第13話 月下の語らい

 鬱蒼と生い茂る木々の中で、何故か一部だけがぽっかりと開けた場所。

 その隙間からは、満天の星空が覗いている。だが、それを眺め、感動している余裕など彼等にはなかった。

 目の前の焚き火が奏でる、『パチパチ……!』という火の爆ぜる音に辛うじて気付く程度だ。


「……やっちゃったな~」


 頭を抱えるカイトの手にあるのは、羊皮紙の束。

 その全てが水で濡れている。ホワイトウルフから距離を取った際に起きた不慮の事故で、池に落としてしまったのだ。

 元々は表紙に『魔獣資料』と、中にも多くの文字が書かれているはずのもの。だが、インクは水で滲んでしまい、とても読めたものではない。


「やってくれちゃったな~……」

「あの、そのニュアンスだと私がやらかしたみたいに聞こえるんですけど? いや、確かに私の責任も少しはありますけど……」


 一瞬睨むものの、自分がもっとしっかり握っていればとも思うので、強くは言い返せない。

 それに、池に落ちて冷えただろうからと、一番早く乾いたローブまで貸してくれた。夜になって肌寒くなっているにも拘わらず、そういう事をされると、流石に怒声を上げるのも気が引ける。

 だが、そんな彼女の心情などカイトはお構いなしに、


「やってくれやがったなテメー!」

「それ完全に私の所為にしてますよね!? あと、ツッコむ気力もないので静かにしてくれませんか!?」

「こうでもしないとイライラが収まらねぇんだよチクショー!!」


 苛つきが限界に達していたカイトは、遂に焚き火に資料を放り込んだ。

 止め刺した!? とフェリスは愕然とするが、責める気にはなれない。彼の気持ちも分かるし、そもそも今はツッコむ気力と同じく怒る気力もないからだ。


「で、でも、相手がホワイトウルフだって事は分かりました。私も本とかで生態を読んだ事がありますし、子供だっていうなら意外と簡単に―――」

「本で得た知識ってのは、あくまで知識にしかならねぇよ」


 何とか良い雰囲気に持っていこうと、フェリスは話題を変えようとする。

 だが、それはこの場における唯一話し相手に、あっさりと両断された。


「俺達が知ってるのは、北の大陸に住むホワイトウルフだ。けど、今ホワイトウルフはこの森にいる。そうだな……。例えば、お前は産まれてから10年間ずっと、檻の中で生きてきたとする。物心つく前から目に入るのは鉄格子だけ、オトモダチは食事を運んでくる世話係だ。そんな状態のやつが、突然檻の外に出された。さぁ、どうなると思う?」

「……きっと、凄く驚くと思います。そして、初めて見る世界を知りたいと思って、走り回ったり……」

「そう、今のホワイトウルフがまさにそれ。アイツは外の世界ってものを何も知らない。目の前にあるものがどんな匂いをしているのか、どんな反応をするのか、そして……どんな味がするのか」

「ッ……!」


 それはもはや、一種の麻薬と言っても過言ではないだろう。次々と新しい事を覚え、その快感が病みつきになり、際限なく求め続ける。

 彼女自身も魔術を学ぶ関係上、多くの本を読んできた。そして新しい知識を得る度に、もっともっとと更に知識を欲してきたので、その気持ちはよく分かる。


「そうやって好奇心で動くやつほど、どんな突飛な動きをするのか分かりゃしねぇ。今までと違う環境に適応する為に、何かしら突然変異してる可能性だってある。本を読んだだけじゃ、相手の全てを知る事は出来ねぇよ」


 ホワイトウルフも、種族こそ違うが自分達と同じ生物だ。当然、その個性も一つとして同じものはない。

 そんな多種多様に存在するものを、一冊の本程度で知る事など不可能。意思を持つ生物の行動を、同じ生物が100%予想出来るはずがない。それが出来る者がいるとしても、よくて本を書く為に動物達に密着した調査員くらいなものか。

 加えて、カイトにはもう一つ懸念材料があった。


「あとお前、こんな森の奥にまで来た事なんてないだろ?」

「う……! わ、分かりますか……?」

「そりゃ、グランド・ネペンテス相手にあそこまで手古摺ってるの見ればな。他の小型を倒せて、あれを倒せないのはおかしい。大方、家畜を狙って森の入り口にまで来た魔獣共の相手をしてたってところか」

「お、仰る通りです……」


 大きさこそあるが、グランド・ネペンテスも小型魔獣に分類される。最下級のF級でも倒す事は容易だ。

 それが出来ないのは、単純に実戦経験が不足しているからだろう。加えてスライムやゴブリン同じ相手ばかり倒してきた事で、ある種の癖が付いてしまい、それがまた行動の幅を狭めてしまっている。

 意識すればその点は改善出来るだろうが、その身に染み付いてしまったものなので、時間は掛かるだろう。


「全く、危険度の判定が碌に出来ていない上、ガキの子守りときた。手頃な額に釣られて、面倒な依頼受けちまったもんだぜ」

「だから、ガキって言わないでください。それに、貴方に守ってもらう謂れもありませんから」

「自分の身を守れるようになってから言え、そういう台詞は」


 う……! とフェリスは押し黙ってしまう。先程助けられたばかりの手前、反論出来ない。こうなると、何を言ってもそれをネタに封殺されそうだ。

 好転しない状況と、この男の態度に嫌気が差し、思わずといった調子で彼女は溜め息は吐く。


「はぁ……。貴方みたいな傭兵じゃなくて、『黒切くろきり』が来てくれればなぁ」

「『黒切』……?」


 聞き覚えのない単語に、首を傾げるカイト。

 その反応が意外だったのか、フェリスは大袈裟なほどに驚いた。


「知らないんですか? 腐敗した貴族を討ち取ったり、貧しい村に国の食糧庫を開放したりと、その偉業は数知れず。相手が誰だろう何人だろうと、たった一本の刀だけで全てを切り捨てる、正義の使者ですよ!」

「……そりゃまた豪気な事で。個人の正義だけでそこまで出来るなんて、痺れるねぇ」


 興奮した様子で熱弁するフェリスに対し、カイトの方はかなり冷めている。

 仕事が第一で、世事に興味がないのかとも思ったが、その声に僅かな嘲笑の色が交ざっている事から違うと分かる。


「絶対馬鹿にしてますよね」

「正義なんて曖昧なものを掲げてるやつが、俺は大嫌いなんでね。ってか、『切』の方は分かるが、何で『黒』なんだ? 如何にもカッコつけてるって感じだぞ」

「その人が武器にしてるのが、黒い刀だかららしいですよ。あと私の憧れなんですから、カッコつけとか言わないでください」

「憧れ……? 何でまたそんなやつを。やってる事は確かに立派かもしれないが、はっきり言っちまえば大罪人だろ? 俺と同じで」

「貴方なんかと一緒にしないでください。私は、いえ……皆が信じてるんです。その人がこの国を……この腐った世界を、その刀で切り捨ててくれるって」


 500年前の大戦で人間族とその同盟種族が勝利して以降、侵略の恐怖はなくなり、国は大きく発展した。だが、知識と同じく、生物とは常に何かを欲する存在。潤えば更なる潤いを求め、渇きを拒絶する。

 外敵と戦って勝利すれば、相応の報酬は得られるが、今はその外敵もいない。故に、鞘を失った強欲の刃の矛先は、内側―――平民に向けられた。

 そんな欲望が具現化した姿こそ、ウルドやゾルガといった存在だろう。昼間見た彼等の蛮行から察するに、確かにその『黒切』とは、彼女達にとっての希望と言えるだろう。


「……まぁ、どうでもいいや。それより無い物強請りしてる暇があるなら、さっさと寝ろ。お前がどう動くにしろ、疲れて動けませんでしたなんて、笑い話にもならねぇぞ」


 下らないというように、カイトはそれこそばっさりと切り捨てる。理想云々より、今は現実を直視する方が先決という訳だ。

 一方でフェリスは、特に関心を持たれなかった事に不満を覚えながら、それとは別にある事が気になった。

 彼と普通に会話していた事で忘れがちだが、この森には今A級魔獣が徘徊している。その強大な力は身を以て知ったはずなのに、慌てる様子もなく、冷静さを保っている。


「何か、やけに落ち着いてますね。相手はA級魔獣ですよ? 恐くないんですか?」

「何だよ、とうとう漏らしちまったか? だったらそのローブ、ちゃんと洗って返せよ」

「漏らしてません! っていうか、こんな時までふざけないでください!」


 ケラケラと笑いながらも、『悪りぃ悪りぃ』と彼は頭を下げる。状況が状況なだけに、いい加減ふざける時間も終わりだと悟ったようだ。


「まぁ、怖いっちゃ怖いな。けど、ジタバタしたってしょうがないだろ。俺はやるって決めた事は絶対やり通す主義なんでね。結局やり合う事には変わらねぇよ」


 それに……、と言葉を続けながら、彼は夜空に視線を向ける。その表情は何処か寂しげで、平然と人をおちょくる今までの姿からは掛け離れていた。

 そのギャップに思わず魅入ってしまったフェリスの前で、彼は天に向かって手を挙げ、星を掴むように強く握り締める。


「俺には叶えたい目的がある。それを実現させるまでは死なねぇよ」

「へぇ、何だかロマンチック……。何ですか、その目的って」

「何で会ってたった2日の、よく知りもしないお前にそんな事教えなきゃならねぇんだよ? その優秀なおつむ、精々こねくり回して考えな」

「ケチ……!」


 正論なのだが、そこまで言って最後まで言わないと、やはり気になってしまう。

 不満の声と共に、フェリスは詮索するような視線を向ける。それに気付いたカイトはジト目を向け、


「誰だって知られたくない秘密の一つや二つあるだろ。あんま詮索しない方が身の為だぞ」

「ふっふーん! 後ろめたい事だらけの傭兵さんとは違って、善良な一般市民の私にはそんなものありませんよーだ!」

「……お前、ひょっとしてまだ気付かないのか?」


 その子供っぽい言動に呆れると同時、未だに気付いていなかった鈍さに感心してしまう。

 何の事を言っているのか分からないフェリスが首を傾げると、面倒臭そうにしながらも、ちょいちょいとカイトは自分の頭を指差した。

 それでようやく気付いたのか、慌てて彼女は自分の頭に、そして耳に触れる。だが、あるはずのものはなく、一瞬にしてその顔色は青に染まった。


「う、嘘……!? ぼ、帽子が……!? い、いつ……いや、それより何処に……!?」

「探し物はこれか?」

「これって……あ、私の帽子!?」


 見れば、本来なら彼女の頭に乗っているはずのベレー帽を、カイトはくるくると指で回して弄んでいた。


「か、返してください! それは……!」

「ンな怒鳴らなくても返すよ。ほら」


 怒声交じりに懇願すると、彼はうるさそうに顔を顰めながら、それを投げて返した。

 それを受け取りつつ、意外にもあっさり返された事にフェリスは驚く。

 この帽子が脱げたという事は、彼女の秘密を知ったという事。普通これを知れば、何かしらの反応を示すはずなのに、言及する様子は全く見られない。


「もう落とすなよ。村の連中は大丈夫なんだろうが、いつ誰が見てるか分からないからな」

「え……? あの、何も言わないんですか?」

「言ってほしいのかよ? マゾか、お前は」

「ち、違いますよ!? 私は至ってノーマルな……って、何言わせるんですか!?」

「勝手に自爆したんだろうが」


 自分が火種を撒いているとはいえ、ここまで引っ掛かるとは、ある種の才能を感じてしまう。

 時折見せてきた少女の間抜けな姿に、普段は悪意笑みを浮かべる彼の顔も自然と緩んだ。


「まぁ、確かに驚きはしたがな。けど、ハーフエルフだとか俺は気にしねぇよ。したってしょうがないし」


 半森人ハーフエルフ。それは、両親が人間もしくはエルフでありながら、他種族(主に人間)の血を引く子供が産まれてくる現象であり、取り替えっ子チェンジリングとも呼ばれている。

 普通に考えれば、人間同士の種から、そしてエルフ同士の種から、混血児など産まれてくるはずがない。未だこの現象が何故起きるのかは不明であり、そんな不気味な存在を快く思う者など少ないだろう。

 何より、人間譲りの強い生命力と、エルフ譲りの強い魔力が交じっているのだ。数百年の寿命を持ち、それでも若々しい姿を保つ事も含めて、周りからすれば異形にしか見えない。

 必然的にハーフエルフは両者の社会から異端と見做され、生まれに関係なく差別され、不遇な境遇に追いやられるのが普通となっている。

 そんな彼等は大抵、爪弾き者同士で集まり、ひっそりと暮らす道を選ぶらしい。フェリスのように人間と普通に共存出来る者など、かなり珍しいはずだ。


「寧ろ、凄ぇと思うんだけど? 半分とはいえ、人間からエルフの血を引くやつが産まれるなんて。これぞ人体の神秘ってやつだろ。やるなー、あの女将」

「……実は私、お母さんの本当の子供じゃないんです」


 え……? と突如告げられた衝撃の事実に、珍しく彼の動きが止まる。


「30年くらい前の事です。この森の中でまだ小さかった私を、新婚だったお母さん達が見付けてくれたんです」

「30って……お前ババァ、んん! 俺より年上だったのかよ」

「完全に聞こえましたからね。言い直したつもりでも聞こえてますからね! あと、エルフは人間より心と身体の成長が遅いんですよ。勿論、その血が半分流れてるハーフエルフも同じです。なので変に気負わず、今まで通り同年代の人間として接してくださいね」

はなからそのつもりだ。ってか、最初から下に見てるから安心しろ」

「やっぱり年上に敬意を払ってください」


 肉体的には30以上でも、精神年齢はまだ10代なので、確かに変に気遣われるよりは良い。だが、流石に彼の対応はどうなのか。

 ババァ呼ばわりされた事も含め、額に血管が浮かばせて怒鳴りたいところだが、それだと話が進まないので仕方なく見逃すとしよう。


「人間から産まれたのか、エルフから産まれたのかは分かりませんけど、どっちにしても気味が悪かったんでしょうね。当然、村の人達も最初は良い顔をしなかったそうです」


 見目麗しいとされるエルフだが、その桁違いの魔力や魔術の才能もあって、彼等には他種族を汚らわしいと見下す傾向がある。当然、人間の血を引く子供が生まれたとなれば、良い顔をするはずがない。

 逆の場合でも同じだ。人は未知の存在を恐れるものであり、未だ何が原因で産まれるのか分からないハーフエルフも、恐怖の対象となる。仮に受け入れられるとしても、それは人間を凌駕する魔力が狙いの、兵器としての価値からだろう。


「でも、お母さん達はそんな周りの反対を押し切って、自分達の娘にするって言ってくれたんです。それでも反対する人達には、『こんな小さな子供をもう一度捨ててこいなんて、アンタ等それでも人間かい!? アタシには悪魔に見えるよ!』って言って、フライパン片手に大立周りしたそうです」

「ハハッ! 目に浮かぶな!」


 カイトの脳裏に、昨夜の騎士達の振る舞いに対し、真っ先に動こうとした2人の姿が蘇る。

 あの姿からも、彼等がどれだけフェリスを大事に思っているのかが分かるというものだ。


「……恩返しがしたいんです」


 ポツリ……と消え入りそうな声で、それでも何処か力強さを滲ませた声で、彼女はそう言った。

 そして、振り絞るように更に言葉を紡いでいく。


「親に捨てられて、独りぼっちで森を彷徨ってた私を、お母さん達は嫌な顔一つせずに育ててくれました。村の人達も段々受け入れてくれて……本当にここでの毎日は楽しかった。30年経ってもようやく背が少し伸びただけで、明らかに周りとは違うはずなのに、その日の食べ物にだって困ってたはずなのに……。だから、村の皆は私にとっての、お母さんで、お父さんで、兄弟で―――大好きな家族なんです」


 俯かせていた顔を上げ、強い決意の籠った瞳でカイトを睨み付ける。


「絶対に、失いたくなんてない……! だから、皆が何て言っても、貴方がいくら止めても、私は諦めませんから!」


 その目元には、涙が浮かんでいた。いつあの魔獣が襲ってくるかも分からない状況で、本当は恐いはずだ。それでも、逃げる道は選ばず、彼女は尚ももう一つの道を選び取った。

 一見すると、自ら破滅に向かう熱意は、愚かとも思えてしまう。だが何故か、どうにも見捨てる気にはなれない。


「……はぁ。馬鹿か、お前は」

「なっ……! いきなり何ですか、馬鹿って!」

「だって馬鹿だろ。種族とかも関係なしに、それだけ大事にお前を育てたんだぞ? 村の連中だって、お前と同じ気持ちに決まってるだろ」

「ッ……!」


 その時点から分かっていなかったのか、と思わず呆れてしまう。

 働く事で給料をもらえるのが仕事。だが、フェリスを育てたところで一銭にもなりはしない。寧ろ、養育費という形でマイナスにしかならない。

 にも拘らず、見返りを求めずにジーナ達は彼女を育て続けた。ここまで言えば、その理由は自ずと分かるだろう。


「俺も親がいないからな、お前がそう思う気持ちは何となく分かる。けど、お前があの人達を家族と思ってるように、あの人達だってお前の事を大切な家族だって思ってるはずだ。それを自分から死地に飛び込むような真似しやがって。馬鹿って言いたくなるのも当然だろ」

「……じゃあ、どうすれば良かったって言うんですか!? 家族が、友達が! 次々に消えていくのを見て、黙って指を咥えていろって言うんですか!?」

「ハッ! それこそ馬鹿、いや大馬鹿だろ」


 必死なフェリスな声を、鼻で笑ってカイトは一蹴する。

 だが、次いで彼はニヒルな、否。今まで見せた事のない、凶悪な笑みを浮かべて答えた。


「―――利用しろ、全てを」

「り、よう……?」


 炎によって照らされたその笑顔は、悪魔さながらの威圧感を与えてくる。

 思わず息を呑んでしまうが、同時にそこには言い知れぬ頼もしさがあった。


「絶対に成し遂げたい事があるなら、妥協なんてするな。お前と周りは違うんだから、反対意見なんて聞き流せ。それでもしつこく付き纏うなら、寧ろ自分の手駒にしちまえば良い」

「手駒、ですか……?」

「そうだ。戦場だって、誰もが自分の目的の為に戦って、最終的には他者ヒトの夢を踏み潰してる。それと同じで、自分の目的を叶える為なら、周りの連中は使い潰すレベルで利用しろ」

「……理屈は分かりましたけど、利用するって、一体誰を……?」

「おいおい、お前の目は節穴か? 目の前にいるだろうが、利用出来る人間が」


 ハッ! と目の前の傭兵の言葉に、目を見開いて驚くフェリス。

 この場で取れる選択肢の一つであるが、それをまさか本人が言ってくるとは思わなかった。


「貴方、自分で使い潰されるって言っておいて、自分を売り込むつもりですか」

「馬鹿言え。お前が俺を利用するなら、俺もお前を利用するってだけの話だ。あー、これだと利用よりGive&Takeって言った方が正しいか……。まぁ、その辺はどうでも良いが、お前取り敢えずあの資料には一通り目を通したよな?」

「は、はい」

「なら、俺はその知識をもらう。代わりに俺は、お前に戦力と戦術をやる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」


 小型魔獣ばかりを相手にし、実戦経験が少ないフェリスからすれば、この申し出は魅力的なものだった。

 だが、それだけでは彼女の問題は解決しない。魔獣の討伐は勿論の事だが、今の村は金銭的な問題も抱えているのだから。


「……確かに、有り難い話ですけど、報酬が……」

「何言ってんだ? この場合は山分けに決まってんだろ」

「え……? や、山分け、ですか? って、それって良いんですか?」

「当たり前だろ。何処のギルドでも、パーティ組んで依頼に挑めば、その報酬は山分けされるんだ。お前が力を貸してくれるって言うなら、そのくらいは当然の報酬だな。まぁ、焼け石に水だろうが、ないよりはマシだろ」


 確かに微々たるものだろうが、それを旅費にすれば、今よりも遠い土地にも商品を売り込む事も出来るはずだ。

 もっとも、全ては件の魔獣―――ホワイトウルフを討伐しなければ、仮定の話で終わってしまう。これを確固たるものにするには、必ず勝たなければならない。


「お前が選べる道は二つに一つ。『最後まで自分の力だけで挑んで綺麗に滅ぶ』か、『薄汚い傭兵の手に縋ってでも大切な物を守り抜く』か……。さぁ、どうする?」


 ニヤリ……! と笑みを濃くしながら手を伸ばすカイトの姿に、フェリスは何かを納得する。

 これは、悪魔との契約のようなものだ。強大な力を得る為には、生贄を捧げなければならない。もっとも今回、その代償はかなり軽いものだが。

 を捨てれば、皆を守る道が更に広がる。ならば自分は―――、


「……そんなの、決まってます。ちっぽけなプライドに拘っていたんじゃ、何も守れません」


 その身に宿る覚悟を更に強く滾らせ、彼女はその手を取る。


「よろしくお願いします、

「そうこなくっちゃな。こっちこそよろしく頼むぜ、フェリス」

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