7話:魔石は生活必需品なのです

 魔石。

 マジックストーンと呼ばれるそれは、特殊な技法によって大気中のマナを封じ込めた石である。

 狭間の世界では、日常的に使われている有り触れた物だ。

 人工太陽は、火の魔石によって燃え、水道や電気は水と雷の魔石。聖の魔石によって下水処理が行われる。いわば、この世界の生活基盤を支えているのは魔石と言って過言かごんないだろう。

 国の運営する魔石換金所で、からの魔石を貰い大気中のマナを封じ込める。ただ、それだけの作業なのだが、魔石の大きさや術者のレベルによってマナが満杯になるには時間差が生じる。

 D級魔法使いなら、極小魔石ですら満杯には三日ほどかかる。これは七十二時間ずっとという意味ではなく容量の問題だ。スタミナ同様魔力の大小は個人の資質によるところが大きく、一日の平均自然回復量から算定された数値だ。

 魔力の変換効率の観点から、主属性、副属性以外は魔石を買った方がいいため、飛ぶように売れる。需要が高ければ、自然と供給は高くなり、魔石販売だけで年間一千万エイスを稼ぐ強者すらいるほどだ。


 この魔石事業にはがあり、一つが前出の生活必需品としての側面だ。

 もう一つは、大気中のマナを封じるという点。人間が住めない高濃度魔力地帯ハイデンシティスポットは増えすぎた大気中のマナ濃度によるものだ。魔石の生成は大気中のマナを生活圏内から放逐するのが目的であり、事実、人工太陽の昇る場所はすでにデッドスポットと化している。土地の無限増殖も、国庫をうるおす貴重な財源であるが、生活圏内に集まりやすい大気中のマナを圏外へ押しやることを第一の目的としている。


「雷の魔石の交換をお願いします」


 魔石換金所は、魔導試験会場とは違いそれぞれの国で運営している。どこの国で換金しても値段は一律であり、べらぼうな手数料も一律である。

 キサがカウンタ越しに差し出した極大魔石を、受付嬢が機械にかけ測定する。


「極大魔石の雷ですね。魔力も満杯ですので、換金額は五万エイスとなります」


 後ろで聞いていたショウはこのとんでもない額の手数料に辟易へきえきとした。

 受付カウンタの上部に描かれた料金パネルに表示される極大魔石の値段は。五十%もの手数料が換金時に取られるのだ。

 この法外な手数料は、公務員の給料を始め、公的医療制度の財源としてまかなわれている。

 狭間の世界での売買は基本的に国を介さなければならず、上位の魔法使いほど恩恵は得にくくなる。そこで登場するのが階級に応じた割引だ。

 魔石のように国が仲介するだけのものは割引が適用されないが、国が提供するものなら全てに適用される。収入に差がつきにくい反面、支出に差が出る。金額面での貧富の差が広がらないようにしつつ優遇政策を取っているのだ。


「雷、水、風、地、闇の極小魔石に交換お願いします」


 事前に記入していた紙を差し出し、受付嬢が処理していく。

 ほどなくして、カウンタの上に五つの小さな魔石が乗るトレイが置かれた。


「雷、水、風、地、闇の極小魔石になります。一つ一万エイスで合計額五万エイスですので、新たに料金は発生しません。お受け取り下さい」


「ありがとうございます」


「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 交換を終えたキサが後方で待っていたショウとカナに合流した。


「お待たせ、じゃ、まずは収穫から行ってみましょうか」




 * * *




 アーンシェランクス王国。

 主に穀物や野菜、果物など農家国家として栄えている国だ。

 三人は各国の要所に設置されている障壁ゲートを通り、アーンシェランクスへとやってきた。


「三人での収穫をお願いします」


 キサが慣れた手際で、収穫換金所の受付で話を通すと、割り当てられた区画へと移動した。


「すごい……一面野菜だらけだ……」


 見渡す限りの緑一面の光景にカナは面食らっていた。


「このロープでさえぎられた区画内なら全部取り放題だから思いっきり取りまくるわよ!」


 そう言ってキサはカナに先ほど交換した極小魔石のうち、地、風、闇の三種類を手渡した。


「まず手本を見せるわね。ショウ頑張って」


「え、僕がやるの? キサじゃなくて!?」


「師匠はあんたでしょ。それに私が手伝ったら資格取れないでしょ」


 キサの正論に押し切られ渋々とショウが一歩前に出た。

 ウエストポーチの中から地の魔石を取り出し、地面が隆起するイメージを抱く。

 魔石に込められた魔力がショウの想像力イマジネーションを読み取り、目の前の地面を上下に振動させ、埋まっていたキャベツの根が地上へと姿を見せた。

 続けて風の魔石に持ち替え、巻き起こされた風の嵐がキャベツを浮かし鎌鼬かまいたちが切断していく。

 最後に、闇の魔石で発生させた重力場で収穫したキャベツを一か所に集めて終了した。


「とりあえず、こんな感じ」


 人間の手でやれば数十倍の時間がかかるであろう作業だが、魔法を用いれば短時間かつ手軽にできる。あまりの出来事にぽかーんとしていたカナだったが、キサに背中を叩かれショウと入れ替わりで前に出た。

 ショウはカナの隣に立ち、魔石のレクチャーをする。


「魔石の使い方だけど、基本的に体内の魔力を練り上げるのと同じ感覚。いつもなら体の中に意識を集中するけど、手に持った魔石に意識を傾けるんだ」


「うん、わかった」


 初めて触る魔石に戸惑いつつも、カナは言われた通り魔石に意識を傾けた。


「そうそう、その調子。魔力を体外に放出するイメージじゃなくて、魔石を破裂させる感じで一気に力を込めるんだ」


 魔法使いだからこそわかる感覚の説明に、カナはイメージを膨らませていく。

 数秒後、地面がわずかに振動し根が姿を見せ始めた。

 そこからおよそ二十分、ショウの指導の元、カナは無事にキャベツの収穫を終え、疲れたと言って座り込んだ。


「初めてにしては上出来ね。ショウは逆に師匠なんだからもっと手際よくやりなさいよ。下手くそすぎるでしょ」


 後ろで傍観ぼうかんしていた監督に褒められるカナに対し、ショウには当たりが強かった。

 これにはショウも返す言葉がなく悔しくうなるしかない。


「ぐぬぬ」

「魔石訓練してないの?」


「し、仕方ないだろ。魔導試験は魔法武器の持ち込みと違って、魔石使用は禁じられてるんだから訓練しても意味ないんだよ」


「だからって、もうちょっと上手にやりなさいよ」


 耳の痛い話にショウは居心地が悪くなる。


「まぁ、とりあえず、このエリア内の収穫さっさと済ませましょうか」


 そこからはキサも参加してのキャベツ取り放題が行われた。

 現実世界で売りさばけば五十万円ほどになる量を三十分足らずで収穫したが、手数料を国に収めなければならず、二万エイスの収入だ。

 慣れれば範囲を広げることで収穫数も増えるが、最小ブロックの十アールではこんなものだ。




 * * *




 換金を済ませた三人が次にやってきたのは、漁業大国であるリグレイス王国。

 無料で貸し出される小舟は、オールで漕いでもよし、風の魔石で帆船のように移動してもよしと自由度が高い。

 ここでは夕方までには全部終わらせたいキサが大盤振る舞いで風魔法を乱発。穴場スポットへと案内された。

 収穫同様、ショウが手本として水の流れそのものを調節して、魚を釣るのではなく水の球体ごと船に設置された水槽に移す。

 それをカナが悪戦苦闘しつつも魔石を扱い、最後はみんなで上限枠まで取り放題。

 換金額は合計二万エイス。




 * * *




「――鶏を十羽捕獲して下さい」


 狩猟国家、レナレイテス王国。

 雷の魔石から発した電流で鶏を気絶させ規定の十羽を捕まえる最も初歩なクエストだ。

 より上位の資格を得れば牛の捕獲などができるが、資格のないショウとカナには許可が下りず鶏の捕獲となった。それでも十羽で一万エイスの報酬となるので相当に良い稼ぎである。

 順当に魔石の訓練を兼ねた作業は、最終的に五万エイスの稼ぎとなって終了した。




 * * *




「――たった三時間で五万エイスとか……魔法使いすごい……」


 狩猟換金所に戻った三人は、最後に捕獲した鶏を引き渡し、報酬を受け取ったところで、カナが驚愕に打ち震えた。

 今日の稼ぎは魔石代を出したキサの総取りだが、それでもカナは譲り受けた魔石を使えば自力でまた稼ぎに行けるので結果的には収支としてはプラスだ。

 今は当初の予定だった資格の取得に向け、国家資格発行所に向かって移動している最中だ。


「今日は色々ありがとうキサちゃん。知らないことがいっぱいで楽しかったよ」


「私もいい気分転換になったから気にしないで。あーあ、カナちゃんが魔法使いだって知ってたら学校でも話できたのに、ショウ、なんで教えてくれなかったのよ」


 女性二人の後を追うショウに、キサの鋭い眼光が射抜く。


「カナちゃんがどこまで通じるかわからなかったし、属性のこととかあんまりおおやけにしたくなかったんだよ」


「まあ、そりゃ確かにそうだけど」


 これにはさすがのキサも同調の意思を示した。

 将来有望な新人が出てくると、どうしても師匠は誰だ。観戦しろ。と騒ぎになる。秘密にしておきたいのは世の常だ。

 障壁ゲートを抜けグランベレル帝国に戻ってくると、国家資格発行所へと続く道を歩く。


「そういえばキサちゃん、国家資格ってどうやって取るの?」


 もっともな問いが今さらながらに出てくる。そういえば説明してなかったなと、キサもうっかりしていたことを思い出した。


「資格保有者の推薦状を提出して、後日、役所の人立ち合いで選定するのよ。形としては今日私がやってたみたいな感じで後ろから観察するの。さすがにカナちゃんの技術だとまだ合格基準に満たないから推薦できないけど、ショウは、うん、まあ、なんとかギリギリ推薦できるかなと」


「なんでそんな微妙な評価なんだよ!?」


 あくまで自己評価ではあるが、魔石の変換効率、精度、技術どれをとってもショウの魔石操作は合格基準を満たしている。意地の悪いキサにからかわれた格好だ。


「おい、ちょっと待て」


 そこへ、すれ違った二人組の男に呼び止められた。

 穏やかではない声音に、体を強張らせるカナをかばうようにして、ショウとキサが振り向きざまに正対した。


「何か用?」


 最初に声を発したのはキサだ。

 A級大魔導士であるキサに上から発言できるのは、賢者の他に、同級のA級大魔導士くらいだ。そんな彼女に対して、下手な言葉遣いは命を粗末に扱うに等しい。

 突然の敵意を向けられ、キサも明確な苛立ちを返答に乗せた。


「こりゃ誰かと思えばじゃないですか。いやなに、ちょっと聞き捨てならない台詞が聞こえたもんでねぇ。あの有名なワースト記録保持者が資格取得の推薦を受けるだとかなんとか」


 背の高い禿頭とくとうの男性が答えた。

 身長は一八〇㎝ほどの色黒。強面の顔にガッシリとした体躯は見るからに極道その者。もう一人の男性は背丈が一七〇㎝の細身だが、格闘技経験者の雰囲気を漂わせている。


「そのままの意味よ。それとも何? D級魔法使いは資格を取ったらダメだとでもいいたいの?」


 物怖じない姿勢のキサは、男の言わんとすることを先回りして突きつけた。


「わかってるなら話がはえぇ。不戦敗を続けて、魔導試験の名を不定におとしめる輩にくれてやる資格なんざねぇってことだよ」


 キサの頭上越しにショウを睥睨へいげいする男に、ショウは何も言い返せずうつむいた。

 男の台詞にキサの堪忍袋が切れた。

 殺気の込められた眼力を突きつけられ、男は気圧けおされ一歩身を引く。


「言ってくれるわね。ショウあんたも言われっぱなしでいいの?」


「いや、でも僕は……」


 魔法が使えないという言葉が出てこなかった。公になっていないこともそうだが、何より男の言っていることが正しいと思ってしまったからだ。理由はどうあれ、魔導試験を貶めている事実は揺るがない。

 煮え切らないショウの態度に、キサは強硬手段に出た。


「わかったわ。ならショウに資格を得るだけのがあればいいのよね?」


 何を言い出すのかと、キサを除いた四人がいぶかしがった。


「例えばショウがあんたに勝てばその資格があるかしら?」


「「は?」」


 男とショウは揃って、キサの言葉に間抜けな声で答えた。


「くはははは、こりゃ傑作だ。D級魔法使いが俺に勝つって? そりゃ無理だ。俺はB級魔導士だぞ? 六階級も上の俺にどうやって最弱のD級魔法使いが勝つってんだよ」


「そうだよ、キサちゃん。いくらなんでも無茶だよ!」


 カナが抗議するが、キサは意見を曲げなかった。なぜなら、ここで真っ先に反論しなければならないショウが無理だと言わなかったからだ。


「ショウ、やれるわよね?」


 負けると微塵も思っていないキサの瞳に見つめられ、ショウも意を決した。


「わかった。その勝負受けるよ」


 キサの横を抜け、ショウが男と対峙した。


「本気で言ってるんだな? いいだろう、丁度今日の試験が終わる時間だ。模擬戦モードで相手してやるよワースト野郎」

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