第21話 クロケット


 クロケット。

 ここは商人や農家、冒険者などの様々な職業の人間が集う都市。

 そして、異なるのは職業だけではない。此処から約5日ほど歩けば、ラザレア公国に入る為、人間と友好な関係を関係を築こうとするエルフ達や他種族も出入りしている。

 都市全体を円形に囲む城壁の周辺には度々魔獣が出るが、騎士か冒険者によって駆逐される為、基本的に平和。気温の変化も緩やかなので、人や他種族には中々住みやすい土地だ。

 そのような街である為、人々の往来は激しく、


「ふぁ……あぁ~、長ぇなぁ」


 盛大に欠伸をする少年傭兵―――カイト・クラティアもまた、門前に出来た行列に並んでいた。


「ったく、こんな爽やかな朝なのに暑苦しいったらねぇよ。そこらの原っぱでゲートボールでもやってろ、暇人共が」

「あの、私達もその暑苦しい集団に含まれてるって事、忘れてませんか? ブーメランですよ、それ。思いっ切り自分の方に戻ってきてますよ」


 どんよりとした空気を醸し出すカイトを諌めるのは、フェリス・ルスキニア。

 先日から彼と行動を共にしているハーフエルフの少女だ。

 もっとも、こうして大人しくするよう言った訳だが、かれこれ1時間以上並んでいる為、確かに彼が愚痴を零す気持ちも分かる。


「しょうがないですよ。このクロケットは帝都直通の大動脈セントラルロードの始まりの街。色んな人が集まって当然なんですから」

「それにしたって、たかだか門通るのにどんだけ時間掛かってんだか……。なぁフェリス、ちょっと爆発しろよ」

「何か面白い事しろよみたいなノリで言わないでください!」


 こうして言葉を交わしている分には、どちらも年相応の少年少女に見える。実際、同じ行列に並んでいる老夫婦からは、温かい視線を向けられるほどだ。

 そんな彼等が、否。正確には彼―――カイトが、『黒切』と呼ばれる国に仇名す大罪人だと、誰が思うだろうか。


「にしても、最初に此処に来た時ですら、こんなには並んでなかったぞ。何かあったのか?」

「何かって……?」

「次の方、どうぞ」


 この行列から、何か普段とは違う空気を読み取ったらしいカイト。

 それが一体何なのかフェリスは問おうとしたが、ようやく彼等に門前で行われる審査の順番が回ってきた。

 後ろにはまだまだ大勢の人々が待っている為、2人は一端会話を切り上げて門番の前に向かった。


「大変お待たせしました。では、こちらの書類にお名前を記入して下さい。それと、身分が分かる物があればご提示をお願いします」

「はいよ。フェリス、先に書いててくれ。ちょっとギルドカードが袋の下の方にいっちまったから、お前が書いてる間に探すわ」

「あ、はい」


 荷物袋を下ろしてカイトは中身を漁り始めたのを見て、フェリスも早々に書類にサインをする。

 そちらの方を見ていた為、門番は気付かなかった。彼等に背を向けるカイトが、ニヤリと口角を吊り上げたのを。


「あー、あったあった。ほい、俺のギルドカード」


 そして丁度フェリスが書き終えた時、目当ての物を見付けた。

 掌ほどの大きさのカードを門番に渡すと、相手がそれを確認している間に、カイトも名前を記入する。


「確認しました。ところで、フェリス・ルスキニアさんはギルドカードをお持ちでは?」

「えっと……実は、仕事先で魔獣の攻撃を受けた時に、割れてしまって……」

「それはお気の毒に。この大通りを真っ直ぐ行って、最初の十字路を左に行くと冒険者ギルドがありますので、そこで再発行してください」

「はい、ありがとうございます」


 キスク村の衛兵とは違う、門番の親切な対応。通行税を払った後、フェリスは笑顔でお礼を言うが、少々心苦しい。

 いくら必要だったとは言え、相手を騙しているのだから。


「な、何とかバレませんでしたね」

「中々良い演技してたぜ。どっかの劇団にでも入ればいいんじゃねぇの?」

「そ、そんなにですか? ち、ちょっと考えてみようかな……?」

(純粋……ってか、単純な奴)


 あっさりと乗せられたフェリスに呆れるカイトだが、ここまで順調に事を運べている。

 そう、彼がギルドカードを探すといった事も含め、先程の話の内容は全て嘘。ここに来る直前で、フェリスと打ち合わせていたものである。

 ギルド登録していないので、彼女がギルドカードを持っていないのは当然。だが、帝国側は既に『黒切カイト』が一人の少女を誘拐した件を知っている為、傭兵と一般人の組み合わせは少々不自然だ。そこでギルドカードを紛失したと言って門番を騙す必要があった訳だが、かと言って自分から申告したのでは、まるでギルドカードを所持していない事を強調しているようで不自然さを与えてしまう。

 そこで、後から来た人は出したのに、前の人はどうしたのだろうかと門番に疑念を抱かせる事で、相手の方から質問してくるように仕向けたのだ。


「まぁ、お前がどんな職業に就くかは置いといて、まずは先立つものがいるな。取り敢えず傭兵ギルドで報酬を受け取って、お前のギルドカードを発行するのはその後だな」

「あれ? それは嘘じゃなかったんですか?」

「お前なぁ……。ここで三ヶ月以上暮らす事になるんだぞ? 連れてきた責任があるし、俺も多少の援助はするけど、精々出せるのは今日明日の食費と宿泊費が関の山。後は自分で稼ぐ事になる訳だ。なら、依頼をこなせば即金で金が貰えるし、また村で問題が起きた時の為にギルド登録しといて損はないって話だよ」

「な、なるほど。意外と考えてるんですね」

「意外とは余計だ、意外とは」


 失礼な発言に返答しつつ進んでいくと、2人は大通りに出る。

 その直後、フェリスは歓喜の声を上げた。


「す、凄い……! 人がこんなに……それにあんな大きな建物、始めて見ました……!」


 行き交う大勢の人々。自分よりも、村の家よりも大きい建物の数々。その中でも

 そこで見た光景は、村から出た事がなかったフェリスにとって、どれも初めて見るものばかり。新鮮さと同時に、世界の広さを実感した。


「何だ、街に来たのは初めてか?」

「ずっと村の中で過ごしてましたから。種族の事もあって、あまり人前に出る訳にもいかなかったので」

「なるほど」


 確かに、ハーフエルフは人間にもエルフにも忌み嫌われる存在だ。村の人間は認めてくれたが、世界中の人間が同じ対応をする訳がない。認めてくれた人の数だけ、それに反対する人間がいると考えるのが妥当だ。

 であれば、余計な諍いを避ける為に、人前に出ないというのは賢い選択と言える。戦場では後ろ指を指される行為ではあるが、生き残る為なら時に逃避も必要である。


「まぁ、そうやって分かってるなら心配ないと思うけど、その帽子は絶対に落とすなよ。面倒事になるからな」


 ハーフエルフ特有の長い耳は、彼女の頭の上に乗せられたベレー帽によって上手く隠されている。

 だが、所詮は帽子。突風でも吹けば容易く吹き飛んでしまうので、はっきり言って不安だ。

 カイトと同様にフード付きの外套ローブを羽織る事も提案したが、可愛ないという事と、帽子が母親のジーナから貰った大切なものという事で却下された。


「あはは! そんな簡単に落とす訳ないじゃないですか!」

「魔獣に襲われて落とした上、指摘されるまで気付かなかったやつに言われても説得力ねぇよ」

「大丈夫ですよ! もう、カイトさんたら心配性なんですから……わっと」

「フラグ建てたと思ったら即回収しやがったな! 言ったそばから転びそうになってるじゃねぇか!」


 帽子は手で押さえていたので落とす事はなかったが、やはり不安だ。

 この先、約三ヶ月の期間、本当に何事もなく過ごしていけるのだろうか。


「ったく、お前の大丈夫は信用出来ねぇよ……。ほら」

「うわっ」


 ぐいっと、転びそうになったフェリスの手を取る。

 そのままやや強引ではあるが、カイトは人混みの中を彼女を引っ張って歩き始めた。


「しっかり掴めよ。探すの面倒臭ぇから」

「は、はい!」


 エスコート、と呼ぶには程遠い乱暴な足取りだが、それにフェリスは大人しく付き従った。


(ほ、細身なのに、凄い力……!)


 人混みの中にも拘わらず、人を悠々と引っ張れるだけの力。

 これまでの彼の戦闘を見ていても思ったが、身体の線は細くとも、よく鍛えられている事が分かる。


(それに、温かい……)


 ほとんど他人に興味を持たず、冷血漢とも言えるカイト。

 だが、掌に伝わってくる体温からは、そんな人物には思えない。ともすれば、これが彼の内側にある、理想を成さんとする熱量の一端なのだろうか。

 予想とは違った感触に、マジマジと繋がった手を見つめるフェリス。すると、唐突にカイトが握る力を弱めた。


「……悪りぃ。こんな血に染まった手で触られるのは嫌だったよな」

「え……あ!?」


 何を言っているのかと思ったが、直ぐに察した。

 今までカイトは、その手で暴虐を振るい、数多の骸の山を築いてきた。とても一般人の綺麗な手には程遠い。

 恐らく、フェリスがじっと見ている事から忌避感を抱いていると勘違いしたのだろう。


「もう大丈夫だろ? さっさと放―――」

「そ、そんな事ありませんよ! ちょっと驚いただけです! ほら、早く行きましょうよ!」

「え? あ、あぁ」


 力強い彼女の言葉に気圧され、今度は逆にカイトが手を引かれる事となった。もっとも、フェリスは人波に流されてしまい、直ぐに彼の方が前に出る事になったが。

 するとフェリスは、ここまでのやり取りである事が気になった。


「あの、ところでカイトさんは大丈夫なんですか? 今更ですけど、こんな堂々と人前を歩いたりして……」


 カイトは大罪人だ。当然、手配書も出回っているはず。

 にも拘らず、彼はギルドに登録している上、こうして往来を自由に出歩いている。世界中の人間を敵に回しているはずなのに、何故白昼堂々動き回っても、誰も声を上げたりしないのだろうか。


「ご心配ドーモアリガトウ。けど、100%とは言い切れないけど、俺の方は大丈夫だ」

「何で言い切れるんですか?」

「まず、一つ目の理由にこの格好。周り、よく見てみな」


 そう言われてフェリスは、周囲に視線を巡らせる。最初は一体何が言いたいのか分からなかったが、ふとその目があるものを捉えた。

 大勢の人々で溢れた大通りの端、そこに身を隠すように歩くフードを目深に被ったローブ姿の人影が見えた。

 そして最初の一人が分かれば、後は簡単なもの。目を凝らして見ると、次々と同じような恰好の人物を見付ける事が出来た。


「何だか、カイトさんと似た様な格好の人が多いですね」

「ありゃ獣人だよ。本国にいるのに比べると弱い部類に入る、な」


 獣人と聞いて、フェリスは思わず先程彼等を見た方向を二度見してしまう。

 彼等は文字通り、人と他の動物の特徴を合わせ持つ存在。魔力操作に関しては人間とほぼ同程度の力だが、代わりに並外れた腕力が特徴だ。エリアス連邦の国家元首も立候補者達によるトーナメント戦で行われるというのだから、その脳筋ぶりがよく分かる。

 だが、そんな彼等だからこそ、今のように人目に付かないように歩いている姿はとても意外に思えた。


「同盟なんて結ばれちゃいるが、所詮は名前だけ。お互いに鎌の掛け合い探り合いで、他の国より優位に立つ事しか考えちゃいない。そんないつ戦争が起こるかも分からない一触即発の状況下じゃ、力の弱い他種族なんかは良い的だ。だから少しでも面倒事を避ける為に、ああしてフードとかで顔を隠してるんだよ」

「なるほど。つまり今のカイトさんは、周りから『肩身の狭い他種族』って見られてる訳ですね」

「そういう事。んで、2つ目の理由はアレ」


 今度は近場の壁を指差すカイト。それが示すものは、あっさりと見付けられた。

 何せ、デカデカと『WANTED手配中』の文字が書かれているのだ。見付けられない方がおかしい。


「大罪人『黒切』の手配書……。でも、特徴だけで、顔が描かれてませんね」

「基本的にフード被ったり、敵対した奴は全員ぶった切ってるから、俺の顔を見た奴なんて碌にいねぇんだよ。行く先で会った人は、黙っててくれてるみたいだし。だから手配書と同じ格好で怪しまれはするけど、誰も確信を持って捕まえる事は出来ない」


 今もそうだが、確かにキスク村にいた時も、依頼人と話す時以外ずっと彼はフードを被っていた。

 それに加えて騎士などの目撃者は総じて始末されているとなれば、まともな手配書など書けるはずもない。


「そして3つ目。興味がないから」

「? 興味が、ない?」

「あぁ。魔界からの侵略の心配もない平和ボケした今の時代、遠くの国で紛争が起こったところで、それは対岸の火事。自分の身に同じ事が起きるなんて思いもしない。だから、誰も興味なんて持たず、手配書を貼ったって見向きもしねぇのさ」

「ホントだ。さっきの手配書の前、皆素通りしてますね」


 平穏な世界に長く身を置いていたが故に、戦場の記憶など消え失せてしまったのだろう。

 今の状況では有り難いのだが、何て薄情なとも思ってしまう。


「そんな訳だから、やっぱり心配なのはお前だよ、お前。短い期間とはいえ、ここで暮らす以上、余計な問題は起こさないようにしろよ」

「は、はい。肝に銘じておきます」


 碌な目撃情報もない人間のカイトは大丈夫だが、エルフの耳が見付かってしまえばフェリスは即アウト。

 改めてその事を認識させられ、帽子を押し付けるように被り直した。

 そんな緊張で顔を強張らせたフェリスに対し、カイトは朗らかな笑顔を向けた。


「けどまぁ、折角村の外に出たんだ。そう気を貼らずに、少しは楽しめよ」

「えー……散々緊張感煽られた状態でそんな事言われても……」

「なぁに。そんな心配事なんて、直ぐに吹き飛ぶさ」

「それって―――」


 どういう事か、と問おうとすると同時、丁度十字路に差し掛かり、そこを門番が言っていたのとは逆の左に曲がる。

 直後、ワァッ!! という凄まじい歓声と共に、先程のカイトの言葉の意味が分かる光景が広がった。


「お前が言っただろ。このクロケットには色んな人間が集まるって。けど、集まるのは人だけじゃねぇんだよな」


 そこに広がっていたのは、多種多様な商品を扱う屋台の数々。

 食材は勿論の事、工芸品やガラス細工など。置かれているものはその辺の店にもある普通のもののはずだが、こうして並べられると、もっと価値の高いもののように思えてくる。


「商人達の出入りも多くて物も集まるから、こうしてほぼ毎日出店が並ぶんだよ。田舎暮らしじゃ見れない光景だろ。どうだ、少しは緊張解れたか?」

「はい! 直ぐにでもこの中に飛び込みたいです! っていうか、飛び込んでいいですか!? いいですよね! フェリス、行きまーす!」

「金もないのに行くな馬鹿。ギルドが先だ」


 直ぐ様人混みにダイブしようとしたフェリスを、慌てて首根っこを掴む事で制止する。

 この中に飛び込んでしまえば、土地勘のない彼女が迷子になる事は確実。それを探して一日潰すなど御免被る。

 完全にフェリスをお荷物として扱い、彼はその中をずんずんと進み始めた。


「にしても……今日は妙に騒がしいな」

「いつもこんな感じじゃないんですか?」

「まぁ、元々人通りが多い街ではあるんだが……この間来た時と比べると、こう何ていうか、上手くは言えないけど空気が違う」

「お祭りでもあるんですかね?」

「それならもっと分かりやすく騒ぐだろ。ま、ギルドの方でついでに聞けばいいか」


 文字通りお祭り騒ぎといった屋台通りをしばらく進むと、木製の巨大な建造物が見えてくる。

 扉の奥からは聞こえてくる喧騒と酒の匂い。看板こそ掛かっていないが、その2つが此処が彼の目的地だと教えてくれる。


「さて、傭兵ギルドに到~着っと」


 陽気な声を上げながら扉を開くと、その先に待っていたのは―――大通り以上の喧騒だ。

 遅れる形で、鼻を突く酒の匂いがやってくる。どうやら、このギルドは酒場も兼ねているらしく、ギルドとしてよりも酒を飲みに来ている人間で大賑わいのようだ。

 昼間から飲んだくれる彼等に、ふんと呆れたように一度鼻を鳴らしたカイトは、出来るだけぶつからないように配慮して窓口に向かう。


「な、何だか怖そうな人ばっかりですね……。あと、酒臭い……」

「傭兵なんて基本、荒くれ者だからなぁ。俺みたいなのが寧ろ珍しいんだよ。それとあんま離れるなよ、下手すると絡まれるぞ」


 ボソッと付け足された一言に、慌ててフェリスは前を歩くカイトに身を寄せる。

 若干歩き難いが、それを気にした様子も見せずに進んでいくと、ようやく窓口に辿り着いた。ちなみに受付の人間は、荒くれ者の集まりである傭兵ギルドには珍しい女性である。


「キスク村の魔獣討伐依頼を受けてた、カイト・クラティアだ。報酬の件で、少し話がある」

「カイト・クラティア様ですね。それでは、ご本人確認の為にギルドカードをご提示ください」


 あいよ、と今度は直ぐに懐からギルドカードを取り出し、受付に渡した。


「確認しました。それで、お話というのは」

「その前に、コイツを見てくれ」


 返却されたギルドカードを懐を戻しながら、彼は道具袋を床に下す。

 そして片腕を突っ込むと、掌大の球状の結晶体を取り出した。


「魔獣の核……。ですが、ゴブリンのものにしては大きさが……」

「そりゃ違うだろうさ。ガキとはいえ、ホワイトウルフのものなんだからな」

「ほ、ホワイトウルフですか!?」


 その魔獣の名を聞いた直後、ガタン! と椅子を倒すほどの勢いで女性は立ち上がる。

 当然の反応だろう。相手はA級に認定されている、『北の王者』ホワイトウルフ。階級的にもそうだが、本来なら北国に棲むはずの魔獣がこんな身近にいて、驚かないはずがない。

 だが、そこは流石社会人。コホンと咳払い一つで冷静さを取り戻すと、椅子に座り直した。


「失礼しました。しかし、ゴブリン以外の魔獣が出ると聞いていましたが、まさかホワイトウルフだったとは……」

「大方、どっかの貴族様のペットが逃げ出したんだろうぜ。けどコレ、明らかにD級の依頼内容じゃねぇよな。階級判定どうなってんだ?」

「も、申し訳ありません。何分、相手の正体が全く分からなかったものですから……」

「そりゃ分かるけど、こっちは命張ってんだ。アンタの責任じゃないのは分かるけど、今度からもっと階級判定をしっかりするように、上に伝えといてくれ」

「は、はい。きちんと伝えておきます」


 たかが依頼の階級ランクに間違いがあった程度で大袈裟だと思うかもしれないが、それは違う。

 今回のようにA級をF級などと書いてしまった場合、それを真に受けたF級の人間が依頼を引き受けてしまったらどうなるか。当然、太刀打ちなど出来るはずもなく、無残に死ぬ結末を迎えるだけだ。

 自分に合った依頼を受け、その上での死ならまだ本望だろう。だが、仲介者であるギルド側のミスで起こった死など、とてもではないが笑えない。


「まぁ、そっちは後アンタ等に任せるとして、ここからが本題だ。今回のホワイトウルフの討伐は、キスク村の人間であるフェリスコイツにも協力してもらったんだ。だから、報酬を山分け……っていうか俺が貰う分の報酬を、元々の半分にしてほしい」

「構いませんが、それについて彼女や村の方々は了承を?」

「はい。ちゃんと話し合って決めました」

「分かりました。それでは専用の書類を用意しますので、少々お待ちください」


 そう言って申請書類を取りに、一旦奥へと向かおうとする女性。

 だが、寸前で何かを思い出したように振り返ると、


「それにしても、2人がかりとはホワイトウルフを討伐するなんて。流石はA級傭兵ですね」

「え……?」


 それでは失礼します、と言い残して今度こそ女性は消えるが、フェリスの耳にその言葉は届いていなかった。

 今彼女は何と言ったか。聞き間違えでなければ、A級だ。

 ギルドで認定される階級は、F級からSS級まで。8つの階級の中でのA級。その意味を理解するのに、フェリスはたっぷり1分ほど時間を要し、


「え、A級!? カイトさんってA級だったんですか!?」

「あん? 言ってなかったっけか?」

「言ってませんよ! それなりに階級ランクはあるって言っただけで!」


 上から三番目と言えば聞こえは悪いが、それでも十分過ぎる。

 世間が下すSS級に対しての評価は、エルフや獣人、竜人などを含めた上での世界最強。とすれば、A級は人間の中で最強と言ったところだろう。

 その事実に開いた口が塞がらなくなるフェリスだが、当の本人は特に自慢するでもなく、肩を竦めるだけだ。


「別にあの時の状況考えりゃ、教える必要なんてないだろ。依頼人ってだけで見ず知らずの人間に、個人情報をほいほい教えるかっての」

「ま、まぁ、確かに……。言われてみるとそうですね」

「だろ? だから、あんま大きな声出すなよ。絶対面倒な事になる―――」

「おいおい!? こんな野郎がA級だぁ!?」

「から……って、遅かったか」


 眉間に皺を寄せ、辟易へきえきとしながらも、声が聞こえて後ろへとカイトは振り返る。

 視線の先にいたのは、背中に身の丈ほどはある大剣を差した、タンクトップを押し上げるほどの筋肉を持つ巨漢。まるで傭兵のお手本のような男だ。

 そのギラついた眼光は真っ直ぐカイトに向けられており、肉食獣のそれと大差ない。


「ひょろいナリしてやがんなぁ。こんなのがホントにA級なのかぁ?」

「そうです、私がA級です」

「……何か凄く馬鹿にされた気がするんだが」

「気のせいじゃね?」


 もっとも、そんな格好だけで気圧されるカイトではないが。


「ンで、俺がA級だったら何だよ? 何か文句あんの?」

「いんや、別に。けど、そんだけ高い階級の上、こんな可愛い子まで傍に置いてるときた。貧しい低ランクの俺達に、少し恵んでほしいと思ってよぉ」

「お生憎様。この間ボラれたばっかで、今は無一文なんだ。パンツずり下げたって何も出てきやしねぇよ」


 それに、といつもの悪意満天の笑みを浮かべると、


「酒飲むしか能がないクソニートに恵む金なんざ、元々持ち合わせちゃいねぇんだよ」

「ンだとコラ! 誰がクソニートだ!?」

「ニートだろうが。昼間っから酒飲んで、周りから金たかって、仕事もせずにぷらぷらと……ニートとしか言えねぇだろ、完全無欠なニートだろ」

「なら、せめてクソは外せ! 俺は毎日綺麗にケツ拭いてんだよ!」

「そういう問題!?」


 何処か論点がずれているが、それは今回置いておこう。

 すると自分の要求は通らない上、虚仮にする発言をしてきたカイトに、一瞬で男の怒りは沸点にまで達した。


「クソが……! やっぱ力づくの方が手っ取り早ぇ!」

「カイトさん!」


 いきなり拳を振り上げ、殴りかかってきた男を前に、フェリスが警告する。

 だが、こういった『力こそ絶対』と思っているような男が取る行動は、大体予想出来る訳で。

 迫り来る拳を、後ろに倒れるような動作で回避。そのまま頭を打ち付けるのではと思ったところで片手を床に付け、同時に足を振り上げ―――、


「ちょいさー」

「ぶッ!?」

「と、飛んだー!?」


 サマーソルトキックを、相手の顎に盛大に打ち込む。

 しかも気の抜けた掛け声の割にかなりの威力だったらしく、男の身体は天井まで飛び、激突した後は床に叩き付けられる。その一部始終を見ていたフェリスは、カンカンカンカーン! と頭の中でゴングが鳴ったような気がした。

 だが、カイトがこの程度で済ませるはずがない。目を回している男の頭の方に回り、ゆっくりと助け起こすと、―――ガッ! とその首を羽交い絞めにした。


「別に他人ヒトの言葉を信じようが信じまいがどうでもいい。ただ、喧嘩売る相手くらいは選んだ方がいいぞ?」

「ず、ずびまぜん……!」

「カイトさん!? 流石にそれ以上はヤバくないですか!?」


 やるからには徹底的にというのは、今までの彼の行動から分かる。だが、流石に時と場所は考えるべきだと思う。

 それを証明するように、まるで見計らったかのようなタイミングで先程の受付の女性が戻ってきた。


「ちょッ……!? 何がやってるんですか!? 揉め事は勘弁ですよ!」

「あー、大丈夫大丈夫。ちょっとじゃれてるだけだから。ほら、元気にピースしてるでしょ」

(全然ピースフルじゃありませんけどね!?)


 助けを求め、必死に伸ばされた男の手。もがき苦しんでいるからか、確かに見ようによってはピースサインに見えなくもない。

 だが、流石にそれを信じるような者はいない訳で、


「何だ、そうだったんですか。すいません、勘違いしてしまって」

(信じた!? 信じてもらえた!? 何でこれで信じられるの!?)


 何で!? とフェリスの頭には疑問符が浮かぶが、男を解放したカイトがそっと耳打ちした。


「……こういう揉め事は傭兵ギルドウチじゃ日常茶飯事で、一日に最低でも10回は騒動が起きるんだよ。だから、適当にあしらってないと職員の身が持たないって訳」

「……自分の身を守る為の賢い生き方、って訳ですか」


 確かにそれだけの数の喧嘩に一々仲裁に入っていたのでは、身体を壊してしまうだろう。

 仕事が出来る女性という印象を持っていたが、中々に腹黒い部分もあるようだ。もっとも、そうでなければこの荒くれ者集団をあしらえないだろう。


「それではカイト・クラティア様、フェリス・ルスキニア様。書類の準備が出来ましたので、こちらへ」

「え、えーと……はい」

「りょーかい」


 受付に戻り、提示された書類の文言に目を通した後、カイトはサインを記入していく。

 そしてフェリスが書類に向き合っている時、手の空いた彼は先程気になった事を受付に尋ねた。


「ところで、街が妙に騒がしいように思えたけど、何かあったのか?」

「あれ、まだご存知ではありませんでしたか? 『戦乙女』シルヴィア様が率いる遠征部隊が、マローナ地方からがお戻りになられたんですよ」

「ッ……! へぇ、あの『戦乙女』が」


 その名前を聞いた直後、ピクッと僅かにだが、確実にカイトの片眉が吊り上がった。


「はい、確認しました。それでは、こちらが報酬となります」

「あいよ」


 幸いにも、受付の女性はその反応に気付かなかったらしい。

 2人の名前が入った書類を見て、不備がない事を確認すると、指定した通り元々の報酬の半分が渡された。

 ここでの用は終わった為、2人は早々に大通りに出る。だが、屋台通りの楽しげな喧騒の中に入っても、カイトは険しい顔をしていた。


「チッ……、よりにもよって『戦乙女』がご帰還か。タイミング悪りぃな」

「あの、その『戦乙女』っていうのは……?」

「おいおい、有名人だぞ? 村に引き籠ってたにしても、そのくらい知っとけ」


 う……! と自身の無知を恥じ、身を縮こませるフェリス。

 そんな彼女の反応にバツが悪くなったのか、ガシガシ! と自分の頭を乱暴に搔きながら彼は説明を始めた。


「帝国の象徴である、紅と白の翼を持つ天使。その片方、紅に込められた勇気と情熱を体現するのが『紅翼騎士団ロートリッター』。魔術なんかの超常の力相手だろうが、磨き抜いた技術と自分の肉体だけを頼りに戦う武闘派集団で、その実力は帝国最強なんて呼ばれてる」

「て、帝国最強……!?」

「あぁ。そんで、そんな脳筋集団の中で団長の次に有名なのが、件の『戦乙女』。若干18歳で副団長を務めてる神徒イクシード、シルヴィア・ハーヴェストだ」

「神徒……!」


 その単語にフェリスの顔が強張ると同時、18歳の少女が副団長の座に就いている事実に驚愕する。

 自分の肉体だけが頼りの武闘派集団という事は、当然小細工など通用しない。つまりそのシルヴィアは、純粋な自分の力だけでその座を勝ち取ったという事だ。


「偶に聞く噂でしか判断出来ねぇが、同じ神徒でもゾルガと『戦乙女』とじゃ天と地ほどの差がある。いずれ斬る相手ではあるけど、今この場では関わらねぇ方が身の為だ」


 加えて、カイトと件の『戦乙女』とでは相性が悪い。

 A級という地位に就いている為、どんな難関にも真正面からゴリ押しするタイプに思われがちだが、それは違う。カイトはどちらかというと、策を弄して相手を弱らせた上で叩き潰すタイプだ。

 対する『戦乙女』は、『紅翼騎士団』に所属している事からも分かる通りパワータイプ。そういった人間はどれだけ罠を張ろうが、真正面から捻じ伏せに掛かるから質が悪い。


「ちなみに、そのシルヴィアさんってどんな格好してるんですか? 一応、覚えておいた方が、会った時に対処しやすいんですけど……」

「噂でしか聞いた事ないからな、そこまでは知らねぇよ。まぁ、大剣2本をぶん回してるらしいし、きっと丸太みたいな身体したゴリラ女なんだろ」

「それじゃ乙女じゃなくて漢女ですよ! あ、駄目だ! ビキニアーマー着た筋肉ムッキムキの人、想像しちゃった……!」

「ぶふッ!? ちょッ、テメ……!? そ、想像したら笑えてきた……!!」


 先程までの不穏な空気は何処へやら。

 一転して笑顔になった2人は、今此処で心配してもしょうがない、心配は身の毒だと一旦この話題を打ち切る事にした。

 そして彼等はお祭り騒ぎの屋台通りを堪能しながら、冒険者ギルドへ向かう。

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