12話:立ち向かえ死力を尽くして!
アイヴィー=バセットは、フィオナ=バセットが嫌いである。
物静かで自分の意見を積極的に言うタイプでなかったアイヴィーとは対照的に、フィオナは人の嫌がることですら平然と口にするような人だったからだ。
何をしても上手くいくフィオナと違い、アイヴィーはさほど才能に恵まれなかった。
フィオナの妹というだけで期待され、勝手に失望される日々。両親も姉妹を分け
この環境を生み出したフィオナが嫌い。才能のないことを受け入れてくれるフィオナが好き。どちらの感情が本物なのか、当時のアイヴィーにはわからなかった。
そんな姉との生活も、学業を修めたフィオナがイギリスにある実家を出て行ったことで終わりを迎えた。
これからはフィオナのことを考えなくていい。そう思った生活も何年も続かなかった。
実家に戻ってきたフィオナが、嫌がるアイヴィーを無理やり日本へと連れて行ったのだ。あるいは本当に嫌がっていたのならフィオナは止めたのだろうか。きっと、それでも連れて行ったはずである。それがアイヴィーにとって救いになると、フィオナは確信していたのだから。
アイヴィーはこうして魔法と出会うことになる。
数ある属性の中でも、生属性は極めて発現する確率が低く、重宝される。何をしてもダメだと思われたアイヴィーには魔法の才能があった。細かい制御を必要とする魔法は苦手だったが、フィオナを上回る魔力の総量に物をいわせた広範囲型の扱いは群を抜いていた。
魔法との出会いがアイヴィーの人生を大きく変えた。
傷を
狭間の世界では、フィオナの夫を中心としたコミュニティに属し魔法の
しかし、その生活すらも
義兄が何者かに暗殺されたことで、激情したフィオナがコミュニティを
すでに狭間の世界では、新人類党によって戦争状態にあり、乱入する形で火に油を注いだ。
戦争は人格を
回復魔法を扱えるだけでなく、広範囲に攻撃できるアイヴィーは後衛の要であり、フィオナを守る最後の砦の地位を確立した。結果、禁忌とされた強制執行を学ぶことに
戦争は新人類党が壊滅することで終戦を迎え、以降はリグレイス王国に所属することとなる。
フィオナの実妹という立場から、次期女王候補と祭り上げられ、賢者になることを期待された。だが、アイヴィーは元来後衛としての才能はあれど、一対一の戦闘形式である魔導試験は困難を極めた。それでも戦争を生き抜くほどには熟練した技がC級大魔導士の階位にまで至らせた。
そんな折、新設から二年で賢者昇格を果たした浅輝小夜花の妹がデビューするという噂を聞きつけた。
アイヴィーはその姉妹に自身を重ねた。強すぎる姉に、偉大な姉のプレッシャーに押し潰されるであろう姿を想像してしまったからだ。
最初は本当に興味本位だったのだ。
そこで目撃した二人の男女が織りなす戦いをアイヴィーは生涯忘れないだろう。
自分とは違う、才能ある人間同士だったと一度は落胆した。魔法を失ってなお、立ち上がろうとする少年と、圧倒的才能差に抗おうとする少女たちに次第に考えが変わって行った。
フィオナとの決別は聖戦での意見の不一致であるが、時間の問題だったのだとアイヴィーは思っている。
姉を守るために覚えた技術が、アイヴィーを変えた二人のために使う機会が訪れるのはあまりに皮肉だった。
* * *
突如、大量の水が出現した。
雨が降るという次元ではない。気がついたら上も下もわからない海の中に投げ込まれていた。そういう感覚に近い。
豪雨によって
魔王の巨大すぎる体躯が仇となり、右方向から流れる潮に右腕が持っていかれ、下方から左腕を、背面から頭を、正面から胸と、水の圧力が襲いかかる。少しでも流されれば全く新しい潮目が牙を剥く。
押しつけるかと思えば、引きちぎらんとする。
身動きを完全に封じられた魔王から少し離れた位置に、ショウとキサはいた。
比較的潮の流れの弱い穴の中で、ショウの張った結界に身を置き、なんとかやり過ごしていた。一歩遅ければ、レベル8という人外級の魔法をその身に受け、肉片となっていただろう。
「動けるかキサ?」
「少しだけ休ませて……」
うつ伏せの恰好のまま動かないキサの声は弱々しい。時間にしてたったの一分。あのキサがここまで消耗させられるほど、魔王との戦いは
「そんなことより、アイヴィーさんは?」
この期に及んで何を言い出すのかと思えば、自分のことではなくアイヴィーのことである。さすがにショウも小言を言いたくなったが、大人しく飲み込んだ。
アイヴィーの心配をしているのはショウも同じなのだ。
強制執行の名前すら知らないキサからすれば、何の説明もなしにいきなり全身から血を噴き、人外のレベル8を行使するという想像の
ショウは結界の外を
残念ながらアイヴィーの姿は見えなかったが、魔法が持続しているからには今のところ最悪の状況は回避していると思われた。
「わからない。とにかく今は魔王に対抗するための準備が先決だ。キサ先に謝っとくぞ、悪い」
揺れる視界の中、
「何をとつ――って、キャア!! ちょっと何してんのよ!?」
いきなりのショウの行動に、キサが赤面した。逃れようと暴れるものの、そこまで体力がないのかジタバタするに留まる。
彼女が怒るのも無理からぬことで、言ってしまえば、抵抗できない女の子の服を破り捨て背中を露出させたのだ。
抗議してくるキサの声を無視し、ショウは色白の肌を押さえつけ、血の滴る指を当てる。
それだけで何をしようとしたのかを理解し、動きを止めた。
「今から
「それだけあれば十分よ。そもそも体力が持たないわよ」
説明を受け、大人しくなるキサの顔はまだ赤い。緊急事態だからこそ、されるがままにしているが、肌に受ける感覚からどこまで破られているのかがわかるからだ。
背面はほぼ全て破かれている。ともすれば、正面から背面を取り巻く水色の下着も露わになるわけで。
「僕たちには圧倒的に火力が足りてない。速度特化の雷より全ステアップの魔属性の方がいい」
「そうね。そうしたら私も強化型に意識を裂かなくていいから攻撃魔法に全力を注げる。でも、実際どうするの? 多少火力が上がったところで倒せるとは思えないわよ」
「そのことだけど、考えがある。僕に地の強化じゃなくて、風の形状維持を施してほしい」
「
頭上では今も水の流れに抗う魔王が見て取れる。
絶望的な現実を告げるキサの意見に、ショウは同意せざるを得なかった。ショウもまた生半可な策や技術では埋められないと確信していた。
「だろうね。だから逆の発想だ。僕たちが強くなるんじゃない。魔王に弱くなってもらう」
「
「もちろん使えるのは魔属性だけだよ。やろうとしてるのはちょっと違う。
「……わかった、それで行きましょう。ただし、私が修得してる魔属性のレベルは4までだから付与できるのは
「切断特性さえつけばなんとかなる。あとはキサに魔王の注意を引きつけてもらいたい」
それがどれだけ大変なことなのかと、一番の厄介ごとを押しつけられ、キサは盛大にため息をついた。
「
無茶はショウも承知の上である。その無茶を押し通してでもやって貰わなければ困る。全員が限界以上の力を振り絞らなければ到底届きはしない。
そう、アイヴィーが本来一つでいいところを三つの魔石を砕いた強制執行のように。
いくらレベル8が驚異的な強さを持っていても魔王を倒せないとアイヴィーは最初から読んでいたのだ。だからこそ、威力ではなく効果時間を長くするため、修練用に持ってきていたほぼ全ての魔石を砕いた。
ショウなら、この時間を利用して
背中へ
「次は
「割り込みって、そんなことできるの!?」
これにはキサも驚きを隠せなかった。
「風の指輪は形状維持型じゃないだろ?」
「ええ、持ってきてるのは放出型よ」
「なら、その放出型を形状維持型に変換する文言を
「集中できるどころか
レベル5の
方針は決まった。準備は整った。体力も回復できた。
まるでそれを待っていたかのように、水の勢いは
立ち上がるショウに続いて、プロテクターを装備し直したキサが立ち上がる。背中は依然スース―するし、恥ずかしいままだが、仕方がないと割り切る。
「さて、じゃあ、頑張ってあれに勝ちますか」
肩に手を当てグルグルと腕を回すショウ。
「一番危険どころを任される身としては、勝利の暁にはご褒美が欲しいところね」
水の中で魔王が動く。
「じゃあ、そうだな。何でも一個言うこと聞くってのは?」
「いいわね、それ。撤回はなしだからね? よし、俄然燃えてきた!」
気合いを入れたキサは、両手に
これが、完全攻撃状態になった時の二刀流スタイルだ。
水が
重力を無視し一帯を覆っていた水は、力を失い一気に
再び
「ここが正念場アァッ!!」
ショウがあらん限りの力で吠える。
「出し惜しみなしよ!!」
「んな、余裕あるわけないだろ!!」
最後の軽口を交わし、二人は左右に展開する。今回は共に魔属性の強化型なので、速度に差はなく片方が先行するということはない。
作戦上、キサに
「
右脚の
賢者の一人【
魔法の重ね合わせは本来他属性にのみ限り可能な技術である。異なる特性のおかげで互いが喧嘩し合い共存する。ただし、同属性の場合は、
これを
ショウは当然、こんな芸当は出来ない。ただし、
「
出し惜しみなしとは言ったが、まさか賢者の
しかし、それでは終わらなかった。
再び同じ言霊を発したショウの左脚の
全ステータスアップという判りやすい特性の相乗効果により、ショウの能力はレベル6に引き上げられた。
迸る魔力が急激に上がったことで魔王はショウを敵として認識する。
ショウに正対する形で魔王は向きを変えるが、どこか精彩に欠けていた。動きが遅くなったというより何かを
外傷が特にないことから、長時間の水圧で内部をやられたのだと当たりをつけた。
好機と見たショウは加速し正面から突っ込む。もちろんそれを許す魔王ではなく、
直撃する瞬間、ショウは飛び上がり、魔王の腕の上を走ってやり過ごす。
全スタータスアップとは、力や速度だけではなく、動体視力、ボディバランスなどにも適用される。アクション映画真っ青のスタントだが、初めて試みた腕走りも、レベル6級の補正と、舞踊を学んだショウだからこそ成功させることができたウルトラCだ。
肘を超えて走り抜けたショウは、全力で跳躍。飛び移った胸に剣を突き立て、重力の意思に従い縦一直線に切り傷を刻んでいく。
前半の足手まといを返上する痛撃。掠り傷ではなく、れっきとしたダメージだ。
足元に着地したショウは、
自分の身体を切り刻まれて黙っている魔王ではない。踏み潰すという単純明快な反撃をしようとするが、それを阻止するのがキサの役目だった。
背後の死角へと回り込んだキサは、右の
続けて、背中を駆け上りながらの乱切りによる苦痛が魔王の敵愾心を稼いだ。
ショウを無視し、背後で好き勝手暴れるキサを排除せんと向き直る。が、すでにキサの姿はない。
魔王の背中を踏み台にしたキサは魔王の真上へと移動していた。
空中で反転し、左脚を振りかぶる。
「今度も耐えられるなんて思わないことね! 《
三つ目の
キサの必殺技の代名詞とも呼べる〝
しかし、そこで倒れないのが魔王と呼ばれるが所以だろう。
突き出した右脚が地面を踏みしめ、それ以上の転倒を拒む。
ショウの第一の目的は
「グッジョブ、キサ!」
全体重を支える魔王の右脚に取り付くショウを頭上から見て、キサも援護とばかりに空中を蹴り、反動で得た力で加速、一本の槍となって後頭部を突き刺した。
頭に受けた衝撃で魔王の体重は更に右脚にかかる。
「お膳立てはしたわよ、何するか知らないけどぶちかましなさい」
ショウが魔王の肌に触れた。それは攻撃ではなく、手のひらを
中国拳法には運動エネルギーを接触面まで導くという技がある。地を蹴って得た力を腰に、腰の捻りを肩に、肩から突き出された力が腕に、そうして増幅されていく力が手のひらに集約されていく。
ショウはある固有技術に憧れていた。
否、正確にはほぼ全ての魔法使いが憧れているといった方が正しいのかもしれない。
賢者は皆、固有技術を持っている。それは魔法の技術であり、生まれ持った先天的な能力を魔法技術に応用したものであったりと様々だ。
そんな固有技術の中にあって、今やその代表格となった詠唱破棄、
だが、全てが汎用となれるわけではない。得られる恩恵が強大であろうと、あまりにも修得難易度が高すぎれば誰も会得などできない。
かつて【竜王】が提唱した新技術は、異なる三種の複合ダメージを叩き込む一撃必殺技である。
防御完全無視とも言われ、事実、百以上に上る固有技術の中にあって最強の攻撃力を持つとされる。
魔導歴十一年現在において、この
とはいえ、憧れは時として盲目なまでの執着を見せる。
強羅から着想を得、独自見解によって一から組み直した、ショウだけの新技術。
魔力の練れない身体というだけで、魔力そのものを体内で動かすことは出来る。全身の力を、強化型の力を、そして体内の魔力を手のひらに乗せて放つ疑似強羅。
「魔力発勁ッ!」
対象の魔力が高いほどに効果が増大するショウだけの一撃必殺技。体内の魔力を揺らす攻撃。
貫通する衝撃が、反対側にあった剥き出しの骨を粉々に吹き飛ばした。
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