第6話 程遠い穏やかな眠り

「あ゛ー……おはようー」


 翌朝。殆どの人々が畑や森などに出て仕事を始め出した頃。目の下の隈を更に濃くし、まだ寝足りないといった様子のカイトが階段から下りてきた。

 不機嫌ではないのだが、寝起きの所為かその声は低い。加えて元々の格好がかなり怪しく、堅気の人間にはとても見えなかった為、今の彼を初対面の人間が見れば、回れ右して逃げ出したくなるだろう。

 だが、そんな居るだけで営業妨害になりかねない姿の彼に対しても、ジーナは温かい笑顔で応えた。


「はい、おはようさん! あらま、トンでもない顔してるね。早く顔洗ってきな」


 彼女の前に現れたカイトは、寝起きでもしっかりとフードだけは被るという異様な姿。だが、彼女の目はそれよりも、その下から辛うじて見える目元を捉えていた。

 それはもはや、死んだ魚の目としか表現しようがないほど酷い。恐らく、グールと言われても信じられるだろう。そのくらいの迫力が、今の彼にはあった。


「わーってるよ……。ってか、指図すんな。アンタは俺の母ちゃんか」

「アタシはこの宿の女将だよ? ここにいる内は、皆アタシの息子同然さ。ほら、さっさとしないとバケツの水ぶっ掛けるよ」

「どんな過激な母ちゃんだ……。ってか、それさっき皿洗うのに使った水だよな?」


 一応彼自身も自覚しているらしく、足をふらつかせながら外の水場へと向かう。本来ならそれは、宿泊客だけでなく村の人間も使う共同のもの。だが、客が一人しかいない事と、既に全員畑などに出ている事もあって、カイトだけで悠々と使用出来た。

 水は近くの湧水を引いており、心地良い冷たさが彼の顔を刺激する。時期が春という事もあり、水で顔を洗う事に辛さは感じなかった。おかげで完全に目が覚め、『不審者』から『無法者』になっていた顔も、先程よりは大分マシなものとなる。


「はい、どうぞ」


 さっぱりしたところで顔も拭かずにカイトは立ち去ろうとするが、横合いから清潔な布が差し出される。そちらに視線を向けると、もはや顔馴染みとなったフェリスが立っていた。


「サンキュー。にしても意外だな、もう俺とは顔も合わせたくないだろって思ってたのに」

「お客様は財布ですからね。私の気持ちはそうでも、蔑ろには出来ませんよ」

「つっても、予想外の出費がかさんだ所為で、もう無一文だけどな」


 自嘲気味に笑いながら、カイトは昨夜騎士達が逃げ帰ってからの事を思い返す。

 結局昨晩は、壊したテーブル代を稼ぐ為、客が全員いなくなる夜中まで作業をしていた。だが、今まで戦闘系の依頼ばかりこなしてきたので、当然接客の腕など皆無。元々の粗野な性格もあり、茶々を入れる酔っ払い客には容赦のないツッコミを入れていた。具体的には、背負い投げをしたり、寂しくなった髪を毛根ごと抜こうとしたり、酒瓶で殴りかかったりといった感じに。加えて、配膳もままならず、ジョッキに並々と注がれた酒を、相手の顔面にぶちまけるといった騒動を何度も起こしていた。

 酒の席で起きた珍事という事で全員笑ってはいたが、普通ならその程度で済まない。はっきり言って、テーブルの弁償に加え、借金を上乗せされていた可能性の方が高い。

 だが、それだけの粗相を仕出かしたにも拘わらず、その晩働いただけでジーナ達は賠償金を帳消しにしてくれた。最後に疲れただろうと、賄い飯まで振る舞ってくれる好待遇には、彼の仏頂面も思わず崩れたほど。


(いや、マジであれだけ迷惑掛けたのに笑って許すって……どんだけ器がデカいんだよ)


 唯我独尊を貫き、他人にあまり興味を示さないカイト。だが、この家族の恩情にだけは、心の底から感謝の念を抱いた。


「そんな訳で、俺は絶対にこの依頼をこなさなきゃならなくなった訳だ」

「く……! まだ諦めてなかったんですか」

「その言葉、そっくりそのまま大砲で撃ち返してやるよ」

「何で態々大砲使うんですか」


 既に慣れてしまった軽口に答えながら、フェリスは溜め息を吐く。

 恐らく、依頼を受けるのを止めさせる事は出来ないだろう。昨夜垣間見たカイトの生き方から察するに、これは確実だ。

 それでも、諦めるつもりはない。何か良い手はないかと、彼を籠絡する術を探している。


「強情だねぇ。ま、人の言う事にホイホイと従ってる奴に比べりゃ、俺はそっちの方が好きだけど」

「……ひょっとして口説いてます?」

「それはない」

「即答されるとそれはそれで腹立ちますね!」


 そう言えば、色恋沙汰に興味はないと言っていたか。そう考えると、冗談とは言え、馬鹿な質問をしたものだと思う。同時に、これまでの周囲の反応から、フェリスは女性として魅力的な部類に入ると自負している。それをカイトは動揺する事もなく、一刀両断したので少し傷付く。


「……いや、これは私がちょっと周りにちやほやされたからって、調子に乗ったのが原因ですね。自意識過剰でした、すいません」

「い、いや、普通に考えればお前は魅力的だと思うぞ? 単に俺が女に興味ないってだけだから、気にすんな?」

「変に気を遣わないくていいですよ? どーうせ男なんて皆、胸が好きなんでしょ? こんな何処にでもあるような平凡なサイズじゃなくて、メロンみたいにバインバインが良いんでしょ? 『肩凝りに悩まされないから、このサイズが丁度良い』とか色々言ってるけど、実はただのひがみだって分かってるんでしょ!?」

「知らねーよ、そんな事!? っつか、愚痴言うくらいなら牛乳飲むとか揉んだりすれば良いだろ!?」

「毎日寝る前に揉んでますよ! でも、全く効果ないんですよ! 何ですか、私の手に胸の成長を妨げる呪いでも掛かってるんですか!? だったら、この手を切り落として……!」

「おい、誰か傷薬と包帯持ってこい! こいつのささくれだった心と、めんどくせー奴に絡まれて疲れ切った俺の心をケアしてくれ!」


 魅力的かどうかから、女性の象徴である胸の話題へと話が変わってしまった。しかも、男であり胸のサイズなど気にしないカイトにすればどうでもいい事なのだが、フェリスにとっては地雷だったらしい。今にも斧を使って自分の手を切り落とそうとしている。

 後ろから羽交い絞めにする事で止めさせた何とかが、金輪際胸の話題は振らないようにしようと彼は心に決めた。


「もういいわ。お前は一生そこでスイカに対抗心でも燃やしてろ」

「いや、私が言ったのはメロンなんですけど。何で変えたんですか? 何でメロンより大きいスイカに変えたんですか?」

「夢は大きく見るくらいが丁度良いんだよ。そんじゃ腹ごしらえしたら、ちゃっちゃと稼ぎに……っと」

「えっ、ちょっ!? 大丈夫ですか!?」


 適当に言った後、食堂へと向かおうとしたカイトだが、足がもつれて危うく転びそうになった。

 寸でのところでフェリスが支えた事で、転倒は免れる。だが、目眩めまいでもするのか、彼は首を振って症状を和らげようとしていた。


「問題ねぇよ……。あんまり眠れない体質でな、朝には弱いんだよ」

「それって、不眠症って事ですか?」

「まぁ……そんなトコだ」


 妙にはっきりしない言い方だったが、取り敢えずそれは頭の片隅に追いやった。

 次いでフェリスが見たのは、彼の目元に出来た異様に濃い隈。元から気になってはいたが、不眠症と聞いた上で見ると、症状は相当酷く、碌に眠れていない事が分かる。

 それでも当のカイトは仕事に向かおうと、彼女の腕を振り払った。


「あ、あの……も、もう少し休んでから行った方が良いんじゃないですか!?」

「俺に仕事をさせたくない割に優しいな。けど、体質だって言ったろ? このくらいの事は日常茶飯事だよ」


 ひらひらと手を振って、カイトはその場から去ろうとする。だが、フェリスにはある不安が過っていた。


(ここで行かせたら、またあんな事になるんじゃ……)


 思い出すのは、件の魔獣に命を奪われた、大切な友人の少女。

 あの日、彼女は『直ぐに戻るから』と言って一人で森に向かい、そして帰らぬ人となった。人生は重要な選択肢の連続と言われているが、フェリスはあの時ほどそれ痛感した事はない。本当に何故あの時、止めるという選択をしなかったのかと今でも悔やんでいる。

 状況が似ているからか、死地に赴く目の前の傭兵と、友人の姿が重なって見えてしまう。そして今回も、止める事は出来ない。だが、せめて無事に生きて帰ってきてほしいとは思う。

 そこまで考えた時、フェリスの身体は自然と動いていた。


「……ちょっと、こっちに来てください」

「は? おい、ちょ……。何処連れてく気だよ」


 大の男達をあっさり倒したはずのカイトは、ずるずるとフェリスに引き摺られていく。まだ本調子ではないからだろうか、抵抗はしてくるが、何とも軽いものだった。

 5分も掛からずに彼が連れ込まれたのは、宿の裏手。食堂と客室に陽の光が入るように設計されている為、朝の時間帯この場所は建物の影となっている。あまり人目に付かないそこには、家の暖炉や店で使うであろう大量の薪や、それを割る為の斧が転がっていた。


「こんな薄暗い所に連れてきて、何するつもりだ? あれか、愛の告白か? ずっと前から好きでしたってか?」

「私達が会ったのって昨日じゃないですか!? しかも、壁の裏にお父さんがいるのにしませんよ、そんな事!?」


 もっとも、仮にそんな事を迫られたとしても、恋愛に興味がないカイトは断るつもりだが。

 そんな冷静な彼とは対称的に、フェリスは無駄に感情が昂ぶってしまい、『はぁ、はぁ……』と息を荒げている。だが、直ぐに今のやり取りを忘れるように首を振ると、壁に背を預けた状態でその場に腰を下ろす。そして何かを促すように、ポンポンと自分の膝を叩いた。


「……何やってんの?」

「見れば分かるでしょ?」

「分かんないから聞いてんの。俺、読心系の魔術なんて使えねぇし」

「あぁ、もう……。膝枕ですよ、膝枕」

「ふぅん。じゃあ、親父さんでも呼んでくるか。きっと毎日疲れてるはずだからな」

「貴方ですよ、ア・ナ・タ! 何でここまで連れてきて、別の人呼ばないといけないんですか!?」


 はぁ? とフェリスの言葉に、訳が分からないというようにカイトは眉をひそめる。

 実は彼女が自分の膝を叩いた時点で、何をするつもりかは察しがついていた。それでも、そんな事を自分にする意図が理解出来ない。

 怪訝そうにする彼に対し、フェリスは昔を懐かしむように目を細めた。


「私が小さい頃、中々寝付けなかった私をお母さんがこうして寝かしつけてくれたんです。これなら、貴方も眠れるんじゃないですか?」

「いや、別にいいって言ってるだろ。第一、そんな恥ずい真似出来るか」

「恥ずかしさよりも、ちゃんと睡眠を取って、体調を整える事の方が大事です。仕事に行くなら、せめて万全の状態で行ってください」


 そう言われると正論なので、強く反論する事は出来なかった。だが、やはり抵抗がある。

 先程はふざけて告白などと口走ったが、カイトも健全な10代。女性の裸を直視出来ないほどに、実際は初心だ。膝枕でさえも丁重にお断りしたい。


「あー……うん、お前の言う事ももっともだな。じゃあ、部屋に戻って休むわ」

「私の意見を無視して仕事に行きそうなので却下です」

「えっと……実は俺、周りに人がいると気になって眠れないだ」

「それなら寝なくてもいいです。横になって休んでさえくれれば」


 出す案を悉く却下され、カイトの取れる道は一つしかなくなる。

 そして、再度フェリスが自分の膝を叩いて急かした事で、彼は遂に折れた。


「……気持ち悪かったら、直ぐに退かせよ」

「いいから早く横になってください。ほら、フードも取って」


 無理矢理フードを取られてしまうが、ここまで来ると、もうどうにでもなれという感じだった。何処か投げやりになりながら、地面に膝をつき、横になる過程で彼女の膝に頭を乗せる。

 直後に感じたのは、馴染みのない柔らかさと生温かさだ。だが、決して嫌な感触ではない。寧ろ心地良い。


(……人って、こんなに温かいんだっけ?)


 僅かに顔を赤くしながらも、寝かしつける為に優しく頭を撫でるフェリスを見上げながら、カイトはそんな事を思う。

 彼にとって人との交流は、あくまで仕事の中だけのものであり、私生活には持ち込まないもの。そんな人付き合いの悪い人間に近付きたいと思う物好きもおらず、仕事と私生活の両面で彼は常に一人だった。それを苦に思った事はないが、こうしていると誰かと触れ合ったのは何年ぶりだろうと感慨深くなる。

 加えて、嫌われ者の傭兵という事もあり、いつか寝込みを襲われるのではないかと、普段の彼は常に警戒して寝床に入っている。体質の部分も大きいが、眠れない原因にはそれも入っているかもしれない。

 だが、こんなにも近くに人がいるというのに、何故か落ち着く。良い匂いだとか、柔らかいだとか、それよりも先に安心感があった。


(おめでたい奴だな、俺も)


 久しく感じなった人の温もりに触れ、安心感を得るなど、自分の単純さに笑えてくる。それでも、全く嫌がらずに受け入れてくる存在に、心を許してしまいそうになる自分がいた。

 次第に、うつらうつらと意識がはっきりしなくなり、眠気を感じ始める。このまま昼まで休むのも悪くないかもしれない。

 すっかり警戒を解いたカイトは、その心地良さに身を委ねるように目を瞑り、


 ドスッ……! と。

 その無防備な腹に刃が突き立てられ、鮮血が舞った。


「ッ……!?」

「わっ!? え、えっと、どうかしました?」


 慌てた様子で起き上がったカイトに驚き、態勢を崩しそうになるフェリス。

 今し方彼が見た、血に塗れた惨劇の跡など何処にもない。その目に映るものは、何とも長閑のどかで、平和な村の一角だけだ。


「いや……ちょっとお前に頭突き噛まそうとしただけだ」

「何で!?」

「冗談だよ。でも、やっぱり人の傍じゃ眠れそうにないな」


 実際はそんな事など関係なく、彼は常に眠れないのだが。否、眠れはするのだが、寝る事は出来ないと言った方が正しいか。


(あぁ、そうだよな。安眠なんて、俺には一番縁がないものじゃねぇか)


 未だ瞼を閉じれば見える悪夢に、カイトはそう思う。

 一方で、心の中で自虐している彼とは対称的に、フェリスは何とか彼を休められないか考えていた。


「じゃあ、少し話でもしませんか? 適度な息抜きって事で」

「話って言ってもなぁ。面白いネタなんて持ち合わせちゃいねぇよ?」

「そうですねー……。あ、それじゃあ、貴方が傭兵になった理由って何ですか?」


 よりによってそれ聞くかよ……、と何の気なしに出された問いに、カイトは天を仰ぎたくなった。

 大多数の傭兵は、戦う事に快楽を覚えてこの職に就いている。だが、彼に関してはそれに当て嵌まらない。そして、あまり口にしたい内容のものでもない。

 だが、ここで答えないのは不自然だろう。少しばかり思案した後、彼は口を開いた。


「昨日村長にも言ったが、商才や鍛冶の腕がなかったんだよ。その代わり戦うのは得意だったし、それでだ」

「でも、それなら冒険者の方が良かったんじゃないですか? 顔は整ってる方なんですから、モテたと思いますよー?」

「にやけ面止めろ。あれだ、人付き合いが苦手だから、目立ちたくなかったんだよ」

「ふーん……。親は反対しなかったんですか?」


 人々の希望である冒険者ならば、その旅立ちを諸手を上げて喜んだと思う。だが、傭兵と聞くと血生臭い事ばかり想像してしまい、あまり素直に喜べない。もっとも、その点を彼の両親がどうか考えているかは知らないが。

 だが、親という単語が瞬間、カイトは詰まらなそうに目を閉じ、


「……俺に親はいねぇよ」

「ッ……! ごめんなさい」

「別にいいさ、気にしてないし。まぁ、そんな訳で俺には親がいなくて、戦闘しか取り柄がない。だから、生きる為に傭兵になったって訳だ」


 語ろうと思えば、他にも過去についての話題はあるが、それを彼女が知る必要はない。

 切りの良いところで会話が終わった為、そろそろ戻ろうかと、カイトは立ち上がろうとする。だが、昨日から気になっていたある事を、この機会に聞いてみようと思い、直前で静止した。


「ところで、俺からも一ついいか? 昨日も聞いたが、何で俺に依頼を受けさせたくないんだ?」

「……サービス残業はしない主義じゃなかったんですか?」

「あぁ、しないさ。ただ気になって、聞いただけだ。例えそこにお涙頂戴ものの深ーい事情があったんだとしても、俺は何もしない」


 ある意味では仕事の虫だと思っていたが、ここまで徹底していると、怒りを通り越して呆れてしまう。

 こんな人間に、態々自分の事情を話す理由などない。本来なら、そう断言したいところだ。だが、彼の両親の件を聞いてしまったという後ろ暗さもあるので断り辛い。

 加えて、多少なりともカイトは自分の身の上を話したのだ。ここで自分が話さないのは、不公平というものだろう。


「……分かりました。実は」

「ちょっと待て」


 意を決して口を開こうとしたフェリス。だが、その直前でカイトの手が伸び、彼女の口を塞いだ。

 どうやら何かに気付いたらしい。もう片方の手で静かにしろとジェスチャーを送った後、彼は耳を澄ませ始めた。


「あの、何か……?」

「……馬の足音と、馬車の音が聞こえる」

「へっ……?」


 フェリスにはそんな音は全く聞こえない。だが、そう言ったカイトの目は、確信に満ちている。

 戦場で培ってきたであろう、普通の人なら聞き逃すような僅かな音も聞き分ける聴力。これが歴戦の傭兵かと、彼女は心の中で感嘆した。

 一方のカイトはそんな様子など気に留めず、更に詳しく音を聞き分ける。


「それに交じって、鎧の音も聞こえるな。まだ遠いが、確実にこっちに向かってきてるぞ」

「ッ! ま、まさか……!?」


 馬車と言われた時点で気付くべきだったと、フェリスは自分の失態を嘆く。

 だが、何時までもこうしている訳にはいかない。直ぐに村の入口に向かわなければ、

 慌ててカイトを立ち上がらせると、彼女は一度門の方を見て、その後もう一度彼に視線を向けた。


「す、すいませんけど、私はもう行きます!」

「構わねぇけど、一体どうしたんだよ」

「あ、それとしばらくは部屋から絶対に出ないでください! 絶対にですよ! フェリスお姉さんとの約束ですよ!」

「自分で『フェリスお姉さん』って言って恥ずかしくないの……って、早ッ!?」


 言い切る前に、フェリスは馬をも圧倒するであろう速さで駆けていく。

 あっと言う間に小さくなっていくその背中を、カイトはただ見送る事しか出来なかった。


「……面倒臭ぇ」


 彼女が向かった方向を見据えながら、やれやれとカイトは憂鬱そうに頭を掻く。

 複数の馬が走る音に、馬車の揺れる音。そして、鎧の各部が接触して出る金属の音。そんな彼にとって、そして恐らくはこの村の人間にとっても不快極まりない音を奏でられるものなど、ごく一部に限られる。

 次第に近付いてくる者の正体を予想すると、彼は溜め息を吐きながら天を仰いだ。

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