タイムマシンができました!

 煤けた白衣に、なお白い肌。ちらりと覗く矮躯が不摂生を雄弁に語る。

 およそ人に向けるものではない笑みをたたえて、彼女は喝采を上げた。

「遂に、遂にできましたご先祖よ!」

 そこは彼女、七種さえぐさ一花いちはなの自宅にて開発行為を主とした部屋――第三研究室。

 機材廃材の混在するスクラップ場同然のそこには、一つだけ形を残している物があった。

「これで一躍、時の人というわけだ!」

 鉄本来の無機質な銀色には、一切の装飾もなく。唯一見て取れる特徴と言えば、空気抵抗を軽減するような流線型のデザインか。

 一見して判別の付かないそれは、有り体に言うところの――そう。

「さあ、早速祝杯といこうか助手!」

 時間遡行機――すなわちタイムマシンであった。

 なお、彼女に助手はいない。


   ・・・


 七種一花は今回の大発明の功労者であると言えるが、しかし彼女にとっての実情は大きく異なる。

 自身、七種一花はあくまで七種の系譜を完遂した一つのパーツでしかなく、この研究の幕を閉じたことに感慨こそ抱けど、そこに自尊心のようなものは一切ない。

 その点で言えば、長年実を結ばなかった当家の独自理論に対する近年の不信感を払拭するべく、一代を賭した考証行為に打って出た彼女の父、七種さえぐさ江青こうせい。彼は娘へと完走間際のバトンをしっかりと繋いだ勇気ある人間だと称えられるべきであるし、また少々遡ってその曾祖父にあたる七種さえぐさ豊蘭ほうらんは、この研究のフォーマットとも呼べる某理論に対して大きな楔を打ち立てた無鉄砲でもある。

 こうして、幾人もの人間が代々身を粉にして得た結果こそが今なのだと、彼女はひしひしと感じている。

「結果が全て……とは何とも功利主義的で結構な言葉だが、この場合においては進化の阻害でしかないな」

 手ずから入れたコーヒーを傾け、のべ三十六時間労働の疲れをほぐす。

 ラストスパートにあまりにも熱が入ってしまったのは否めないが、それを誇らない部分にもまた、彼女の純粋な研究者気質が見て取れる。

 まだ三十にも及ばないうら若き才女がこうも鉄臭い所に独り身というのは、何とも幸の薄い話ではある。だが、そんな野暮を言う人間は助手的人員を含め、今この場にはいない。

 そも、ここ研究室兼自宅の総合施設には、七種一花以外の姿はない。

 配偶者の影もなければ、連れ子、肉親、親戚に至るまで。全てがその痕跡を持たず、ここはさながら知的探究心で満ち満ちた貯水槽だ。

 その孤独は勿論彼女のライフスタイルにも大きく寄与するところがあるのだが、しかして、一から十までそれの所為というわけでもない。

 起源は、七種という一族の系譜に遡る。

 第一に、現代ではタイムマシンの発明自体はそう難しい話ではない。

 況んや、弛まぬ研鑽と日々の勉学は必須条件ではあるが、しかし科学技術的に、実現はそう難しい話ではなかったのだ。

 いつか誰かがやるだろう。そう言っているうちにでも、ニュースの一面に飛び込んでくるだろう。誰しもがそんな期待とも諦念ともとれない感情の最中、しかしその吉報は一向にやってこなかった。

 単純な話、国家政府などの統治機構による弾圧である。

 一国を統治する機関として、いやそもそも人類の一員として、彼らは過去改変の危険性を恐れた。時間遡行という未知の概念を敷いている以上は管理下に置くにもあたわず、一度起動してしまえば監視行為さえままならないそれは、国家の秘密兵器としての役目さえ務まらなかった。

 無論、彼らが総体としての人類の発展を望まないかと言えば嘘になるが――しかし、有史二千数年とそれを天秤に掛けられるほど、彼らは豪胆ではなかったのだ。

 ここで七種一花の言を取るならば、それこそ総体としての人類数十億人に呼び掛けこのタイムマシンの必要性を審議すべきなのだが、今のところその実現の手段はどこにもない。

 さて、そんな境遇の中。潤沢な支援などは望めるはずもなく、こと研究開発においてタイムマシン分野とはまさに鬼門。資金繰りから人員の調達まで個人が手ずから行わねばならない、狂気の学問であった。

 そんな中こうして結実するに至った七種家――その話に移ろう。

 大々的な研究を禁じられているこの分野に彼彼女らが立ち入ったのは、およそ三百六十年は昔のこと。大正浪漫を謳う時分に栄えた七種家は、そこがあと少し後世であったなら財閥と呼ばれていたことだろう。だがしかし、そこから幾世代を経て――――終ぞ、七種の名が財閥として刻まれることはなかった。

 それというのも、第一代の七種さえぐさ心蔵しんぞうは当時既に、来たるべき未来を夢想していたのだ。

 彼の当時の手記には、こう書かれている。

「裕福とはそれ即ち幸福ではないとは、巷説にも聞く常套句だ。富豪になったからといって満たされない物は確実にあるという、いかにも俗物的な浅慮から生まれ出た言説、もとい妬みに過ぎない」

「が、しかし。やはり見聞とは身に染みてこそ初めて質量を持つのだと、私は痛感した。他人事のように思っていた私が実感したのだから、間違いはない」

「裕福とは、それ即ち幸福ではないのだ」

「私が身を賭して、ある時は親の身すら賭して渡り歩いてきたこの人生は、今や富を生み続ける機構にまで昇華した」

「そんな歩みが、酒になり、邸宅になり、また飲み切れないほどの酒になる」

「それは、とても不毛だ」

「今となっては、この財を須臾の快楽に擲つことの愚かしさがありありと感じられる。寄ってくる女などはまさにその象徴のようで、私にはいつしか男色家の噂さえ立っていた」

「それほどに、私は過程と結果の不等号を恐れたのだ」

「なればこそ、私は提案したい」

「私が堅実に生き掴み取ったこの財を、どうか最後の時まで無私の精神で後世に託したいのだ」

「財とは資本である。その後ろ盾は何よりも厚く、またぞろ経済世界の渦中に飛び込まない限りは、その価値は恒久的なものとして機能する」

「私はその礎で構わない。この人生が実を結ぶのも、今でなくとも構わない」

「大企業としてでない、純然たる七種の名を背負って。子孫達には、大成してほしい」

「その地盤たる始祖として私の名が残るのならば、それ以上に名誉なことはない」

「大器晩成」

「我ら七種は、一つの器として。そんな在り方を、私は望んでいる」

「その為に、今から好きでもない女を抱くのだから。生半な結末など勿論許し難い」

「ああ、そうだ。妙案がある」

「時間を戻してみせるといい。かつて米国の作家がそんな話を書いていた」

「となれば、私も晴れて偉業の達成に立ち会えるというわけだ」

「ああ、勿論、斯様な分野は政府による検閲も厳しくなることだろう。公にはできまい」

「ふむ、益々七種に相応しい命題に思えてきた。秘匿のままに受け継がれていく一子相伝の学問。何とも夢のある話だ」

「よし、決まりだ」

「我らが七種の使命は、時間の遡行とする」


   ・・・


然る後、彼は妻を娶った。

 それは世間的には醜女とされる御仁であったそうで、そのことは益々彼の性倒錯説を助長したようだが、一連の手記に目を通した者はそこに、最後まで貫徹されたストイック精神を垣間見る。

 以降、一花の代まで継承されてきた実録は全て直筆によるものだ。それは二代七種打鐘が今日に至る近未来的デバイスによる情報統制、ひいては公的機関によるデータの検閲を予期しての者であり、事実その試みはクラウドサービスの流布した現代においては功を奏していた。

 いまや学校の健康診断一つとってもマインドスキャンによる反乱因子検出課程が導入されている。当然、七種一花はそういったものから逃れる為に義務教育は修めていない。

 それだけでなく、いまや思考などの不可視の情報さえネットバンクに貯蔵できる「マインドクラウド」なるものまで発展しているのだ。故に彼女の残す研究記録は肉眼に収まり、かつなるべく非電子的な媒体に依存し、極力外部との干渉を避けなければならない。

 その為に存在しているのが、この七種機関。初代、七種心蔵の財を擲って築かれた、衣食住学研を完備した総合施設だ。

「なぁに、所詮は義務教育。たかだかその程度の知識、政府による脳内検閲のリスクと秤に掛けるまでもない。時代錯誤ながらも、しばらく筆を執れば済む話だ」

 そうして一通り振り返った後、見慣れた筆跡が目に入る。代々続く伝記の中でも当代、七種一花のページに入ったらしい。

 ここからは彼女が続きを紡ぐ。

『十一代目、七種一花。今時分をもって、大器の成就が成されたことをここに記すものであります』

 達成感の表れでもあるのだろうか。それは酷く流麗な字体で、イメージをそのまま文面に起こす「念写技術」の確立された現代においては、もはや古典の域とも言えた。

 研究の仔細までを記した後、七種一花は功労者として、また一人の学徒として、しみじみと向き直る。

 視線の先は言わずもがな、長年の悲願であったタイムマシンそのものだ。

「いやぁ……しかし、我ながら――否、七種の人間ながら、惚れ惚れするな」

 彼女はここで、敢えて自らの功績だと素直に誇ってもよかった。第三者は勿論のこと、当の七種家先代に至るまで、それを咎める者などいなかっただろうに。

 何せ、七種一花には就学経験もなければ、遺産としての人脈の他を除けば、友人の姿などもない。情報化社会の加速度的発達により、彼女は外部との交流を持てなかったのだ。

 秘奥の隠匿をこそ思えば、その居住まいは仕方のないものだ。それは彼女のある種の不幸を意味したが、同時に、それ以上の広がりを持つことのできない、遺産という残されたリソースをただただ消費していくしかないという、七種家そのもののタイムリミットでもあったのだ。

 そんな佳境の中、一世一代を賭した上に、大願成就にまで導いた七種一花には、それこそ誇りこそすれ、謙遜するべき部分などありはしないのだ。

 そういった諸々を見かねてか、一つの声が掛かった。

「君は七種としてでなく、それ以前に知的生命体としての偉業を成し遂げたのだ。その点は忌憚なく誇るといい」

 唐突な声色に、一花は目を剥いた。

「ジャンク……お前、そんな褒め言葉が言えたのか……?」

 それは研究の過程において、七種一花自身がくみ上げた自立思考式コミュニケーションツール――有り体に言うところの、AIであった。

 勿論、定義上は人工知能になる訳なのだから、自発的な発言くらいするものだろうと思われるかもしれない。だが、こと性能においてこの機体「ジャンク」は、酷く劣っていたのだ。

 そもそもとして、これは七種一花が流通した既製品を用いることによるユーザー情報の流出を恐れて独自開発したものであり、その造形はあまりにも亜流だ。

 綿密なプログラムは存在せず、全ては乱数による算出。勿論処理範囲外の無意味な数値も存在する為、意味を有する言葉を発するのは稀と言っていい。

 学習によるデータ累積とそこからなる経験則によって機能するのが人工知能というものの常だが、およそ七種家の環境下において、そのサンプルはあまりにも欠乏していた。

 何せ、孤高な研究家がぽつねんと佇むだけの空間。採取対象など皆無に等しいというものだ。

 よって学ぶこともなく、改善されることもないこの文字通りの「ジャンク」は、ただ音声を発生させ一花の寂寥感を少しでも緩和する程度の役割しか持てずにいたというわけだ。

 それがここに来て、場に即した意味を持つ、しかも指向性が伴ってこちらに干渉を起こす発言が出たというのだから、それはもう彼女の驚嘆も道理というもの。

「何を驚いているマスター。私は客観的に、素直な賛辞を述べただけに過ぎない」

「いや、いやいやいや! 待ちたまえよ、君! いくら乱数処理による突発的機能が見込まれるとはいえ、少々急過ぎやしないか!? どうしてそこまで流暢なんだ!」

「――なに、時間遡行をその手に手繰り寄せた君のことだ。きっとこちらの分野でも才を遺憾なく発揮したということだろう」

「――んぐっ……」

 畳み掛けられる惜しみない賞賛に、思わず顔が綻んだ。

 ここは彼女としても素直に教授し、鼻を高くしたいとことだ――が。

「……否、それで喉元を通るようなら、私は研究者としてここに居る筈もなかろう。君の存在はやはり、容認し難い」

 先にも言った通り、人工知能とは経験に基づいた合理的判断の集積だ。それは感情という乱数を排した選択機構ということであり、そこを補うようにして作られた「ジャンク」は、なるほど字面を取れば人に近い存在だろう。

 だが、明らかに趣を異にする点は多々ある。

 例えば、感情という乱数の妥当性。

 人の持つそれは「笑うべき時に笑い、怒る時に怒る」といったように、場合ごとの取捨選択がある。乱数といえど一定の範囲に収束するのだ。

 しかしそれをいざ機械に組み込もうとなると、話は別だ。

 その感情という乱数に作用する外部の項。空気感や国民性、生い立ちにその時々の機微など。あまりにも考慮しなければならない物で溢れている。無論、私の入力した規定値にそれほどのカバー域と妥当性学習のメソッドなど内包されているわけもない。

 そう、結局乗り越えねばならない課題は多い。一個人の気まぐれが招くほど、この題材は偶然に愛されてはいない。

 であれば、先ほど彼――「ジャンク」から観測された自発的思考の原因とは……。

「……外部からの直接的干渉、あるいは数値の改竄……?」

「――なるほど」

 ここで少し、空気が変化する。

「ジャンク」の声に、どことない人間味が宿った。

「聡明で結構なことだ。機会にさえ恵まれれば才色兼備の色女として名を馳せたろうに、いやはや実に惜しいよ」

「その声、得心が行きました。言輪さんの差し金でしたか。……ジャンクの姿で私を褒めて、何になるっていうんです? そういうプレイの一環ですか?」

「ほう……どうして私が関与しているかについてはいいのか?」

「ふん、どうせジャンクのパーツ請求の時に、あなた好みの仕込みでもあったんでしょうんね。ほんと、ろくな取引先じゃないですね」

 その皮肉が空を切ることは、一花にとっては先刻承知といえた。

宇山うやま言輪ことわ。先代の七種江青が実を結ばぬ研究に焦りを感じていた時分に、急かされるようにして築かれた人脈の一つだ。いまや七種機関における研究機材などはこの宇山から卸されたものであり、それは一花にとっても頭の上がらない人物だった。

 そんなある日、とうとう開発費が困窮に瀕したことがあった。

 資材を調達する為の資金が底を尽き、最早七種の意志もこれまでかと思われたその日に。宇山言輪は目を付けた。

「そういえば、一花ちゃん……君の肌はとても白いんだね」

 七種一花は、先述の通り聡明だ。その言葉に秘められた意図を過不足なく感じ取っていたのは勿論のこと、自身の外見の価値もまた、同様に過不足なく自負していた。

 故に、彼女はそれを承諾した。

 七種の結実の為。

 学徒としての真理追究の為。

 そうして彼女が人生で初めて築いた他人とのパイプは、尚のこと彼女を社会から隔絶するようなものであったことは、言うまでもない。

「既に女であることなど放棄した私ではありますが、あなたに抱くこの嫌悪感は、そもそも人としての生理現象のように思えます。あなたの醜悪さは男女に分け隔てない不快感を与えてくれますね」

「はん、お前のような水商売が今更何を言う……気狂いの一族に無私の奉仕を施す俺のどこが、人道に悖っているんだ?」

 互いに隠しもしない敵意の応酬は、キリもないと判断してのことか、どちらともなく途切れていった。

「極力、あなたとは関わりたくなかったので連絡を控えていたんですが……しかしまたどうして。一体何のご用件でしょう」

「なぁに、お前が年甲斐もなく寂しいなんて言い出して、自家用AIの開発になんて励むものだからな。こちらとて嗜虐心というものがある、これくらいのお茶目はあっていいというものだろう」

「……」

「しかし、どうだね気分は。わざわざ寝たくもない男と身体を重ねた末に得た機械人形も、結局は俺の傀儡でしかなかった今のこの現状は」

「……言葉もありません」

 普段、一花は精査していた。

 宇山言輪という足元を見る男に限って、仕事は十全にこなすというのも疑わしい話だった。

 故に彼女は彼から提供される資材を逐一、それこそねめつける様に、何か不備はないかと確認してきたのだ。

 ただ、そこで足を引っ張ったのが。七種の大願である。

 本来の研究分野においては比肩するもののない精細さを披露した一花も、こと自身の為の開発となっては、気が緩んだのだろう。その日言輪から届いた部品群に、彼女はきちんと目を通さなかった。

 その結果が今こうして顕在したというわけだ。

「最早あなたは、最低と言い捨てるのも躊躇われます。それを言うこちらまでもが低俗になりかねない」

「もう御託はいい。非力な人間の罵倒など、誰一人の耳にも届かん戯言だ。それより――」

 次の発言までには、少々のタイムラグがあった。

「――七種一花女史。この研究を公表されたくないのならば、一切の成果を、また君自らも我が社へと寄与したまえ。それが今まで世話を焼いてきてやった俺の、些細なお願いだ」

その次の発言までに、タイムラグは存在しなかった。

「お断りします」

「……はあ?」

「ですから、お断りします。お忘れでしょうか。私は今過去を改竄する機会を手にしているんですよ? なればこそ、どうしてあなたの暴虐な要求に従う謂れがありましょう」

「いや、待て! 不可解だ! お前ほどの才媛が、学問狂が、どうしてそこでそんな結論に至る!?」

 ここで初めて、宇山に焦りが生じた。

「分かっているだろう!? 俺の有する施設群や機材を以てその時間遡行行為は初めて成立する! そんなスクラップ場で試みたところで、破綻するに決まっているだろう!」

「いえいえ、これが中々どうして。私は才媛ですので。きっとリハーサルのないスタントアクションも、そのを《、》遺憾、、なく《、、》発揮、、した上でやり遂げることでしょう」

「貴様――っ!」

 にべもなく、一花はタイムマシンの電源を入れた。

 駆動音は酷く歪で、誰を以てしても聴き慣れないであろうその音色は、無論宇山の耳にも届いている。

「いいか、これまでのお前の人生が――否、七種の意志そのものを不意にするのかもしれんのだぞ!? どうなるか分かりもしない博打を、なぜ今ここで打つのかね!」

 「ジャンク」を通して伝わる印象は、とどのつまりガラクタの出力音声だ。激昂は虚しく空回る。

「……言輪さん。私はですね、ずっと悩んでいたことがあるんです」

 機材の調整をしつつ。一花は一人ごちるように漏らした。

「世間知らずで、今の発達した社会を何にも知らない。そんな私が過去を変えてしまいかねないモノを生み出してしまった時にはどうしようかと。それはまるで、政治の知らない大統領のようなものだ」

「……嗚呼、そうだ、そうだとも! やはり君は聡明だ、であれば今すぐ引き返したまえ!」

「……本当は」

 機体が宙に浮き、周囲の空間が視覚を超越する。

「本当は、これが出来上がった暁にには、あなたに引き渡すつもりでもいたんですよ、言輪さん。どうせ私に満足に使える代物でもなし、あなたが言うように十全な環境で発進させるとなれば、実質の支配権が移ることも分かっていました……でもね」

 最早、これは一方的な通達だ。「ジャンク」から聞こえる声は既にその亜空間には届かない。

「こうして私の――学徒としてでなく、七種としてでなく。この才色兼備の一花ちゃんの背中を、溢れんばかりのヘイトで押してくれたあなたに、私は感謝します」

「――――!」

横合いで、次元のひずむ音がした。

「私はこれから、人生で初めて……七種一花として、生きてみようと思います」

 途端、彼女は光になった。


   ・・・


 暗澹たる空間に、一条の流星。

彼女は今、時を遡っていた。

「さて、まずは何をすべきか」

 その旅程に、綿密なスケジュールはない。彼女の独房じみた脳内から算出される結果に従って、指針は定まる。

「初代への成果報告――七種としてはこれ以上ない親孝行になるわけだが――」

 機内は酷く快適で、リクライニングの上に足を伸ばすスペースすら存在する。

「これで、社会勉強をしてみるのも悪くないな。仮にもあの現代に生きたものとして、その成立を見ておくのも責務と言えるかもしれない」

 七種という一族として。

 あるいは、時空の旅人として。

 色んな肩書きの下に、この先の予定が浮かんでくる。

「しかし私はこれから過去に戻るというのに、今は未来を思案している――というわけか。ふふ、ガガーリンよろしく名言の一つでも残せそうなものだな」

 まあ、尤もそれを聞き伝えていく未来に逆らっているのだけれども。

 そう脳内で皮肉を吐いて、彼女は一旦の結論を出した。

「まあ、どうあれ……私がどういった旅程を送るにせよ――到達点は変わらないな」

 決意を新たに。ハンドルを握り締める腕に力が籠る――というのは、自動操縦のこの機体においては起き得ない話だが。

 いずれにせよ、一花は決意した。

「最後はあいつを轢き殺す!」

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