最終話


 忌わしい都カスタリスの悪夢の夜を逃れ、ニレの手をひいて魔物除の香を焚きつつ、隣り合うアストリアとの国境を山越えする。

 俺はもはや名を捨てた、もとより家は捨てている。愚かで驕慢な一族がいかなる末路をたどろうとどうでもいいことだ。


 おそらく、あの灰色の眼をした侍女が第三王女ネフィーリアだったのではなかろうか。彼女が何故、俺達をたすけてくれたのかは分からない。魔道王国ミンダスの淫逆な王家の血を最も濃くひく幼い姫が、俺には狂王レーゼよりもさらにおぞましく恐ろしく思えた。おのれの異母姉妹を拷問にかけ責め苛んで殺したときの陶然とした淫らな笑みを忘れることが出来ない。

 彼女は秘術によってニレを癒した。俺を救おうとし彼奴らにもてあそばれ穢された体はいま、日に焼けたことなどないかのように白い肌で少女のように清らかだった。骨が歪んでいた足さえ矯正されている。だが、心は壊れたままだった。

 その瞳は綺麗な水面みなもが空の鳥を映すように、俺の姿をそこに映すだけでなんの反応もみられない。喉の疵痕きずあとのせいでしゃがれた酷いなまりが今一度、聞けたらとどんなに願ったことか。


 やがて彼方に黎明が訪れ、見渡すと眼下に広大な平原が広がる。うねりながら続く道の遙か遠くに小さな町がみえた。

 いまはただ信じよう、いつかニレの心が戻って来ると。その股ぐらの穴みたいにしまりない笑顔を俺に向けてくれることを微かな希望のように――――。

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