第11話 傲慢な態度はとらない

「鹿を射たのは帝ではないッ!この曹操だッ!!」


 ズキューーーンという効果音が聞こえてくるような、月も吹っ飛ばんばかりのこの曹操の傲慢発言に、はっ!と諸人は、皆、色を失ってしまった。


(ワーオ!これはアカンでーーー!!)


 数多くの諸人たちの中でも、特に帝に忠義を尽くしている劉備は思わず叫びたくなった。


『帝の愛弓を奪い、その弓で獲物の命を奪い、この歓声を帝より奪い取った。』


 「とても臣下のするべき行いではない!」と、劉備を筆頭に、帝の幕臣たちは言葉には出さなかったが、内心では激情に燃えていた。

 すると彼の後ろに控えていた関羽が、


(人も無げな曹操の振舞い!帝を侮辱するにもほどがある!!)


 と、怒りに駆られて、無意識に刀の柄に手をかけてしまった。

 瞬間、劉備はスッと彼の前に立ち塞がり、周囲の視線からその振舞いを断ち切った。

 そして目配せをして、関羽の怒りなだめた。



 一方、騒動の元凶たる曹操はというと・・・


「――――誰も異を唱えんか。」


 群衆の視線を一手に受けながら、彼は少し目を細めて呟いた。

 黒い瞳をゆるりと動かし、周囲を確認する。

 一人一人が恐れている。彼の威圧を恐れている。


(逆らう者はなしか。・・・劉備はどうだ?)


 一望した後、曹操は劉備に瞳を動かした。

 彼の瞳が自分に向けられたと見るや、劉備はニコッ!と笑みを浮かべ、その眼を見つめ返して、世辞を言った。


「いや、お見事でした。曹操様の神射の前では、野火太のびた梧留互ごるご十三の射撃力などゴミも同然。この天下に並ぶものはおりますまい。」


 この世辞を聞いた曹操は、「ははははは!!」と、高く打払って、続けざまに、


「お褒めの言葉は光栄だが、私は武人ではあるが、その道を極めた達人ではない。弓矢の技など元来得手としないところだ。」


「私の長所は三軍を手足の如く動かし、世の害悪を打倒すことにある。治にあっては億民の生を安ずるところにある。」


「では、その私が何故これほどまでに見事に鹿を射ることが出来たのか?」


「それは全て帝のお蔭である。帝の御命と、帝より拝借つかまつったこの神弓が私に神の如き力を授けてくれたのだ。」


「これすなわち、天子の洪福こうふくとも言うべきかな?はははははは!!」


 と、その功を天子の威伏に帰しながら、暗に自己の権力も演説したのであった。



 ―――ちなみに、曹操は帝より奪い取った彫弓『金鈚箭きんひせん』を帝には返さず、そのまま持ち帰り、自身の愛弓として使い続けたとされている。

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