第18話 駆け引きは難しい
“ポーカー”というトランプを使ったカードゲームがある。
配られた五枚のカードを運用し、相手より良い役を作るという比較的シンプルなゲームであるが、これがいかんせん、とても奥が深い。
『自分の役が相手より弱くても勝てる。』
プレイ中の仕草、表情、ブラフ(=ハッタリ)。
それらを駆使することで、相手をビビらせ、敗北に追いやることが出来る。
それがポーカーというゲームの魅力であり、ポーカーが心理戦の代名詞とまで言われる
今、承董は心臓が口より飛び出さんとするばかりに驚いていた。
会いたくない相手、会ってはならない相手が目の前に立っている。
しかも、その男は澄まし顔。見透かしている様で見透かしてない様。
いつもと変わらぬ一国の大将としての尊厳を見せるその男に、承董は酷く怯えた。
が、
彼はそれを表情に一ミリも出さなかった。
“下手すれば死ぬ。”
死神を目の前にしても承董は眉一つ変えずに、ポーカーフェイス(=無表情)をつらぬいた。
(表情を変えぬか・・・読めぬな。)
曹操は彼の心理を探りながら、彼に歩み寄って来た。
是非は無い。
承董は近づく死神に、
「やあ、曹丞相でしたか。いつもご機嫌よく、何よりに存じます。」
と、当たり障りのない返事をした。
「疑問文を疑問文で返さなかったのはよろしいが、答えにはなっておりませぬな。こんな所に何か御用がおありでしたかな?」
曹操のポーカーフェイスが少し崩れた。
野生の獣が獲物に眼を向けるように、曹操は彼の心を睨みつけたのだ。
しかし、これでも承董は動じなかった。
曹操の再度の問いかけに彼は、
「はっ・・・実は・・・天子のお召しに応じて参内しておりました。」
「ほほう・・・天子・・・とな。」
「はっ。長安から都に移られる時の功労を称えられ、この玉帯を賜った次第ににございまする。」
「なにっ? 今頃になってあの時の恩賞を・・・」
「左様でございまする。私自身も驚き、身に余る光栄に、ただただ喜ぶばかりにございまする。」
「ふむ・・・なるほど・・・な。―――承董殿。よければそれを見せてはもらえぬかな?天子からの賜りモノとあらば、至高の一品であろう。是非見てみたい。」
「えっ!?」
「その反応・・・嫌なのか?」
「いえ、そのような事は・・・」
「ならば良かろう。ただちょっと見せてほしいだけだ。私は素晴らしいモノが好きなのでな。人であろうが、モノであろうがな。」
曹操は手を出して迫った。
もちろん、承董の表情を読み取るようにジッと見つめてである。
そして、ここで初めて承董はポーカーフェイスを崩した。
(ここで表情を変えねば、さすがに疑われる。)
無表情が正ではない。ばれないことが正なのだ。
強要されているのに無表情をつらぬくなど、ただの変態である。
彼は「そこまで言われるのであれば・・・」と、しぶしぶと曹操の手に玉帯を捧げた。
「ふむふむ、なるほど。これは良いモノだ。」
曹操は独り笑い興じながら、
「承董殿、これを私に譲って下さらぬか? その代わりに貴公の欲するモノは何でもやろう。」
「とんでもないことです。ほかならぬ
「私の頼みでも嫌なのか? それとも何か? 貴殿と帝の間に、
「そうお疑いになるのであれば、是非もありません。この玉帯を曹丞相に差し上げましょう。」
「いや、冗談だ。」
曹操は急に打消して、
「私はみだりに人の恩賜を奪い取る様な真似はせぬ。・・・私は義理難いのでな。戯れてみたに過ぎん。」
そう言って曹操は、玉帯を返して、宮殿の方へと足早に帰って行ったのであった。
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