第28話 孤児院


 シルヴィアが、次の行動に移ろうしていた頃。

 冒険者ギルドへと到着したカイト達。今日の分の宿泊費を稼ぐ為、そしてフェリスの特訓の為。自分の生活が掛かっているので、普段気怠げな彼も一応はやる気を見せていた。

 そう、見せていたのだが。


「はぁ? 討伐系の依頼が0?」


 ギルドの受付嬢に告げられた事実に、眉根を寄せる。


「マジで一個もないのかよ? ゴブリン討伐とかはほぼ毎日貼られてるじゃねぇか。アイツ等一匹見付けたら30匹はいるんだし、0なんて有り得ねぇだろ」

「ゴ〇ブリと一緒にしないでくださいよ、寒気がしてきますから……。まぁ、そこは運がなかったとしか言い様がありませんね。今朝方、簡単な討伐系の依頼は全て受注されてしまいましたから」


 そこは仕方ないと言えるだろう。

 キスク村の例からも分かるように、小型魔獣はほぼ無尽蔵に現れる。彼がいったゴキ〇リという表現も、あながち間違いではない。

 そうなると報酬は安くとも、討伐の依頼は常に貼り出されている。そして、連中は大抵の冒険者には脅威とは成り得ない為、小遣い稼ぎには丁度良いのだ。今回は、それに縋った文無し冒険者が多かったという事だろうか。まさに、運がないとしか言い様がない。


「チッ……! 合法的にアイツをボコろうと思ってたのに……」

「聞こえてますよー?」


 訓練も兼ねての、面倒を背負う羽目になった事への憂さ晴らし。

 本気か冗談か分からないその発言に、フェリスはただジト目で睨むのだった。


「ンで、一応聞くけど何が残ってんの? 大体予想は出来るけど」

「お察しの通り、雑用系の依頼ばかりです。報酬が低いのに重労働なので、誰も受けたがらないんですよ」

「だろうな」

「けど、背に腹は代えられませんね」

「はぁ……分かってるよ」


 出来ない訳ではないが、傭兵という生粋の戦闘職に雑用は辛い。

 敵の殲滅掃除は得意でも、家事としての掃除は苦手なのだ。


「ンじゃ、その中でも報酬が高いやつを受けるわ」

「それだと、こちらの『孤児院のお手伝い』ですね。何でも、若い人が風邪で休んだらしく、人手が欲しいそうです」

「うげ。ガキの世話かよ……」

「何でそんなに暗そうなんですか? 子供達のお世話なんて楽しそうですよ、きっと!」


 フェリスはハーフエルフ。その特性故に、30年以上生きてきた。その間に多くの人々と出会いもしたが、その中でも子供が好きだ。長寿なので同じ時間を生きる事は出来ないが、その分彼等の成長を見守る事がフェリスの楽しみの一つとなっている。

 なので、こういった依頼は大歓迎な訳だが、一方のカイトは違うらしい。疑問符を浮かべていると、彼は若干苛立った様子で、


「あのな……少しは考えて言えよ。こんなローブ姿の男がガキの世話なんて、犯罪者臭しかしねぇだろうが」

「い、言われてみれば……」

「ってな訳で、俺はパス。傭兵ギルドで依頼受けてくるわ」

「仕方ないですね」


 思わず頷いてしまったが、それも仕方ないだろう。

 初めて出会った時も思ったが、彼の風貌はまさに不審者のそれ。そんな彼が子供達と戯れる姿など、傍から見れば危ない絵面にしか見えない。

 まだ完全に地理を把握出来ていない土地で一人になるのは少し不安だが、今回は別行動をとるとしよう。


「あのー、出来ればそちらの男性も一緒に受けてくれると有り難いのですが……」

「カイトさんも、ですか?」


 そう思っていたのだが、意外な人物がそれに待ったをかけた。ギルドの受付嬢である。

 予想外の言葉に、2人は揃って首を傾げる。 


「はい。実はその孤児院の周辺で、魔獣の影を見たとの目撃情報が挙がっているんです」

「影ね……。大きさとかは分かるか?」

「中型ほどはあったと」


 ふむ……、とカイトは顎に手を当てて考え込む。

 魔獣の危険度は身体の大きさに比例しないので断言は出来ないが、大抵の中型はEからCの階級に振り分けられる。

 それがここまで人里に近くに現れているのは、かなり危険だ。


「仮にE級であれば、F級でも倒せない訳ではありません。ですが、フェリスさんは昨日登録したばかりですし、仮にもっと凶悪な魔獣だった場合は手に負えないでしょう。熟練者が一人付いていてくれると有り難いのですが……」

「……ちなみに、そいつを倒したら報酬出んの?」

「はい。働きに見合った分の報酬は、追加でお支払いします」


 貴族の暴虐は、抗おうともしない人々にも問題があるとし、その場合カイトは特に手出しはしない。

 だが、魔獣の被害となると話は別。天災に苦しむ人々を見捨てるような真似をするほど、流石のカイトも外道ではない。もっとも、こちらの命を懸けるので、貰えるものはちゃんと貰う訳だが。


「分かった、俺も孤児院に行く。今日も薄汚い傭兵には似合わねぇ、子守りに精を出すとしますか」

「うん、確かに似合いませんね」

「……他人に言われると無性に腹立つな」


 何はともあれ。今日一日はこの依頼に費やす事が決定した。子供は苦手だが、報酬さえ払ってもらえるなら問題ない。

 受付嬢から地図を受け取り、昨日同様にお祭り騒ぎの街中を歩いていく。道中、子供達の心を掴む為に、適当な玩具やお菓子などを買う事も忘れない。

 そして、地図を頼りに歩くこと30分程度。2人は中心部から少し離れた丘に辿り着いた。


「地図だと此処みたいだな」

「でも、此処って……」


 フェリスの目の前に建っていたのは、教会だった。

 場所が場所なので、街に入った瞬間から、それ自体は見る事が出来た。だが、此処が孤児院とはどういう事か。

 単に自分が孤児院と思っていだけで、実際は教会だったのか。そんな彼女の疑問に、カイトが丁寧に説明を入れる。


「別に不思議な事じゃねぇ。教会は神を信仰する連中が集まる所。そして、孤児迷える子羊に手を差し伸べるのが連中の役目だ」

「そういえばカイトさんも孤児でしたっけ。じゃあ、カイトさんも昔は教会で生活してたんですか?」

「ンな幸せな環境で生きてた奴が、今大罪人なんて呼ばれてると思うか? 物心付いた時には路地裏生活だよ」

「す、すいません……。気軽に聞く事じゃありませんでしたね」


 一部の貴族によって暴虐が行われる現在、誰もが幸福になれる訳ではない。此処の孤児やカイトのように、親に捨てられた者もいる。

 その中でも、衣食住が揃う前者は幸せな方だろう。だが、ここでも優劣はつけられる。日々争いが絶えないような地域に捨てられた者は、自らの手で精を勝ち取るしかない。カイトはまさにそれだった。

 自分よりも遥かに年下にも拘わらず、自分よりも地獄を見てきたであろうカイト。不躾な質問をしてしまった事を悔いるフェリスだが、それを察した彼はかぶりを振った。


「別に。もうとっくに終わった事をいつまでも気にするような人間じゃねぇよ、俺は」

「そ、そう言ってもらえると有り難いですね。罪悪感は拭いきれませんけど……」

「……に関しちゃ別だけどな」

「? あれって……?」

「ほら、さっさと依頼主に挨拶するぞ」


 一瞬妙な単語が聞こえたが、それについて教える気はないらしい。

 すたすたとフェリスを置いて先に進んでいくと、教会の扉をノックした。


「ちわーす、三〇屋でーす!」

「違うでしょ!? あの、ギルドで依頼を受けた者なんですけど!」


 何処かで聞いたような台詞にツッコミを入れていると、パタパタと扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 やがて、数分も経たずにそれを止み、扉が開かれた。


「まぁまぁ! 待ってましまたよ!」


 そう言って2人を迎えてくれたのは、眼鏡を掛けた年配のシスターだ。

 顔一杯に笑いを広げている様子から、2人を心から歓迎しているのが分かる。


「私はこの教会でシスターをしているバルバラと申します。今日一日よろしくお願い致します」

「フェリスです。こちらこそよろしくお願いします」

「カイトだ。こいつの付き添いだから、まぁ適当によろしく」

「そこは普通に挨拶しましょうよ!」


 フェリスは普通だったが、カイトのは何処までも捻くれている彼らしい挨拶だ。

 そんな様子を、バルバラは微笑ましく眺めていた。


「ふふっ、嬉しいわぁ。まさかこんな可愛らしい子達が来てくれるなんて」

「可愛らしい……?」

「おいコラ。『何処が?』って目でこっちを見るんじゃねぇ」


 格好や容姿の事もあって自覚はしているが、やはり他人に指摘されると悲しくなる。


「話は聞いていると思いますが、今日は若いシスターが風邪で休んでいまして。私も歳が歳ですから、少し人手が欲しかったのです」

「任せてください。村でもよく子供達の相手をしてましたから、こういうのは得意ですよ」

「まぁ、精神年齢も近いしな」

「どういう意味ですか、それ!?」


 実際には30代以上にも拘わらず、彼女の精神年齢はカイトと変わらないか、それよりも幼く思える。

 もっとも、そこまで言うとまたうるさくなりそうなので、敢えて言葉にはしないが。

 そんなやり取りをしていると、早速バルバラから仕事を言い渡された。


「それと早速で悪いのだけど、これから私は街の寄り合いに出ないといけないの。少し留守にしますが、その間の事はお願いします」

「分かりました。子供達の事は、ちゃんと私が見ていますよ」

「ありがとうございます」


 それでは……、と2人から視線を外すと、バルバラは奥にある扉の方を向いた。


「皆、入ってきていいですよ!」


 彼女の言葉が号令となった。突如、バン! と勢いよくその扉が開かれる。

 同時に、わぁあああぁぁあああああッ!! という大音量と共に、大勢の子共達が突撃してきた。

 久しぶりの客人が珍しいらしい。皆一様に、2人の服を引っ張るなど、興味津々だ。


「綺麗なお姉さんだー!」

「お人形さんみたい!」

「こっちのお兄ちゃんは真っ黒だー!」

「怪しいー!」

「不審者だ、不審者!」

「え、えへへっ。綺麗なお姉さんって、照れますね……!」

「ガキにも不審者扱いされる俺って……」


 評価は様々だが、どうやら好評なようだ。

 カイトとしては相変わらずの不審者扱いで、心から喜べはしないが。


「ふふっ。皆さん、すっかり仲良くなったみたいですね。では、そろそろ時間なので私は生きますが、よろしくお願いしますね」


 瞬く間に良好な関係を築いたようで、バルバラも安堵の笑みをこぼす。彼女は安心した様子で彼女は丘を下り、街へと向かった。

 後に残されたのは、好奇心旺盛な子供数十人と、子供好きの魔術師の少女、そして子供嫌いの大罪人だ。

 彼等は一度外に出ると改めて自己紹介をする。その後は質問タイムとなったのだが、次から次に手が上がり、その対応だけでも手一杯だ。


「ねぇねぇ、名前は何て言うのー?」

「お姉さん達は恋人なのー?」

「初体験はいつー?」

「あー、うるせーうるせー。だからガキは嫌いなんだよ」

「元気があっていいじゃないですか。ませた子もいるみたいですけど……」


 一部、教育上よろしくない発言をした子供がいたので、シスターの代わりに鉄拳制裁を加えた。

 それに怯えてカイトの方に寄り付く子供が大幅に減ったが、寂しくはない。……ないったらない。


「それで、最初に何をしたらいいんでしょう?」

「普通に遊べばいいだろうが。ンで、疲れてきたら眠らせる。腹が減ったなら何か食わせてやる。楽なお仕事じゃねぇか」

「口で言うのとやるのは違うんですよ? まぁ、実際はそうするしかない訳ですけどね」


 遊ぶと一言で言っても、長年付き合ってきた村の子供とは違い、彼等は今日が初対面だ。気を許しているように見えて、まだ此方の様子を窺っている部分もあるだろう。

 そういった不安を取り除く事も考えた上で交流する必要がある為、意外と大変なのだ。


「それじゃ。最初は親睦を深めるところから始めるとしますか」

「おー頑張れ頑張れ。俺はインセプションからガキ共の安全を確保しといてやるよ」

「って、それただのサボりじゃないですか!?」

「いいだろ、別に。そもそも俺は魔獣退治に駆り出されたんだ。誰が好き好んでションベン臭いガキの相手なんてするか」


 唯我独尊に子供嫌い。この2つが合わさっては、カイトに手伝う気がない事は明白。

 短い付き合いとはいえ、その辺の事も分かってきたので、フェリスももはや止める気は失せた。


「はぁ……分かりましたよ。じゃあ、私一人で子供達と遊んできます。後で交ざりたくなっても知りませんからね?」

「なるか、馬鹿が」


 最後にそれだけ言うと、ふぁ……と欠伸をしながら彼は教会の方に戻っていく。

 そして向かった先にあった階段に腰掛け、柵に寄り掛かると目をつむった。例の睡眠障害があるので眠りはしないだろうが、我関せずを決め込むようだ。

 やれやれ、とその姿に呆れつつ、フェリスは子供達の方へと向き直った。


「はぁーい、それじゃ皆! 今からお姉さんと一緒に遊びましょう! 皆は何をして遊びたいですかー?」

「かくれんぼ!」

「鬼ごっこ!」

「オママゴト!」

「お、お医者さんごっこ……はぁ、はぁ!」

「元気いっぱいですねー。何か一部不安な子がいますけど……」


 不安なものも含め、わいわい! と楽しげな声と共に次々と声が上がる。

 だが、当然全て選ぶなど出来ないので、ここは定番の多数決で決める事にした。そして、数ある選択肢の中から見事に選ばれたのは、


「それじゃあ多数決で、鬼ごっこに決定ですね! じゃあ、今からお姉さんが30数えますから、その間に逃げてくださいね!」


 はぁーい! とフェリスの宣言を聞いた子供達は、一斉に散らばっていく。魔獣の目撃情報がある中で動き回るのは危険にも思えるが、そこは彼女の責任なので放っておく。

 だが、いざこうして一人になると暇なものだ。良くも悪くも戦いに全てを捧げてきた彼にとって、言い方は悪いが、平穏はある種の退屈に等しい。もっとも、それで闘争を求めるような戦闘狂ではないが。

 本でも持って来れば良かったな、と一人ごちる。そこへ、何人かの子供が駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ、不審者の兄ちゃんは遊ばないの?」

「不審者言うな。せめて真っ黒なお兄ちゃんとかにしろ。あと、めんどいからパスだ」

「えー、遊んでよー」

「やだ、だるい、めんどい」


 この上なく最低な三拍子に、『ちぇー、つまんなーい』と子供は文句を言う。

 だが、それでも彼から離れようとはしない。何か、彼等の気を引く要素でもあるのだろうか。

 どちらにしろ、カイトにとっては鬱陶しい以外の何ものでもない。


(手っ取り早く、且つしこりなくコイツ等を退ける方法は……)


 そう考えたカイトの目に、数字を数えるフェリスの姿が飛び込んできた。

 同時に、ニヤリ……! とその口角が吊り上がる。


「おい、ガキ共。ちょっと集合」

「なぁに? 真っ黒なお兄ちゃん」

「お前等。鬼ごっこの必勝法、知りたくねぇか?」

「そんなのあるの!?」

「知りたい知りたい!」

「それはな―――」


 彼等の会話は時間にして10秒にも満たないもの。だが、伝えられた内容はとても面白く、子供達の興味を引くには十分な者だった。

 そうこうしている内に、逃げる為に与えられた時間が尽きた訳だが、


「……28~、29~、30! よし、じゃあ行きま―――」

「かかれ!」

『おぉー!!』

「え、ちょッ!? 何これ、何これー!?」


 数え終わった直後、逃げたと思っていた子供達が一斉に飛び掛かってきた。

 全く予想していなかった事態に、フェリスは混乱するしかない。

 そんな彼女の耳に、まるで教師のように残った子供達に指導をする罪人カイトの声が聞こえてきた。


「これが鬼ごっこの必勝法、鬼退治だ。いいか、鬼が相手だろうと逃げる理由にはならねぇんだ。よく覚えとけ」

『はい、先生!』

「いい感じに纏めてるところすいませんけど、助けてー!!」


 やはり彼の仕業だったか。

 ちゃっかり子供達の心を掴んだ事には感心するが、それよりも先にフェリスは必死に救助を望むのだった。

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