ケモ耳娘バイトしました

 春斗さんが家を出たら、すぐに食器の洗い物を始める。お弁当作りに使用した器具や朝食を食べる時に使用した皿やお椀などがあるが、なるべく手早く進めていく。

 それが終わったら、次は早朝に回しておいた洗濯物を干す作業。こちらは、私と春斗さんの衣類があるので、普段は意外と時間が掛かってしまう。しかし、今日からはそんな事言ってられないので多少雑でも素早く干さなければならない。

 

「うわぁ、もう9時ですか……」

 

 先日、魚屋さんに勤務時間を訊ねた所、9時半と言われたので、あまり時間はない。

 洗濯物を干し終えたらいよいよ家を出る。

 外出する時には必ず被るキャスケットを深く被り、尻尾は腰に巻く。今日履くのは尻尾穴の空いていないスカートだ。

 

「さてと。そろそろ出ますかね」

 

 春斗さんから預けられた鍵を握りしめ、私の初めてのバイト先へと歩を進めた。

 

 

 

 

「おう、お嬢ちゃん」

 

「おはようございます魚屋さん」

 

 お店に着くと、魚屋さんは既に品出しを始めていた。ちなみに今日は鯖が安いらしい。

 

「私もやりますよ」

 

「いや、魚は割と重いからいい。お嬢ちゃんは接客をして貰えるかな?なぁに、心配しなくていい。うちの客は結構主婦層が多いから、極端に態度を悪くしなきゃ適当な接客で大丈夫だ」

 

 魚屋さん、瞬時に私が接客業した事がないと見破ってきましたね……

 

 とりあえず、私の仕事は接客らしい。正直、こんな裏路地に魚を買いに来るのか疑問だが、任された仕事はこなそう。

 しかし、私がやる事はそれだけではない。魚を盗んだ犯人を見つけ出さなければならないのだ。そして……

 

「あの、すみません」

 

「!いらっしゃいませ!」

 

 不意に、声をかけられた。その人は30代半ばくらい女性だった。

 まさかこんなに早くお客さんが来るなんて思ってもいなかったので、声が裏返ってしまいそうになった。

 

「貴女、新人さん?それとも、店主さんの娘さんかしら?」

 

「あ、いえ。私はただのバイトです」

 

「あら、アルバイトなの。それなら、いきなりで悪いのだけれどオススメを教えていただけないかしら?」

 

 それはバイト初日の人に訊く事じゃあない気がするのですがそれは……。

 いや、これは私を試しているのかもしれない。私がどれほどこの店で役に立てるかを試すために、魚屋さんが仕向けたのかもしれない。ならば、こちらは自分の持っている知識を存分に披露しようではないか!

 

「私のオススメは、本日入荷しました、鯖となっております。今の時期が旬のですし、本日はお買い得の価格となっております」

 

 口調が少し変になってしまった……。

 でも、これで私の出来ることはしたはず……!

 

「あら、そうなの?じゃあ、鯖を3匹いただくわ」

 

「!ありがとうございます!」

 

 まさか本当に売れるとは思わなかった……。

 私は鯖を袋に入れ、お客さんに渡す。

 

「ありがとう」

 

 受け渡す時に、お客さんは笑顔で私にそう告げてくれた。

 ……なるほど、これは、凄く嬉しい気持ちになる。

 この事は、帰ったら春斗さんに報告しよう。きっと、褒めてくれるだろう。頭、撫でてくれると良いけど……。

 

「っと、当初の目的を忘れるところでした」

 

 つい、感謝への喜びと春斗さんへの期待に浸ってしまった。

 私はさっきのお客さんの残り香を確かめる。

 しかし、やはりさっきの人は違うみたいだ。獣の匂いが全く漂ってこない。

 引き続き、警戒することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 私がバイトを開始してから数時間が経過した。辺りはすでに夕焼けに照らされており、赤く染まっている。

 魚屋も、もうそろそろ閉店らしい。

 

「どうして今日は来ないんですかぁ!?」

 

「そんな頻繁に来られたら溜まったもんじゃないよ、お嬢ちゃん」

 

 肩を落とし、項垂れる私の背中を魚屋さんが叩いて慰めてくれる。

 確かに、犯人だって毎日来る訳では無いだろう。

 つまり、今日はハズレだったという訳だ。

 これじゃあ、本来の役目は果たせなかったわけだから、春斗さんの御褒美(想像)はお預けですかねぇ……

 

「とりあえず、今日はご苦労だった。また明日も頼むよ」

 

「あ、はい」

 

 魚屋さんに挨拶をして、私は春斗さん宅へと帰宅する事にした。

 

 

 

 帰路は、もちろん裏路地を通る。普段通りの、特に変わりのない路地だ。

 ただ唯一、普段と違う事があるとすれば……私に集まっている視線の数か……

 10、いや、20は居るか?

 

「誰ですか?」

 

 辺りを見渡し、声を掛ける。しかし、返事は無かった。嗅覚を最大限に活用しても、特に人のような臭いはしない。

 いったい、何なのだろうか?私は首を傾げ、早足でその場から逃げるように立ち去った。

 

 

 

 

 ー???sideー

 

「……そう。見張りは帰ったのね」

 

「ニャァー」

 

 私の言葉に肯定するように、1匹の猫は鳴いた。

 私はその猫の頭を撫でつつ、辺りを見渡す。

 一見何もいないように見えるが、私が片手を挙げると家の屋根、塀の上、ゴミ箱の上など、様々な場所に数多くの猫が現れる。その数は、既に50はくだらないだろう。

 

「……あなた達も、引き続きあの女の監視に務めて」

 

「ニャァー」

 

 私が皆に一言だけ告げると、猫たちはその場から離れていった。皆、持ち場に戻っていったのだ。

 ……あの女がいたから、今日は盗みが出来なかった。だから、絶対にあの場所から離れさせる。

 ……それが、捨てられた私、半獣が生き延びる唯一の方法なのだから。

 

 

 

 

 

 

 ー春斗sideー

 

「頭を撫でてください」

 

 仕事から帰宅して来た俺に対する開口一番がそれか……

 

「急にどうしたんだよ」

 

「私、今日はお仕事頑張ってきたんです。そのぐらい、御褒美くれてもいいじゃないですか」

 

 ……なるほど、それもそうか。アズキはバイトとは言え、働いてきたのだ。それなのに家事も抜かりなくこなしている。

 時々思うのだが、こいつはたまに頑張りすぎている節があると思う。家事をこなしてくれるのは有難いのだが、働いてきた時くらいは休んでも構わないのだが。

 まぁ、とりあえずは今日の分だ。

 俺はアズキの頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃにする勢いで撫でてやった。

 

「もう、もっと優しくできないんですか?」

 

 顔を赤くしながら膨れっ面で訴えられた。その姿は、本当に愛らしくて俺もつい頬が緩んでしまう。

 

「今日はお疲れさん。明日も頑張れよ」

 

「はい!」

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