後付けポエムはゴミ箱へ

 体調を崩してからこっち、この天井を仰ぐのも何度目になるだろう。

 些細な風邪だと思っていたら、一向に治る気配が無い。

 それが祝日等の連休と重なって自宅療養が嵩んだのは、幸か不幸か。

 まず、金曜日に学校を休んだのがいけなかった。それだけでも土日と続いて三連休になるっていうのに、今回の月曜日には祝日が入っていることを、完全に忘れていた。

 更には、その後日の火曜日。

 ここはここで、うちの学校の入試開催日が控えていた。

 今は中学生のその子達が、まあそれなりにやってきた成果をぶつけに来るんだろう。

 在校生は勿論のこと休みになるから、うん。

 結果、私は先週の金曜日から現在に掛けて、延べ五連休を謳歌した。


       ・・・


 身をベッドに委ねる傍らで、スマートフォンが鬱陶しく点滅した。

一瞥してみると、ただのTwitterの通知でしかなかった。普段ならそれに反応してフォロワーと楽しく会話でもするんだろうけれど、生憎今はそんな気分じゃない。

 それよりも目に付いたのは、ディスプレイ上に記載された現時刻。

「もうこんな時間か……」

 夜の帳も落ちている。入試なんかもとっくに終わっているだろう。

 これで、明日からまた普通に登校義務が戻ってくる。

 そうして、今日で休みが終わりだと思うと、正直清々とする。

「……あふぅ」

 この閉鎖的な五日間は、私に何を齎したか。

 何も生まず、ただ寝込み、趣味にすら没頭出来なかった。

 何もやってないことが、私を蝕んだ。

 そのことも相俟って、何もやりたくなかった。

 一日の間に出来ることはあった。

 でも、やりたいことはなかった。

 半年前に飽きてから放置していたゲームを、久々にやった。

 最初は楽しかった。

 けれどどうして放置に至ったかの要素を再見することになって、また放り出した。

 そうして虚しくなって、夕方には寝た。

 似たり寄ったりでこの五日。

 何も、何も無かった。

 ずっと籠ってると、ただ辛くなって、ただ虚しくなる。

 病は気から。ごもっともで、為す術が無かった。

 こうしてはいられない、そういう気概も、頭では分かっていた。

 けれどそれも、肉体の倦怠感にあっさりと淘汰された。

 結局、しんどいものはしんどい。

 こうしなさい、ああしなさい。そんな啓蒙も、まともな精神があってこそ成立する。

 適度なガス抜きって大切。そう身に染みた、五日間だった。


       ・・・


 ただ漠然としんどいだけの身体を引き摺って、足を運んだのは最寄りのコンビニ。

 店内の蛍光灯の眩しさが、目に焼き付く。

 店員の事務的な挨拶さえ、新鮮に感じる。

 とりあえず、コーヒーの一、二本でも買うことにした。

 ここまでの怠惰を少しでも活かせたら。そう思って、帰ったら筆を取ると決めていた。

 元々、小説を書くのは好きだったりする。

 けれどそんな好きな事さえ、ろくにやってこれなかった。

 それを嫌になるなんてことはない。

 だって仕方なかったんだから。

 そう思っていても、やっぱりどこか後悔の念は拭えない。

 ……我ながら、散らかってるなあ。

 と、そこで一つ声が掛かった。

「――何かお取りしましょうか?」

 店員の、今度は事務的でない声音。

 不意な呼び掛けだったけれど、今の状況から察しは付いた。

 そういえば、今私はボーッとしてるんだったっけ。

 揚げ物とかの立ち並ぶ、総菜コーナーの前で。

「あー……じゃあ、から揚げお願いします」

「かしこまりましたー」

 コーヒーももう目処はつけていた。

 お気に入りの銘柄の缶コーヒーを二本、冷たい奴を会計場に置く。

 注文を受けたから揚げを袋に包み終えてから、店員のおばちゃんがレジ業務に就いた。

「から揚げ一点、コーヒー二点で、計三百四十円となります」

 そんな風にレジ袋を取り出して包装に掛かろうとしているおばちゃんに、

「あ、すいません。あと肉まんも」

 と、申し訳無さを交えて告げる。

 だって横に堂々とあるんだもの。この配置はずるい。

 しかしまあ、そこは接客業。追加注文にだって、嫌な顔なんて見せやしない。

「ありがとうございますー。お会計変わりまして、四百八十五円になります」

 その言葉につれて、おばちゃんの手が袋からトングへと伸びる。

 その間に勘定の分の硬貨を、財布から台に出しておいた。

「からしお付けしますかー?」

「あ、お願いします」

 特に使うことはないけれど、何故か頼んでしまった。

 ……どうせだし使おっと。

 そうして一通り面倒を掛けてしまった後、おばちゃんが最後に確認を取ってきた。

「暖かいものと、袋はお分けしますか?」

 缶コーヒーを惣菜の温度差を考慮してくれたんだろうけど、流石にこれ以上手間を掛けさせてしまうのも心苦しい……気が、しないでもない。

 とりあえず、ご厚意だけは受け取っておくことにした。

「あ、結構です」

「かしこまりましたー」

 程無くして包装を終えると、おばちゃんは台上に置かれた金銭、丁度の金額を手にした。

「ご、ろく、しち……はい、お会計丁度ですね。ありがとうございましたー」

 受け取ったレシートを財布の小銭入れに捻じ込みつつ、私は明るい店内から身を引いた。


       ・・・


 自室に帰ってきて、パソコンの前に鎮座する。

 何を書こうか。この堕落した日々を落とし込んだ何かが書けたりすると、それが最良なんだけれど……とどのつまり、この五日間は私にとって『ただ単に腐っていた』だけに他ならない。

 何も出来ないのではなく、何もしないのでもなく、ただ何もやろうと思わない。

 そんな自堕落にはドラマ性なんて無いし、大した訓戒も無い。

 こうして終わり際にちょっと足掻いて、末尾だけでも綺麗に取り繕おうとする所作が、尚のこと哀れだと思う。

 この怠け者に何か哲学的な価値でもあったんだろうか。

 きっと、いやほぼ、そんなことはない。

 漫然と過ごしたこの数日を、私は在りのまま受け止めないといけない。

 そこだけは、確かでないといけない。

 何かをやること、或いは何かをやらないことに後から意味を見出すことは何も生まないし、それはそのまま「何もやらなかったから、何も得なかった」と理解していかなければならない。

 そこが折れると、人間はいよいよどうなるんだろう。

 無駄に過ごすことを良しとして、堕ち切った人間。

 それはその時、果たして人と呼ぶに値するのか……。

「……よし、ここら辺でいいかな」

 大体のテーマが頭の中でまとまったので、さっきの夜食を漁ろうと、袋に手を伸ばした。

 それの拉げる音がガサガサと立って、夜の自室に響く。

 そうして、から揚げの包装紙を取り出した辺りで、一つ気付いた。

「……あ」

 その光景から、さっきおばちゃんが断りを入れてくれたことを、ふと思い出した。


 ――暖かいものと、袋はお分けしますか?


 何気無い言葉、けれどその時は良心の呵責紛いの情動から、少し気に留めた言葉。

 やるせない日々の中から生まれた、些細な気遣い。

 だからこそ、今気付けたんだろう。

 缶コーヒーと惣菜の間に、一枚のチラシが挟んであったことに。

「……ふふっ」

 見たところ、今の時期に合わせた広告で、それは恵方巻の販促の記事だった。

 きっと、どの顧客にも配っているんだろう。

 ……こんな紙切れ一枚、熱なんてすぐに伝わる。

 現に取り出してみれば、それは接していた肉まんで十分にあっためられていた。

 けれど、コンビニなんて所詮近場だ。

 これでも十分、役には立っていた。

「――よしっ!」

 手にした包装紙から伝わる、揚げ物の熱。

「書くかっ!」

 さっきのチラシが帯びていた、軽い伝導熱。

 何だか、名残惜しくて。

 少しの間を置いてから、冷たいコーヒーの缶を手に取った。

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