虚構の中の英雄 ~資格編~

ヴぇいn

1章:失われた才能

プロローグ ~少女から見た印象~

1話:少女と少年

 魔法使いが世に現れ早二十余年。短いというには少々年月を重ねた歴史ではあるが、それでもなお魔法使いという人種が世界中を闊歩かっぽしている事実は知られていない。

 要因は往々にしてあるものだが、特筆すれば、以外での魔法の流布は死を以ってつぐなわなければならないという一点に尽きるであろう。これは罪を罰するという意味ではない。文字通り死という形となって、世界に、魔法の力の根源たる〝精霊〟によって消し炭にされるのだ。

 精霊は人間が魔法を行使することに懐疑的だ。

 かつて精霊に愛された一人の人間を除いて、精霊は人間を人間と思わない。だが、その人物は精霊にある一つのお願いをすることによって世界は変革を受け入れた。



 ――どうか、この力を世界の発展のために使えるようにして欲しい、と



 精霊は、一抹の不満を抱いたが、その人物の言い分を受け入れ、人々は魔法の恩恵を得られるようになった。

 それでも、精霊は人間の味方になったわけではなかった。前述したように精霊は人間に容赦しない。


 時は流れ、魔法使いはこことは違う世界、狭間の世界を生活の基盤としていた。

 魔法は、マナと呼ばれる大気中に漂う力を変化させることで超常となって現れる。逆説的には、大気中のマナ滞留率こそが魔法の力を左右するのである。

 このことから、マナ滞留率の低い地球ではその恩恵を最大限生かすことができず、魔法使いたちは生まれた地を捨てなければならなかった。


 狭間の世界へ渡る障壁ゲートを潜れば、そこには地魔法によって作られた大地が広がる。天には火魔法で形作られた太陽が昇り、燦燦さんさんと輝き照らす。

 現在、狭間の世界は十の国から成り立っている。


 ここはその一つ、グランベレル帝国。


 円形状に立ち並ぶ居住区の中央には、ひと際目立つ荘厳そうごんな城がそびえ立ち、その裏手に屹立きつりつするドーム型の建物が異彩を放っていた。

 人々は、毎週土曜日になるとこぞってこのドームを目指し賑わいを見せる。


 世にいう、である。




 * * *




 魔導歴四年七月三日、土曜日――


 この日は、いつにも増して活気に満ちていた。

 それもそのはずである。七月第一週の土曜日は一年を通じても特別な日なのである。


 魔導試験の規約にはこうある。


 〝一つ、魔導試験の受験には、初等教育以上に従事していなければならない〟


 〝一つ、魔導試験の新規受験者の受付はその年の四月一日までに済ませていること〟


 〝一つ、魔導試験は七月から翌六月までを通期とする〟


 今日は試験の解禁日とあって、特に受付ロビーには年端もいかない子供が目立った。


「キサ、見に来たよ」


 名前を呼ばれて少女は振り返った。


「あっ、小夜花さやかおねぇちゃん、来てくれたの?」


 声から相手が誰なのかはすぐにわかっていたようだが、顔を見るなり、キサと呼ばれた少女は破顔はがんした。

 ロビーの一角にえられた長椅子に座っていた少女は、急いで立ち上がると、すぐさま駆け寄り抱き着いた。


「当然でしょう、可愛い妹の晴れ舞台だもの」


「えへへ、見てて小夜花おねぇちゃん。私ね、おねぇちゃんのように賢者になるんだ!」


「そっかー。それじゃあ、キサも頑張らないとね!」


「うん!」


 妹の頭をでる姉のほがらかなやり取りを糾弾きゅうだんするように、複数の足音が無遠慮に割り込んだ。


「あら、そちらが噂のお嬢様ですか?」

「へぇ、可愛らしい妹さんですね」


 姉妹の前で足を止めた老若男女の数は十人前後。先頭に立っていた一組の男女は、キサの顔を一瞥したかと思うと、知己である小夜花へと声をかけた。


「こんにちは」


 今度は小夜花が頭を下げ、声をかけてきた二人に挨拶を返した。

 キサは、生で初めて見る本物のの姿に瞳を輝かせる。


「賢者の方々が直々にいらっしゃるなんて珍しいですね?」


「何を言いますか。小夜花嬢の妹君のデビュー戦となれば注目度は高い。将来のライバルになるかもしれない相手を偵察するのは当然でしょう」


「こら、妹さんがいるんだから余計なプレッシャーかけないの」


 肘で小突かれた男性は面目ないと謝ると、そっと膝を地面につけてキサの頭の上に手を乗せた。


「うん、緊張はしてないね。頑張っておいで」

「は、はい、ありがとうございます!」


 憧れの賢者に激励げきれいしてもらい、わずかに声を上ずらせてしまう。そこへ試合開始十五分前を知らせるアナウンスが構内に鳴り響いた。


「ほら、時間だよキサ。いってらっしゃい」

「うん、見ててね、勝ってくるよ!」


 元気よく手を振り、キサはロビー奥にある待機室へと駆け出した。

 試験会場はその広大さもあり、東西南北にそれそれ出入り口が設置されている。

 受付の奥は通路になっており、そのまま待機室とは名ばかりの試験会場へと繋がる。

 魔導歴四年現在、魔法使いの数は十万人を超える。これだけの数の試験を一日で完遂させるという強行日程。当然、相応の規模の建物ではあるが、人の入れ替わりが激しいという事実はくつがえらない。

 新米魔法使いを圧倒する、何人もの人間が同時に行き来できる通路。奥の待機室に足を踏み入れれば、正対する北側が視認できないなどスケールの大きさに驚愕きょうがくするだろう。

 眼前には等間隔でベッド型のカプセルが並び、透明な蓋越しに横たわる人間が見て取れる。

 このカプセルこそが魔導試験の待機場であり、でもある。

 正式名称を戦闘再現装置MA.MSR(Militant Analyzer. Model Simulated Realityの略)といい、マナによる脳波への干渉を行うことにより仮想現実へと誘う魔導器である。

 試験開始時刻になると、ランダムに選出された相手と一対一による魔法戦闘が行われる。

 つまり、魔導試験とは〝現実世界では魔法を用いない仮想現実下における魔法戦闘〟ということになる。


 なぜ現実世界では魔法を使わずに試験が行われるのか。


 魔法が世に現れてから魔導歴が制定されるまで二十年以上もの月日を有した。新たに誕生した技術は得てして、法律が後手に回るものだ。無秩序に扱えた魔法は、時として人類に害を及ぼし取返しのつかない事態をまねく。

 今日こんにちでは、国際魔導機関と呼ばれる法務執行機関が幅を利かせることで一定の秩序ちつじょが保たれているが、何事も弊害へいがいは付き物だ。魔法使いでありながら魔法を使えないというジレンマは修練にも悪影響を及ぼす。

 ちょっとした手違いで簡単に人を死に至らしめる魔法は危険極まりないと、模擬戦すら規制の対象となった。そこで考案されたのが仮想現実下での模擬戦である。

 キサは受付で貰った紙に目を通す。


 G6-48


 割り当てられたMSRの番号を探し、キサはカプセルの前に設置されたプレート番号を確認しながら足を進めていく。

 道中すれ違う魔法使いは皆、キサより背が高かった。

 それもそのはずで、キサはまだ、小学二年生だ。規則による下限年齢いっぱいではあるものの、実際にこの年齢で試験を受けに来るのは珍しい、というよりまずいない。

 ほとんどは基礎を学んだ十歳前後から来るものなのだ。中には二十歳越えの大人も周りにいるのだから、いかに場違いなのかがわかる。それらを押しのけ勝っていかなければいけない。それが魔導試験だ。

 勝手知ったる他の魔法使いと違い、キサは待機室に訪れるのは初めてだった。その不慣れな状況もあって、MSRのプレート番号確認で狭まった視界が回避を遅らせた。


「「あっ」」


 ぶつかる瞬間、お互いがお互いを認識するも見事なまでの正面衝突を演じた。


「あいたぁ……ご、ごめんな――さ、え?」


 額を押さえつつ謝罪を口にするキサだったが、ぶつかった相手を見て驚いた。

 キサに当たり負けてその場にうずくまる小さな人影。それが同じように額を押さえていた。


「こっちこそ、その、ごめんなさい」


 涙目になりながら見上げてくる少年の姿に、キサの胸を罪悪感のやじり穿うがった。


「うっ」


 互いに前方不注意による事故だったわけだが、見るからにひょろひょろとした外見。待機室にいるからにはどれだけ若くてもキサより若いことはない。しかし、目の前で立ち上がった少年は下限年齢いっぱいのキサよりも背が低い。


(私以外の同年代の受験者?)


 よほど魔法の才覚に恵まれた少年なのだろうか、でなければ受験する意味がない。


「えと、僕のそれだったから、前見てなくて……」


 少年はキサの後ろにあったMSRを指さした。


「ううん、私も前見てなかったから、ごめんなさい」


 キサも改めて謝罪を口にし、ふさいでいた道をゆずった。

 少年は口にした通り、キサの後ろにあったMSRの中に入り込む。数秒遅れて人感センサーが作動し蓋が自動的に閉じた。


「私も早く見つけないと」


 試合開始時間までにMSR内で待機しておかなければ、その時点で不戦敗扱いになってしまう。

 慌てて探そうと目の前のプレートを確認するとG6-48という数字が飛び込んだ。

 どうやら、ぶつかった相手と丁度逆の位置にいたようだ。

 こんなこともあるのだと、MSRの中に潜り込んだ。

 装置の中は一面低反発性のクッションが敷かれ、一瞬体が浮いたような感覚に陥る。二メートル超の人間が寝転がるのを想定した作りなため、キサの体躯だと余剰部分の方が多いくらいだ。

 完全に寝転がると、人感センサーが働き、蓋が閉じていく。

 現実世界にはない機械に興奮し、対戦が始まる前からキサの感情は高ぶっていた。

 一体、対戦相手はどんな人なのだろうか、とついつい笑みまで零れる。


 試合開始まで残り二分。


 昇級には直近十戦の成績が反映される。条件は八勝以上。つまり、開幕から八連勝すれば残り二戦の結果を待つことなく瞬時に昇級が確定する。

 今日がデビュー戦であるキサは、当然一番下の〝D級魔法使い〟だ。

 MSR内に試合開始一分前を告げるアナウンスが流れ、キサは静かにまぶたを閉じた。

 同時に脳内に正方形型の部舞台の映像が流れ、次の瞬間、キサはその上に立っていた。


「え、うそ、すごい」


 とてもではないが、これが脳に送り込まれた映像だとは思えなかった。これはもう本当にこの場所にいるかと錯覚できるほどだ。きょろきょろと頭を動かせば見渡している感覚もある。

 観客席もあり、そこには多くのギャラリーがいた。


「キサ~、頑張って~」


 手を振っているのは小夜花だ。観戦用のMSRを使えば、任意の対戦者を観戦することもできる。

 拳に力を入れた次の瞬間、目の前の空間がゆがみ、一人の少年が現れた。


「あれ、あの子って」


 間違いなく、先ほどぶつかった少年だった。どうやらくだんの少年が対戦相手のようだ。

 キサは事前に受付で説明されていたシステムを実行するため、右手の人差し指を目の前から下方へスライドした。

 すると奇妙な機械音と共に、指の動きをなぞるようにして半透明型のウィンドウが開く。仮想世界だからこそ可能な機械的補助機能。これによって対戦相手の簡易情報を見ることができる。



[名前:風間かざましょう 年齢:7歳 階級:D級魔法使い 成績:0勝0敗]



 表示された画面を見て、やっぱりとため息をついた。


(勝って、さっさと終わらせよう)


 そう決め込んだところで、試合が始まった。

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