まさくん、2

まさくんは謎に包まれている。

36歳独身。現在、彼女はいないらしい。お母さんとはどんな関係なのか詳しく教えて欲しいと頼んだら「元同僚で意気投合して凄く仲良かった。昔は何度もご飯に行ってたね。......その頃はちゃんと付き合っている人いたんだよ?本当だよ?信じてよ!!」

と必死な顔で聞いてないことまで話し始めた。

やっぱり、まさくんは子供っぽい。


ある土曜日の朝、家族みんなでお出かけしようと、お母さんが声をあげた。私は部活が休みで妹のスイミングも休みでタイミングはばっちり。

前々から話していた美味しいスイーツがある隣町の道の駅に行くとなり、私も桜もノリノリだ。

いつもなら「いいねー、どうする?なにする?」と過剰に反応するまさくんだが、この時ばかりは苦い表情を浮かべた。

「うーん、行きたいんだけど。ちょっとお仕事の都合で......」

今もパソコンの前に座り、キーボードを指でたたいている。

「え、そうなの?休日くらい遊べっていってるくせに」

お母さんがちくちくと刺すように返す。

まさくんは気まずそうに頭を掻いているが、手を止めない。

「いやぁ、そうなんだけどね。休みなんか、不定期でね。今日もミーティングに行くんだよ。」

「不定期なのはいつもでしょ。言い訳は聞きたくない。行きたくないんでしょ?」

「そう言われましても...。行きたいけど、今回だけは外せないから、ごめん!」

お母さんはそう答えるのを分かっていたらしく、じゃあ、楽しんでくるねと返していた。

私たちの準備が整い、出かける時、まさくんはビジネスバッグに書類を詰め込んでいた。

「気を付けていってらっしゃい。この埋め合わせはいつかする。」

「休みの日にも仕事大変ね。まさも頑張ってね。」

「まさくんも気をつけて」

「まさちゃんの分も食べてくるー」

そう言って、玄関の戸を閉めた。

「じゃあ、張り切っていこうか」

お母さんはうきうきしている、若草色の軽自動車に乗り込み隣町へ出かけた。


土日に出かけるというのは休みで人がたくさんいるということ。隣町の道の駅はお出かけ中の人たちで混雑していた。

「桜おくれないでついてきてよ。」

「もう、大丈夫!!小学生なんだよ!」

桜は頬を膨らませていた。

「そうね。大きくなったものね。」

お母さんはそろそろ反抗期にはいる妹にそう言った。

道の駅の中は高校生になった私もはぐれてしまいそうになるくらい、人で溢れかえっていて、目的の洋菓子屋にたどり着いた時にはヘトヘトだった。

一番人気のイチゴのタルトは既に売り切れで、2番人気のこんがり焼いたぷるぷるプリンは残り2個だけだった。そのプリン2個とアップルパイを2個購入して、近くの椅子に腰掛けた。

プリンはふたりで食べたらいいよとお母さんは言ってくれた。私は半分くらい食べ、残りはお母さんにあげるというと、いいよ、また今度買いにきたらいいからと断られた。

「ダイエット中だから、たくさんはいらないよ。どれだけ食べても味は一緒だから」

そう伝えると、お母さんは笑顔で「じゃあ貰おうかな」と言って残りのプリンを食べていた。

プリンはトロトロして、甘いカラメルが絡んでいて人気のため売り切れになるのも理解出来た。

桜はお母さんの顔をじっと見ていて、「美味しい?」と聞いていた。

「んー!とっても、ほっぺたが落ちちゃいそうなくらい」

とオーバーリアクションで手を頬に当てている。桜はそれをみて笑顔でよろこんでいる。

「桜のもあげる!」

桜が食べかけのプリンの容器を差し出しているが、ほとんど残っていなかった。それに気がついているけど、容器を受け取って桜の頭を撫で、「ありがとう。桜は優しい子ね。」とお母さんは褒めていた。

桜は満足そうな顔をした後、「おしっこ!」と言ってトイレを探しに席をたった。気をつけてねとお母さんがいうが振り返らず走り去った。

「だいぶ、混んできたね」

「そうね。さっきよりも随分人が増えたわね」

周りを見渡すと家族連れやカップル、老夫婦が歩いている。桜くらいの子供もはしゃいで走り回っている。

「久しぶりに出かけて、ちょっと疲れちゃったな。」

「お母さんはいつも無理しすぎ、もっと楽してもいいんじゃない?」

「うーん。でも、家事はまさがほとんどしてくれるから、甘えたこと言えないよ。」

「確かに、まさくんって働き者だよね。今日は珍しく仕事だっていうし。」

お母さんは大きく伸びをしている。

「まあ、まさにはアップルパイで手を打ってもらおうかな。」

大きな木と木製の小屋がプリントアウトされたビニール袋の中にはアップルパイが2個入っている。まさくんへのお土産用だ。もう1個はその時に3人で別けて食べる用らしい。

しばらく時間が経ち、桜のトイレが遅いことに気付き、迷子になっているのかもしれないとふたりで話した。お母さんはそのまま待機し、私はトイレを探すことになった。

人混みは混雑して歩きにくい。迷子になってしまった可能性が高いように思う。やはり、トイレにたどり着ついても、桜の姿はなかった。

他の場所も探してみるが、なかなか見つからず元の場所に戻ると桜がいた。

それと、まさくんの姿もあった。

「日向遅かったね。桜いたよ。」

お母さんは私が迷子になってたように言う。

「そうみたいだけど、まさくん仕事は?」

「なんとか、巻いて終わらせてきたよ。頑張って良かった。」

そう言いながらアップルパイをつついている。なんとも、美味しそうな顔でほうばっている。

「いやー、私も驚いたよ。日向が探しに行った後、桜がまさに似ている人と手を繋いで帰ってきたから、何事かと思った。」

どうやら、迷子になってしまった桜を仕事が終わり、ここに来たまさくんが見つけてここまでたどり着いたらしい。桜はさっきよりも嬉しそうな顔をしている。

「まあ、みんなでお出かけになれて良かった。頑張った甲斐があったよ。」

まさくんはアップルパイを口に運んでいる。


アップルパイを食べ終えた、まさくんが朝、埋め合わせすると言ったからといい、立ち上がってプリンとパイを買った洋菓子屋にむかった。

戻ってきたその手には道の駅のビニール袋がある。中身はなんと売り切れてたはずのイチゴのタルトが4個入っていた。

私たちは驚いて売り切れてたはずなのにどうやって手に入れたのか尋ねると、一昨日、電話で予約していたとの事だ。

行くって決まったのは今日の朝なのに不思議に思ってると、「みんなの休みがちょうど揃ってたから、たぶん買いに行くんたろうと思って予約しておいた。」と飄々と答えた。


家に帰ってからみんなで揃って、人気のイチゴのタルトを食べた。甘くて、イチゴの香りが鼻から抜けていく、柔らかくてクッキー生地の食感。人気がでて売り切れになるのは当然といった具合の美味しさだった。

それを、当然といった具合に食べてるまさくんをみて、私はこの人には勝てないなあとお思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る