第13話 空気を悪くしない

「あらあら見てください奥様。漢王朝が暗く沈んでおりますよ。」


「あらあらホントねぇお隣さん。漢王朝も、もうお終いかしらねぇ。」


「「まぁどうでもいいことね・・・カカカカァーーーッ!!」」


 と鳥たちが、失落した漢王朝をあざ笑うかのように天を羽ばたき鳴き喚いている。


 今日も終日、帝は禁中の玉座に坐り、物思わしく暮らしていた。


 狩場での一件。


 あの日の一件以降、帝は眉重く、食事もろくに喉を通らない憂鬱な日々を過ごしている。

 そんな彼が発する空気の重さは万倍の重力にも匹敵するだろう。

 給仕係の侍女は、夕時の食事をテーブルに並べると、しょくに灯りを点じてそのまま無言で去って行った。

 楽しいはずの食卓が楽しくならない。それはもちろん自身のせい。


『場を悪くしているのは自分である。』


 当然、その自覚が帝にはあった。

 帝は馬鹿では無い。歴代の皇帝たちと比べても特筆して良い点も悪い点もない一般エンペラーである。

 乱世でなければ普通に善政を布き、凡帝として歴史に名を残したであろう。

 しかし、そうはならなかった。いや、なれなかったというのが正しい記し方だ。


曹操孟徳そうそうもうとく


 稀代の英雄たる彼と同年代を生きる事になったことが、帝にとっての最大の不幸であった。


「・・・・・・・」


 「もうかんべんしてくりぃ~~~!!」と思わず叫びたくなるような空気の悪さ。

 幾日もこの空気が続き、ついに我慢できなくなった伏皇后(ふくこうごう)は、彼にそっと問いかけた。


「陛下・・・何をそのように悩まれているのですか?ご気分でも優れませぬか?」


 この愛する妻の優しき言葉に、帝ははらはらと落涙されて、胸の内を打ち明けた。


「考えても見よ。朕が位に就いてから一日たりとも平和な日があったか?」


「逆臣に次ぐ逆臣が出て、董卓とうたくが大乱を起こし、李傕りかく郭汜かくしが変を行い、挙句の果てに曹操だ。」


「曹操の専横せんおう(=好き勝手に振る舞うこと)により、世の政はこの朝廟ちょうびょうではなく、相府に左右される。そして、そんな彼の横暴に皆は恐れ、だれも異を唱えることが出来ぬ。」


「このままでは・・・このままでは・・・このままでは・・・漢王朝は滅びちゃうーーーーッ!あーーーーーッ!滅びちゃうーーーーーッ!朕の代で滅びちゃうーーーーーッ!あーーーーーッ!ふ・ざ・け・る・なーーーーッ!!オイオイオーーーイ!!」


 帝は泣いた。自分のふがいなさに涙された。


 代々続いた四百年の歴史。


 その歴史が自分の代で幕を閉じようとしているという現実に、帝は深く悲しむのであった。

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