5話:昇級するために必要なこと

 一度受付で観戦用MSRの申請を出し、二人は仮想現実下の観客席にいた。よほど有名な魔法使いでない限り観戦用MSRの利用者は少ない。

 試験開始一分前までは対戦者も入ってこないこともあり、今は二人きりだ。

 キサは指を下方にスクロールし、対戦カードを表示させた。



[名前:ロバート=マーロー

 年齢:16歳 階級:C級魔法使い 成績:120勝75敗]



[名前:北見加奈

 年齢:14歳 階級:D級魔法使い 成績:7勝0敗]



「あれ、北見さんって、あの北見さん?」


 表示されたホロウィンドウを見るなり、キサは面食らった顔をした。


「あ、そっか、キサってカナちゃんと同じクラスだっけ」

「そういうショウこそ、北見さんと知り合いだったの?」

「小学校が一緒なんだよ」

「それで私に隠してた理由は何?」


 勘の鋭いキサがホロウィンドウに表示される〝7勝〟の数字を指で叩く。


「隠してるわけじゃなくて、単ににしたくなかったんだよ」


 一言「ふーん」と返答したキサはそれだけで大方を把握したようだ。

 開幕から試験を受けていれば三十九戦目となる今日の対戦で、成績はわずかに七戦。

 初心者で未エントリーのテクを知っているのは稀だ。つまりは、ショウのである。

 どれだけ実力があっても新規登録ができるのは三月末日までだ。魔法の修得が開幕に間に合わなくても、とりあえずで登録させることはできる。

 そして実際に勝てる準備ができ次第、デビューさせる。これも立派な戦術だ。


「連勝記録から見ても基本戦術は完璧に修得してるみたいね」


 D級魔法使いにはセオリーがある。

 全階級を通じて試合は、対戦者間の距離が十メートル離れた位置から開始される。世界レベルの陸上選手でもない限り、近寄る前に呪文スペルが完成する。このことから如何いかに早く詠唱するかが焦点になる。

 属性理論に照らし合わせれば、十メートル先の対象に最も早く着弾させることが出来るのは、出足の早い雷属性と、発動まで溜めが存在するものの初速から最高速に達する光属性の二種だ。九メートルまでなら雷に、 十一メートル以上は光に軍配が上がる。

 当たり前のことであるが、距離が離れれば離れるほど命中率は落ちる。そのため、他属性に才能ある人間も含め、ほとんどの人間は雷を選択する。

 魔法の大きさは魔力に比例することから、命中率を上げるために魔力の総量を増やす。的に当てられるように命中率そのものを上げる。早口による詠唱時間の短縮。半身に構えたり距離をとることで回避率を上げる。などが基本戦術と呼ばれている。


「それで? 北見さんは雷と光どっちを学ばせたの?」


 キサの問いかけはごく自然なものだ。百人いれば百人が同じ質問をショウにしただろう。しかし、それに対する返答はおよそ想像もしないものであった。


「カナちゃんは使。というより五戦目以外は魔法を使わずに勝利してる」


 キサは数秒ほど何を言われたのか理解できず呆けていたが、意味不明な返答に眉を寄せた。


「それは、どういう――」


 言いかけたところで、眼下の舞台上に光の柱が上がった。

 現れたのは一八〇センチメートルほどの長身男性だ。少し遅れて、十メートル離れた位置に小柄な少女が出現した。


「対戦相手のロバート=マーローってのB級からの降格者だと思う?」


「どうだろうな。少なくとも勝率の高さから考えても、C級の中じゃトップクラスだと思うけど」


 キサはカナの対戦相手であるロバートのプロフィール画面を指で叩く。すると、画面が更新され、過去の対戦の詳細一覧が表示された。


「B級には二回昇級したことがあるみたいね。さて、この強敵を相手に、どれだけやれるのか、お手並み拝見といきましょうか」


 キサの言葉を皮切りに、試合が開始された。

 二人はデビュー戦特有の事故である開幕詠唱は行わず、ジリジリとすり足で円を描きつつ距離を詰めていく。


「二人とも雷みたいね」


「光や命中率に自信があるなら距離を取るからな。ロバートは相手の一撃をかわしての速攻狙いってとこだろう」


「それがセオリーでしょうね。未熟って言えばそれまでだけど、魔法使いの試合はほんと別の意味で緊張感があるわ。先に仕掛けて外せば、動揺して精神が乱れる。乱れれば次弾以降の命中率が格段に落ちるし」


 あとは悠々と後攻側が魔法を撃って当てれば勝利。と締めくくった。しかし、逆に外せば泥試合に早変わりする危険性はつきまとう。それでも後攻有利なことに変わりなく、先に仕掛ける方が圧倒的に不利だ。


「ちょっと待って、どういうこと?」


 キサが異変に気付いたのは試合が開始されて一分が経とうとした頃だった。

 本来なら徐々に距離を詰め、互いに命中させやすい位置からフェイクを織り交ぜた詠唱戦が始まるものなのだ。だが、二人の距離は試合開始の十メートルから変わっていなかった。

 理由はロバートが距離を詰めるのに対し、カナが同じだけ下がり常に十メートルを保っている。


「そういえば、試合開始前に魔法を使わずに勝ってきたって言ってたわね? つまりこれがその答えってこと?」


 魔法使いが魔法を使わずに魔法使いに勝つ。こんな荒唐無稽なことがあるものなのか。基本戦術ベーシックストラテジーにない展開にいよいよキサの顔つきも変わってくる。


「見てればわかるよ。そろそろ対戦相手の方も痺れを切らしそうだ」


 ショウの言葉通り、一向に自身が得意とする距離に縮められないことに苛立ち始めたロバートは、心を落ち着かせるため一つ呼吸を入れた。

 D級なら焦ったままの状態で魔法を撃ち、盛大に外してくれるものであるが、C級、それも二百戦近くを戦う経験値が愚かな行為を選択させなかった。

 ロバートは確実に命中させるため、増えた脈拍を下げ、最短詠唱から着弾までのイメージを固めていく。


「《雷属性初級魔法レベル1感電する一撃ショックボルト》」


「早い」


 キサがそう口にするほどロバートの詠唱速度は群を抜いていた。一秒に満たない超高速詠唱を経て、カナへと向けられた手のひらから電撃がほとばしる。

 命中精度も悪くなく、一直線にカナに向かっていく。レベル1ですら生身の人間が直撃すれば重症、最悪死に至るほどの強烈な威力がある。

 当たった時点で勝敗が決する。そんな一撃をカナは右に飛び回避した。


「くっ《雷属性初級魔法レベル1感電する一撃ショックボルト》」


 避けられたと判断するや否や、ロバートはすぐさま第二射へと転じた。

 動揺して呪文の詠唱を噛むような愚行も、乱れた精神が魔法未発動という痴態も犯さない辺りは経験値量がものをいう。身体の中心から僅かに逸れてはいるものの、放たれた一撃は、右肩へと吸い込まれる。

 二度目の電撃が貫きかけた次の瞬間、カナは左に飛びこれも回避した。


「二射目も回避!?」


 あり得ない展開に遂にキサが声を上げた。

 発動から〇.一秒以下で到達する雷撃は、人間の反応速度では見てから動いていては絶対に回避は不可能である。一度目は発動タイミングを教えてくれる詠唱呪文がある関係で回避自体そう難しいものではない。

 しかし、二射目は違う。身体全体を使う回避行動はどうしても、視線も体幹もぶれる。そんな状態から手の向きを確認し、意識的に回避するのは容易ではない。

 止まれば勝機はないと、三射、四射と続けて放つロバートの魔法をカナは次々避け続けた。


「ショウ、あんた北見さんに一体何をしたの?」

「キサはさ、バトルシティって知ってるか?」

「バトルって……どっかで聞いたことあるわね。確か格闘ゲームの名前?」


 バトルシティ。アーケードゲーム発のオンライン対戦可能な3D格闘ゲームであり、世界で最も有名なゲームタイトルの一つである。なぜ今ゲームの話が出るのかと、キサはいぶかしがった。


「カナちゃん、バトルシティの国内大会で優勝二回、準優勝一回と国内じゃほぼ無敵状態でさ、オンラインランキングの自己ベストは十七位。エアフォースっていうシューティングゲームに至っては、あのプロゲーマー、アルフレッドに次ぐスコア一二〇万をたたき出しての堂々二位。かれこれ半年はこの記録抜かれてないんだよね……」


 どこか遠くを見つめつつ淡々と語るショウの言葉に、キサは得心した。

 技の発動タイミングが重要な格闘ゲームに、縦横無尽に飛び交う攻撃の嵐を先読みしなければいけないシューティングゲーム。これらで鍛え上げられた技術と反応速度、何より経験値があのバカげた回避を可能としているということだ。


「ハッキリ言って十メートルの距離ならカナちゃんは、レベル4だろうと5だろうと、詠唱を必要とする放出型に至っては


「なるほど、それで十メートルか。が最も拮抗する地点。考えたわね。何を使うにしろ臨機応変に対応できるし、何より不利な状況を潰せる全ての戦闘の基本距離」


「ま、それだけじゃないんだけどね」


「どういうこと?」


「上に行けば上に行くほど、色んな魔法を覚えて技が多様化していくだろ? 良くも悪くもD級魔法使いの戦いはある種、完成された


「まさか……」


 キサがショウの意図に気づき、同時に戦慄せんりつを覚えた。

 属性によって威力も速度もまちまちな魔法において、最速の雷と光が回避できれば、理論上、全属性を避けきることも不可能ではない。しかし、仮にタイミングを覚えようとしても、近接、遠距離が入り乱れる上位階級では、着弾時間もまばらであり、何よりどの属性がくるのかもわからない。そんな複雑な状況下でタイミングを覚えるなど実際不可能だ。

 だが、敵が何をしてくるのか事前にわかっているならば、実戦の中で〝訓練〟ができる。

 動きの少ないD級魔法使いだからこそ、で戦える。


 試合は終盤に差しかかった。

 魔力切れ一歩手前まで撃ち尽くしたロバートは、意識が朦朧もうろうとしながらも、滴り落ちる汗を拭い倒れることを拒否した。

 ここで一撃、カナが魔法を撃てばまともに動けないロバートは負けるだろう。

 しかし、ショウが宣言したようにカナは一切魔法を使う素振りを見せず十メートルの距離を保ったまま対戦相手を見据えている。

 敗北を悟ったロバートは、どうせ負ける確率が高いならと切り札を使用した。


「《迸れ春雷の一撃よ・雷属性低級魔法レベル2俊足の雷光スピードスター》」


 感電する一撃ショックボルトに、一節を追加しての低級強化型魔法。

 詠唱破棄スペルカットすらしない完全詠唱は無防備となる時間の長さから悪手とされるが、敗北濃厚な現状では温存する意味もない。

 ロバートの両足を雷が覆う。

 強化された動体視力は、視認すら不可能な魔法攻撃を知覚させるに至り、移動速度を倍速へと押し上げる。

 虫の息だったロバートは、起死回生を狙って急接近からの近接戦闘を仕掛ける。


「《感電する一撃ショックボルト》」


 瞬間、カナの放った一撃がロバートの右足を着地点で正確に射抜いた。

 ダメージはほぼないに等しい一撃であったが、体重移動のタイミングを狙われたこともあり、ロバートはバランスを大きく崩し盛大にすっころんだ。

 何が起きたのかわからず頭の中が真っ白になったロバートに待っていたのは、集中力散漫による俊足の雷光スピードスターの消失だった。

 生身の状態へと返ったロバートだったが、戦意は途絶えず、再び立ち上がろうと腕に力を込める。


「くそっ、まだ」


 必死で上半身を起こそうとするが、痙攣けいれんが止まらず再び倒れる。誰が見ても魔力が枯渇こかつしたことは明白であった。

 システム側がこれを検知。次の瞬間、試合が決したことを知らせるダイアログが表示された。

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