6話:属性理論に照らし合わせれば
「C級魔法使い昇級おめでとう北見さん」
試合終了後、カナと合流したショウたちは再び二階のカフェに訪れていた。
場所は先ほどと同じ店の一番奥のテーブル席。ショウの対面側に女性陣二人が陣取る形だ。
「ショウ君と一緒でカナでいいよ、
「そう? じゃあ、改めてC級魔法使い昇級おめでとうカナちゃん」
「ありがとうキサちゃん」
新たな友達ができたと、微笑むカナは大人しめの見た目と違い勝気な性格だ。一緒にゲームをしたことがあれば
実際にクラス委員長という肩書はあるのだが、カナの容姿は、およそ多くの人が想像する委員長像がしっくりくる。
遊び気のないきめ細やかな黒のストレート。怒った時の眼光は鋭いものの声をかけたくなる丸みを帯びた愛らしい瞳。小柄な
線は細く、なで肩。指先は短く色々と苦労しそうではあるが、しっかりと手入れが行き届いている。
試験中は男女共通して黒の半袖Tシャツ、短パン姿だが、今はショウやキサと同じ私服姿だ。
首回りが大きく開いているが、飾り気はなく落ち着いた雰囲気の白のペプラムブラウス。ウエスト部分はひだ状に広がり、下には脚のラインを強調する黒のレギンスが伸びる。シンプルだからこそ、素材の良さを際立たせるファッションだ。
「で、どうよ、弟子に抜かれたD級魔法使いの気分は?」
ニヤニヤとキサが意地の悪い笑みを浮かべる姿は魔女そのものである。
すぐに言い返してはキサの手中だと、ショウは冷静を装い珈琲を一口含み一呼吸置く。
「すっげぇ複雑。おめでとうなんだけど、何この言い知れぬ葛藤!」
だが、結局感情などそうそう変わるわけもなく、両手の拳をテーブルに叩きつけ、自分でもわからない謎の感情を
カナはショウの内心を察して、ハハハハと乾いた笑いにとどめる。
「頑張って現実を受け入れなさいってことね。それで、カナちゃんはどこまで修得済みなの? 見たとこ、レベル1の
「とりあえず今はレベル3の修練中かな。
C級魔法使いからはレベル2の使い手が増え、レベル1だけでは勝てなくなってくる。
今回のロバートとの戦いは、魔力枯渇手前だったこともあり、正確に足を打ち抜けたことによる運要素が高い。強化型魔法を先に使われた場合、強化型魔法でしか対応できなくなってくるのは常識だ。
「B級に上がるまでに最短八戦か。それまでにどこまで修練が進むかね。まあ、B級に上がれるんならA級にも難なく上がれるとは思うけど」
楽観的に述べるキサの言葉に、当事者であるカナが首を傾げた。
階級が上がればより強い魔法使いがひしめくことになり、勝つこと自体が難しくなる。B級になれるならA級になれるというキサの言葉にカナが疑問を抱くのは当然のことだ。
カナが不思議そうに会話を聞いていることに気づいたキサは、自身の発言にフォローを入れる。
「んとね。C級ってD級と違って強化型魔法の使い手が出てくるでしょ。反応速度も移動速度も強化された相手にレベル2の詠唱は当然間に合わなくなってくる。そうなってくると強化型魔法同士のぶつかり合いになるの。この状態で近接戦闘に入った場合、どうなるかっていうと、小柄な方が負ける」
言葉を選ばず、キサはバッサリと切り捨てる。
C級魔法使いは別名、女性魔法使いの墓場と呼ばれ、実際女性の半数がこの階級で留まることになる。同じ強化型魔法の恩恵を受けたなら、差はどこで出てくるのかという問題だ。つまりは体躯の差で男性に勝てなくなってくる。魔法対決でありながら、力の、腕力がものをいう階級。それがC級魔法使い。
「でもね、B級になると話は変わってきて、体躯の差を何かしらの形で突破してきた人たちが上がってくるわけでしょ? じゃあ、近接で差が出ないならどこで一歩抜きんでるかって話になるのよ。それが
「それ聞いたことある。なんかこう、走りながら詠唱するやつ!」
カナの言いぐさは身も蓋もないものだったが、
キサの二つ名の代名詞でもある【
B級魔法使いからは、固定砲台から移動砲台へと移る変革期。これまでの常識が一切通じなくなり、ただ強いだけでは絶対に勝てなくなる。
「この
言い切るキサに、反応の薄いカナはよくわかっていない風だ。
それならばと、キサは意表をついてショウに話を振った。
「んー、じゃあ、こうしよう。ショウ、あんた私に隠してることあるでしょ?」
「え!? いや……隠し事なんて、その……別に……」
誰がどう見ても隠し事をしていますと言わんばかりの動揺だ。
「こんな感じ。急に話を振ると考えることしかできなくなるのよ。女性は脳の構造上、聞く、話す、考える、これらを同時に処理する能力に長けているの。だから男性の多くは走りながら詠唱するっていう技術の修得難易度が女性に比べてぐっと上がるわけ」
「だからB級魔法使いになれるならA級魔法使いになれるってことなんだね」
納得いったカナにキサが肯定し締めた。
「それはそうとカナちゃんの主属性は雷なの?」
思い出したように尋ねるキサに、ショウは言い難そうに視線を泳がせた。
主属性とは、先天的に持っている属性の才能のことだ。生まれついての適正とも言い、生活環境などの後天的要因で目覚めた得意属性を〝副属性〟と呼ぶ。
魔法使いは基本的に主属性と副属性以外の属性は、適正がないとして修得難易度が上がり、最終的にたどり着けるレベルの上限も低くなる。
「ちょっとなんで黙るのよ。主属性は何かって聞いただけでしょ?」
「いや、その、なんていうか。ちょっと」
手招きするショウに、キサはテーブルの上に乗りだし耳を向ける。
小声で耳打ちされるショウの言葉に、キサは凍りついたように頬を引きつらせた。
姿勢を正し座りなおしたキサは、顔を引き締め、周りに聞こえないように注意を払いつつ声のトーンを落とす。
「主属性が〝天属性〟ってそれ意味わかってるわよね? これ
「わかってるから大声で言えないんだよ」
「え、私の属性そんなすごいの?」
周りから見れば、ひそひそと話す謎の集団に映るが、幸いにも陣取るっているのは店の最奥。仕切りで
乾いた口内を一度珈琲で
「天属性そのものがすごいというより、カナちゃんとの相性が最悪に近いのよ。対戦相手から見た場合の話だけどね」
「たとえば雷属性の特性だと、瞬発力に加えて貫通特性の二種類があるだろ? 天属性にも同じように特性があるんだけど、防御力一辺倒の極振りなんだよ。別名、天の加護とまで呼ばれる
「加えて応用技が鬼畜なのよ」
ショウの講義にキサが嘆息しつつ引き継ぐ。
「
天使の翼。空中を走る
「天使の翼って、あの
カナの悪気のない台詞にキサの顔が曇った。
実はキサの前で柳生千狐の話は禁句なのだ。年齢が近いこともあってたびたびキサと比べられることが多く、A級魔導士昇級後の初対戦時では六十連勝目を止めたのが彼女なのだ。
機動力でキサの更に上を行き、ほぼ同じタイミングで昇級していくことから何かと対戦機会が多く、勝つこともあるがトータル的には負け越している。
何より恐ろしいのが、天の加護による極振りの防御力。機動力だけでも反則級な上、直撃させても大したダメージを与えられない。これだけでも頭を抱えたくなるが、
「カナちゃんの回避力加わったら鬼に金棒すぎる……」
「だよなぁ……」
無双するカナの姿を想像して、二人の語尾に力が入らない。
カナは主属性ではない雷属性でレベル3を修練中であることから、先天的な才能がある天属性は最低でもレベル4を習得できるだけの
「つまり、隠し事はこれだったわけね……全く、これカナちゃんが有名になったら、またあんたの知名度上がるわね。下手すると弟子にしてくれって人殺到するわよ」
そこでキサはあることを思い出した。
「――っていうか、ショウ。あんた資格持ってるの?」
「持ってると思うか?」
ショウは両手を開き、何も持ってないとアピールする。
それを見たキサは、師匠のくせにどうやって、あれの訓練をするつもりだったのかと頭を押さえた。
「仕方ないわね、このあとの予定は全部キャンセルして、今日は二人に付き合ってあげるわよ。魔石講師の資格取らせてあげる」
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