪を揺らした。


「おう、来たな戦乙女ワルキューレ。感想戦やろうぜ感想戦」


 左手を腰に当て、気さくに利き手を上げる。ニマっと零す笑みの奥でトレードマークの八重歯が覗く。

 大胆に開いた白シャツは、彼の持つ分厚い胸板と腹筋を前面に押し出し、黒のスキニーパンツが脚のシルエットを浮かび上がらせる。首と手首には銀に輝くチェーンが肌の上で踊る。

 自身の持つ肉体美を自覚していなければ到底出来ない服装だろう。


「いいわよ。どこでやるの? 下?」

「昼前だし二階したもまだ空いてんだろう」


 誰が始めたのか不明だが、A級大魔導士は母数が少ないこともあり、専用口で対戦相手を待ち合流後に感想戦をやるのが標準化している。とはいえ、ほぼ形骸化している節もあり、感想戦という名の雑談に終始する。


「しっかしあれだな、雷撃砲弾ライトニングジャベリンキャッチしてそのまま投げ返すとか無茶苦茶しやがんな」

「ムカつくけど、あれ私の技じゃないわよ」

「そうなのか? あんなふざけた真似、そうそう出来ねぇだろう? 今でも投擲使えんのって俺の知る限り、火精霊サラマンダーくらいだぞ?」

「いるじゃない。あのクソ生意気なガキンチョが! ああ、思い出しただけでもイライラするわ」


 両手を胸の前でわなわなと震わせる。


完璧主義者パーフェショナルか。百年に一人の天才とか騒がれてるのも納得の強さだったからな、あいつは。ま、俺は勝ったけど」

「うわ、そこでマウント取ってくる?」


 得意げに鼻を鳴らすクウェキトに、キサが軽蔑の目を向ける。


「よく勝てたわね、ムカつくけど実力は本物だったわよ」

「俺のクウェキト効果は、対処難しいからな。初見の優位性よ優位性」


 自身の名前が公式名称となるということは、世間に認められた証である。これこそが、鍛冶師としてクウェキトの地位を盤石なものとした所以だ。

 D級大魔導士の半個室が並ぶ待機場スペースまで来ると、まばらに人影が見え隠れしだした。

 公式発表されている魔法使いの数は十二万四千六百三十八人に上り、D級大魔導士はおよそ一%に当たる千二百七十六人が在籍している。回転率を高めなければ全員を裁けない一階と違い、三階は比較的ゆったりしている分、一時間置きの戦闘だ。

 その分、人口密度も高くなるが、精々が数人とすれ違う程度に収まる。

 二階と三階とを繋ぐ階段などは存在せず、物理的に切り離されている。専用の障壁ゲートを潜り、階下へ降りると途端に雑踏の様相を呈する。


「当たったのはいつ?」

「年明けてすぐだな。おかげで半年間の非抽出期間ノンマッチングに入るから、今年の昇級試験では、もうやんねぇな」


 俺には関係ないとばかりに余裕の表情を浮かべる。

 今年度の昇級試験において、一次突破の有力候補の一人として挙げられているのが【完璧主義者パーフェショナル】の二つ名を冠するミハエル=アルバートンだ。順位こそ二十八位とふるわないが、これはA級大魔導士に昇級してきたのが十月になってからというのが大きい。

 対戦相手マッチングは完全なランダムではなく、ある程度の規則性を持つ。


一桁順位シングルとは誰とやる予定なんだ?」


「八月に対戦して以来のユイさんは、ほぼ確。逆に有力候補だとテレサさんとチコは非抽出期間ノンマッチングに入るかな」


「暴風姫は二次常連だし、心眼はA級昇級初年度でランキング二位の化け物だからな。良い引きじゃねぇかよ。しっかしまぁ、お前といい魔法使いの子供世代セカンドチルドレンはちょっと見ない間にめきめき強くなるよな」


「その言い方、チコに怒られるわよ」

「そう言やぁ、心眼は勧誘スカウト組だったな。珍しいってほどじゃないにしろ、お前らの世代じゃ、勧誘世代ファースト魔法使いの子供世代セカンドはもう半々くらいだろう?」

「そういう風に言われてるわね。といっても中高で勧誘される人も結構いるみたいだし、ここから逆転するんじゃない?」


 それなりの広さがある通路とはいえ、二人組が悠然と闊歩できるほど人の往来は少なくない。それもこれも周りが避けるくらいに顔と名前が知られているからだ。

 中央付近を歩いていたクウェキトが進路を変更し、濃紺の暖簾のかかった店の引き戸に手を添えた。

 小気味よい音を立てて滑る扉を潜り「二人」と店員に告げると、二人掛けの木目席へと案内される。


「その年代が勧誘のピークだからな。――天盛蕎麦一つ」

「私も同じので」


 注文を取りに来た店員が厨房に戻って行くのを確認すると、キサが口を開く。


「蕎麦って見た目じゃないのにね」

「うるせぇよ。落ち着いて喋る場所にはうってつけなんだよ、ここは」


 如何にもヤンキー風なクウェキトには似ても似つかない落ち着いた雰囲気の店である。店員の接客態度、注文の仕方から通い慣れているのがうかがい知れる。

 昼時前とは言え、客の入りは悪くない。それだけで提供される料理には期待が持てると、キサは上機嫌になる。


「さっきの話だけどよ、俺の予想では今年は荒れるぞ」

魔法使いの子供世代セカンドチルドレンのこと? チコは順当として、今年はやっぱりミハエルと、何より月城ね」


 配膳されたグラスの水を一口飲み、クウェキトがテーブルに戻す。


「ああ、試験の組み合わせマッチング戦乙女ワルキューレも知ってる通り、一桁順位シングル十番代ハイ二十番代ミドル三十番代ローからそれぞれ二戦が組まれて合計八戦だ。そこに四十番代アウトか期間中にA級に上がってきた連中と組まれる。もしくは自分のランカー外と三戦の計十戦だな」


 四位のキサなら一桁順位シングルは二戦、十番代ハイ以下のランカーで八戦。十二位のクウェキトで十番代ハイは二戦が確定する。

 言い換えれば、一桁順位シングルは下位ランカー相手に取りこぼさなければ、八勝二敗以上が確定するので一次試験を突破できる。


「例年なら一桁順位シングルに、稀に十番代ハイが混じってくる程度だけどよ、二十八位の完璧主義者パーフェショナル、四十二位の三日月セレネの下位ランカー相手に上が取りこぼすと見てる。実際戦乙女ワルキューレは取りこぼしたしな」


「うっさいわねぇ」

「ああ、わかった。あの日だったんだろう? そら負けても、しゃあねぇわ」

「怒るわよ、割と本気で」


 デリカシーのない発言にグラスを持ち、中に入った水をかける仕草を取るも、当の本人は飄々と笑うだけ。


「そっちだって、見たわよ例のピンボール。再生回数五百万越えててすごいわね」

「おい、それはマジでやめろ」


 突如としてクウェキトから笑顔が消えた。

 どんなものにも相性というものがあるが、クウェキトとチコには明確な上下関係がある。共に超高防御、超高機動だが、チコはここに二つ名にもなっている心眼が加わる。

 相手の考えていることを読むというテレパス。一種の超能力だ。魔法の世界に超能力と聞けば〝何だそれは〟案件だが、実際そんな時代があった。

 しかし、魔法の正式名称は自然を操る能力だ。いわば、魔法とは超能力なのだ。そう考えればテレパスの存在も不思議ではない。

 とはいえ、心眼があるから有利かと言えば、そんな単純な話でもない。

 二世の多くは生まれた時から魔法に触れて育つのに対して、勧誘組はある程度の年齢に達してから魔法を目にする。この年期の差が早熟具合に影響を与えるのは至極真っ当なことだ。


 チコの歳はキサの一つ上だがデビューは同じ年度である。にも拘らず、デビューからの最多連勝記録は六十一。これはキサの五十九を上回る。当時魔法使いとしての実力は未熟も未熟、精々がC級魔法使い止まりだったチコがなぜこんなことができたのか、それが心眼だ。

 相手の頭の中と直接接続できるテレパスを利用し、試合開始と同時に大声で驚かせるのだ。基本戦術ベーシックストラテジーに則った戦いから予測する現代魔法戦で、完全に予想外の攻撃に、当時の魔法使いは訳が分からず棒立ちのまま敗北した。

 もちろん、それはキサも同じで、開幕速攻で脳に直接「わっ!」なんて脅かされれば吃驚して硬直してしまう。その隙に最弱の初級魔法レベル1を撃たれて呆気なく連勝記録が途絶えた。

 その後は対策が講じられ、実力が追いつくまで苦労するのだが、天翼スタイル確立後の最高順位は二位である。


 戦闘スタイルの被る二人の違いはこの心眼に加え、単体攻撃のクウェキトに対し、範囲攻撃のチコ。マナの反発を利用した移動を逆手に取ったチコが、天使の羽を空中に散布。心眼による先読みと合わせて、羽による強制反発移動――もとい、人間ピンボール状態で試合終了までの三十分の間、弄びまくったのだ。

 試合中チコは両足をバタバタさせ、ゲラゲラ笑って転げまわっていたのだが、運悪くこれが中継された。

 問題は、この時の動画が魔法使い専用webサイトで閲覧できる状態になっていることだ。その結果、クウェキトは一部から、ピンボールと呼ばれ馬鹿にされている。

 そんなチコだが、気がかりなことがあるとキサが「でも」と続けた。


「チコとこないだ戦った時、なーんか調子悪そうだったのよね。実際ここ最近勝ててないでしょ? 順位も年末まではユイさんと一位争いしてたのに、年明けから急落して六位まで落ちてるし」


 小首を傾げるキサだったが、何か知った風にクウェキトが薄ら笑いを浮かべる。これに知ってることがあるなら言いなさいよと、言外に伝える。


「いやな、心眼の奴のテレパスを逆手に取って、裸にひん剥く妄想しようぜ! ってのが流行ってんだよ」

「うわっ、さいってー……引くわ……」

「勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」

「中学生相手に大人気なさすぎでしょ」


 キサが侮蔑の目を向ける中、注文していた蕎麦がやってくる。

 揃って箸を手に取り、蕎麦を啜った。


「中学生って言うが、あいつ今月から高校生だろう? ならいいじゃねぇか」

「いいわけないでしょうが。どんな理屈よそれ」

「ま、そいつは置いといてだ。三日月セレネの奴はA級に上がってきてから今日で六戦目だろ。運よく一桁順位シングルとの対戦は組まれなかったけどよ、どう思う?」


 少し考える素振りをしながら、咀嚼した海老天を喉の奥へと追いやる。


「月城ってよくわからないのよね。試合時間は毎回〇.〇一秒。始まったと同時に終了で、分かってるのって十メートルの距離を一瞬で詰めて近接KO。これが可能なのって瞬発力特化の雷だからってことで、B級の時に対月城対策取られたけど――」


「ことごとく失敗だったな。速度では確かに五分張れたが、全部力負けだ」


 雷対雷の速度対決。舞台中央でぶつかり合う二筋の雷光が、もう一方を弾き飛ばす。当然力負けしたのは月城の対戦相手の方だ。

 それも多少の力負けでの敗北なら、ダメージはあるものの試合終了となるほどの致命的なものではない。しかし、一撃で致死のダメージを負っての瞬殺。


「意味不明っつって、解析した結果が、三日月セレネの技は聖属性。火力特化の火でも、瞬発力特化の雷でもなく、あの術速と火力だ。普通に考えりゃ固有技術オリジナルスキル。場合によっては唯一無二の技術ユニークスキルだろうな。一部じゃシュラの紫電一閃なんじゃないかって噂にもなってるらしいしな」


「私はどっちも見たことないけど、その気持ちは分かるわよ。七帝光精霊ウィルオウィスプを倒した技がシュラの紫電一閃なんだっけ?」


「ああ。俺もまた聞きだが、光精霊ウィルオウィスプの攻撃は逃げることすら出来ない大戦時最速技。それを速度で上回ったのが紫電一閃だって話だ。竜王の強羅を最強の攻撃技とするなら、紫電一閃は最速の攻撃技って話まである。三日月セレネの技見りゃ、そう思うのも無理はねぇわ」


 そこで一旦話を切り蕎麦を口へと運ぶ。


「対月城対策の次案ってテレサさんとアイヴィーさんの広域展開よね」


「ああ、俺らの領域展開と違って、先天性魔力異常の広域展開はシャレにならねぇレベルでクッソみたいに広いからな。周囲のマナ根こそぎ持って行きやがるから、自発じゃなきゃ魔法を発現できねぇ。雷属性で速度が互角ってんなら、第二段階過程プロセスなら確実に先手を取れる。暴風姫も万能薬師エリクサーも無詠唱で広範囲攻撃だ。自発で対処しなきゃなんねぇ三日月セレネはどうやっても不利にしかなんねぇ。そこでどう戦闘方法を変えてくるかで今後の対処法も分かるってもんだ」


「それ運よくどっちかと当たらないと次の対処法決まらないのよね」

「そうとも言うな」

「ミハエルと月城か、一桁順位シングル以外にも黒星計算考えるなら、確かに荒れるわね」


 先に食べ終えたキサが箸を置く中、話している時間の長いクウェキトが海老天を齧る。


「おいおい、肝心の化け物を忘れてんだろう。三十六位に帰ってきた月詠がよ」


 手にした箸をキサに向けて指摘する。

 元ランキング一位。ユイはおろか、賢者に昇格していった者たちですら、誰一人として勝ち越せなかった〝賢者より強い大魔導士〟の異名と取る【月詠】ドロシー=アルフォード。

 キサの姉、浅輝小夜花ですら通算成績は二勝六敗と大きく負け越す。


「ドロシーさんか。私まだ一度も戦ったことないのよね。ほぼ入れ違いくらいでB級に落ちて行ったし。一時期C級まで落ちてなかった?」

「それは、まぁしゃあねぇだろう? 落ちた理由が理由だったしな」


 その辺りの事情に疎いキサが疑問符を浮かべる。


「そもそもよ、月詠があんだけの強さ持ってて賢者になれねぇのって強すぎるからなんだよ。三次試験は賢者とのチーム戦だ。当然賢者だって月詠の強さは知ってる。だったら必死で止めに来るよな? いっつも二対一で賢者とやりあってんだぜ? アホだろう? まあ、月詠はあの聖騎士ホーリーナイトと肩並べる強さだってのを聞いて、うちの氷雪の魔女ギルマスがスカウトしてきたほどだからな、そらそうなるわって話だけどよ」


「そこを逆手に取れば楽に勝てそうなのにね」

「そこは月詠の性格だな。あいつは正面からやり合って目立つことしか考えてねぇから」


 話ながら最後の蕎麦を喉の奥へと流し込み完食。手を合わせて食事を終える。


射る者ヘカテーが唯一、二次突破出来なかった四年前のこと覚えてるか?」

「確か、闇精霊シェイド達実験体が強すぎるからってことで、特例で賢者昇級試験受けたってやつでしょ?」


「そう、その年だ。あの時の二次進出は、月詠、射る者ヘカテー、暴風姫、千鞭せんべんに、あとは俺の五人。ハッキリ言ってな、何もできなかったんだよ。闇精霊シェイドが横を歩いたって思ったらMSRの中だ。俺たちでさえ力の差にショック受けたけどよ、月詠は曲りなりにも賢者以上の強さだ。賢者に成れなくても二人掛かりじゃないと止められないっていう自分の強さに自負があった。それをポッキリ折られたんだ。自信喪失もするだろう、さすがに」


 クウェキトは椅子の背もたれに体重をかけ、右腕を引っかける。前に残した左手で水の飲み、当時の悔しさを吐露するようにため息をついた。

 とはいえ、元々の強さ故か、自信喪失後も月詠はしばらくA級に残り続けた。それでも以前ほど勝てなくなりB級への当落線上にいた。それが二年前、このままではダメだと月詠は四十歳手前にして一大決心。自身の戦闘スタイルを変更するという博打に出たのだ。

 結果、ちぐはぐなスタイルが原因で負け続けC級まで降格した。


「でもよ、帰ってきたぜ。新スタイル引っ提げてよ。A級復帰後は射る者ヘカテーにも勝ってる。本物だぜ、ありゃ」

「新スタイルか……」


 グラスの中の水を見つめながら、反芻するようにキサが呟いた。

 話の流れ的にドロシーに対してと思われる内容を、しかし、クウェキトは違う意味で捉える。


「なんだ、スタイル変えるのか? ほぼ完成してるだろう、お前のは」

「んー、そうなんだけどね、ちょっと思うところがあって」


 そう言うキサの引っ掛かりは先日の魔王戦のことだった。圧倒的火力不足。風雷剣と雷撃の刺突ライトニングピアーの併用不可。新スタイルが頭をよぎってもおかしくないほどの出来事だ。

 事情の知らないクウェキトには、悩みが判るはずもなかったが、先日の魔王の件は捜索隊の依頼が出たこともあり公表されている。その上、直後の武具新調だ。状況的にキサの悩みを直感する。


「魔王に勝てるくらいに強くなりたいって感じか?」

「よく分かったわね」


 驚くキサに、クウェキトは後ろ頭を掻く。


「これでも一応商売人だからな。装備買いに来て結局決まらずに帰るとか、そうそうねぇしな。まあ、そうだな、俺から言えるとしたら、仮想現実じゃなくて現実世界での戦力ってんなら、今日の戦闘見る限り雷撃砲弾ライトニングジャベリンを主軸に考えんのも有りじゃねぇか?」


「どういうこと?」

「あれ操作めっちゃ大変だろう? 実際近接仕掛けたら操作覚束なくなってたしよ」


 指摘を受け、眉間に皺を寄せる。

 完全に図星だった。形状遠隔維持操作は、細かく分類すると、形状維持、遠隔維持、遠隔操作と三段階に及ぶ高等技術の粋だ。当然術者の負担は大きくなる。

 近接戦闘を挑まれれば、そちらに意識を割くことは出来ない。


「なまじ何でも出来るからって何でもやり過ぎなんだよ。いっそ遠隔操作だけに絞れ。そしたら楽になんぞ」

「それが出来たら苦労しないでしょ……」


 呆れるキサに、チッチッと人差し指を左右に揺らす。


「だから見繕ってやるって話だ。ベテラン組の戦闘知識をなめんなよ。重力制御グラビティコントロールは悪くないが、大胆に常時発動を止めて、完全反魔のクウェキト効果の弾丸移動にすんだよ」


 ビシッと指さすクウェキトに、キサが左手で口元を覆う。


「……悪くないわね。第二段階過程プロセスの領域展開だけで移動できるようになるのに、移動スタイルは今と変わらない。どころか防御も期待できるから攻撃に専念できる」

「だろう? ま、普通ならここで終わりだが、俺ならもう一歩踏み込むね」


 テーブルの上に左腕を置き、右手で腿を叩く。


「反魔の鎧だけじゃなくて、反魔の剣を二本用意すんだよ。魔法文字ルーンで調節さえすりゃ特定の魔法だけは付与できるから実剣での雷撃砲弾ライトニングジャベリンも可能になる。普段は、この実剣を操作して飛ばして、互いに鎧と反発させりゃ領域展開せずに飛び回れる。どうよ!」


 完全にドヤ顔で鼻を鳴らすクウェキトに、キサはぐぅの音も出なかった。それほどまでにキサが求めていた完璧な装備だ。

 理想の装備に、キサはすぐさま注文依頼を出そうとして、思いとどまった。

 それは、まだ受け取っていない最重要機密任務シークレットミッションの報酬のことを思い出したからだ。一覧の一つには、第四世代型魔法道具一式が含まれている。そう、純聖金属クイーンズヴァニラだ。


「ねぇ、クウェさん。もしその装備、純聖金属クイーンズヴァニラで作ってって言ったら出来る?」

「もちろん出来るぜ。そんな高級素材が用意できんなら弩級魔法レベル8の直撃にだって耐えれるわ。用意できたらな」


 両手を上げ、出来ないことをアピールする。

 だが、それを見ても表情を変えないキサの目を見て「まじか」と漏らす。


「OK。純聖金属クイーンズヴァニラを持ってくりゃ即制作に取り掛かってやる」


 話も区切りがついたと、二人は会計を済ませ店の外へ出る。


「今日はありがとう、クウェさん」

「おうよ。役に立ったなら光栄だな。今日はもう帰りか?」

「ううん、ちょっと寄るところあるからロビーで待ち合わせなのよ」

「奇遇だな、俺もちょっとサブマスに呼ばれててよ、ロビーまで一緒に行こうぜ」


 二人は来た道を戻るようにして一階へと歩みを進めると、突如進行方向から大歓声が上がった。

 何事かと顔を見合わせ、声のする方へ向かい、一階ロビーへと出る。そこには試合を映す中継パネルがある。今は賢者昇級試験中ということもあり、A級大魔導士の試合が映し出されていた。

 だが、周りの人だかりは誰も試合を見ていない。つまり、切り替わる前の試合を見て興奮しているのは一目瞭然だった。

 キサとクウェキトは同時に思い当たる節があり、時間を確認する。

 十一時三分。ロビーまで来る時間を考えれば、試合はもっと早くに終わっている。


「おい、戦乙女ワルキューレ、行くか?」

「当然行くわ」


 異論はないと、同時に三階へと続く障壁ゲートへと駆け出し、最奥の専用ルームに向かう。

 試合が終わって間もない今なら、対戦していた人物はまだ中にいるはずである。

 飛び込んだ先では、同じことを思ったのかすでに数名のA級大魔導士達が、一人の項垂れている女性を取り囲んでいた。

 鮮やかな緑色の髪が、ぐるりと顔を覆うようにして縦に巻く姿はお嬢様然とした雰囲気を醸し出す。彼女の姿からは、普段の騒がしさは微塵もない。

 いつもとあまりに違うその姿に、キサとクウェキトが信じられないとばかりに目を見開いた。


「負けたのか、あの暴風姫が……三日月セレネに――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る