第10話 人から奪い取らない

 兎くん。劉備に射殺される。


 以上。


 と、前話のあらすじを述べていると、荊棘けいきょくの中から、不意に、一頭の鹿が踊りだしてきた。


「大物じゃーーーー!大物じゃーーーー!お・お・も・の・じゃーーーーッ!」


 喚声が沸き立つ。

 先程の小さい兎くんに比べれば、鹿くんはビックサイズの超大物。

 この大物を仕留めるのは一体誰か?

 それはもちろん決まっている。


「帝!ガンバ!ガンバッ!」


 周囲の声援に後押しされ、帝は彫弓ちょうきゅう金鈚箭きんひせん』を構え、パッ!と射られた。

 しかし、鹿はその矢をヒョイと避け、元気に逃げ駆けて行く。


「むむむ・・・えいっ!!」


 二度、三度と矢が放たれた。

 しかし、それらは見事に外れ、鹿にかすりもしなかった。


 鹿はピョンピョンと跳ねるように逃げて行き、堤から下へと進んだが、下に構えていた勢子の声に驚いて、また上へと戻ってきた。


「曹操、曹操っ!あの鹿を射止めよ!!」


 帝が急き込んで隣にいた曹操に命じると、彼は「御意。」と軽く返事をした。

 そして次の瞬間、彼はまさかのとんでも行動を起こした。


 帝の御手から彫弓『金鈚箭きんひせん』を力ずくに奪い取ったのだ。


「あっ!?」と驚く帝を尻目に、曹操は爪黄馬そうこうばを走らすと、見る間に弦鳴りを起こして射放った。


 飛んだ矢は鹿の背に深く刺さり、鹿は矢を負ったまましばらく走り、やがてパタリと倒れた。


 あっという間の出来事。


 公卿百官を始め、将校歩卒に至るまで、装飾の施された矢が突き刺さった獲物を見て、いずれも、帝が射止めたと思った。


 異口同音に万歳の声が上がる。


 その声は山野を振るわせ、しばし鳴りやまないでいた。

 そこへ、曹操が馬を飛ばして来て、


「静まれ!その鹿を射たのは私だ!!」


 と、帝の御前に立ちふさがった。

 そして、彫弓『金鈚箭きんひせん』を諸手(=両手)で高々と上げ、群臣の万歳をあたかも自身に受けるかのような態度をとったのであった。

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