14話:起死回生の一手

 唯一の退路が断たれ、遂に心が折れた。

 ここから南の障壁ゲートまでの距離を鑑みれば、仮に雷属性高級強化型スパークリングガードを行使したところで今の魔力残量ではたどり着けないのは明白だった。それどころか、聖属性のマナ浄化の効果が先に切れるだろう。

 策がなければ、気力も失せた。心が折れた時点で、死神の気配が濃くなる。

 遠目に映る魔王の姿を眺めるしかない二人に残された最後の希望は、捜索隊の救助を待つことしかなかった。

 ショウがその微かな可能性に賭け、ウエストポーチの中に手を入れた瞬間、足元に一本の矢が飛来した。


「雷の矢!?」


 驚いて仰け反るショウの目の前で、突き刺さった矢が消滅していく。

 飛んできた方角を見るが視界に映るのは岩石砂漠のみで、人っ子一人見当たらなかった。捜索部隊にしては、放たれた位置が北寄りすぎる。

 いぶかしがるショウの隣に立っていたキサが目を見開いた。


「あの矢、まさか……」

「知ってるのか、キサ?」

「着いてきて! ひょっとしたら何とかなるかもしれない!」


 返事を待たずに駆け出すキサに遅れて、ウエストポーチに突っ込んでいた手を引き抜きショウも後を追う。

 左側を見れば、今も魔王が圧倒的存在感を醸し出し屹立している。さすがに気づかれることはなさそうだったが、見つからないよう細心の注意を払った。

 あり得ない距離だった。矢の飛んできた方角にどれだけ走っても、撃った相手が見えないのだ。

 次第にショウも矢の放った主の正体に感づきはじめた。

 これだけ離れた距離で、寸分違わない命中率となると自ずとわかって来るというもの。

 三キロメートルを走破した辺りで、正面の地面が急に盛り上がった。


「キサ、こっちだ!」


 地下へ続く扉とでも言うのか、岩盤を蓋替わりにして、女性が顔を出した。




 * * *




「応急処置はこれで良いだろう」


 そう言って、女性はアイヴィーを床に寝かせた。


「よかった……ありがとうユイさん」


 とキサが胸をなで下ろした。

 今はユイと呼ばれた女性が作った地下空間に身を潜めていた。

 本来は一人用だったのか、四人で入るには窮屈きゅうくつさがある。特にアイヴィーが中央に寝かされている分、壁に背を預けなければならないほどには狭い。

 ショウはちらりとユイを見て、滲み出る貫禄に驚嘆した。


 本名、南雲なぐも優衣ゆい。二つ名を【射る者ヘカテー】。


 二十二歳という若さでありながら不動のランキング一位としてA級大魔導士の頂点に君臨する。

 実力は、最高位の賢者すら驚嘆する三.二キロメートルという最大有効射程距離を持ち、遠隔の鬼として恐れられている。賢者昇級試験六年連続一次試験突破。通算五回、三年連続二次試験突破と、現在最も賢者に近いと目される人物でもある。


「それにしても凄いなキミは。初めて見る顔だが階級はどこだ?」


 アイヴィーのこともあり自己紹介を後回しにしていたが、ようやく落ち着けたと、ユイがそう切り出した。


「自己紹介が遅れました。風間翔、階級はD級魔法使いです」

「何だって? 魔法使いと言ったか。それもD級だと?」


 当然、こういう反応をするよな、とショウが苦笑いを浮かべた。


「驚いたな……。これほどのことをやっておきながらD級魔法使いとは……」


 ユイの視線を送る先にあるのは、床に置かれた純魔石を媒介にして発動する結界ではなく、ショウが左腕に施し直した付与式魔法文字ルーンエンチャントの方である。

 逃げ込んだ直後、一目見てアイヴィーが危険だと悟ったユイは、すぐさま床に寝かせるように指示した。

 持っているのが当たり前だとばかりに、ユイはアイヴィーのウエストポーチからステンレス製の試験管を取り出すと、彼女の首の下に手を入れ抱き起した。そこからは流れるような所作で治療を試みた。試験管の蓋を口で開ければ、中身の治療薬ポーションを口に含み、口移しでアイヴィーに飲ませる。ショウもキサもこのユイの手際の良さに関心仕切りであった。

 何よりすごいのは、溺死させないよう口の中の治療薬ポーションを風魔法で気体化させ、肺を通じて癒したことだ。治療薬ポーションにこんな使い方があったのだと見識を広げさせられた一コマである。

 治療薬ポーションの生成には、効能となる生属性の他、液体化して保存する水属性の複合技術コンパウンドスキルが必須となるのだが、適合者の少ないレア属性の生に、水の適正もなければ作成不可能とされている。生産者の圧倒的不足を受けて、治療薬ポーションは超高額で取引されるのだが、特に品質が超一流とされるアイヴィー製は予約しても手に入らないほど貴重だ。

 そのため、下手な回復師ヒーラーよりアイヴィー製の治療薬ポーションと言われるほどには効能が凄まじい。これでひとまずアイヴィーが一命を取り留めたのは間違いないはずである。

 その間、ショウもただ見ていただけではない。

 デッドスポットに入り込んでから二時間半を過ぎた現状では、聖の指輪の効力切れが近づいていたからだ。ショウは結界を張った後、左腕の付与式魔法文字ルーンエンチャントを消し、新たに聖の指輪から延伸して、空間そのものに作用するよう文言を追記した。これによって、今現在結界内のマナは完全に浄化され、個別に聖属性の魔法を起動する必要がなくなった。

 ユイが見たのは、この時のものである。


「A級大魔導士ですら魔法文字ルーンを扱える者はごく僅かだと言うのに――いや、そうか、キミが例のレベル6か!」


 ユイはキサの顔を見て、合点がいったとハッと目を見開いた。

 噂の相手に会えたと、ユイは興味津々にショウの顔を覗き込むと、当の本人は目を合わせられずそっぽを向いた。

 南雲優衣を一言で言い表すと、素敵なお姉さんだ。

 左右で捻じった亜麻色の髪が後頭部で結ばれ、その上には鮮やかな黄色の花弁が咲き乱れる花飾りが乗る。後ろ髪は、肩のラインで三本に分けられ、ゆったりと交差しながら腰まで落ちていく。正面からハッキリと確認できるシャープな顔立ちには、くっきりとした目に細く高めの鼻が存在を主張していた。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」


 ユイはショウの左腕に手を添え、描かれた魔法文字ルーンに瞳を輝かせる。

 この距離感にショウはどぎまぎした。

 甘いバニラの香りが鼻孔をくすぐり、女性特有の柔肌が触覚を刺激する。

 顔を真っ赤にさせたショウが狼狽うろたえていると、ユイの背後で、牙を剥きだしにした獣が襲いかからんと威嚇を始めた。

 なぜか本気で怒っているキサの迫力に気圧され、ショウはやんわりとユイから離れた。

 それに気づいたユイが、ショウとキサの顔を交互に見やると、納得したように頷く。


「うん、そうか。すまなかったなキサ」


 別の意味で緊張を強いられていたショウが、ようやく解放されたと息を吐いた。

 各々が所定の位置に戻り、シンと静まり返る。それを空気の変遷へんせんと捉えたユイが本題への口火を切った。


「キサたちはどうしてこんなところにいるんだ? デッドスポットの制限時間はとっくに過ぎているだろう?」


 切り出されたのは、溢れかえる疑問を順序立てて潰すには最適な内容だった。

 キサはショウに目線で私から話すと合図を送る。


「北の障壁ゲートが壊れてたのよ。それで仕方なく一番近いここに移動してきたんだけど、逆に、ユイさんはどうしてここに? 障壁ゲートがああなったのが四時過ぎと見ていたから、てっきり後続の人は申請取り消しになると思ってたんだけど?」


「簡単なことさ。私はいつも早めにクエストを受け、師匠に出立報告をして来るからな。おそらく職員連中はグランベレル帝国の障壁ゲートで私を捕まえようとしたのだろうが、あいにくと師匠はバラード王国の人間なのでな。タイミングとすれ違いだろうな」


 運が悪かったとユイは肩をすくめた。

 デッドスポットへの転移が許可制に移行してからは、クエスト発行時に魔法指輪マジックリングのIDを登録する決まりになった。障壁ゲートでは転移する際、このIDを読み取り、ブロックするか否かを判別している。つまり、障壁ゲートは特定の場所に移動するものではなく、任意の場所へ転移することができるのだ。そのため、仮に一区画のみ転移が禁止されても、障壁ゲートそのものが封鎖されることはない。ユイの言うように、完全にタイミングとすれ違いによって起こった人災だった。


「デッドスポットが許可制になった弊害ってやつですね」

「あながちそうでもないぞ?」


 ショウの同意に、ユイは意味深に返した。

 今回の件は、帝国側で待つのではなく、申請書に記入されたフォレッタ領東の障壁ゲートで待ちかまえれば防げた事態だ。こんな簡単なことすら出来なくしたのが、安全性を重視した完全許可制の弊害と言わずなんという。

 どういうことなのかと返すショウに、ユイは簡単なことだと悪戯っぽく微笑んだ。


「クエスト発行所の職員も公務員だ。魔法使いとしての技量では生活のできないDやC級魔法使いばかりの、な。彼ら彼女らが何の準備もなしに、何が起こっているのかわからない場所で待機したいと思うか?」


 胸当てをコンコンと叩くユイの動作に、ショウはハッとさせられた。

 A級大魔導士であるユイですら、デッドスポット用の標準装備に身を包んでいる。それほど危険な場所に連絡だけとは言え、確かに一職員が危険を冒すとは考えにくい。


「私の読みでは、デッドスポットの使用許可取り消しに、捜索隊の手配から準備までで最短一時間はかかるだろうと見ている」


「準備があるのは分かりますけど、ずいぶん悠長過ぎませんか?」


「中毒症状が出ても、すぐにどうこうというわけではないからな。それに、もし、問題が起こったとしても何とか自力で切り抜けられる者にしか許可を出していない、というのが上の言い分だ」


「自力でどうにかできない方が悪いと?」

「そういうことだな」


 現実の厳しさを突き付けられて、ショウは押し黙った。捜索隊が派遣されるだけマシと思うべきか、危険性を知りながら十分な対策をしなかった己が悪いのか。出てくるため息も重くなる。

 ショウからはこれ以上の話がないと判断したユイは、再び本題へと転換した。


障壁ゲートが壊れていたのはわかった。そして、疑問も残る。アイヴィーの状況を見るに、まさかとは思うが、あれと一戦交えたのか?」


 あれ、というのは魔王のことだろう。

 ズバリと核心を突かれては、乾いた笑いしか出てこない。肯定と取れる反応に、ユイは頭が痛いと眉間を押さえた。


「よくもまあ、あれとやり合って生きていられたものだ。私は遠目で無理と判断して様子見していたと言うのに。そのせいで、障壁ゲートを潰されてしまったのは痛恨の極みだが。かと言って、魔王の会敵範囲アグロレンジ外から障壁ゲートを目指せばなんとかなったかと言われれば、あの超弩級の魔力砲を見た後では強行せんで良かったと肝を冷やすばかりだよ」


 障壁ゲートを丸のみにするほどの巨大な魔力砲。それもユイ以上の遠隔射撃能力と来れば洒落になっていない。

 今更ながら、魔王からの撤退が博打であったと断じた。背後からあんなものを撃たれていたら回避は不可能だった。強制魔力中毒マナバーストが決まっていなければ、効果時間が切れていれば、と考えるだけで恐ろしい。


「率直な疑問なんだけど、障壁ゲート前にいなかったってことは、ユイさんもアイヴィーさんと同じでレベル7の修練だったりするの?」


「ほう、アイヴィーはレベル7の修練中なのか。これはランキングが変動しそうだな」


 とキサの質問には答えず、これから起こるであろう下剋上に妄想を馳せた。


「ユイさん……」


 一人楽しそうにするユイに、キサは力なく言葉を投げかける。


「あー、すまんすまん。なんだったかな、私が障壁ゲートの前から移動した理由だったかな? 何、簡単なことだ。遠目に魔貴を見つけてな。遠距離から仕留めても良かったのだが、群れで動いている気配がなかったので、後を追うことにしたんだよ。下手に魔貴を刺激して、隠れていた群れが障壁ゲートに大挙してきたとなると色々とまずいしな」


「そしたら魔物の群れじゃなくて魔王が出てきたと……」

「平たく言えば、そういうことだ」


 やれやれと両手を広げて、全身で困ったことになったと表現した。


「さて、状況の把握は済んだ。次はこの状況をどう打破するかだ」


 今までの雑談に終始していた声音とは打って変わり、硬くなった。痺れがもたらされた空気に当てられ、ショウとキサの顔つきに緊張の色が宿る。

 ユイが右手を上げると、指を三本立てた。


「現状取りうる策は三つだ。一つはこのまま捜索隊の到着まで待機すること。幸い、ショウ君のおかげでマナ中毒は避けられた以上、残る問題は酸素だけだ。すでにキミたちがデッドスポット入りしてから二時間半が経過している。リミットは七時間半、それまでに救助されなければ酸素濃度の問題でアウトだと思って良い」


「ショウの付与式魔法文字ルーンエンチャントでどうにかならないの?」


「無茶言うなよ。結界内を完全に浄化してるから、結界として機能するんじゃないか。中で魔法使ったらちゃんとマナ滞留率上がるからな? それと同じで呼吸すれば酸素濃度は低下するし、どんだけ風の指輪を延伸して結界内の酸素濃度を上げても意味がないんだよ」


「昔あんたが失踪した時、三日間生存出来たって話でしょ? その時はどうしたのよ?」


「それ、フォレッタ領じゃないから。あん時のは、普通に酸素があるカリエラ領。ここで酸素濃度減ったらまじで死ぬから」


「――であるなら、やはりリミットは七時間半だな。ここで問題になってくるのは、それまでに捜索隊が我々を見つけられるか、と言うことになる。ショウ君、キミが捜索隊のメンバーだとしたら、まずはどこを捜す?」


「僕ならですか……そうですね。まずは、リミットの早い僕たちを優先で捜すでしょうから北障壁ゲート周辺。それで見つからなければ深層域へ行ったと考えるので、範囲を徐々に拡大でしょうか」


「違うわね」


 バッサリと切って捨てたのはキサだ。なんでだよ、とショウが反駁はんばくする。


「大前提として捜索隊がどこから来るのかが抜けてるわ。仮に南まで破壊されていた場合は、西から派遣することになる。そうなると深層域で二手に分かれて北と東を同時に捜索することになる。問題は――」


「南から派遣された場合だ」


 台詞を盗んだユイに、キサは首肯した。


「おそらく今までの傾向からして、魔王は南に向かうわ。それを捜索隊が見つけた場合、捜索は打ち切られる」


「ちょっと待てよ。なんで魔王と捜索隊が接触しただけで打ち切られるんだよ」


「少しは頭を使いなさいよ。魔王は私たちとの戦いで傷を負ってるのよ? なら、捜索隊は何者かと交戦したと考えるのが自然でしょ? 近くは捜すでしょうけど、もしいなかったら?」


 戦闘中なら、魔王の周辺にいるだろうが、見つからなければ、死体はデッドスポットのどこかに放置されたということだ。

 魔王にダメージを与えてしまったことが不利に働いてしまう。

 ここで助けを待つ危険性を指摘されショウは唸った。


「私はこのことから、一つ目の策はお勧めしない。二つ目の策は魔王を避け、南障壁ゲート、もしくは西障壁ゲートへ向かう」


「運要素が大き過ぎるわね」


 呟くキサの意見にショウも賛成だ。南障壁ゲートの最短ルートはおそらく魔王と接触する確率が高い。そうなると大きく迂回しなければならず、下手をすればあの超高射程の魔砲を撃たれる。仮に比較的安全と思われる西障壁ゲートだが、この東障壁ゲートに魔貴がいたことからも、すでに手遅れか、あるいは別部隊との戦闘は避けられないだろう。


「私もそう思う。最悪、魔王が一体とは限らないしな」

「さすがに笑えないですね……」


 とぼけてみせたユイだが、こればかりは冗談だと一笑にせない。


「とするとだ、三つ目の策は、魔王を倒すことだ」


 三つと言われた時から想像していた策に、息が詰まった。

 誇張なしに命を賭して戦ってなお届かなかった高み。暴力的なまでの力の差を突き付けた相手と再び死闘を演じなければならないのかと、思考が停止する。


「こればっかりは、実際に戦ったキミたちの方が魔王の力を把握しているはずだ。無謀だと思うか?」


 ショウはキサの顔を伺い、キサもまたショウの顔を伺う。

 二人の力ない表情からユイは魔王の力を間接的に感じ取る。これほどの技術を持つショウを、上位ランカーであるキサを、ベテランのアイヴィーを昏倒させる魔王。ここにユイ一人が加わった程度で果たしてどこまで状況が改善するのか。

 それもアイヴィーが戦線を離脱していなければの話だ。実際はユイとアイヴィーが入れ替わりでパーティーに加入するだけであり、数的にはなんら変わりがない。それどころか、パーティー戦においては、完全なる後衛のアイヴィーの方が戦力的には上だろう。

 瞬時にそこまで思考を廻らせたユイだったが、魔王と一戦交えるという選択肢を外すつもりはなかった。


「魔王を倒せる可能性がないわけではない。そのためにも魔王の実力を正しく理解しておきたい」


 この中で最も強い魔法使いの宣言に心臓が大きく跳ね上がった。お前たちに無理でも私には出来るという実力差を突き付ける一言。


「わかりました。ただ、僕もあの時は必至だったので細かいところは間違ってるかもしれないですけど……」


 そう断りを入れ、ショウは数秒ほど思案したのち口を開いた。


「まず、こちらの攻撃ですが、レベル5の強化型にレベル6の形状維持型の組み合わせだと、掠り傷一つ付けられませんでした」


「なら、どうやって魔王に傷をつけた?」


「キサに僕が付与式魔法文字ルーンエンチャント強化戦士の生成リィンフォースマテリアライズを施した上で、貫通する雷の牙サンダーランス振動する風切りの刃エアロブレードによる風雷剣で攻撃しました。あとは雷撃の刺突ライトニングピアー。僕の方は奈落へと誘う剣アビスブレード切断する鎌ウィンドカッターを付けました」


「なるほど。そうなると、レベル7でなければまずダメージは見込めそうにないな」


「それもあくまで防御力を超過できるだけです。魔王の耐久力は相当高いと思います。アイヴィーさんがこうなったのも、とある禁術を使ったのが原因なんですが、それは激流の水圧トッレントサブマージョン。それも持続時間は通常の三倍です」


 それでも動きを鈍らせるのが関の山だった。レベル7でちまちまやっていては埒が明かない。これがショウの出した結論である。

 正直、そのレベル7すら使えないとなれば、戦力外通告もいい話だ。

 魔王の討伐は全員がレベル7を習得している賢者の管轄と呼ばれて久しいが、事実その通りだと認めざるを得ない。


「――やりようはあるよ」


 突然発せられた声に、三人は視線を落とした。

 そこには水色の瞳を揺らすアイヴィーの姿があった。生死の境を彷徨さまよっていた女性の復活に、一様に驚き、すぐさま喜びを声にした。


「アイヴィーさん、気が付いたんですね」

「本当はちょっと前から起きてたんだけどねー」


 笑いかけるアイヴィーの表情は硬い。心配をかけまいと無理をしているのは一目瞭然であったが、わざわざそこを掘り下げるほど邪推ではない。


「ユイっちと合流できたのは嬉しい誤算だったかな」


 アイヴィーがユイの顔を見てはにかむ。


「それは私も同じことだ。一人ではこの難局を突破しようという考えに至らなかったさ」


 横たわるアイヴィーが左腕を伸ばし、ユイがそれに拳を合わせる。

 アイヴィーが目覚めたことは、魔王と戦う上で大きな意味を持つ。しかし、今の彼女を見る限り、戦闘に参戦できるだけの体力が残っていないのは明白である。

 だからこそ、アイヴィーは体力を回復させるためウエストポーチの中から治療薬ポーションを取り出し、それをユイに差し出した。


「ん? これは?」


 思わず受け取ったユイだったが、なぜ手渡されたのかわからず困惑する。

 だが、次の瞬間、理解が追いつく。

 まるでユイに抱き着くように両手を広げたアイヴィーが唇を前に突き出したからだ。


「ユイっち、さっきみたいに口移し」


 これにはユイだけでなく、ショウとキサも噴き出す。

 ちょっと前から起きてたとは言っていたが、どうやら最初からだったようだ。こういう人だったとショウは額を押さえ、キサはあんぐりと口を開く。

 ユイに至っては、顔を盛大に赤面させ、「バカか、バカなのか!?」と狼狽うろたえる始末。

 最後に、悪ふざけが過ぎたアイヴィーのおでこにユイの鉄拳が見舞われたのは、当然の帰結であっただろう。


「――痛い」


 ベソをかきながら赤くなった額を押さえるアイヴィーに、ユイは「自業自得だ」と、こちらは顔を赤面させて怒鳴りつけた。


「とにかく、話しを戻すぞ!」


 アイヴィーのせいで大きく脱線した魔王討伐の作戦会議を再開させた。


「やりようはある、そう言ったが具体的には何だ?」


「その前に、時間が惜しいかな。ショウ坊、強化戦士の生成リィンフォースマテリアライズ付与式魔法文字ルーンエンチャントをここにいる全員に施して。まずは能力を底上げするよ」


「わかりました。じゃあ、まずはキサ良いか?」

「変なことしたら、ぶっ飛ばすわよ」

「するわけないだろ!?」


 お決まりの件を挟んでから、キサは体位を変えショウに背中を向けた。そこには、先の戦闘でコンプレッションウェアを失い、隠された下着と共に露出された肌が露わになっていた。

 ショウは早速、指を切り、流れ出した血で付与式魔法文字ルーンエンチャントを描き出す。


「四人分ってなると、どれくらいかかりそう?」


「必要最低限だと十分もかからないですけど、完全呪文フルスペルだと一時間。支障ないレベルで文言削れば三十分ってところです」


「んじゃ、ショウ坊それでよろしく。それじゃあ、同時進行で話を進めるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る