2話:幻の試合
ウィンドウが消滅し、キサの淀みのない唇が言葉を紡いでいく。
「《天より
体内に保有される魔力が練り上げられていく。口ずさむのは、練り上げた魔力を魔法へと変容させるための
この光景に〝デビュー戦恒例の事故〟が発生したと観客席が
「うわ、早速やっちまったよ」「開幕詠唱とかただのマトなんだよな……」「見てるこっちがハラハラするわね」
台詞こそバラつきはあるものの、
なぜなら、D級魔法使いの修得している魔法はレベル1の一節詠唱のみ。そのため、いかに相手より早く詠唱し、魔法を当てられるか。これがD級魔法使いの階級の戦い方なのである。
ここで少年がレベル1の魔法を撃てば、詠唱に集中しているキサは避けることができず試合が終了する――はずだった。
少年は何もせず突っ立っていた。
試合が開始したことに気づいていないのか、呪文の詠唱に入らない姿に、観客は想定を上回る〝大事故〟に頭を押さえる者、顔を引きつらせる者が続出する。
「《雷属性
完成した雷の魔法が剣状に変化していく。これに観客席がどよめいた。
「あの雷魔法、剣の形になっているぞ!」「まさか、形状維持型!?」「あの歳でレベル4まで扱えるってのか!?」
耳に届く驚きにキサは得意げに鼻を鳴らした。
レベル4といえば、魔導士級が主力として扱う魔法である。キサの実力はすでに魔法使いのレベルになかった。
(相手が悪かったと思って、
キサは雷剣を片手に、十メートルあった距離を一瞬で詰める。
対戦相手からすれば、
少年はギリギリで身を捻り回避していた。
(驚いた。これを避けれるんだ)
ならばと返す手で横に
ここへ来て、観客席からも不穏な空気が
「お嬢様は魔法のセンスがあっても戦闘技術が未熟なのでは?」
「バカを言え、あの剣技を見て本当にそう思うのか? あれを避けきっている少年がすごい!」
「彼は何者だ。完全にノーチェックだぞ!」
観客の動揺などお構いなしに、キサはこの状況に心から感謝していた。
ただの消化試合だと
強化型魔法によって常人には反応できない速度にまで昇華された動きを、だ。
今のキサは、瞬発力の向上という雷属性の特性が付与されている。つまり、お互いにレベル2の強化型魔法を使えば、必ず雷属性が速度で勝る。
観客はその事実に気づき、少年の実力に息を飲まずにはいられなかった。
「おい……あの少年、詠唱してたか?」
「いや、
「まさか
中でも特に難しいとされるのが、
だが、この
それは、修得済み属性の二段階下までしか扱えないことである。
この事実に気づいた観客は本当に最下級のD級魔法使い同士の戦いであるのか? 本当にデビュー戦同士の戦いなのか? 本当に七歳同士の戦いなのか? と眼下で繰り広げられる戦いに疑問すら抱いた。
何度斬りつけても
「キミ、すごいのね。驚いた!」
「え? あ、と、ありがとう?」
突然の対戦相手からの褒め言葉に、少年は困惑しながら礼を述べた。
「あなたのおかげで、とっておきを見せることができるわ。相手がキミみたいな強い魔法使いなら遠慮なく使える!」
語尾に力を入れ
膝辺りの高さまで振り上げられた足が、空気を踏みしめた。
「バカな!!」
目を見開き、勢い余って客席から身を乗り出す観客は一人や二人ではなかった。
「
身体強化に使う魔法を足裏に集約し、疑似的な足場を生み出す闇属性の高等技術である。
「それだけじゃないわね」
眉間に
「ええ、
二人の賢者の発言に他の観客が慌ててキサの姿を確認する。
魔法の発動には必ず、行使する魔法の
異なる属性を同時にイメージし行使する技術を
「おいおい、そんなの魔法のセンスだけならもう大魔導士級じゃねぇかよ」
地面を駆け回っていた時とは違い、キサは空中移動を可能とした三次元の動きで少年の頭上、背後と不規則な動きで追い詰めていく。
少年の動きは徐々にキサの動きに対応できなくなってきていた。
「へぇ、やるわね。でも、いつまでこの動きについてこられるかしら」
ギアを更に上げ、
大魔導士以上の階位にある観客が揃ってキサの才能に驚いたのは、齢七つで到達した魔導技術の高さに他ならない。
この境地にたどり着くには、魔導技術の習得のみに時間を費やす必要がある。言い換えれば、基礎知識の勉強をすっ飛ばしたことに他ならない。
観客全員がすでに確信していた少年の実力は、レベル5到達者。対しキサはレベル4到達者。
キサは少年の前方から高速で突っ込んだかと思えば、直前で飛び上がる。
それでも少年は対戦相手を見失うことなく顔を上げ、回避行動に移る。瞬間、キサはもう一度空中を蹴り、少年の背後を取った。
「うまい!」
客席から歓声が上がる。
少年はすでにキサの仕掛けたフェイクに引っかかり回避行動に移っていた。体重移動に失敗した今の態勢からではキサの攻撃を
誰もが決着する。そう結論づけた状況に、事態は一変した。
「《
不可避の一撃が少年の体を
「えっ、うそ、どこ?」
目標を見失ったキサは辺りを見渡すがどこにも少年の姿がない。
焦る気持ちを抑え気配を探る。
研ぎ澄まされた感覚が
迷わず反転し横薙ぎの一閃を見舞う。
「あぶなっ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げ、放った一撃の恰好のままキサは動きを止めた。
正確には動きを止められていたという表現が正しい。キサの
「え、うそ、なんで! うごけっ!!」
どう足掻いてもビクともしない状況に至って、ようやくキサは少年の実力を正しく理解した。
(うそ、うそ、だって、なんで、詠唱してなかったのに! やだッ……)
同時にキサは力を失いその場に膝をついて倒れる。
瞬間、戦意喪失を感知したシステムが試合終了を告げるアナウンスを発信した。
数秒後、舞台が
MSRのシステムからはじき出され、元いたカプセルの中に意識が戻されたのだ。
「レベル6到達者……」
消え入るような声でキサが口にした単語は、自身の
次から次へと流れ落ちる
デビュー戦を華々しく勝利で飾ることができず負けたことは素直に悔しかった。しかし、それ以上に最後の最後まで相手が格上だと気づけなかった自分自身への不甲斐なさが許せなかった。
ひとしきり泣いたキサは、右手の袖で乱暴に涙を拭うと蓋を開けMSRから飛び出した。
通路は相も変わらず人の往来が激しかったが、試験前に少年が隣のMSRに入ったのはキサも目撃している。すぐさま確認するが、すでにもぬけの殻で立ち去った後だ。
「どこに」
言って、少年と出会った時に正面衝突したことを思い出した。
「南側から来た私とここでぶつかったってことは……」
キサはハッと思い至り、北側からやってきたであろう少年を追いかけた。
すれ違う人々から「危ないぞ」「走るな」と注意を受ける。だが、キサは構っていられなかった。今この瞬間を逃せば、二度とあの少年に面と向かって言えなくなると思ったからだ。
あと少しで北側のロビーに出る。そこでひと際、背の低い少年を発見した。
「そこのお前! 風間翔!!」
キサはあらん限りの声を振り
振り向く少年は、キサの姿を捉えて小首を傾げる。
「えと、さっきの子だよね? 何?」
きょとんとした表情で疑問を口にする少年に、キサは一度呼吸を整え、高らかに宣言した。
「次は絶対に勝つ!」
突然のリベンジ発言に、少年は瞳をぱちくりとさせていたが再び微笑み、
「うん、待ってるね」
と、涼しい顔で再戦を了承した。
* * *
七年後――
魔導歴十一年三月二十五日、土曜日。
キサと呼ばれていた少女は十四歳という若さにしてA級大魔導士の階位に到達していた。
今日の魔導試験はすでに午前中に済ませていたが、わけあって再び試験会場を訪れていた。
ロビーで指定の魔導士固有番号と名前を告げ、観覧席への使用許可を貰う。受け取ったカードを手に奥へと進む人の流れに逆らい、二階席へと続く螺旋階段を登る。
まばらに人が群がる中、キサは指定されたMSRへと身を投じ、試合開始を待つ。
「あいつもバカだけど、私も相当バカよね……」
キサは
二階席から見下ろす形となる観客席から、舞台を覗き込めば十歳くらいの少女が立っていた。あれが今日の対戦相手かとキサが見ていると、視線に気づいた少女が驚きの表情を浮かべた。
魚のようにパクパクと何事かを
今や名実共に魔法使いの中では知らぬ者はいないまでに成長したキサ。そんな有名人が観覧する事実に、理解が追いついていないのだ。
キサはサッと指を下にスクロールさせ対戦カードのプロフィール画面を開く。
そのまま画面を待機させ、試合開始まで佇むことおよそ一分。遂に対戦相手は現れず、少女の不戦勝が確定した。
同時に更新される画面にキサはため息をつく。
[名前:風間翔 年齢:14歳 階級:D級魔法使い 成績:1勝351敗]
少年は少女との試合以降、全ての試合に現れることなく不戦敗を続けていた――
「あのバカ――」
キサは一人MSRの中で、小さく愚痴った――
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