ケモ耳娘駆けつけました

同僚に言われた通り裏路地に行くと、そこには同僚の他に一人、アニメでたまに見る、昔の魚屋の典型的な例のような男性がいた。

 

「……どういう状況だ?」

 

俺が首を傾げながら呟くと、男性がこめかみに浮かんだ血管をヒクヒクとさせながら振り返る。このアクションだけで既に男性の機嫌の悪さがみてとれる。

と言うか、本当にどういう事だ?確か、さっきの悲鳴は女性のものだと思ったが、アズキを除いてこの場に女性はいない。何かトラブルが起きて、被害者がその女性なら、その場から立ち去ったりはしないだろう。よもや、この男性の悲鳴だったとは思いたくはないが。

 

「なあ、アズキ……」

 

俺は、アズキの嗅覚によって残り香を感知してもらおうと話しかけようとした。

と言うか、話しかけた。……のだが

 

「へぇ、君が春斗と暮らしてる女の子かぁ」

 

「はい。とは言っても、まだ一週間もたっていませんが」

 

同僚と会話を交わしていたため、聞こえていなかったようだ。

アズキの肩を叩こうと手を延ばすと、先に男性が口を開いた。

 

「ん?あんた、今朝のお嬢ちゃんじゃねぇか」

 

「え?あ、朝のお魚屋さん?」

 

お、何だ。この二人知り合いだったのか。

なら話が早い。アズキに事情を聞いてもらおう。下手に初対面の俺が訊ねても無駄だろう。「いったいどうしたんですか?私、いきなり連れてこられたので話が見えないのですが」

「盗みだよ」

 

「え?」

 

「今朝と全く同じだ。これまでに、一日で二度も盗まれたことはなかったから油断していたが」

 

なるほど……。少しずつ話が見えてきたぞ。この人、一日に二度も盗まれているのか……。

だが、この魚屋から魚が盗まれただけなら女性の悲鳴は聞こえないはず。

 

「あぁそうだ。悲鳴をあげた女は帰ったぞ。何でも、犯人追って走ってきたその人の形相を見て驚いたらしい」

 

「お、おい。あんまり人に話すんじゃねぇよ」

 

男性は少し恥ずかしそうに頬を赤く染め、頬をかく。

というか、なんて不憫なんだろうこの人は。商品盗まれた挙げ句女の人に怖がられるなんて……

というか、なんて不憫なんだろうこの人は。商品盗まれた挙げ句女の人に怖がられるなんて……

 

「ところで、被害届けは出したんですか?」

 

アズキが訊ねると、魚屋は腕を組んで頷いた。

 

「ああ。とっくに出したさ。だが、被害が小さすぎるのか、尻尾がつかめないのか、最近打ち切られちまってよ」

 

なるほどなぁ。でもわかる気がする。ここは人気の少ない裏路地で、防犯カメラどころか街灯ですら数少ない。そこで盗難が起きてもだいたいの人は見ていることがない。それに、犯人だってバカではない。警備が厳しくなったらわざわざ盗みに入ったりしない。少なくとも、俺だったらそうする。

 

「つーか、頻繁に盗まれるならしっかり防犯対策すればいいじゃないすか」

 

同僚が言う。魚屋は腕を組み、唸る。

 

「それもそうだが、俺も暇じゃねぇんだ。数は少ねぇが、刺身作るためにちょこっと目が離れちまうんだ」

 

「うちには他に働いてる奴はいねぇしなぁ」と魚屋は続けた。

 

「なら、私が見張りましょうか?」

 

俺たち三人が頭を悩ましていると、アズキが小さく手を挙げた。

その行動に、魚屋だけではなく俺まで目を丸くする始末だ。

「いやしかし嬢ちゃん。さすがに知り合ったばっかの奴に迷惑はかけられねぇよ」

 

「なら、その泥棒が盗んだ分の額を稼ぐために、バイトとして雇ってくれませんか?」

 

俺は言葉を失い、魚屋はまたしても腕を組んで唸っている。同僚は展開についてこれてないのか一言も喋っていない。

しばらく魚屋は唸っていたが、アズキが「お願いします」と頭を下げると、「……よし」と頷き……

 

 

 

「なあアズキ」

 

今は帰り道。同僚も魚屋も来た道を引き返し、自宅に帰ったはずだ。

 

「何ですか?」

 

すっかり暗くなってしまった裏路地で、月の光に当てられアズキの笑顔が目に写る。

少々ドキッとしてしまったが、俺は訊ねたかったことをきいた。

 

「何で、見張りを自分から引き受けたんだ?」

 

いや、アズキが優しいのは知っているし、おそらくその優しさからの行動ではないかと推測もしていた。しかし、返ってきた答えは、全く別のものだった。

「……強いて言うなら、臭いです。獣のそれであって人のそれでもある残り香」

 

最初は、意味がわからなかった。臭い?獣のそれで人のそれ?どう言うことだ?

しばらく考え、一つの答えが導き出された。

 

「それってつまり……!」

 

アズキは静かに頷く。

 

「はい。……私以外の、半獣かもしれません」

 

さっきの笑顔はどこへ行ったのか、アズキの表情はやけに真剣……いや、本気で怒っているようだった。

 

「……ですが」

 

「ん?」

 

キレていそうなアズキに何か話しかけるべきか迷っていた俺に向かって、アズキはうって変わって笑顔を見せる。

「あくまで推測です。大切なのは今と現実。約束、覚えてますよね?」

 

はて、約束?約束……あ、夜戦……。

 

「思い出しましたか?では、私は少し準備があるので先に帰りますね」

 

「あ、おい!」

 

俺の制止を聞かずに、走って行ってしまった。

え?何俺卒業すんの?

俺は若干悶々としながら家に帰った。

 

 

 その日、家に帰ってからの事だ。

 

「次は、春斗さんの番ですよ……。好きに動いてみてください」

 

「おう」

 

「ふふ。だんだん慣れてきましたね」

 

俺は指を前後左右に動かし、数度指で叩くように押し込む。

 

「おお、いいですよ。上手です」

 

「ああそうかい」

 

「何ですか。反応薄いですね。わざわざ春斗さんの荷物の山から引っ張りだしたんですよ」

 

俺達は深夜にも関わらず格ゲーをやっていました。

別に期待なんてしてなかったし。悔しくなんかないし。

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