第11話 吹き荒ぶ風
直後に勢いよく地面を蹴り、音が聞こえた方向へと走り出す。
これほどの音がはっきり聞こえるという事は、確実に音源は10m以内にあるはず。そして現状の森において、このような爆発音を出す可能性を持つものは2つ。
一つは、標的である魔獣が暴れているか。
もう一つは、フェリスが標的、もしくは別の魔獣を相手取っているかだ。
カイトとしては前者の方が好ましい。そんな事を思いながら、立ち並ぶ木々の間を縫い、時には枝を足場にして跳躍していく。
「……そろそろか」
断続的に聞こえてくる爆発音が徐々に大きくなっている事から、相手との距離が近付いている事を察する。
完全に接触する前に、まずは状況の確認が最優先。彼は走る速度を落とし、適当な太い枝を足場にして停止した。
そして、相手に悟られないよう、気配を殺して見下ろすと、
「―――《
眼下には、一人の金髪の少女―――フェリスが立っていた。そして呟くような詠唱と共に、その周囲の空気が渦巻き始める。
やがて、それは鳥の形を成していく。色こそ分からないが、尾羽が短い事と、人間の頭ほどの大きさはある事から、恐らくムクドリだろう。
「行って!」
生み出された小鳥の数は、約20羽ほど。主人を守るように旋回していたそれらは、彼女が手を前に向けるのに従い、一斉に飛び立つ。
さながら、砲弾の雨が吹き荒れているかのよう光景だ。そして、曲線を描いて飛んだ鳥達は、容赦なく標的の身を削っていく。
「キシィイイイィィイイイイイッ!?」
風の砲弾によって無慈悲に打ち抜かれ、標的は気持ち悪い悲鳴を上げた。
攻撃の受け手となっているのは、全長が人間の2倍はあろう、植物系の魔獣。
普通に一般人が見れば、卒倒するような姿だろう。だが、風で作られた小鳥に啄まれる姿には、何処か憐れみを覚えてしまう。
「
呟いた名前の通り、フェリスが相対しているのは巨大なウツボカズラだ。
一般的なウツボカズラとは、茎の下部や上部に捕虫袋を持つ食虫植物。独特の臭い発して虫を誘き寄せ、袋に落ちた虫を捕食するという習性がある。だが、このグランド・ネペンテスは、その常識から大きく逸脱していた。
まず、その巨大な見た目からも分かる通り、茎や蔓の太さが異常だ。それはもはや丸太と同等の太さであり、巧みに操って自立歩行を可能としいているだけでなく、それを用いて殴られれば人間など原型を留めずに潰れ、村に着く前にカイトが倒したゴブリン同様にスプラッターな光景を晒すだろう。
次いで、口元に牙が生えた捕虫袋。より正確には、その中にある消化液だ。元となったウツボカズラが持つこれも、鼠を溶かすほどの力があるらしい。それが巨大化しているのだから、当然鼠よりも大きい獲物も溶かす事が出来る。最も身近な例を挙げるとすれば……人間など。こうなると、食虫植物というより食人植物と言った方が正しいか。
「―――《
もっとも、所詮は相手は小型魔獣。この村で何年も過ごしてきた、フェリスの敵ではなかった。
最初に数で圧倒し、相手の動きを封じたところで、彼女は弧を描くように腕を振るう。その軌道に合わせ、―――ドッ!! と相手を両断する真空刃が放たれる。
その形は、オオグンカンドリ。世界に存在する鳥の中で、水平飛行において最速を誇る海鳥だ。そして、モデルとなったものの名に恥じず、刃は高速で突き進む。しかも、最初の乱れ撃ちによって動きを封じた今、相手に回避する術はない。
ザンッ……! と一瞬にしてグランド・ネペンテスの胴体は、上半身と下半身に分かれ、地面に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
倒れた相手が微動だにしないのを見て、フェリスは安堵の息を吐く。
だが、生物が最も油断する瞬間とは、
それをよく知るカイトは、足場から飛び降りると、集中を切らした彼女に向け、
「馬鹿!
「ッ!?」
彼の怒声に驚き、フェリスの肩が大きく肩を跳ねる。その僅かな硬直が命取りだった。
静かに忍び寄っていていた
(あれ? あの耳……)
そして、地面に向かって垂れる髪の中に、彼は見た。普通の人間のものとは違う、
だが、フェリスは別のものを見ていると思ったらしい。羞恥で顔を真っ赤にし、ジタバタと腕を振る。
「ちょ……!? み、見ないでください!」
「あ? 見ないでって、何を……あ!」
ようやく気付いて視線を逸らすが、バッチリ見えてしまった。何がというと、逆さまになった事で髪と一緒にスカートも捲れてしまい、その奥に隠されていた……白い、魔の三角地帯が。
直後、フェリスだけでなく、彼の顔も瞬く間に赤くなる。今まで散々弄ってきたが、本当は初心な彼には刺激が強過ぎたらしい。
「って、ていうか、何で貴方がここにいるんですか!? あ、ちょ……!?」
現状を誤魔化す意味も込めて、カイトに声を掛けるフェリス。だが、その間にも両腕は封じられてしまう。必死にもがいて抜け出そうとするが、逆に拘束が強まるだけだった。
強い力で締め上げられ、その目元に薄っすら涙が浮かぶ。その前に立つのは、先程確実に両断したはずの食人植物―――グランド・ネペンテス。
だが、その切断面は何時の間にか再生していた。まるで先程の恨みをぶつけるかのように、牙の並んだ口を大きく開いて威嚇している。
その光景に、原因が分からず困惑するフェリスだが、カイトにはこの答えが分かっていた。
「あーあーあーあー、『勝った』と思ってドヤ顔までしちゃってまぁ……。うわっ、恥ずかしー」
「わ、笑わないでください! っていうか、貴方がいきなり声を掛けてきたのも原因ですよ!」
「まぁ、それについちゃ謝るけどさ。それ以前に、核を潰したか確認するのが常識だろうが」
「こ、これからしようと思ってたんですよ!」
魔獣はその身体の何処かに、核と呼ばれる球状の結晶体を有している。そして、これが魔獣にとっての心臓の役割を持つ。これを潰さない限り魔獣は死ぬ事はなく、例え脳を破壊しようと時間を掛けて再生する。
動物型や昆虫型のものは、大抵一般的な生物の心臓と同じ位置にあるので分かりやすい。
だが、植物型は少々厄介だ。各個体によって核のある場所は異なり、確実に殺す為には核を探し出さなければならない。力が弱い個体であっても、この確認作業を怠って死亡した者の例もいくつか存在する。
それはこの村で長年生きてきたフェリスも分かっていると思ったのだが、どうやら違うらしい。
「そ、それに、何でこんなに早く再生するんですか!? あのくらいの傷なら、普通5日くらい掛かるはずなのに……!」
「お前、ひょっとして植物型を相手にするのは初めてか? コイツ等はな、土の中の養分や空気中の魔力を栄養にして直ぐに再生するんだよ。しかも切断面が綺麗だったり、魔力が溢れてる土地とかだったら、完全修復に10秒と掛からねぇよ」
これは駆け出しの冒険者などが陥り易いミスだ。核が見付けずらい上に、圧倒的な再生速度。馬鹿正直に突っ込んでいく者は、高確率で餌食となる。
加えて、フェリスが魔術師だった事も原因の一つ。考えなしに魔術を乱発した所為で、この辺一帯に魔力が溜まってしまい、それがグランド・ネペンテスの再生を手助けしたのだ。
「って、あ、ちょ……!? この変、態……や、止め……!」
そこで、今まで2人のやり取りを見ているかのように静かだった食人植物が再び動き出す。
傷を付けられた事へのお返しなのか、グランド・ネペンテスは直ぐにフェリスを食らいはしない。だが、細い蔓をその身体に巻き付き、徐々に締め上げていく。それにより、滑らかな腕や太腿や、細身の所為で服の上からでは分かりずらかった、女性らしい膨らみが強調される。
胸の大きさにコンプレックスを抱いていたようだが、カイトからすればそんな事はないと思う。寧ろ、その白さも相まって華奢に見える身体の割には、十分に立派な大きさだろう。蔓が蠢く度に形を変える胸に、カイトの頭は一気にオーバーヒート寸前にまで追い込まれた。
(いや、メロンに嫉妬する必要ねぇだろ。コイツはこのサイズで十分可愛い……って、何考えてんだ俺は!?)
ゴッ! と自分の顔を殴り、いかがわしい妄想に耽っていたカイトは正気に戻る。
幸いと言うべきか、フェリスは未だ蔓の責め苦を受けており、それには気付いていなかった。
「あ、そこは……! んんッ! ……あ、あの、見てないで助けてくださいよ!」
「あっれ~? 俺の手は借りないって言ってたのは、何処の誰だったけ?」
「う……!」
いつもの調子を取り戻す為の発言だったのだが、フェリスにとっては痛いところを突かれたようだ。大声を上げていた彼女の勢いが、急激に失速する。
もっとも、本当はジュラに彼女の保護も追加で依頼されている為、言われずとも助ける予定ではある。
だが、彼女の所為で余計な手間を被ったのだ。少しくらい復讐しても、罰は当たらないだろう。
「ふ、ふーん! 良いんですか、そんな事言っちゃって!」
「あ? 何、何か奥の手であるのか?」
「そうですよ! お気付きかもしれませんが、私の手には、貴方の仕事に必要な資料があるんです!」
悪足掻きかと思い、フェリスの意味深な台詞を聞き流そうとしたが、意外と重要な事だった。
別に相手の生態も大まかに分かったので、絶対に必要かと言われたらそうでもない。だが、あるかないかでは情報量に差が出てしまう。
ここは素直に助けるべきか。面白くなさげに顔を
「さぁ、早く助けてください! じゃないと、私と一緒に資料も食べられちゃ―――」
バサッ……! と、彼女の懐から和綴じされた紙の束が落下する。
辛うじて見える表紙部分には、『魔獣資料』と殴り書きされていた。
「「……………………」」
その微妙な空気に、2人だけでなく、グランド・ネペンテスさえも動きを止める。
数秒ほど微妙な空気が漂うが、やがて最初にカイトが動き始めた。彼は真っ直ぐに資料の下まで歩き、それを拾い上げるとパンパンと土を払う。
そして、にっこりと満面の笑みを浮かべると踵を返し、
「んじゃ、そういう事で」
「この外道ォオッ!!」
「安心しろ。お前の親には、お前は食人植物と仲良く触手プレイを楽しんでたって伝えとくから。あられもない顔晒してたって言っとくから」
「何をどう安心しろと!? って、きゃあぁあああぁぁあああああッ!!」
漫才を始めた彼等を無視し、遂にグランド・ネペンテスはその大きな口にフェリスを放り込もうとする。
先程の戦いを見た限り、彼女が魔術を発動するには、手の動きが不可欠と思われる。その肝心の両腕が封じられていては、当然魔術も上手く発動出来ず、防ぐ手立てはない。
万事休す、と思ったその時、
「ったく、世話が焼ける!」
寸前でカイトが
大したダメージを与えはしなかったが、注意を引く事には成功。フェリスを宙吊りにしたまま、グランド・ネペンテスは狙いを彼に変えてきた。
「キギィシャァアアアァァアアアアアッ!!」
太い蔓をしならせ、鞭の様に振るってくる。軌道が読みずらいだけでなく、速度もある。そして速度と質量は、そのまま直撃した際のダメージに繋がる。
だが、所詮大元は植物なので、意外と強度は大した事はない。身を屈めて攻撃を躱した後、大きく振り抜いた蔓を乱雑に切り刻んだ。
(これでも5分程度で回復すると思うけど……まぁ、十分だろ)
本命がまだ残っている為、いつまでもこんな所で油を売っている訳にはいかない。
連続して襲い掛かる蔓の鞭を躱し、切り裂きながら、カイトは確実に相手の懐へと迫っていく。
それに危機感を覚えたのか、より苛烈に蔓を振るうグランド・ネペンテス。対する彼はそんな事などお構いなしに剣を―――振らなかった。
代わりに、懐から取り出した小さな瓶を投げつける。
「ッ……!?」
全く予想外の行動に驚くも、グランド・ネペンテスは反射的にそれを破壊する。
過剰な一撃により、脆く砕け散る小瓶。そして、バシャッ……! と瓶の中に入っていた液体が、その巨体に降り注ぐ。
食人植物は臭覚を持ち合わせていないので分からないが、フェリスは液体の臭いからその正体を察した。
「これって……油?」
「あぁ。金さえ出せば何処ででも手に入る、ごく普通のな」
高いけど、と苦笑いしながら、カイトは左手を上げる。
その中には、火を点ける際に魔石と同じく重宝されるもの――― マッチが大量に握られていた。
それらを靴の甲革で擦ると、先端に小さな火が灯る。それによって彼の顔が照らされるが、はっきり言って怖い。
後にフェリスはこの時の彼の顔を、『長きに亘る謀略の果てに敵を罠に嵌めた悪人の顔』と語った。
「貴重な油を使ったんだ。精々景気よく燃えてくれ」
打ち水でもするかのように、カイトは火の点いたマッチを一斉にばら撒く。その先にいるのは当然、全身に油を被ったグランド・ネペンテス。
そして、大量のマッチがその身体に接触した直後、―――ボォオッ!! と炎が一気に食人植物を包み込んだ。
「ギィィイイイィイイイイイイィィィイイイイッ!?」
全身を焼かれる激痛に、身を
尚も奇声を上げ続ける相手を、カイトは冷静に見据える。まるで、砂漠に落ちた小さな宝石を探すように。
やがて彼の目は、その炎の中に、キラ……! と何か輝くものを捉えた。
「よっと」
何とも気軽な調子で剣を振るう。そしてあっさりと、輝きを放つもの―――核を両断された。
直後、一際大きな奇声を上げ、グランド・ネペンテスは崩れ落ちる。もはや再生する事も出来ず、徐々に巨体は形を崩していく。やがて、炭同然の残骸だけがそこに残される。
ここまでは特に問題はなかった。そう、ここまでは。
だが、思い出してほしい。フェリスはこの食人植物に拘束されていたのだ。そんな状態にも拘らず、相手を丸焼きにしたのだから、
「あっつぅああぁああああぁぁああああああッ!!?」
当然、その被害はフェリスにも出ていた。
幸いにも全身に火は点いていないが、尻の部分に小さな火が灯っている。慌てて地面に転がり、消化しようとする。
やがて火種が消えると、ふぅ、ふぅ……、とフェリスは息を整える。スカートの尻部分に穴が開き、忘れようとしていた白がまた見えているが。
「何してくれてるんですか!? 危うく一緒に焼き殺されるところでしたよ!?」
「別に良いだろ。生きてるんだし」
「生きてたら全部丸く収まるってものじゃありませんからね!?」
「チッ! 全部灰になってりゃ、後腐れなく解決したのに……」
「そりゃ後腐れないでしょうね! 争いが起こる前に、全部抹消してるんですから!」
ぼそっと呟かれた言葉に、怒髪天を衝く勢いでフェリスは突っ込みを入れる。
一方のカイトは、全くそれに取り合おうとはしない。無視を決め込み、上機嫌で先程手に入れた資料に目を向けながら歩き出した。
「あ、ちょっとそれ返してくださいよ! この泥棒!」
「泥棒はお前だろ。元々これは、村長が俺に渡すつもりだったものだ。それをお前が盗んだ。ほら、何か間違ってるか?」
「う……! で、でも、あの魔獣の事を倒す為にも、私にはそれが必要なんです!」
「残念、ここからもう俺一人の仕事だ。お前はさっさと家に帰って、そのケツでも冷やしてろ」
「ケツって言わないでください! セクハラで訴えますよ!」
出来るもんならやってみなー、と笑いながら、これ見よがしに資料を持った手を振る。
保護を依頼されたが、あれだけ元気なら彼女に自力で戻ってもらおう。そう考えたカイトは、早々にこの場を去ろうとするが、
「―――《一群の椋鳥》!」
「ッ!?」
その声が聞こえると同時、身を捻って回避行動を取るカイト。
直後に先程まで立っていた場所に、無数の小鳥が殺到する。間一髪で躱したと思ったが、鳥達は方向転換。またも彼の方に突っ込んできた。
チッ! と舌打ちと共に彼は剣を抜き、風車のように回転させて襲い掛かる鳥達を叩き落としていく。
そんな中、外側から回り込んだ一羽が彼の手甲に命中。その衝撃に負け、カイトは握っていた資料から手を放してしまう。そこへにタイミングよく、否。明らかに作為的に吹き込む風。
春風のように穏やかなそれは、宙を舞っていた資料を攫っていく。やがてその紙束は、風を起こした張本人―――フェリスの手に再び収まった。それを見たカイトは、元々鋭い目を更に細めて威圧する。
「……おい。ガキの悪戯に付き合ってやる暇はねぇんだけど?」
「ガキじゃありません。年齢的にはもう、貴方と同じ成人です」
「いいや、ガキだよ。力を持たず、理想の正しさを求めるだけのお前はな」
「……なら、それで良いです。貴方みたいな擦れた人にはなりたくありませんから」
言ってくれるじゃん、とカイトは不敵に笑う。どうやら、譲る気はないらしい。
表面上は笑いながらも、その心中では面倒臭いと思っている。はぁ……、と溜め息を吐き、納めたばかりの剣を再び鞘から抜いた。
それに合わせてフェリスも、両腕を構えて臨戦態勢を取る。
「引き金を引いたのはそっちだが、俺は女をいたぶる趣味はないんだ。今謝れば許してやるぜ?」
「女は男より弱いって思ってるんですか? 女性差別ですよ、それ」
「違ぇよ。あくまで趣味じゃないってだけだ。やる時はやるぜ」
「なら、遠慮なくどうぞ。出来るものなら、ですけど」
先程彼が言ったのと同じ言葉を、フェリスは返す。これで、完全に交渉は決裂した。
やれやれ……、と彼は呆れた様に肩を竦めると、―――彼女の下まで一気に駆け出す。
「―――《一群の椋鳥》!」
対するフェリスも応戦する為、大きめのボールを掴むような構えを取る。直後に掌を基点に風が渦巻き、何羽ものムクドリが羽ばたく。
そして、迫り来るカイトにその手を向けると同時、一斉にそれらは標的に襲い掛かる。その物量と、普通の人間では追い付けるはずがない速度もあって、常人の動きでは到底回避出来はしない。
常人の動きなら、の話だが。
「―――《
眼前にまで攻撃が迫ってきたところで、カイトはそう呟く。
そして、直撃は確実であろう風の小鳥は、彼の身体を―――擦り抜けた。
「えっ……?」
一発だけの話ではない。多方向から連続して放たれる攻撃は、どれも彼には届かなかった。
幽霊と言っても過言ではないだろう。不規則に動線を描いて飛ばしているにも拘わらず、いざ攻撃が当たるかと思えば消失し、触れる事は叶わない。
決して、捉えられない速度ではないのだ。だが、緩急を付けた動きに翻弄され、全く掠りもしない。
だが、無駄だと分かっていながら、フェリスは一向に撃つのを止めない。何が狙いだと訝しみながら、またも飛来したムクドリを避けて右に飛ぶと、
「そこ! ―――《閃空の軍艦鳥》!」
カイトが避けた瞬間を見計らい、彼女は右手を振るう。その軌道から生まれた大型の海鳥が、小鳥達と共に標的へと飛び込んだ。
(なーるほど。敢えて射撃を躱させて、俺の回避先を先読みしたって訳か)
射撃に意識を割けば真空刃が、真空刃に意識を割けば射撃が。直線と曲線、異なる動きの魔術の使い分けに、カイトも思わず舌を巻く。
ただのお嬢様かと思えば、意外と狡猾な面もあるようだ。
しかも、今の彼は回避行動を取った直後、つまり身体は空中にある。取っ掛かりが何もない空中では自由も利かず、避ける事は出来ない。
迫り来る海鳥の直撃は確実。だが、
「ハッ!」
脅威に晒されているはずの本人は、そんな思惑を鼻で笑った。
次の瞬間、彼の足下の空間が、波紋が浮かぶ水面のように揺らぐ。そして、
「―――《
まるで足場でもあるかのように、
そのまま勢いよく空を蹴り、先程まで向かっていた方向とは真逆、左へと跳躍した。
「なッ……!?」
全く予想外の行動を取られ、真空刃は何もない空間を通り過ぎる。
呆気に取られるフェリスの前で、再び彼は空中を蹴った。
今度は上へ。普通に手を伸ばしただけでは決して届かない場所へと、彼は飛んでいく。
だが、風の魔術を扱うフェリスなら届く。地上と違って動きがかなり直線的なので、再び大量のムクドリをけしかけ、相手を撃ち落とさんとする。
対してカイトは、様々な方向から小鳥が襲い掛かる状況で身を捻る。そして、身体が彼女の方を向いた瞬間、空中に足を付け、―――ダンッ!! と今までの比にならないほど力強く蹴る。
重力も手伝って加速されたその姿は、落雷と言っても間違いない。
「が、ふッ……!?」
次の瞬間には、ドッ!! と強烈な肘打ちが、フェリスの胴体に決まる。空を歩くという有り得ない現象に呆けていた事もあり、細身な身体があっさりと吹き飛ばされた。
そして、そのまま地面に着地したカイトは、冷めた目で彼女を見据える。ここで倒れていてくれれば、余計な手間を掛けないで済む。彼女も、これ以上その綺麗な白い肌を傷付ける事はない。
言わばこれは判決の時だ。自身で言った通り、女性を甚振る趣味のない彼としても、大人しくここで引いてほしい。だが、
「……まだやるか?」
目を回しながらも、瞳に敵意を宿し、フェリスは立ち上がろうとした。
「過信してる訳じゃねえが、これ以上やると弱い者虐めみたいになりそうで嫌なんだけど」
「当、たり前、です……。皆を、守る為に、私が……やらないと……!」
腹部に走る鈍痛に耐えつつ、彼女は必死の形相でカイトを睨み付ける。
傍から見れば、無駄な足掻きに思えるだろう。だが、そんなフェリスの様子に彼は呆れると同時、賞賛を覚えた。
(まぁ、無謀な挑戦ってのは、俺も嫌いじゃないからな)
とは言っても、やはり仕事においては邪魔になりそうだ。面倒だが、意識を奪った後、一度村に戻って彼女を置いてきた方が良いだろう。
そう判断したカイトは、ゆっくりと歩み寄り、うなじへの打撃で気絶させるようと手刀を構え、
―――グルルルルルッ……! と。
地の底から響く様な、獣の唸り声を聞いた。
「「ッ!!」」
弾かれるように顔を上げ、2人は周囲に視線を巡らせる。
だが、唸り声の主を見付ける前に、カイトは
それは、彼が焼き払ったグランド・ネペンテスの死骸から立ち昇る煙だ。
「少し暴れ過ぎたか。それに、上手い具合に目印になっちまった」
カイトとフェリスが奏でた戦闘音で興味を持ち、立ち昇る煙を頼りにここまで来たのだろう。
肌に突き刺さる刺激だけで分かる。
やがて生い茂る木々の隙間から、―――禍々しい赤い輝きが2人を射抜いた。
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