『恐れを知らぬ男』

山本てつを

第1話

 彼は勇者だった。


 彼は恐れを知らぬ男と呼ばれていた。


 彼の初陣は十七の時。剣を一本携え、敵陣へたった一人、切り込んだ。鬼神のごとき戦いぶりは三百二十二の兵を打ち滅ぼした。


 彼は恐れを知らぬ男と呼ばれていた。


 敵の振るう剣で傷つこうとも、ひるむ事無く戦い、多くの敵を撃ち滅ぼした。

 戦の度に戦果をあげ、二十歳を越える頃には多くの名で呼ばれていた。

 戦鬼。鬼神。戦神。勇者……。

 しかし、最も多く呼ばれた名は「恐れを知らぬ男」だった。


 彼は恐れを知らぬ男と呼ばれていた。


 現在、二十三歳となった彼は、野で花を摘んだ。

 その花を携え、彼はこれまでの生涯で、最も大きな勇気を奮わねばならない時をむかえていた。

 目的の家へ到着し、彼はその小さな木製の扉をノックした。

 扉が開き、中から女性が現れる。

 男の顔を見て、彼女は少し驚いた表情を浮かべた。しかし、すぐに安堵の表情へ変わった。

「どうしたの? いったい」ソプラノの声で、彼女は聞いた。


 彼は恐れを知らぬ男と呼ばれていた。

 千の騎兵、万の弓にさえひるみはしなかった。

 しかし、今、男の心は鎧もまとわぬ雑兵となっていた。


 彼は摘んだ花を彼女へ差し向け、方膝をつき、人生で最も大きな勇気を奮った。

 最大の勇気が言葉へと姿を変える。

 その声が僅かに震えていた。

「結婚してほしい」


 彼は恐れを知らぬ男と呼ばれていた。


── END ──

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『恐れを知らぬ男』 山本てつを @KOUKOUKOU

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