第12話 感情に流されない

 波乱の狩りが終わったその夜、劉備はひそかに関羽を呼びつけた。


「何故あのような真似をした? 見られていなかったから良かったものの、もし誰かに見られていたら大変なことになっていたぞ。お前らしくもない。」


 関羽を呼びつけたのは、彼の狩場での振舞いを戒めるためであった。


『王に刃を向ける。』


 この危険性を関羽が理解していないはずが無い。

 それでも王に刃を向けようとしたのは、彼が忠義の士であるからに他ならなかったからであろう。

 面を伏せ、静かに劉備の叱りを聞いていた彼であったが、やがて一言、


「では我が君。我が君はあの曹操の振舞いに何も感じませんでしたか?」


 と、問いを返した。


「そんなことはないが・・・。」


「拙者はむしろ、何故我が君が拙者を制止させたのか疑問であります。―――この許都に来て以降、曹操の力の誇示を目に耳にしない日はございませぬ。」


「・・・・・・・」


「彼は王道を守るつもりなどはなはだ無く、自身の本能に任せて覇道を歩もうとする奸雄です。そして今日、彼はその野心を露骨に表し、帝に代わり、公家百官の万歳を受けようとしました。―――余人よそはともかく、この関羽、彼の思い上がった態度を粛清せんと、刃に手にかけた訳でございまする。」


 関羽の持論を聞いて劉備は、「お前の言うことも一理ある。」と同感を見せた。が、直ぐに自身の持論を述べ返した。


「―――だが、関羽。それは浅慮せんりょというモノだ。一時の気の迷いに流されてしまっている愚かな考えだ。」


「兎を殺すのとはわけが違う。鹿を殺すのとも訳が違う。」


「王を殺す。」


「その代償を払える価値が今の我らにあるか?―――否、断じてない。」


「もし仮に、あの場で私がお前を止めず、彼を殺したとしても、その次の瞬間、彼の配下の者たちの手によって、我らは許田の土と化していたであろう。」


「そうなると、この国は再び大乱だ。」


「そして第二の曹操、第三の曹操、第四、第五と無限ループのように彼の様なモノたちが現れてくる。そうなってしまっては今の曹操を討つ意味が無くなってしまう。」


「張飛ならいざ知らず、お前まで感情的になってしまっては困る。以後は慎め。」


 こうまで諄々じゅんじゅんと説かれると、関羽はこれ以上、返す言葉がなかった。


 しかしその後、主君の部屋を出て、独り星夜の外へ出ると、彼は天を眺めて語った。


「今日、あの奸雄を刺さなかったことは明日へのわざわいになる。」


「―――誓って言える。」


「天下の乱れは、曹操が生きていくほど大きくなるだろう。」

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